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SKY〜Harbor Nights〜   作者: RUI


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5/13

SKY-Cut the Line-

 


 中立圏の航路は、静かだ。

 静かなぶん、嫌な予感だけがよく響く。


 貨物船の操舵席。

 サジ・レンブラントは、手元のコンソールに肘をつきながら、

 視界いっぱいに広がる暗い宇宙を見ていた。


 モニタには船団の識別信号が点々と並んでいる。


 貨物、生活物資、医療品。小型の居住船――避難民。

 どれも武装なんて持たない、持てない。


「……ま、今日も平和に稼ぐだけっしょ」


 独り言は、誰にも届かない。

 船内は貨物の振動音と換気の低い唸りだけで、会話が生まれる余白がない。


 彼は”正規軍に行ける腕”があると言われたことがある。

 でも軍服は嫌いだった。

 戦争は、勝っても負けても、いつも”誰かの生活”を削る。


 コンソールに、航路管制からの定型メッセージが流れてきた。


『本航路、警戒レベル据え置き。現状、脅威反応なし』


 サジは鼻で笑う。

 脅威反応は、いつだって”脅威が起きた後”に出る。


 そして、そういう直感は――当たるときほど、胸の奥が冷たくなる。


 次の瞬間だった。


 船体が、ほんのわずかに震えた。

 衝突でもない。推進でもない。

 “空気が変わる”みたいな、説明のつかない揺れ。


「……は?」


 視界の端、船団の一隻が光った。

 白い閃光。遅れて、火花が散る。


『被弾――!?』


 通信が割れた。

 誰かの叫び声。警報。航路管制の慌てた声。


『全船、散開! 散開! 識別不明の攻撃――』


 サジの指が勝手に動く。

 推進を落とし、姿勢制御を入れ、船団の外側へ逃がす。


 コンソールに、船団の配置が表示される。

 避難船がいる。貨物船より鈍い。

 “遅いもの”から死ぬ。


 サジは舌打ちしながら、通信を開く。


「こちら貨物船レンブラント! 避難船、推進を最大に! 俺が後ろを――」


 ーーーーザッ、


 言い終わる前に、次の閃光。


 避難船の推進部が吹き飛んだ。


「くそ……!」


 モニタに、赤い点が複数浮かぶ。

 敵機。数が多い。

 中立圏の航路で見たことがない動き。無線も乗せていない。


 そして、その赤い点が――避難船へ向かっていた。


「やめろ、そっちは……!」


 サジは操舵席で叫ぶ。

 言葉にしたって、届くはずがない。それでも、口から漏れた。


 避難船の推進が揺れる。

 細い光が乱れ、姿勢が傾く。


 サジは自分の船を回り込ませようとした。

 貨物船で敵機を遮る。

 バカげてる。

 でも、他に何ができる。


 その時、第二の閃光。


 避難船の腹が割れた。


 破片が散る。

 真空に、音はない。

 でも、サジの胸の中だけが、ひどくうるさくなる。


 モニタに、生命反応の表示が点滅する。

 避難船の中にいた人数。

 四十七。

 それが、じわじわと減っていく。


 四十五。

 四十二。

 三十九。


 数字だけが、死を告げていく。


 身体が硬直するのに、頭は冷える。

 手だけが動いて、救難信号を飛ばし、近くの船に退避ルートを送る。


『こちら貨物船レンブラント。避難船が――! 生存反応――』


 応答は割れた。

 次の被弾で、送信が途切れた。


 あっという間に、船団は崩れていく。

 散開しきれない船が落ち、貨物が燃え、航路標識が折れていく。


 サジは必死に自分の船を操る。

 推進を絞り、姿勢を変え、敵の射線から外れる。

 でも、それだけだ。

 逃げてるだけだ。


 また、貨物船が一隻、爆散する。

 その船の名前を、サジは知っていた。

 三日前、宇宙港で挨拶を交わした。

「次も無事にな」って言い合った。


 その船が、今、散っていく。


 サジは、操舵席で息を吸うのが苦しくなった。

 喉が乾く。

 指先が冷たくなる。


「……俺、何やってんだ」


 逃げてるだけだ。

 逃げて、見てるだけだ。


 助けたい。

 でも武器がない。

 正規軍でもない。救難船でもない。ただの貨物船パイロットだ。


 モニタの端で、また生命反応が一つ消える。


 その時だった。


 別の”光”が見えた。


 速い。

 鋭い。

 そして、動きが”戦場のもの”だ。


 戦闘機――SKY。

 見たことがある。映像で。

 けれど、ここで見るはずがない。


