3.塔のウイレム
エイプリルはロイに送られて私室まで帰ると、大貴族の姫らしくもないことだが、自分で簡易なワンピースと踵のない靴に着替えた。戦場に出る戦姫は、人目のないところでは何でも自分でやる。
この姫に王子妃が務まるかどうかと言えば、少なくともエルの目からは不可能域にかなりはいり込んでいる。
エルを従えて迷路のような廊下を軽やかにたどり、脇扉から戸外に出て塔に向かった。
「しっしょー!」
塔の階段を一気に駆け上がって、ウイレムの研究室のドアを押し開く。
ラ・フィエールの塔をひとつ与えられているのは、錬金術師であり魔法使いである、ウイレムという名の老人だ。灰色の髪の毛を総髪にして後ろに撫でつけ、あごひげを胸に垂らし、グレイのローブを身に纏っている。
ウイレムは、帝国の賢者の伝統を引く、さまよえる大賢者と言われた先代ウイレムの弟子だった。先代は、帝国が滅びたときに植民地であったフィエール平原におり、皇弟フェロステラ公に従って逃げる領民たちを護った。
塔のウイレムは、先代ウイレムの最後の弟子で、辺境伯の保護を受けてエイプリルをはじめ辺境伯家の戦士に魔力抜きや魔法を操る術を指南している。
ウイレムが、覗き込んでいた魔晶石の箱から顔をあげて、孫を見る目でエイプリルを歓迎する。
「姫、ご機嫌ですな」
「そうなの、師匠。お館さまがホーシュビーからリバーアンへの視察をお許しくださったのよ」
「それはようございましたな」
エルに言わせるなら、これでもうマントに刺繍をしなくてよくなるという喜びに少し舞い上がっているに違いないのだが。
ウイレムは、ゆっくりとした動作でふたりの弟子にお茶を勧める。魔法使いであり、錬金術師でもあるウイレムのお茶は、空中にじわじわと実体化したポットが、カップにコポコポと音を立ててお茶を注ぐという楽しいもので、ウイレムがまだ幼かった少女たちを魔術と錬金術に引き付けるために工夫したものだった。
「お茶が入りましたぞ。マフィンはいかがですかの。今日はブルーベリーでしたかの」
マフィンは、大皿に乗せられたまま棚からふわふわと出てきて、ティーテーブルに着地した。
「さて、ホーシュビーということは、移民船とアニーですかな。サリア城下からまっすぐおいでになりますかの、それともマナウス砦を回りますかの」
「ちょっと時間が足りないから、マナウスは無理かな」
「アニーをお召しになりますか」
「はい」
「うむ。
エル、どうだね、アニーを王都に移すとして、後は任せられるかの」
アニーは、写真記憶をもつ特殊能力者だ。特に人の顔の識別に優れていて、瞬きがちょうどシャッターの役目を果たす。さらに有能なことに、記憶にある人の顔をスケッチとして出力することができる、エイプリル秘蔵の手札だ。
エルが差配している姫隊のバックアップ隊メンバーで、現在はホーシュビー湾に面したホッジス城でベニステラ公国から帆船で送り込まれてくる移民船の入国審査に立ち合い、すべての移民と船員の顔を記憶し、チェックしている。
複数回来る移民は、疑いようもなくガリエルの間諜であり、ある時移民として来て、次には船員として来る者は連絡係と認定してよい。
「師匠、アニーの代わりはどこにもいません。
でも、姫の身を守るためにアニーは王都に居なくてはなりません」
「そうよの、そうであろうとも。
姫を王都に取られて、山越えの間諜捕縛が手薄になり、アニーを護りに連れて行かざるをえず、それでホーシュビーからも入られる、と。王宮はガリエルをどれほど益するつもりであろうのぉ」
「第三王子を婿に出すより、フィエールに負担をかける方を選んだのです。
王の決定です、やむをえません」
エイプリルは、話題を明るいほうに変えようとする。
「ねえ、師匠、魔晶石を覗き込んでたでしょ?何か作るの?」
「おお、これですかな」
そう言ってウイレムは、魔晶石の入った箱を持ってきた。
魔晶石は、帝国時代には装飾用の安価な鉱石、涙石として扱われてきた。わずかに白い濁りと金色の線状の物質がはいった透明に近い鉱物で、涙滴状に加工されて装飾品に使われていたからだ。
主な生産場所は、ベニステラ公国の大瀑布の裏、鍾乳洞を繋いで作られたトンネルの奥だった。
帝国の終盤、ガリエルの侵攻の少し前、ウイレムの師匠、さまよえる大賢者がフィエール平原の北、ロズウェル河をこえた鉱山で涙石の大鉱脈に行き当たった。大賢者は、土魔法で鉱脈を掘ってみたが、その際この石に魔力を溜める性質があることを見出した。
このことがわかってから、魔力酔いに苦しむ者たちの“魔力抜き”に、球に形を整えた魔晶石が使われるようになった。
さらにウイレムの代で、魔力抜きに使った魔晶石を、魔道具の動力として使えるようになった。
