12.婚約者達
その日のティータイムもエイプリルの居間だった。
エイプリルの輿入れ後のためにフィエール家と宮廷侍女契約を交わした、マリエ、ミリアム、アレクサンドラ、フローラがエイプリルとともにテーブルに着く。
この先の長い時間を王子妃侍女、コンパニオン、エイプリルに子ができた場合には乳母、教育係として共に過ごすことになるだろう女性たちだ。
「アレクサンドラ、ご婚約がきまったそうね」
「ええ、顔合わせの日にいらしていた、ライフェルド家のオーギュストさまですわ」
「あの方でよろしかったの?」
令嬢どうしは遠慮がない。この先一緒にやっていく仲であり、早いうちに聞いておいた方がいいという事情もある。
「そうね、どうかしら?」
「カンデラ公のお茶会にいらしていた方ね?」
「ええ、カンデラ公のお引き合わせですもの」
「そうですわね」
「ライフェルド侯爵家は、オーギュストさまの上に兄君がおふたりでしたわね」
「ええ、上の兄君は侯爵のもとで、すでに補佐をなさっておいでです」
ライフェルド家は外交を得意としている。
「中の君は、ジョージ殿下の補佐をなさっているの」
「そうなのね、妃殿下はグリエランドの王女殿下ですものね」
「なるほどねぇ」
王子妃の周りをより固く護ろうという意図は明らかだ。
王弟カンデラ公の妃、エイプリルの姉ローズが王太子王子の乳母。
マール候爵の長姫ペイシェンスが王太子妃、第二子フレデリックの婚約者がミリアム。
そして、アレクサンドラがジョージ殿下の補佐官を兄に持つライフェルド候子息の婚約者となった。
王家はライフェルド侯爵家を第三王子妃の侍女となるアレクサンドラと縁付けることで、各宮の連絡が密になるように配慮し、周囲をさらに固め丁寧に扱っている。
「これがわたくしの仕事ということですわ」
「アレクサンドラ、オーギュストさまはどんな方?」
「そうですわね、婚約の誓約を交わした後、すこしお話ししましたわ」
貴族家の姫にとって結婚は一種の仕事だ。だが、夫君になる方に対して夢が全くないわけでもない。
「でも、まだよくわかりません」
「そうでしょうねぇ」
「最初はそんなものですわよね」
「髪飾りを差してくださいましたわ」
「バラではなく?」
エイプリルの言葉に全員の口元に笑いが含まれる。
「金細工の花びらの真ん中にサファイアでしたわ」
「あら、あなたの髪と瞳の色ね?」
うふふ、ほほ、と、しばらくフィリップスのバラを思い出した笑いが部屋にこもる。
「そういえば、殿下はこのところいかが?」
「王家へのご挨拶の時に、ダイアの首飾りをいただいたのでしたよね」
「ええ、そのあと、エメラルドを使った櫛をいただきました。
すまなかった、との仰せでした」
「それはそうでしょうとも。よく受け取りましたわね、エイプリル」
「投げ飛ばさなかったとは上出来ですわ」
うふふ、という小さな笑い声とともに、最初の護身術の授業でエイプリルが女性騎士を投げ飛ばしたシーンが3人の頭に再現される。
エイプリルとエルにとっては、ちょっと失敗した思い出だ。
「そこまで思い詰めたりしません。大したことではありませんもの」
「そういうものなの?」
「さすがにあれはないでしょう」
「まあまあ、今更ですわよ」
「フローラは最近トマシーノさまにお会いになって?」
フローラの婚約者は、キューガン伯爵家の長子トマシーノだ。キューガン伯領は、フィエール辺境伯領、改め侯爵領の東、ロズウェル川を隔てて隣り合っている。リバーアン砦のちょうど向かい側が一部カンデラ公爵家の飛び地になっているが、王国の東北を護る家で、森人との付き合い方を知っており王国の林業に貢献している。
「ええ、トマシーノさまとは終了式の後結婚しますでしょう?
