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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十五章 紅の漣
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八十話

 五つの光剣が、緑色の光を閃かせて夜の森を切り刻む。翡翠色の閃光が刃となって樹々が薙ぎ倒され、黒曜石の槍によって大木が穿たれる。サンと鬼が戦い始めて、ほんの数秒で森にはぽっかりと開けた場所が生まれ、隠れていた者達が姿を曝け出す。

 漆黒の巨体に腕を四本もち、面長の鼻のない顔に黄金の双眸を煌めかせる、鬼。

 月の明かりがなくとも、隠れる場所を失った鬼を視認するのは容易だった。五感と身体能力が活性化された羽衣状態であれば、羽衣が発する緑色の光だけで周囲を視認できる。

 周囲で槍を構える鬼の気配が殺気立つ。同時に、槍が突き出される気配を察して、サンは光剣五本と愛刀二本を巧みに操り七刀流の〈無色(むしき)流〉を舞う。

落桜(らくおう)五連ノ舞〟一連から八連まである落桜ノ舞の中で、サンが最も得意とする十の太刀を打ち込む道が、夜の空気に黄金を咲き乱らせた。

 鬼も雄叫びをあげ、黒曜石の刃を持つ槍を、四本の腕で変幻自在に操り、サンの光剣と落桜ノ舞に対峙していた。

 両者とも力戦奮闘。サンの刀が鬼を斬り裂き、宙を支配すれば、鬼達の槍が、黒雷の雨となって羽衣の鎧を削り、光剣を打ち砕く。両者の戦いは森の一部を焦土と化すほどに熾烈を極めていった。

 筋肉を隆起させて、黒い肌を鋼の如き体に変えた鬼達も、戦神と先代龍人の力を引き継いだサンの前に、次第にその勢いを衰えさせていった。

 サンは鬼の目に恐怖を見つけて一人頷いた。これならばいける。全滅は無理だとしても、撤退させられれば烈刀士の立て直しの時間が稼げる。

 その考えも、鼓動が一つ跳ね上がる悪寒に消されてしまう。背中を駆け上がり、首筋の筋肉が強張るほどの気配を、首がもげそうな速さで振り向いた。

 光沢のある銀の骨をびっしりと繋ぎ合わせて鎧とする、一際大きな体を持つ鬼〝旗印〟。そいつが、気で活性化した動体視力をもってしても朧げにしか捉えられない速さで、槍を投げつけてきた。

 五本の光剣を光の盾として縦に並べたのにも関わらず、鬼の投げた槍は、砂を突き破るかの如くたやすく光の盾を貫く。

 羽衣は気の力。その気の力で創り出したものを、いとも簡単に崩れさせるものは一つしかしらない。龍人祭で闘った鎧兵士との失態を思い出し、サンは咄嗟に体を地面に投げうった。


「アル=アシャルは我がやる。他の者は忌まわしき壁を目指せ」


 旗印はサンを見据えたまま、背中の大鎌を手に取りながら野太い声で言った。

 鬼達が、サンを迂回して一斉に砦の方へと走り出す。サンは、息を呑んで走り出す鬼達に目を向けると、鬼達の先に回ろうと一歩跳躍した。

 跳躍して地面を駆ける速さは、常人ならば光の筋にしか見えないほどだ。鬼達の先に回りこむのは簡単だ。そこで力を一つの刃として解放させれば、一網打尽にできる。

 しかし、背後から覆い被さるように襲う悪寒に、地面を蹴ってまたもや体を投げ出した。

 衝撃波が体を襲い、そのまま地面を転がり、大木に強く背中を打ち付けてようやく体が止まった。目をあげると、先ほど自分が体を投げ出したであろうところが、大きく陥没している。

 来る。

 見えないが、確かに感じる殺気の近さに、高く跳躍した。自分が立っていたところの樹が根こそぎ倒れていく。旗印が金色の双眸を爛々とさせて、狡猾な笑みを口に浮かべて俺を見上げていた。

 まるで、とらばさみに足を踏み入れた気分だった。旗印は空中から落下しているところを狙うつもりなのだ。狡猾な笑みを浮かべたまま、大きく振りかぶって槍を飛ばしてくる。飛翔するにも間に合わない。サンは顔を歪めながら、交差させた刀で軌道をずらしたものの、強烈な鋭い熱が腕を襲う。

 地面に落下して受け身をとったと同時に、サンは羽衣の鎧に全ての気を注ぎ込んだ。視界の端に大鎌の刃を捉えて、咄嗟に体を傾ける。

 黒い刃に触れた羽衣の鎧が、砂のように削り取られて霧散するのを見て、腹のそこから冷たいものが浮き上がってくる。

 サンは体を落とし、変則的な動きで旗印の懐に飛び込んで攻撃を敢行した。旗印の銀色の骨の鎧――銀骨の鎧とでも呼ぼうか――は、硬質な音を立てて刀を弾いて見せた。

 サンは鋭い息を一つ吐いて、地面がへこむほど力を込めて地面を蹴った。矢のように接近し、今度は気の刃を纏わせて斬りこんでいく。旗印の体が、更に一回り大きくなるのがわかった。筋肉を隆起させて、銀骨の鎧の下の体までをも鋼のように変えたのだ。