「……正規軍?」


 違う。


 味方の識別信号が、ない。

 でも敵機を追い詰めていく。


 サジは息を飲んで、その動きを追った。


 真っ直ぐじゃない。正面から突っ込まない。

 外側から回り込み、敵の編隊の”隙間”を突いていく。


 そして――敵機を撃つんじゃない。


 敵の”後方”にいる、輸送艇を狙っている。


 補給。

 弾薬。

 燃料。


 戦闘機を動かしている”腹”だ。


 サジの目が、その動きを追う。


 ああ、そうか。


 撃ち落としたのは、戦闘機じゃない。

 戦闘機を動かしている”線”だ。


 敵の”輸送艇”が燃えた。

 武器弾薬か、燃料か。分からない。

 でも――敵はそこから崩れた。


 指揮系統を潰された群れみたいに、敵機がばらける。

 動きが乱れる。

 補給が切れた戦闘機は、ただの鉄の塊だ。


 サジは息を飲んだ。


 これが、戦い方か。


 人を殺すんじゃない。

 “線”を切る。


 そのとき、通信が入った。


『――中立圏航路、全船へ。こちらARCLINE。』


 知らない名前。

 でも、声は落ち着いていた。

 雑音の向こうで、誰かが当たり前のように指揮をしている。


『生存反応がある船は、座標を送れ。救難艇を回す。繰り返す、生存反応のある船は――』


 サジは反射で送信した。

 自分の船の座標。近くで漂っている脱出ポッドの反応。避難船の残骸周辺。


『……こちら貨物船レンブラント。生存反応、複数。だが……避難船が落ちた。』


 声が掠れた。

 “落ちた”って言葉が軽すぎて、喉の奥が焼けた。


 通信の向こうで、一拍沈黙があった。

 それから、短い返答。


『了解。今、回す』


 慰めはない。

 怒りもない。

 ただ、やるべきことだけが返ってきた。


 サジは、そこで初めて気づく。

 自分が求めていたのは、きれいな言葉じゃない。

 現場で”手を動かす誰か”だった。


 ほどなくして、救難艇が視界に入った。

 小さな艇が、残骸の隙間を縫ってポッドに向かう。

 誰かが生きるかもしれない動きが、そこにあった。


 戦闘の終わり際。

 敵機が撤退していく。

 ARCLINEの機体が追わない。追撃もしない。

 代わりに、残骸の間を救難艇が走り続ける。


「……追わねえのかよ」


 サジが呟くと、通信が入った。


『追えば、巻き添えが増える。』


 短い声。

 男か女か分からないくらい淡々としている。

 言い訳じゃない。方針だ。


 サジは唇を噛んだ。

 そういう”割り切り”ができるやつは、嫌いだったはずなのに――


 この場で必要なのは、それだった。


 *


 宇宙港に接岸したのは、それから三時間後だった。


 船のハッチを開けると、港の空気が流れ込んでくる。

 金属とオイルと、どこか焦げた匂い。


 サジは操舵席を離れ、船倉の貨物をチェックする。

 無事だ。

 傷一つついていない。


 自分の船は無事で。

 避難船は沈んで。


 その事実が、妙に重い。


 船倉を出ると、港の係員が近づいてきた。


「レンブラントさん、無事でしたか」


「……ああ」


 サジは短く答えた。


「他の船は?」


「貨物船三隻が無事。避難船は……」


 係員が言葉を濁す。


 サジは、それ以上聞かなかった。


 港の隅に、生存者が集まっていた。

 毛布にくるまった人々。

 子供を抱きしめる母親。

 呆然と座り込む老人。


 避難船から、救い出された人たち。


 サジは、その光景を遠くから見た。


 助かった人がいる。

 でも、助からなかった人の方が多い。


 自分は、何もしなかった。

 逃げただけだ。


 胸の奥が、重い。


 サジは一通り作業を終えると、船から港へと降りた。


(……ARCLINE…か…)


 第三勢力の噂は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。


 連合でもない。

 帝国でもない。

 ただ、現場で手を動かす誰か。


 サジの背中に、足音が近づいてきた。


「サジ・レンブラントってあんた?」


 サジが振り返ると、赤毛の少年が一人立っていた。


「そうだけど、なんだ坊主?」


 サジは怪訝そうに少年を見る。


「20時 港の外れにあるBar G」


 少年はサジに向かって言った。


「…は?」


「伝えろって頼まれたんだ。20時 Bar Gだよ。」


 赤い髪の少年は、それだけ言うと走り去っていった。


「おい……!」


 サジはぽかんとして少年が走って行った方を見ていた。


(20時…港の外れ…Bar G)