エイプリルの婚姻式まで、短い間ですがキューガン領で過ごし、そのあとは当分こちらに住みますでしょ。それで王都での生活の細かい手配をするためにこちらにいらしたそうですわ。お忙しそうになさっています」
「フローラが最初よね、お式のドレスはできまして?」
「うふふ、カンデラ公妃さまが王室の仕立て室で作ってくださったのよ。エイプリルのおかげね」
「あら、そんなこと」
「いえ、わたくしがエイプリルの侍女をお受けしたから、公妃さまが気を配ってくださったのですわ」
「そうね、そうかもしれないわ」
これは、ミリアム。
「王家はフィリップス殿下のことでフィエール家にすまないと思っておいでなのよ。そうだと思うわ。
謝るなんてできませんでしょ? それでエイプリルの姉上である公妃さまを通じて、王家から王子妃侍女になるフローラにウエディングドレスを贈ることで、差しさわりなくお気持ちを表したのではないかしら。回りくどいとお思いでしょうが、王宮ってこういうところですわ」
エイプリルが話しかけた。
「フローラ、ブーケはわたくしに用意させてくださいね」
「まあ、エイプリル」
エイプリルはにっこりとした。ほほえむととても可愛くなる。
「白い、そうね、バラばかりだと重いかしら。フローラのイメージなら可憐なジャスミンかしら。中心に白いバラを少し、周りに茎の細いスプレーバラを入れて軽く作りましょうか。そしてジャスミンを蔓ごと使って、バラに絡ませながらドレスの前に少し垂れ下がるようにしてみる?アクセントにフローラの瞳の色の紫を少しあしらってみたらどうかしら」
「あら、それは見たことのないアレンジね」
「そうかもね、きれいにできると流行るかもしれないわね」
「秋にジャスミンは難しくない?」
「大丈夫よ、任せて」
「ジャスミンの香を引きながら歩くのねぇ、新鮮ねぇ」
「未来の王子妃のデザインなのよ、誰からも批判なんて出ませんわ」
うふふ、と期待感が盛り上がる。フローラの結婚式にはここにいる4人の令嬢たちが美しい花となって付き添うだろう。
「そういうミリアムは、フレデリックさまとは?」
「そうですわねぇ」
「長いお付き合いでしたわよね?」
「そうですの。
そうそう、これをお話ししないと。皆さま、王家の婚約に関する家訓を知ってらっしゃる?」
「いいえ?」
「ペイシェンスさまからうかがいましたの。エイプリルのために知っておいたほうがいいからと。
マリエ、大切なことみたいよ。フローラとアレクサンドラも聞いてくださいね」
「王家の結婚に関する家訓だそうですの。帝国時代から引き継いでいるとか。
王家の婚約者になった王子と姫、あるいは王女と貴公子は、婚姻式の日付が決まるまでお互いに会ってはならない、というものですの」
「え?そんな家訓がありますの?」
「わたくしも聞かされた時にはなぜかしらと思いましたのよ。
でも、今になってわかる気がしますの。
義姉上も、王太子さまとは学園の入学式の時初めてお会いになったということで、わたくしまさかと思いましたのよ。でも、それだからこそ気持ちがついてきたとおっしゃるのです。
義姉上が入学なさった時、王太子さまは3年目でございましょう? それはもうとても素敵な王子さまに見えたとか」
「そうでしょうねぇ、わかるわ」
「ね、そうでしょう? わたくし、フレデリックとは10歳の時に婚約しまして、もうかれこれ8年ですわ。結婚相手というよりも、兄か弟のようにしか思えませんの」
「そんなものなのかしら」
「べつに他の方がステキに見えるわけでもありませんのよ。ただもう、この先何十年もフレデリックととともに生きるというか、むしろ世話をしていくと思うと。どうもね」
「世話をする?」
「ええ。お互いに秘密なんてありませんもの。兄弟に恋をしないのと同じですわ」
「ミリアム、言葉は悪いかもしれないけど、それはお互いに甘えているってことかしら?」
「あら。ええ、マリエ、そうかもしれないわ。確かにそうかもしれない・・・」