 サンは手数と速さで攻め込むも、旗印の動きはより強力で速いものに変わっていく。


「アル=アシャルの狂気め。あのときは仕留めぞこなったが、ここでその首を貰うとしよう」旗印は距離を取りながら吐き捨てるように言った。


 あの時……。サンは鼻に皺をよせて啀んだ。あの大鎌からして、ガマドウの首を撥ねた旗印で間違いないよう

だ。

 腹の底で泥が沸騰していくのを感じて、サンはそれをすぐに手放した。怒りに身を任せれば、龍人の力に呑み込まれて制御ができなくなる。代わりに、サンは笑みを作って見せた。旗印が、削げたようなのっぺりとした鼻にある、縦長の鼻腔をひくつかせて目を細める。どうやら俺の笑みが不快らしい。


「俺も、あの時はお前を仕留め損なったからな。言葉が話せるからって偉そうにするなよ鬼」


 鬼の頬が一瞬引き攣った。鬼といえども感情があるのだ。それを乱してやれば、隙ができるはずだ。

 サンは攻撃に備えて腰を落とし、顔に笑みを貼り付かせたまま目を瞠いた。体から蒸気を揺らめかせた旗印が、目の前で大鎌を薙ぎ払っている。

 躱せない。

 苦痛に顔を歪ませる前に、衝撃が全身を砕かんばかりに襲いかかってきた。天地もわからず、風と音が混ぜこぜに聞こえてくる。

 羽衣を纏い、神の力の片鱗を操ってなお、動きが見切れなかった。反り返って聳え立つ鋭い岩壁を前にした気分だった。

 甲高く限りなく細い耳鳴りが長く糸を引いている。呼吸もまともにできない。肺もおかしくなってしまったのだろうか。体の内側で感じて握っていた気は、すでになくなっていた。

 耳鳴りの硬質で詰まったような音が引いていくと同時に、足音が聞こえてきた。冷たい鉄球が腹の中で際限なく膨らんでいくような感覚に、鼻を鳴らしながら首をもたげて旗印を見上げた。

 銀色の歯をすり合わせながら、鬼はサンの頭を鷲掴みして持ち上げる。

 頭に穴が空きそうな痛みに呻くことしかできない。持ち上げられると、今度は首が引きちぎれそうで息もできなかった。

 この場面には覚えがある。そうだ、烈刀士になるための試練の時だ。龍人の祠で、自らに脇差を突き立てて彷徨った、シキという人物の記憶の中で、同じような場面があった。

 旗印が、頬をあげて細くなった目で、俺の顔を覗き込んできた。


「言い残すことはあるか、アル=アシャルの狂気よ」


 俺は何も守れなかった。力を得ても、何も守れなかった。

 視界が情けないもので歪み、頭と首の痛みに耐えながら、旗印の黄金の目を見つめることしかできなかった。

 旗印が、銀色の牙を覗かせて大きく笑った。薄い金色をした口の中まで人間のようだった。


「泣いておるのか? アル=アシャルの狂気が。情けない。一思いに首を落としてやろうと思うたが、やめだ。それに、どうやら体が動かぬようではないか」旗印が、黄金の目を皿のように細めて、ねっとりと銀色の歯を覗かせる。「ならば、とっておきの遊び方がある。お前の臓物を少しずつ取り出して、見せてやろう。そして少しずつ切り取り、目の前で下劣なものどもに食わせてやるわ。そしてお前の喉に臓物を詰め込み、己に溺れて死ぬがよい。欲深き人間の末路にふさわしいと思わぬか?」

 旗印は、口を大きく開けて呵呵と笑った。

 サンは溢れ出る涙と、震える顎を恨んだ。なんて情けないんだ。

 その時、旗印が何かに気付いたかのように、真剣な面持ちで砦の方を見ると、サンから手を離し飛び退った。

 サンは地面に崩れ落ち、首をもたげた。夜陰に蓋をするかのように立ち込めている雲が赤く染まっていた。その元を探し砦の方の空を見ると、雲が姿を変えたのかと思うほど巨大な炎の燕が、こちらに向かって飛んできていた。その燕が翼をはためかせ、上昇したかと思うと、勢いをつけて地面に刺さるように落下する。轟音が地面と空気を揺るがし、炎の燕は火の海へと姿を変えて、うねりながら地面を焼いてこちらに迫ってくる。

 旗印が俺の方を向いて腕を伸ばす。旗印の目には、冷静な色しか見出せなかった。状況を俯瞰する、感情のない目だ。こいつは、退却するついでに俺を連れ帰る気なのだ。

 熱風が襲い、埃や枝が舞い上がる中、旗印が手を伸ばしてくるのが見えた。だが、旗印は俺を捕まえる前に腕をさっと引き戻し身を引いた。

 旗印が立っていたところに、人の体の半分ほどもある金属の矢が、土埃を巻き上げながら突き立った。これは梯子守の鋼弓が放つ矢だ。ここから砦を見ても、人の姿がわからないほど離れているというのに。

 旗印が挑戦的な笑みで鼻を鳴らし、大鎌を構えた。同時に、白い光が旗印とぶつかる。白い光は、羽衣を纏った白鬼(びゃっき)将だった。雨霰の如き怒涛の体術で旗印を翻弄している。

 紫の光が地面に落ちてきて砂埃を上げた。熊のように大きくて猫背の姿は、巖亀(がんき)将だ。紫色の亀甲を繋ぎ合わせたような羽衣を纏っている。

 巖亀将はサンを抱き上げると、砦に向かって走り始めた。

 巖亀将の腕に抱えられながら、旗印の雄叫びが聞こえてきたが、それはすぐに遠くなっていった。炎の燕が生み出した炎の海の中を駆け抜けているが、大して熱くなかった。炎が意思をもったかのように身をよじり道を作り出しているのだ。砦が大きくなっていくのを見て、サンは握っていた意識がほつれていくままに、瞼を閉じた。

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