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4.ウイレムの長い話

「さてさて、知恵を授けましょうかの」

「はい。よろしくお願いします」


エイプリルは、辺境伯の直接戦力で、辺境伯領にいるのがもっとも効果的だ。

それを王都に置いておくのは本来王国にとって不利なことなのだ。しかし、皇国への対抗力として、婚約者にした。

しかし、とりあえず第三王子の皇国への入婿は回避できた。それではもうフィエールの姫は必要ないだろう、と思う王都貴族は必ずいる。


「次姫さまは、王都は初めてですのぉ」

「はい」

「デビュタントもまだでござりますな」

「もちろんです」

「王子妃教育も」

「王都から教育係が来るはずでしたが、来ませんでした」

「師匠、ガリエルからの婚約は断ることができました。ですから、エリーはもういらないってことなのでしょうか?」

「どうでしょうのぉ、ほっほっほ、そのあたりが王子殿下の弱点でしょうな、あとは現場で状況を読みなされ。隙が見えたら手を緩めぬことです、いつも通りですぞ、姫」


「師匠、隙を見つけたら、逃げ帰ってもいいでしょうか」

「構いませぬ。王家の目論見はカンディステラの名でしょうな。戦姫を継承する真名は親と夫以外は、ごく身近な者しか知りませぬ。おお、騎士の忠誠を求めるときに、忠誠と引き換えに告げるのでしたな。ですからエルやエリス、マリエ殿も知っておりますな。

大姫さまか次姫さま、どちらかがカンディステラを引いているだろう、カンディステラを王家に引き入れて、フェロステラと合わせれば正当性が絶対になる、とまあ、王家の思惑はそういうことですな」


「うわー、くっだらない!」

「つまり? 大姫ローズさまを娶ったカンデラ公が、姫の真名がカンディステラではなかったことを知ったので、王家は次候補の次姫さまを引き入れようと?」

「でありましょうなぁ、王家としては。 

元老院はそこまでではないでしょうな、単純にフィリップス殿下と殿下が引き継いでおいでの伝承を渡すことはよろしくない、ということでしょう」

「ふーん」


それぞれがこれからを思い考えに耽る中、エイプリルがふと漏らした。


「第三王子の引き継いだ能力は何なのかしら。

それほど掛け替えがないものなのかしらねぇ」

「そうですねぇ。

師匠。秘中の秘なんでしょ?王家の引き継いだ上位魔法は」

「そうですな、姫。フェロステラ公か公爵夫人の能力ですかの、とすれば、エクスプロージョン(爆裂)かもしれませんの」

「え? エクスプロージョン?それは、姉君の能力です。

トンネルを貫通させたお話からして公爵夫人マリステラさまのお力なのではありませんか?」

「うむ、そうでありましたのぉ」


「ねえ、師匠?」

「何ですかな」

「あのね、師匠はどうして公爵や公爵夫人の能力を知っているの?」

「ほっほ、これはしたり、鋭い弟子は怖いですの。

そうですのぉ、次の機会はないかもしれませぬの、話しておきましょうの」


「150年前になりますの、皇弟フェロステラ公は兄皇帝ギボン3世に命じられて、万一の備えとしてこのフィエール城から大山脈を隔ててちょうど西にあったフェロステラ城を守っておられた。

帝国は驚くほどあっけなくガリエル族の侵略を許しましてな、蛮族がルベル河を渡って攻め寄せてきたのですなぁ。

皇弟閣下は姪に当たる皇女殿下のカンディステラさまを預かっておられての」


「え? カンディステラ?」

「そうですの、姫の真名はそのカンディステラさまから受け継いでいるものですが、さらに昔、最初の戦姫と呼ばれた500年以上の前の皇女・カンディステラさまから代々引き継いでおりますので。

皇弟閣下のお預かりになっていた皇女殿下は、皇帝陛下から託されておりました。

何があってもこの皇女は必ず守れとの仰せだったそうにございますよ」



皇弟は、危機に当たって領土よりもカンディステラを選んだ。

領土は再び得ることもできるだろうが、兄の娘は皇家の至宝、失うことはできなかった。

カンディステラは乳母娘を身代わりに残し、お忍びで出されている。護りの姫隊も上位貴族家からの選りすぐりの戦姫で形成されている。

皇帝家と上位貴族のほとんどが失われた今、手元にいる竜騎士や戦姫を失うことも、その血筋をガリエルに渡すことも決してできないことだった。


王都アッセンシオンの宮殿が焼け落ち、状況が切迫して来た時、皇弟は大山脈の東、平原のさらにその先、丘陵の向こうに新しい国を建てる決意を固めた。

当時のフェロステラ城留守居役が、すべての兵の前で告知した。

「領内に家族がある者は兵団を抜けて帰郷せよ。家族とともに大山脈を越え、平原の彼方に安息の地を築くのだ。皇弟さまの命である」

それは民にとって福音ではなかった。幼子や足弱の者が行くには険しすぎる道だ。


この時、皇弟の新婚の妻と侍女たちに大規模複合魔法の使い手とその補助者がすべて含まれていたことが公爵家と民を救った。


エクスプロージョンの使い手であった公爵夫人を中心に、エンフォース(強化)、コントレジェンス(収束)、コンサベイション(保存)と、必要なすべての使い手が揃っていた。