適切な加工をした魔晶石に魔法陣を組み込み、魔力を込める。これを魔道具にセットすれば、使用する者の固有の魔力が魔道具の発動する性質とは異なっていても、わずかな魔力を注ぐことで込められた魔法を発動することができる。
魔晶石を組み込むタイプの魔道具は、ごく簡易なものから実験的に作られていった。炎の魔晶石を組み込んだライター、水の魔晶石を組み込んだウォーターポット、水と冷気の組み合わせ魔法陣を組み込んだクーリングボックスなど。
生活が便利になると同時に、ガリエルに対する目くらましともなった。征服者というものは、被征服者を下に見がちだ。ガリエルもこの弊から逃れることはできなかった。
ルースカリエの魔法といっても、たいしたことはない。料理や洗濯に使える程度ではないか、爆炎や落雷のような攻撃魔法の使い手はすべて帝都壊滅の時に死に絶えたのだと、楽観的に考える者がほとんどだった。
「これは、カンデラ公の魔晶石鉱山から送られてきたものでしてな」
「リバーアン砦の河向うの鉱山ね」
「そうですな。カンデラ公の飛び地になりましてから、新しい鉱脈が見つかりましての」
「大きいわよね」
「さようですの」
ベニステラから送られてくる魔晶石は直径5cmほどだ。原石の形を整えて磨き、魔法陣を組み込めるようにして送ってくる。カンデラ領から出る魔晶石は、大きいもので直径15cmほどになる。これを加工してすこし小さくなるとして、籠められる魔力は25倍ほどだ。(容積の倍率とは異なる)
「ベニステラ公国の鉱脈より、大きなものが出るようでして」
「これでどのくらいの魔力を保存できるの?」
「まだ最終結果は出ておりませんがの、大姫さまで10日分ほどかと」
「え、それって、最大級のエクスプロージョンで12,3発撃てるってことじゃないの?」
「そうですじゃのぉ。まず、適正者が魔力を注ぐところでロスが出ますの、エクスプロージョンに変換するように魔法陣を組み込みますしの。
2発ほどでしょうかのぉ、変換の圧力に耐えきれませんじゃろ、石が割れてしまいまする」
「えーっと、魔法陣を組み込んだ魔晶石に姉上が魔力を籠めるでしょ、それを発火させることができれば誰にでもエクスプロージョンが撃てるってこと?」
「できまする。ですが、極大魔法についてはそうならないように細工いたしますよ」
「そうよね、安全装置みたいなのが必要よねぇ」
「別に鍵を作らねばなりませんの」
「そうね。極大魔法を倫理観のない者に持たせてはなりません」
「さようでございますな」
「あともうひとつ、魔法陣は最初に組み込んでなくてはならない?
エクスプロージョンを撃てる姉上が、自分の魔力を注いでおいた魔晶石を使って、魔法陣なしに威力や回数を増すために発動させることもできる?」
「それはできまする、単にご自分の魔力を溜めておいたということになりまする」
「では、魔法陣なしに魔力を注ぎ込んだ魔晶石があるとして、それを魔法陣の上にのせて発動できる?」
「やってみましょう。ですが、魔力を注いだ者の適性と魔法陣が一致しないと、不発になることは間違いないでしょうな」
「ああ、それならいいわね。魔力抜きには最適ね。魔力を注いだ者の名がわかっても、適性が判らなければ悪用はされないってことよね。注がれているのは変換前の生の魔力だから」
「はい、その点はご安心を」
「今、涙石から魔晶石への加工は、カンデラ公が担当しておられるのでしたね」
「はい、ですが装飾用に使われてきた古い涙石は市中にたくさん出回っております。それを加工すれば魔晶石になりますので」
「そうよねぇ、加工を取り締まる法はないわよねぇ。魔法陣、魔晶石、魔力保持者がいれば、いくらでも兵器ができることになるわよねぇ」
「マイレディ、それほどご心配になることはないかと。
兵器になるほどの魔法を保持しているのは上位貴族に限られております。涙石からの加工でできるのは、日用のライターやウォーターポット用に限られます」
「そうねぇ、そうだといいわね」
エイプリルは王都を知らない。そこで何が起こっているかはこれから知ることになるのだが、楽観することができないのが戦姫の性というものなのだろう。
魔法とかになじみのない方へ
魔道具と魔晶石とかいっても何よ? とお思いの方。このお話の中では、電気製品とバッテリー(電池)のようなものだと考えてください。
電気製品が魔晶具、魔晶石がバッテリーで、電気の代わりに人が魔力を籠める、(生の魔力と魔法陣を介した特定の魔力、どちらでも籠められる)
ただし、電池と違って、使い終わった魔晶石は割れる
起動に必要な小さな魔力 イコール イグニッション(点火・発動装置)
みたいなカンジでお願いします
現実世界の電池より、かなりエコなところがいいと思いませんか?




