7.王と王子
「殿下、陛下がお呼びでございます」
「今か」
「はい」
その夜は、もう眠る時間になっていた。父王に呼ばれ、フィリップは寝衣に着替えかけていた手を止めて侍従に服装を整えてもらうと、導かれるままに王の私室に入った。
「フィリップス、そこに座れ。
何の話か分かっておるな」
「今日の茶会のことでしょうか」
「アンドリューの気遣いを無駄にしたそうだな」
「いえ、そんなつもりは」
「そなた、婚約している姫に初めて会うに、髪飾りひとつ持たずに行き、髪にバラを差したそうだな」
「スカートの色に合っているかと」
「馬鹿者!」
王の怒りが王子に降りかかった。
「そなた、3年前のことを覚えておらぬのか」
「覚えております」
「言うてみよ」
「ガリエル皇国がわたしを皇女の夫に欲しいと言ってきました。
誰もが反対して、わたしには婚約者があると言って断りました」
「それだけか」
「婚約者がフィエール伯爵家の姫になったのは、伯爵家が皇国との国境を護っていて、皇国にとって手強い兵力だったため、最も適切だったからです」
「そうだ」
「はい」
「おまえは、皇国に婿に行きたかったのか」
「いえ、けして」
「では、今から行くか」
「え、その話はもう終わったのでは」
「馬鹿者、おのれは自分の立場が分からぬのか」
「父上、そのような」
「俺が1度だけおのれの立場を教えてやるゆえ、よう考えよ。
俺と王太子の役目は、いつか帝国をもとの地に建て直すために、血を継いで残すことだ。
このためだけに始祖は皇弟の身でありながら屈辱に耐え、多くの民を失いながらも逃げ続けた」
「はい」
「俺の次男、ジョージの役目は、国土を東へ拡げることだ。
フェロステラ公爵家がこの地まで逃げ切ることができたのは、旧帝国の東の地、今のフィエール平原を始まりとして、東に長い時間かけて植民していたからだ。
俺はこの教訓を忘れていない」
「はい。教わっています」
「では、おのれの役目は何だ」
「西の国境を護ることでしょうか」
「そうだ」
「しかし父上、西の守りはカンデラ公がフィエールの姫を娶って公爵夫人としているではないですか。しかも、王太子の王子の乳母を務めております」
「そうか、それでそなたは西の守りは万全だから、フィエールの姫はもう王家には必要ないと思うのだな」
「正直に言えばそうです」
「そうか、自分の役目を叔父に任せて逃げようというのだな。
誰だ。そなたの乳母、サマビル侯爵夫人か、それとも娘のエステルか」
「いえ、父上、けしてそんな」
「王家として、そなたの役目は変わらぬ。よいか、役目を果たさぬ者に王家の保護はない。
俺、アンドリュー、ウイリアム、メリー、ジョージ、全員が与えられた役目を果たしておる。わきまえよ。」
「はい。父上」
「それとな、そなたわかっておらぬようだから、これも言うてくれよう。
3年前、そなたはフィエール家に救われた。その時に負った恩義を、危難が去ったからというので卑怯にも返さぬというのか。
今おのれがこうしてフィエールの姫に屈辱を味あわせ、のうのうと俺に楯突いていられるのは誰のおかげであるか、よう考えよ」