8.ケッパー砦からジガ城
ホッジス城から東へ、馬でおよそ1日半、ケッパー砦にたどり着く。
この道は十分に整備されておらず、荒れ地の只中を進む。この荒れ地の海に近い場所に最初の開拓地がある。
進行方向左手、北には森林が広がる。荒れ地は、開拓がはじまってからまだ150年。広い土地を、ホーシュビーからの海運を利用して海側から開拓したため、内陸部にはまだ人手が十分に入っていない。
領内の村落から追われた荒くれ者、地位や財産を失って行き所が無くなった者、軽犯罪を犯して元の住居に居られなくなった者、さらに酒保商人ジョーイが代表する流通を扱う流れ者などが入り込んでいる。
姫隊のように武力のある集団でなければ安全に通行するというわけにはいかない。
まだ暗いうちに城を出発、5頭の乗馬のほかに、それぞれ替え馬を引き、先頭をシューネに駆けさせ、最後尾をグリンデが追ってくる。
疲れた馬から乗り替え、乗り替えるうちにも隊は進んでいる。グリンデに守られて隊に追いつくことを繰り返す。飲食もすべて馬上、視察の旅の中でもっとも厳しい部分だ。
行く先で野営できるのは、ケイマン三叉路。
リバーアンから東へ出ると、ツェルナ三叉路に出会う。三叉路から南下し、グズマンでジガ街道と交差、さらに南下する街道は中道と名付けられている。中道がホッジス城とケッパー砦を繋ぐ道に突き当たる地点は、そこに村を開いた指導者の名を取ってケイマン三叉路と呼ばれている。
そこには、引退した兵士が家族とともに拓いた小さな村と、村が管理する柵で囲われた野営地がある。
ラ・フィエールからグズマンへ、そこから中道を南下してサポート隊がエイプリルを待ち受けていた。彼らが掲げた姫隊旗が遠くに見えたときは、5人はほっとしたものだ。
ここまでで、サポート隊とは一時別れる。
サポート隊はサリア街道、サリア城、ホーシュビー街道、ホッジス、ケイマン三叉路の宿泊・野営を担当し、持ち場での作業を終えると、替え馬を移動させる者以外は順次リバーアンに直行、そこでエイプリルの到着を待って警備と警戒を続ける。
姫隊はさらに東へ、荒れ地の巡回を担当するケッパー砦へ進む。
そこから北へ。上道を辿ってジガ城を経由、領境を辿ってリバーアン砦へと進む。この間は丘陵でレンジャー活動が多いため、バックアップ隊が担当する。
替え馬は順次要所に移動されていく。
北のリバーアン砦からジガ城を経由してケッパー砦に、そしてさらに海岸までの領境を守るのは、伝統として辺境伯家の長男、マクニール子爵の役割である。
当代のマクニール子爵、エイプリルの兄は、現在王宮で経理を担当する文官として仕えている。
彼はエイプリルが第三王子の妃に納まるまでラ・フィエールに帰ることはできないだろう。辺境伯家の武力はそれほどに大きい。
ケッパー砦は、辺境伯領とカリス侯爵領を分ける丘陵地帯の南東の守りを担当している。
姫隊は昼前にケッパー砦に到着、その夕をケッパーの守備隊とともに飲み、食べ、歌って過ごした。開拓村に交代で駐在し、往復の道で南の荒れ地を巡回する兵はフィエール領の守りの中でも大山脈を守る姫隊と同じくらいの危険を背負って、開拓地の盾となっている。そこを訪れたフィエールの次姫は、ケッパー隊にとって何よりの励ましだった。
次の朝は、ジガ城に向かって進む。
ケッパーとジガの中間地点、ハック駐在所で野営となる。
この丘陵地帯は、旧帝国の終末に王弟フェロステラ卿が臣下と領民を伴って越えていった場所だ。また、開拓民として平原を農地に変えた旧帝国民の中にもここを越えて卿に従った者たちがいた。
丘陵地帯を越え、さらに東へ進み、フェロステラ卿は王国を建てた。
フィエール子爵はこの丘陵に残り、皇女カンディステラとともにジガ城に拠ってガリエル兵の追走を食い止め、大山脈の西に押し返した。
上道は、フィエール家にとって栄光の防衛線である。上道を辿る領境巡回警備は新兵訓練に組み込まれており、野営の折々に撤退戦と反撃の歴史を聞かされる。新兵の意識高揚の場でもある。
姫隊メンバーも全員、巡回訓練を経験済みだ。
軽快に道をたどり、駐在地に1泊してジガにたどり着く。誰にも新兵訓練の懐かしい思い出がある。
右手側、東はカリス侯爵領、エルとマイケルの故郷がある。
エイプリルにとっても母の故郷、伯父の一家が住み、将来の第三王妃筆頭侍女となるべくともに王都で暮らす予定の従姉マリエがいる。
左手、西はフィエール平原だ。晴れた日ならば、はるかに大山脈の上部が薄く見えるはずだが、あいにくの曇り空だった。だが、眼下に広がる平原はエイプリルの護ってきた土地で、今もガリエルの支配から逃げ出してくる移民にとっての希望の地でもあるのだった。