「…なんだってんだ…」


 誰に呼ばれているかも、何のために行かなければいけないのかも、サジには見当もつかなかった。


 でも、行かなければならない気がした。


 あのARCLINEの声。

 あの戦い方。

 あの救助。


 何かが、引っかかっている。


 *


 Bar Gは港の外れ、狭い路地を抜けた場所にひっそりとあった。

 店の中にはカウンター席とテーブル席が二席だけ。

 常連客しか訪れないような古い店だった。


 サジは奥のカウンターに腰を下ろすと、ポケットからタバコとライターをテーブルに置き、店のマスターにビールを注文した。


 テーブル席に二人客がいるだけで、店内には静かにジャズが流れているだけだった。


 サジはビールを一口飲んだ。

 冷たい液体が、喉を通る。


 でも、味がしない。


 頭の中に、まだ残っている。

 避難船が割れる瞬間。

 生命反応が消えていく数字。

 モニタの端で、また一つ、また一つ。


 タバコを口にくわえ、火をつける。

 煙が肺に入る。

 それでも、胸の奥の重さは消えない。


「よぉ、サジ・レンブラントか?」


 暗がりから現れた男は、無精髭を生やし口にタバコを咥えていた。

 よれたジャンパーの中にシャツを着た40代中旬くらいの男は、サジの隣に座った。


 サジは、一瞬身構えたが男の目を見た瞬間に気づいた。

 その目はサジを捉えていたが、サジではなく自分の目の奥を見ているようだった。


 戦場を経験している目だ。直感でそう思った。


「…あんた、誰だよ。なんで呼び出した?」


 男は店の常連客なのか、マスターは何も聞かずに瓶ビールを差し出した。


「お前、昨日、撃てたのに撃たなかったな?」


「…何を…」


 サジの手が、止まる。


(こいつ…もしかして)


「――直感型か。悪くない。」


 男は短く言った。


「操縦の腕が良いらしいじゃねぇか。正規軍にも入れるって評判だ」


「…だから?」


 サジは警戒したまま、男を見る。


「……軍は嫌いか?それとも、戦争が嫌いか?」


「……どっちも同じだろ。殺すためにやってる。」


 男は、ビールを一口飲んだ。


「そうか。じゃあ、お前は逃げてるだけか?」


 その言葉が、サジの胸に刺さる。


 サジは自分のタバコを探しながら言った。


「説教なら他あたれ。俺は貨物屋だ」


 男がサジにタバコを差し出す。


「船団が、まだ頭に浮かぶか?」


 サジは男を睨んだ。頭に、さっきの記憶が浮かぶ。


 避難船。

 生命反応が消えていく数字。

 自分は何もできなかった。


「…あんた、なんなんだよ」


 男は続けた。


「俺は妻を殺された」


 その声は、淡々としていた。

 でも、奥に何かが沈んでいる。


「帝国に、だ」


 男はタバコの煙を吐いた。


「でも、連合にも入らなかった」


「……なんでだ」


「軍服を着たら、“戦争”のために殺すことになる」


 男はサジを見た。


「俺が殺したいのは、“戦争”そのものだ」


 サジは、息を飲んだ。


「戦争を、殺す?」


「ああ」


 男は短く答えた。


「戦争を動かしてる“線”を切る」

「それだけだ」


 サジの頭の中で、何かが繋がる。


 さっき見た戦闘。敵機を撃たず、補給艇を狙った動き。

 追撃せず、救助を優先した判断。


「一緒に来い。軍服は着せねぇ」


 避難船が割れる瞬間。

 数字が減っていく。

 それを、俺は見てるだけだった。


「――撃つのは、戦争の”線”だけだ」


 そう言うと、男は二人分の代金をマスターに渡して店から出て行った。


「30分後、ここを出る。来い」


 サジは、手元のタバコを指で握りしめ、灰皿に押し付けて消した。


 *


 店を出ると、港の風がタバコの匂いを攫っていった。

 狭い路地を抜けた先に、夜の宇宙港の灯りが広がる。


 係留ブームの向こうに、難民船が見えた。

 貨物船より一回り小さく、外装は補修痕だらけで、塗装がまだらに剥げている。

 窓の内側に、薄い明かりが点々と揺れていた。


 ――あの日と、同じだ。


 沈んだ船団の灯り。消えた通信。

 助けを呼ぶ声が、真空の向こうに溶けていく感覚。


 サジは無意識に、胸ポケットのタバコを指で探した。

 さっき灰皿に押し付けて消したのに、まだ指先に熱が残っている。


 難民船の脇で、細い補給ラインが繋がれていた。

 その”線”が、見える。

 どこを切れば、誰が生きて、誰が死ぬか――そういう線だ。


 サジは目を伏せて、息を吐いた。


(……俺は貨物屋だ)


 そう言い聞かせるほど、嘘に聞こえた。


 三十分後。

 店の前に停まった車のエンジン音が、一度だけ低く唸った。


 サジは、立ち上がった。


 踏み出した一歩が、どこか軽かった。


 逃げるんじゃない。

 向かっていく。


 その違いが、足取りに出ている。


 車のドアが開く。

 中には、さっきの男が座っていた。


「決まったか」


「ああ」


 サジは短く答えて、車に乗り込んだ。


 ドアが閉まる。

 エンジンが唸る。


 車が動き出す。


 窓の外に、宇宙港の灯りが流れていく。


 サジは、もう一度、難民船を見た。


 今度は、守る。

 ……守れなかった分まで。


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