15.迎撃準備
物見から旧フェロステラ城に集まったガリエル軍が山を登り始めたとの知らせが入った。
フィエール側の迎撃態勢も整っている。
ラ・フィエールは、先代侯爵が夫人メリーアンとともに守ることになった。
野戦指揮はジャルダン、ジガで騎士ホーリーに鍛えられた副官が参謀として付いている。
従卒にマリエ、マリエの従者に腹心のソリー、そして、もうひとり、ジャルダンとマリエの娘ケイトリンが控えている。「絶対にフィエール城には残らない」、とがんばる娘に「婚約者の王太子に一度も会わないまま死ぬことになるかもよ?」と、説得したが無駄だった。頑固は家筋だ。
ジャルダンにはローズとカンデラ公も同行している。カンデラ公がローズに、「いいからエクスプロージョンを思いっきり撃ち込んでやれば? 補助の魔晶石もあるでしょ」と囁いてそそのかしたが、「山が崩れます」と拒否されている。
ローズの従者には侍女のロナ、そして娘ロゼットがついている。こちらの主張は、「ケイトリンだって行くのだから」である。まあ、止めても無駄というやつだ。王都に置いて来ればよかったのだが、そこで拒否できなかったのだから、ここでできるはずもなかった。
これを聞いたら王太子と自分の長男の乳兄弟コンビは落ち込むに違いない、とカンデラ公は気の毒に思った。婚約者と妹が国土防衛の実戦に出ているのに、王都でのんびりさせられているのだ、怒りに震えるというより、屈辱に青ざめるだろう。
ゴッチ砦も面倒なことになっていた。
エイプリルとエリスの長男ジョットレイと、次男ミカエルがどうしてもついて行くと言って引かない。魔法の素質はジョットレイが何とエクスプロージョン。伯母ローズがじっくりと伝授した。ミカエルは魔力量が少なく大規模魔法の伝承は受けていないが、母の素質を受け継ぎ、スカウトに長けている。
エイプリルが「フレデリカの許可を得てきましたか」と質したが、「もちろんです」と力強く頷いた。
これを許すとなれば、エルとエリスの娘シュリも引かないことになる。「女公爵さま、母上、わたくしだけ残れません、父上、おねがい、おねがい、ね?」。
シュリは、ケイトリンが皇太子妃に上がるとき筆頭侍女として付き従うことになっている。ケイトリンの傍に置いておきたかったのだが、ケイトリンも快く送り出した。戦場を前にして説得されるようでは皇太子妃付きの王宮侍女など務まりはしない、やむなきことである。
アニーとマイケルのひとり娘ポリーナは、母に似て運動神経系が壊滅しているので、そもそもついて行こうとは言いださず、マイケルだけは余裕を見せている。
エイプリルは、3人を前に指揮官の貌に変わった。
「姫隊は5人と戦馬、戦闘犬2でやってきました。いままで誰も欠けたことはありません。
今回は、犬は残して行きます。馬も広間の手前で置いて行きます。
シュリ、ジョットレイ、ミカエル、戦闘経験のないあなたたちは、はっきり言って足手まといです。邪魔にならないように、ただ指示に従いなさい。
いきなり接近戦です。目の前で血しぶきをあげて人が倒れます、覚悟はいいですね」
「3人には、結界の魔晶具を預けます。
ひとりは広間に出る手前で馬とともに待機、中から結界を張り、絶対に持ちこたえるのです。中で誰が死んでも飛び出してはなりません」
3人の体が強張った。そう、全員で帰れない未来もありうるのだ。ここを任されたら、仮に7人全員が倒れても、結界のこちら、安全なところでじっとしていなくてはならない。ゴッチへの道を開いてはならない。
「つぎのひとりは、マイケルとともにガリエル側のトンネル入り口に急ぎ、そこで結界を張ります。マイケルは防御の名手ですからここを抜かれることはないでしょう。ですが、邪魔にならないように自分に防御魔法をかけて、じっとしていなさい。戦場を目の前にしますが、目をそらすことは許しません。
マイケルに何かあっても絶対に動かず結界の魔道具を護れ。万一破壊されたら、予備を発動させよ。これが指令です」
「最後のひとりは、ファブとともにフィエール側のトンネルを封鎖します。ここの結界はタイミングが大切です。馬はフィエール側に頭を向けていますから、自分の方へ動いて来るでしょう。人や馬が結界を張るべき場所に掛かっていると、結界の展開に失敗します。広間からトンネルに入ろうとするところを押さえるのだから、ファブの負担は大きいですよ。もともとふたりで掛るべきところを、結界を稼働する者がつくので、ひとりで行かせます。
指令は、ガリエル側と同じです」
キャメロンが、にやりとした。エイプリルは子どもたちを鼓舞している。キャメロンにとってこんなことは片手間だ。だが、実戦で甘い見込みを持ったら、帰り道を辿ることはできない。
「それでは場所を決めましょう。この3枚に場所が書いてあります。馬を預けられる者が一番つらいでしょう、ひとり1枚選びなさい」
「母上、いえ、指揮官。わたしがゴッチからのトンネルを護ります」
「ジョットレイ、全員が死んだらどうします」
「結界を二重に張り、馬を連れてゴッチに行き、トンネルの出口を塞ぎます」
「わたくしが倒れるところを見たらどうします」
「泣きます」
「結界を解いて入ってはいけません、絶対です」
「指揮に従います」
「不服従は死をもって贖わせます。いいですね。
誰かが倒れ、それに気を取られる者が出ると、全員が倒れます。
ここが失敗すると、ゴッチは崩壊、お館さまの軍も横から攻撃を受けて、多くの兵が死にます」
「はい!」
広間へのトンネル口を両方ふさぐのだから、単に時間がかかりすぎるだけで敵味方全員窒息する可能性がある。ただ結界を解くだけで父と母、乳母と乳母娘、弟とポリーナの父、そして乳母娘の父を窒息死から救えるというときに、解きたいという衝動に耐えられるか。
いや、この役目を弟や乳母娘にやらせないという決意は褒めるべきなのかもしれなかった。
シュリとミカエルは札を選び、シュリは叔父ラドクリフとともにガリエル側、ミカエルは乳母娘の父であるキャメロンとともにフィエール側となった。
ミカエル、シュリ、ジョットレイは、防御の魔石をたっぷり持たされ、予備を含めて3個ずつの結界の魔晶具を背負った。
「死んだらあの世まで追いかけて行って殴る」と、コーエンにがっちり諫められた。
口数の少ない父、シュリにとっては穏やかなおじさまの低い声に、「それは死ぬより怖い」と、3人とも思ったのだった。




