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SKY〜Harbor Nights〜   作者: RUI


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SKYーNORTHBOUNDー

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 ここから見る空は、偽物なのに、本物みたいだ。


 屋上にいるのは、アスミ一人だけだった。

 昼休みになると、いつの間にか足が向いてしまう場所。腰の高さほどのフェンスの向こうには、雲ひとつない青空が広がっている。どこまで見上げても、投影装置の継ぎ目は見えない。

 LAA航宙アカデミーは、連合軍直轄の高等学校だ。SKYパイロット育成課程のほか、普通科、システム科、整備科があり、軍に関わるさまざまな分野を学ぶことができる。長引く戦争の中で、生徒の多くは卒業後、そのまま各地の基地へ送られる。

 入学から二年が過ぎ、卒業試験まではもう残り少ない。

 コロニー内部では、気温も、重力も、空の色さえも、惑星インシオンと同じになるよう管理されている。今日は少しだけ風が強い。空調設備が作り出した風が頬を撫で、アスミの髪を揺らした。前髪がふわりと浮き上がる。

「また、ここにいたのかよ」

 背後で、金属製の扉が重たい音を立てた。

 アスミが振り向くと、屋上へ繋がる扉の前にセリ・アンダーソンが立っていた。風に乱されるブラウンの前髪を片手で押さえながら、少し呆れたようにあすみを見る。

「ここが一番落ち着くんだもん」

 アスミは一瞬だけセリへ目を向け、すぐに空へ視線を戻した。

「お前がよくここにいるから、ミュラー教官が屋上で昼寝できないってこぼしてたぞ」

 セリは胸の前で腕を組み、フェンスへ寄りかかるあすみを見た。

「何それ。そんなこと言いに来たの?」

 アスミは笑いながら、今度こそセリの方を向いた。

「実習の前に、配属先希望の用紙を出せって。行くぞ」

 配属希望先。

 それは、卒業後にどの基地でSKYに乗り、戦うのかという自分の進路だった。

 アスミはまだ、卒業後の配属先を決めあぐねていた。

 屋上を離れると、扉は二人の背後でゆっくりと閉まった。人工の風が途切れ、代わりに校舎内の空調音が耳へ戻ってくる。

「セリはもう書いたの?」

 セリの隣を歩きながらアスミが言った。

 LAAの廊下には、掃除の行き届いた灰色のタイルが敷かれている。壁面には授業予定と訓練区画の案内が表示され、生徒たちが端末を片手に行き交っていた。二人分の足音が、乾いた音を立てて廊下へ重なる。

「俺に選択権があると思うのか? 俺はどこまでも、お前と一緒だ」

 セリが少し嫌そうに笑顔を向けると、あすみも同じように口元を緩ませた。

 セリは、中学校の頃も今も、ずっとあすみの監視役としての任務を連合軍から与えられている。特殊な適性値を持つアスミに、常に同行する役目だった。

 それが、LAAへ試験なしで入学する条件だったと、入学式のあとで教えてくれた。

 廊下の向こうから歩いてきた女子生徒たちが、すれ違いざまにちらちらと二人を見る。視線に気づいたセリは、顔を上げることもなく歩幅を変えなかった。

 LAAの中では、アスミとセリはちょっとした有名人だった。

 RANK Sの主席パイロット候補生と、いつもその隣にいるRANK Aの次席候補生。

 好奇の目は、いつだって二人に注がれていた。

「セリって、意外と人気あるよね」

 アスミは、通り過ぎていく女子生徒たちを目で追いながら言った。

「意外とって何だよ。俺はどこでも人気者だ。唯一の欠点は、お前が隣にいることだな」

 セリは真面目な顔を崩さず、前を見たまま歩いている。

 アスミは軽い口調で笑った。

「はいはい」

 教官室の隣にある小部屋へ入ると、ミュラー教官が端末を見ながら座っていた。

 白い壁に囲まれた簡素な部屋には、机と椅子が数脚置かれている。棚には訓練記録の端末が整然と並び、机の隅には飲みかけのコーヒーが置かれていた。冷めているのか、湯気はもう見えない。

 机の上には、配属希望の入力画面が開かれている。

「レイナー、配属希望を言え。西方か? コロニーか? ノーザンクロスか?」

 間髪を入れずに言葉を発するミュラーは、少しだけ苛立って見えた。

「……希望なしって書いたら、変なところに飛ばされますか?」

 アスミは、机を挟んだミュラーの前へ座りながら答えた。制服のスカートを膝の上で整え、両手を重ねる。

 その言葉を聞き、ミュラーは目だけをあすみへ向けた。

「そうかもな。中央司令部に飛ばされたら、自由には動けない。各リストへの閲覧制限もかかる」

 膝の上に置いた手が、ぴくりと動いた。重ねた指先が、わずかに強張る。LAAでは閲覧できない記録がある。

 配属されれば、行方不明者リストや事故リストへアクセスする権限が付与される。二年前に行方不明になった、幼なじみのカイト。その名前が、どこかに残っているかもしれない。

