15.第三王子の執務室
フィリップスは、学業の終了を目前に控え、王家の一部を担うべき時期に差し掛かっていた。カンデラ公の執務室の近くに、新しく正式な執務室を与えられた。
同時にこの先王子の執務を支えていくための側近として、マール侯爵家からフレデリック、ライフェルド侯爵家からオーギュストが仮に選ばれた。
フィリップスの実務教育はカンデラ公が担当し、側近ふたりのためにはカンデラ公の部下から教育係が選ばれた。
「フィリップス、君が任されるのは、西の護りだということはわかっているね。
まず、ガリエル皇国公用語は大丈夫だね」
「はい」
「君たちも十分使えるね」
「はい」
応えたのは、フレデリックとオーギュストだ。
ここは、カンデラ公の執務室。最初の心構えを説かれている。
「この部屋に集まってくるものは、すべてが極秘資料だよ。
ここの書類や口頭の報告について、すべて口外禁止だ」
「はい」
「内容は、ガリエル皇国の内情が主なものだね。
君たちには、まず、皇国の中心部がどうなっているか、血縁関係、指揮系統について完全に覚えてもらうよ」
3人には、王国の政治の中心部に近付いている高揚感があった。
「いいかい、ただの家族構成や支配体制だと思って軽んじてはいけないよ。
皇国からすれば、わが国がどれほど正確に皇国の内情を知っているか、それによって情報を流している者は誰かがわかる。
君たちの口から洩れる話には、わたしが受け次いで、更に10年かけて作り上げた情報網と、送り込んだり買収したりした情報源の命が掛かっていると思いたまえ」
国家の内部構成は秘密情報なのだが、普段、普通に王家と接し、自分の家族が政治に参加しているとこの感覚が薄れる。彼らはまずここから学習しなくてはならない。この部分が、貴族しかいない学園で教育を受ける最大の弊害と言える。
道は遠く、統治を知るには苦い思いもしなくてはならないのだが、まだ入り口に立つこともできていないこの3人には、意味がよくわかっていないかもしれなかった。
だから、彼らに与えられたのは、少し古い情報と、監視役を兼務した教育係だった。
カンデラ公から、10年から5年ほど前までの資料のうち公開されても問題ないもの、一部欠けている体制図などの譲渡があり、3人はなんとか説諭から解放されて新しい執務室に落ち着いた。すぐに資料が運び込まれる。
まずこの資料を読み込むところからしか何も始まらないのだが、いまひとつ熱意に欠けるところがある。
資料を読むばかりの日々が続き、飽きが出てきたころのことだった。
執務室と廊下の間には前室があり、そこには3人の王宮侍従が詰めている。廊下には警護の兵が立っている。その警護を抜け、侍従を説得して、入室しようとした者がいた。
「殿下、お邪魔してもよろしいでしょうか」
ノックとともに、女性の声がした。
入り口の近くにデスクを構えていたカンデラ公直属の教育係が、さっと立ち上がって扉の前に立った。
「だれだ」
「え?あの、サマビル侯爵家の者ですが」
「ああ、もしかしてエステルか?」
「あ、殿下、はい、お約束通り差し入れをお持ちしました」
「そうか、入れ」
教育係の顔色が変わった。扉を背に小声の早口でフィリップスに話しかける。
「殿下、外交関係の執務室には、関係者以外入れません」
「何を言う、エステルはわたしの乳姉妹、兄弟同然だぞ」
「ロード・ライフェルド、殿下にお教えすることがあるね」
「はい、この部屋には、たとえジョージ殿下やメリー殿下でも入室できません」
「なぜかね?」
「万一この部屋から情報が漏洩した場合に備えて、殿下方に嫌疑がかからないようにお守りするためです」
「殿下、お分かりですね、殿下もジョージ殿下の執務室にお入りになったことはないでしょう。
この先も、お入りになることはありません。極秘というのはこういうことにございます」
「しかし、話の成り行きで口に出ることもあるではないか」
「話した内容によれば、その方は幽閉になります」
「え?」
「殿下も責めなしとは参りません」
「そこまでか」
「最悪そうなります。ですので、一切話さないことが安全です。
殿下が王子教育で社交会話を身に着けていらしたのは、こういうことのためにございます」
「そうか」
扉の外から、再び声がかかる。
「殿下?」
「ああ、エステル、今日はありがとう」
フィリップスは、扉を開いて前室に出た。
「これが差し入れだね、ありがとう。
さあ、送っていこう」
「殿下、執務室を見せてくださるお約束は?」
「そうだね、今日は部屋が書類で一杯なんだ、お茶を置く場所もないからね。
君も書類にお茶が掛かるなんて嫌だろう?」
フィリップスは、王子スマイルを浮かべてエステルに腕を差し出して部屋を出て行った。エステルの後ろから侍女がついて行く。