魔力が若干足らず、補強のためにカンディステラ守護の姫隊からも隊員を出してもらい、それぞれの使い手を後ろから同じ魔法の使い手が重なるように支えた。

その時でさえ、伝説の存在であった特殊大規模複合魔法、ペネトレーション(貫通)だった。

力の揃った使い手を集めることが困難で、練習以外でこの魔法が使われたのは史上最初で、現在までの最後でもある。


フェロステラ城の地下室の壁に、エクスプロージョンの白光が膨張して、崩壊させるかに見えた。コントレジェンスが白光を収束させ方向を定め、岩を溶かし、水脈を蒸発させながら大山脈を東へと貫く。それをエンフォースが補強、延長させ、貫く後ろからコンサベイションが追いかけて、トンネルの壁を崩壊から守る。

主力の公爵夫人が気を失うと同時に魔力の白い光が消え、侍女と姫隊隊員たちが蒼褪めて膝を着く。

トンネルは山脈を半ばまで貫いていた。


皇弟は胸に手を当てて心臓を押さえながらその光景を見守っていたが、すぐさま妻に駆け寄り抱き寄せると、臣下を叱咤激励した。

「馬車と荷車をすべて集めよ。公爵夫人の魔力が戻れば、この道を平原まで抜けるだろう。

準備せよ」

「マリス、マリステラ、頼む、もう少し加減してくれ」、皇弟のつぶやきは妻の耳に切なく注ぎ込まれた。


トンネルを貫通させたのちも、マリステラは最後の最後まで民を守った。

城壁を越えたガリエルが城内に満ちたところで、トンネルの入り口を背に、ふらつく身体を侍女に支えさせ魔力を振り絞って斜めにエクスプロージョンを撃ち上げ、敵兵ごと城を崩壊させた。筆頭侍女である乳母娘に抱き上げられ、トンネルの入り口から最後の馬車に駆け込む。夫人と侍女団を護っていた竜騎士たちがバリア(結界)で入り口を幾重にも塞ぎ、馬車を追う。


「死なないでくださいませ、奥方さま。 マリステラ、私を置いて逝かないで」

絶叫する乳母子の腕の中で、血の気のない公爵夫人の唇が微笑の形を作った。

「ばかね、この子を産まずに死ねますか。さあ、閣下のもとへ」

削りすぎた魔力は、あるいは生まれる前の子が補ってくれたのかもしれなかった。半泣きの侍女団に支えられ、深刻な表情の竜騎士団に護られてトンネルを抜けた公爵夫人は、夫の腕の中で目覚めた。



第三王子が受け継いだ能力が何であるかはわからない。だが、それが何であろうとも、血で継ぐ最上位魔法の能力を王家と上位貴族家の外に出すことはできない。

ガリエルは、大規模魔法のすべてをアッシェンシオン帝都戦で滅ぼした、残っているとしてもベニステラ領に断片的なものがあるだけで、すでにエクスプロージョン(爆裂)やメテオ(流星)を撃ち続けるほどの大規模な魔法戦はできないだろうと考えているはずだ。



長い話の間にお茶が入れ替えられて、いつの間にか軽食が運び込まれていた。

「歴史では習いましたが、師匠のお話はリアリティがありますね」

「そうよね、まるで見ていたみたいだけど、まさか?」

「ほっほっほ、見てはおりませんがのぉ。

師匠が民の最後尾で魔法障壁を張ったそうでしての。話はたっぷりとのぉ」

「え?師匠の師匠?」

「ええー、まさか」

「まあ、錬金術師は長生きですからの」

「師匠、いま何歳なの?」

「錬金術師に年を聞くものではござりませぬ」

「ええー、師匠は錬金術師なんかじゃないでしょ、大魔導士とか、大賢者とか、そんなカンジ?」

「称号を賜りましたよね、師匠、賢者よね大賢者、帝国の言葉でネストルと呼ばれていたじゃないですか」

「ほっほっほ、ウイレムの名を継ぐ者が来るまでは死にませんぞ、それが賢者という者でござります故な」


笑ってごまかされた4人の弟子は少々不満そうではあったが、師匠の言おうとしていることはきちんと伝わった。


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