5.顔合わせ
王都へ上る辺境伯家の馬車列はきらびやかに組まれた。先頭は辺境伯家の旗、先導の騎士1列2騎、そのあとがハイランドシダーに騎乗したフィエール伯爵。護衛の騎士、馬車列が続き、一旦列は終わる。後方からは、徒歩の従卒が王家に贈る駿馬を引き、馬車列には王都での生活を支えるメイドたちが乗り込み、さらにエイプリルが1年間学園や王都別邸で使うさまざまな道具、衣服、婚約者や王家に贈るために3年間で用意した結納品や嫁入り道具の一部などが荷駄となって続いている。
途中でカリア侯爵家の馬車列が加わり、先頭旗もフィエール辺境伯旗とカリア候旗が並び、列は長大となった。
列は長かったが、ここに王家の婚約者本人は参加していなかった。
エイプリルとマリエは、護衛騎士とともにリバーアン砦へと街道を騎馬で走り抜け、船着き場から馬とともに船に乗り移った。王都に近い船着き場で下船すると、再び騎乗して駆け、王都に最も近い町で待ち受けていたカリス侯爵家の馬車に乗り込んだ。
王都の東門に、マリエは学園の学生である証書を、エイプリルは入学許可証を差し出し、するりと王都に紛れ込んだ。
伯爵家の馬車列が到着するより前に、エイプリルの活動は始まった。
まず、カンデラ公爵家で公爵夫人主催のお茶会が開催され、エイプリル、マリエのほかに、カッサンドラ公爵令嬢ミリアム、マリニアム侯爵令嬢アレクサンドラ、ケィティネット伯爵令嬢フローラが招待されていた。
「ようこそ、みなさま。お会いできてうれしいわ」
カンデラ家は王城の敷地内に離宮を持っている。ここでお茶会を開催するのは、どちらかというと政治的な場合だ。招かれた令嬢たちも、それは心得ている。
「お招きありがとうございます」
と、それぞれが口に、お茶の席でありながらも腰を落として礼をとる。
「エイプリル、こちらに。
みなさま、わたくしの妹、エイプリル・ラ・フィエールをご紹介いたします。
ご存じの通り、フィリップス殿下と婚約を結んでおります。
エイプリル、ご挨拶なさい」
「フィエール家の三子、エイプリルでございます。
よろしくおねがいいたします」
「さあ、これで堅苦しいことはおしまいよ、さあ、お茶にしましょう」
令嬢たちは、エイプリルを静かに値踏みしていた。このエイプリルと名乗った、年なりに愛らしいもののこれといって目立たない姫が学園で1年を送り、卒業後第三王子妃となる。そのとき、彼女たちは王子妃侍女となってこの姫を助けていく契約が成立している。
まず、カリス侯爵家のマリエが接触し、次に辺境伯家との家同士の交渉となった。契約が結ばれ、了承の証としてこの日のお茶会に臨んでいる。
侍女といっても、上位貴族の姫だ。侍女本来の仕事はしない。王子妃の話し相手という役どころだ。
王子妃を万一にもひとりにすることはできない。私室にいるときも常に誰かが付き添う。話し相手をして王子妃の気持ちを平静に保ち、健康に気を配って食事変更の指示を出すこともある。
各宮と連絡を取ってスケジュールを互いにすり合わせて調整し、公務遂行の手助けをする。秘書や助手の役割も果たす。
宮廷には毒蛇が潜んでいる。上位貴族当主や外国の貴族・王族のような、子爵家出身の宮廷侍女、あるいは竜騎士ですら阻止することができない相手が、警備を潜り抜けて王子妃の私室にたどり着くこともあり得る。
その時のために、上位貴族から選りすぐられた王子妃侍女が付く。職責にある間の身分は、公爵より高く、王子より低い。これで、王家のメンバーであろうとも、同格である他の王子妃、ないしはその使者までなら対応できる。
王家からも熟練の者が送られてくるが、それだけでは心ともない。親身になって守ってくれるよう、年頃が近しい上位貴族から選んで、王子妃の実家の費用で侍女として王子妃につけるのが慣例だ。
お茶をいただきながら家族の話などして、場がこなれてきたころ、執事が入室してカンデラ公からのお茶会への参加が問い合わされた。
「みなさま、よろしくて?」
令嬢たちは、うなずく。
「やあ、マイ・ラブ、お邪魔するよ。
さあ、君たち入りなさい、美しいバラが揃っているよ」
公爵の後ろから、3人の若い貴族が現れた。今日のお茶会の真の目的はこの顔合わせだ。
令嬢たちはすっと立ち上がって、公爵夫人の近くに寄り、公爵に対して礼をとった。
「お茶の席だよ、堅苦しくしないでね。さあ、顔をあげなさい」
ひとかたまりになっている令嬢たちは華やかだった。
午後のお茶会に出席する未婚女性は、慣習として白を基調として袖が肩から肘の少し下まで大きく膨らんだブラウス、足首丈の好みの色のスカートを身に着ける。アクセントは、ブラウスにたっぷりと付けたレースやリボンと、スカートのベルトにあたる部分に結ばれた同色の幅10㎝ほどの一種の帯のようなリボンだ。リボンには刺繍が施されて、腰の後ろで蝶結びにしたり、左寄りの前部分に美しく垂らしたりして個性を出す。
今日もっとも目立つべきなのはエイプリルだから、令嬢たちはあらかじめ纏う色を打ち合わせていた。エイプリルは、サーモンピンクを選んだ。この色に逆らわず、場が華やかになるように、ミリアムはレモン色、アレクサンドラは薄いピンク、フローラは若草色、マリエはクロームイエローを選んでいた。
上位貴族の姫が未婚時代にだけ許されるこの衣装揃えは、白い器にあけられたドロップスのような甘さを醸し出す。
入室してきたのは、第三王子フィリップス殿下、マール候爵家二子フレデリック、ライフェルド侯爵家三子オーギュストだった。
「姫君方にご紹介しましょう。
マール家のフレデリック。王太子妃殿下の弟君だよ。レディ・カッサンドラと婚約を結んでいるね」
ロード・マールが胸に手を当てる礼をした。
「ライフェルド家のオーギュスト。ライフェルド候の三男だね」
「そして、甥のフィリップス。フィエール家の姫と婚約を結んでいるね。
フィリップス、ようやく婚約相手の姫にお会いできたね」
「ユア・グレース、少々お待ちを、姫君方をご紹介いたします」
「ああ、そうだったね」
「みなさま、学園でお知り合いでしょうが、こういう席ですので改めてご紹介いたしましょう。
ミリアム」
「はい。カッサンドラ家のミリアムでございます」
「マリニアム家のアレクサンドラにございます」
「ケィティネット家のフローラでございます」
「カリス家のマリエでございます」
「みなさまにわたくしの妹、エイプリル・ラ・フィエールをご紹介いたします。
エイプリル」
「はい。フィエール家のエイプリルと申します。はじめてお目にかかります」
姫君たちはひとりずつきれいな礼を披露した。