4.戦姫メリーアン
「母上」
辺境伯夫人、メリーアンの私室に、エイプリルがひょいと顔を出した。
奥方とともに結納品の一部である王子用戦衣に、華やかな刺繍をほどこしていた侍女たちが、一斉に立ち上がる。メリーアンがそれを手で制して、作業を続けさせた。
「エリー、今度の視察のことかしら?」
「はい」
「では、執務室に移りましょう。誰かお茶を」
侍女のひとりが扉から出て、執務室へと急ぎ、控えていたペイジにお茶の伝言をする。
「エリー、旅程表はできていますね。こちらへ」
「はい」
エイプリルが差し出した旅程表には、フィエールからサリア城下、ホーシュビー湾のホッジス城へ。
そこから東、ケッパー砦へと丘陵を登り、リバーアン砦へと丘陵を縫って続く上道を抜ける日程が記されていた。
リバーアン砦で、橋の開通式を見物。その後、リバーアン街道を使ってハスマン砦、ハスマン街道から帰城する。
「エリー、間に合う?カリスからマリエが来て、一緒に王都に行くのでしょ?
そもそも開通式に間に合う日程なの、これは」
「はい、問題ありません」
「そうですか。ではよろしい。
替え馬を用意しますか?」
「いえ、サポート隊を先行させてあります」
「では、サリア城下には入らない予定ですか」
「はいります」
「わかりました。こちらからサリア夫人に知らせますが、城に入りますか」
「いいえ。宿は手配済みで、バックアップ隊がすでに宿泊しています」
「入れ替わるだけなのですね。それでよろしい」
「ホッジス、ケッパー、ジガ、リバーアン、ハスマンはどうしますか」
「そちらはあらかじめ連絡をお願いします。
ホッジス城は2泊、砦にそれぞれ1泊で、サポート隊が前日に到着予告を入れます」
「リバーアンは?」
「別邸をお願いできますか。サポート隊、バックアップ隊との打ち合わせ、確認を行います」
「こちらから侍従と侍女を送りましょう。開通式に必要な衣類、小物はすべてこちらで整えておきます。サポート隊とバックアップ隊への帰路補給もそこに準備しましょう。
バックアップ隊の半数は帰城しないでそのまま船で下り、王都へ行くのでしたね」」
「はい、王都の方は兄上が準備してくださいました。
サポート隊の一部は、ケイマン三叉路から中道を北上して、リバーアンに先着します。バックアップの方に余裕がありませんので、サポートのメンバーでリバーアンの警備を一部代行します」
「わかったわ、エリー。必要物資の供給リストを」
「こちらに」
執務机でペンを持ったメリーアンが、リストを確認する。メモするペンがさらさらと音を立てる。
「これで結構よ。大変よくできていますね」
母に承認をもらって、エイプリルは娘らしく首を少し傾けて微笑み、お礼と喜びを示した。
「母上、ありがとうございます。
あと、辺境伯夫人へということになりますが」
「ええ、何でしょう」
「サリアから早馬が来るかもしれません。お館さまが出るとなってもいいように、お支度を」
「わかりました、準備しておきましょう。それでアニーをサリアに呼んだのですね」
「ローズを王都へ手放し、エリー、間もなくあなたも王宮へ行くのですね。
城は本当に寂しくなりますよ」
「はい。わたくしも母上にもう頼れなくなると思うと」
「いえ、エリー、わたくしはいつもあなたとローズとともにあります。バックアップ隊は全員王都に行くのでしょう?
頻繁に手紙をお書きなさいね、手紙を持って往復させれば、隊員が家族に会う機会も増えますよ」
「はいわかりました、そういたします。
サポート隊は母上にお預けします。解体しないでお手元でお使いいただけないでしょうか」
「まあ、本当に?それでいいの?
わたくしは本当に助かるのよ。わたくしの隊はローズを産んだ時にカリスに帰しましたからね」
「はい、隊の者たちも喜んでいます」
「そう、ありがとう。あなたの結婚準備ももう終わります。
わたくしが再び姫隊を組織して、国境警備に出ましょう。あなたのサポート隊が助けてくれるのなら百人力というものですよ」
「母上」
「任せていいのよ。あなたは違う戦場に行くのです。そこで本分を尽くしなさい。
グリンデとシューネ、替え馬も引き継ぎましょう。ハイランドルピナスも大切にしますよ。
連れて行けないと聞いています」
「何から何まで……」
エイプリルの視界が少し滲んだ。
「母上の娘でよかったです」
「わたくしの娘はどちらも立派な戦姫です。戦場が変わっても戦姫であり続けなさい。
わたくしも侍女たちも歴戦の戦姫と姫隊ですもの、侍女の娘たちも訓練を欠かしていません、復活して見せますとも。心残りなくお行きなさい」
「母上」
フィエール城とラ・フィエール
フィエール城は、フィエール領の主城で、ラ・フィエールという時には、城と城下町をまとめて指しています。ただ、会話中は特に区別しておらず、話し手のクセのようなものが出ています
モン・フィエールという時だけは、我が故郷、フィエールとそこに住む人たちという、思い入れが伴います