 けれど、中央司令部では自由に調べることができない。

 ミュラーとセリは、アスミの表情を見ていた。

 小さな部屋には、空調の低い音だけが響いている。廊下を通り過ぎる生徒たちの話し声が、扉の向こうで一度だけ近づき、また遠ざかった。

 アスミは顔を上げ、ミュラーを見た。

「北方基地は、最前線なんですよね」

 ミュラーは端末を机へ置き、椅子の背もたれへ身体を預けた。軋んだ椅子が、小さく音を立てる。

「ああ。北方基地は最前線だ。僻地だけどな」

 アルクトリに近く、オルディアにも近い、最前線の僻地。

 そこでなら、もしかしたら何か分かるかもしれない。アスミは膝の上で組んでいた指をゆっくりと解いた。

「……じゃあ、私は北方基地を希望します」

 ミュラーは軽く息を吐き、もう一度端末へ目を向けた。

「分かった。北方に行け。お前の希望が通るように何とかする」

 隣で聞いていたセリが、大きなため息をついた。椅子の背に預けていた身体を起こし、露骨に眉を寄せる。

「よりによって北方かよ。お前、なんで俺をそんなところに連れて行くわけ。ノーザンクロスでいいだろ」

 アスミは、セリを軽く睨んだ。

「別についてきてなんて頼んでない。勝手についてくるのはセリでしょ」

 セリも、アスミを睨み返す。

「勝手にじゃない。任務」

 二人のやり取りを見ていたミュラーは、眉間に皺を寄せた。端末を音を立てて机の上に置く。

「痴話喧嘩すんな。めんどくせえな。バディなんだから仲良くしろ」

 そのまま、ミュラーは続けた。

「それから。レイナー、配属後にお前へ向けられる目は、今とは違う。覚悟しておけ」

 アスミは口を閉じた。膝の上で、指先が再び重なる。

「お前は“ケイ・レイナー”の娘としても見られる。簡単に赤枠へ振り切るなよ」

 赤枠。SKYの操縦値が警告域へ達した時、操縦席の表示に現れる赤い警告灯。

 ケイ・レイナー。軍で名を知られた、オルディア人のパイロット。自分の父親のその名前が、NTOの上層部にまで浸透していることを、アスミはLAAへ来てから初めて知った。軍の記録上では、父は今もMIA――行方不明扱いのままだ。そして、RANK Sであるアスミもまた、優秀なパイロット候補生として扱われている。

 膝の上で、アスミの手に力が入った。

「はい。分かってます」

 ミュラーは何も言わず、アスミの顔を見た。それから端末へ視線を戻し、短く息を吐いた。

 *

 教官室へ戻ると、教官長がミュラーの机の前に立っていた。

 教官室には複数の机が並び、壁際の書架には教材と訓練記録が詰め込まれている。窓際では、別の教官が端末へ視線を落としたまま、低い声で誰かと通話をしていた。

「アスミ・レイナーの配属希望は決まったか」

 ミュラーは、手にしていた端末を差し出した。

「本人の希望がないようなので、北方基地に配属させます。ハイルトン・グレイ司令なら、オルディア人のパイロットに慣れてますから」

 システム管理画面には、すでに申請済と表示されていた。本人が最前線を志願したという記録を、残すつもりはなかった。RANK Sの候補生が自ら戦場を望んだという記録は、中央にとって都合が良すぎる。ケイの娘を前線へ出したがる人間に、余計な材料を渡す必要はない。教官長は画面を一瞥し、踵を返した。

「いつも同じくらい仕事が早いと助かるんだけどな、エリス中尉」

 ミュラーは返事をしなかった。

 閉じていく扉の向こうへ視線を向けたまま、机の上に置かれた端末を指先で軽く叩いた。RANK Sのパイロットは、軍の中でも数えるほどしかいない。ミュラーも、そのうちの一人だ。

 配属後に、アスミがどう扱われるか。予想はできた。端末の北方責任者欄にある司令官の名前を見る。

(先輩、なるべく長く北方にレイナーを足止めしてくれよ)

 ミュラーは端末を置くと、教官室から出ていった。

 *

「お前、配属されたらすぐにリストを漁るつもりだろ」

 セリが、アスミの少し後ろを歩きながら言った。校舎の端にある訓練室へ近づくにつれ、空調の音に混じって、遠くから低い駆動音が聞こえてくる。壁の向こうでは、午後の実習に使う訓練機が起動を始めていた。

 アスミは振り向かず、そのまま歩いた。

「そんなことしない。まずは仕事を覚えるよ」

 カイトが行方不明になってから二年。ニュースの記事を隅から隅まで見ても、どこにも名前はなかった。

 LAAから出れば、インシオンに行ける。配属されれば、もっと詳しく調べられる。

 アスミにとって、それは残された希望だった。

 訓練室の扉の前で、セリが一歩だけ歩幅を速めた。アスミの隣へ並び、壁面の認証端末へカードをかざす。

 短い電子音が鳴り、扉が左右へ開いた。ひんやりとした空気と、微かな機械油の匂いが廊下へ流れ出す。

「仕事を覚えてから、だろ」

 セリは前を向いたまま言った。

 アスミは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。

「……うん」

 

 二人は並んで、訓練室の中へ入っていった。


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