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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十三章 龍人
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五十一話

 天穹貫かんと連なる西の鋭鋒から、茫洋としてよく見えない東海岸の壱ノ砦(いちのとりで)まで続く烈刀士(れっとうし)の砦の壁は、ただ壁と言うには少々控えめな表現だった。

 大男十人でも持ち上げられないほどの石で積み上げられた堅牢な壁は、木々の十倍の高さはあり、蒼龍ノ國(そうりゅうのくに)の港にあった壁と同程度の高さだった。そんな壁が砦を中間地点として気が遠くなるほど延びている。

 西の鋭鋒に繋がるようにして建造されている肆ノ砦(しのとりで)の南側には、生活をするために必要な施設が一通り揃った施設広場がある。機能を優先させた村といった様子で、地面は踏み固めただけの土で、建物に飾りは一つもない。鍛冶、裁縫、風呂場、家畜小屋、精肉屋、革を扱う施設。装備と最低限の暮らしを補う環境がそこにはあった。

 寝泊まりは全て砦と壁の中で行われる。いつでも戦闘に出るためらしい。驚いたことに、鍛冶師などの生産職の人間までもが砦と壁の中に寝泊まりして戦いに備えていると言う。

 剣術も秘術も使えない人達には、その人達の戦い方があるということだ。守るために戦う、刀を持たぬモノノフ。

 そして今、烈刀士ならびにそれを支える刀を持たないモノノフ数百名の前に立たされ、その色とりどりの信念を湛えた視線に射抜かれた俺は、龍人(りゅうじん)であることを早くも後悔していた。そもそも、力は望んでいたけど操れないんじゃな。

 壇上に立つ俺の横にいる皇燕将(こうえんしょう)が、演説を終えて俺を見る。龍人のために誂えた、さぁ、なにか喋れと言いたげな目に、唾を飲み込んで応えるも、喉には何も通らなかった。

 こんな大勢の前で話すことなんてないし、そもそもなにを話せと。勝手に戦神(いくさのかみ)が宿り龍人となりました、よろしくお願いします頑張ります、程度のことしか話せない。

 この壇上に立つ前の皇燕将の冷たく見下ろした目と言葉を思い返す。

「そなたは烈刀士の希望であるゆえ、モノノフらしく我らの太陽となってみせよ」

 なれません。

 心の中で呟くと、深呼吸をして声が震えないように腹に力を入れた。

「ご紹介に預かりました〈無色流(むしきりゅう)〉のサンです」

 戦装束が少し汚れていてよかった。ぴかぴかじゃ新人丸出しだ。

「この度は龍人という誇り高き役目をいただき感謝しております」

 俺はなにを言っているのだろう。滔滔とどうでもいいことを述べていた。無色(むしき)から出てきて〈無色流(むしきりゅう)〉の道場で鍛錬してきたこと、五爪城(ごそうじょう)で初めて鬼を見て烈刀士になろうと決めたこと。そして、話すことがなくなった。

 ちらりと横を見ると、皇燕将のなにを考えているのかわからない冷たい視線があった。このときばかりはその視線が辛い。

 サンは頭を振った。

「こんなこと言いたいんじゃないんです。こんな空気初めてでなに話したらいいかわからない。だけど、一つだけ」サンは隠すことなく深呼吸をすると、皆の目を見渡した。「俺は守るために戦う。あなた方が、先祖が、今までしてきたように俺も戦う。龍人になった実感はなくとも、いつかは必ずこの力を操れるようにして、大切なものを守る。誰も犠牲にならないだけの強さで守り通したい。だから、どうかよろしくお願いします!」

 サンは深く頭を下げた。返ってきたのは不満げな聞き取れない囁き声だった。俺はしくじったのだ。龍人に相応しくない発言と人間だと証明してしまったのだ。

 風が冷たい。いつ汗をかいていたのか。

 皇燕将(こうえんしょう)がサンの肩に手を置いて頷く。サンはその意図を察して後ろに下がり、壇上から下りた。

 皇燕将が低く真面目な声で言う。

「そなたらの懸念はもっともである。だが、力には代償が伴うのは皆も承知であろう。百年余の時を経て戦神がお選びくださったのだ。戦神が戦いに備えよと、我らに力を与え賜うたのだ」

 皇燕将が拳を掲げる。

「我らは今までも戦ってきた。打ち勝ってきた。そなたらの、我々の手で! それはこれからも変わらぬ。強き風が我らを阻むだろう、劫火の大波が我らを挫こうとするやもしれぬ。それでも我々は負けぬ。心を! 仲間を! ヴィアドラ守るため戦う! そうであろうモノノフ達よ!」

 皇燕将の体から赤黒い羽衣が燃え上がり渦を巻いて厳しい巨人を象った。六本の腕には羽衣の刀が握られて、天を貫く勢いで高々と掲げられ広場に顔を覆うほどの熱気が広がる。皇燕将の鬨の声に応える烈刀士達が血の気を帯びた太い声を、信念の声を上げた。

 血の熱気だ。

 サンは不安げに弱々しすぎる己の拳を見つめた。俺はこの力を操れるだろうか。胸に手を当てるも、あの時の莫大な力を感じとることはできなかった。


肆ノ砦の鍛冶師、岩丸剛鉄(いわまるごうてつ)は眉を上げて額の皺をさらに刻むと、サンに心・通(こころ とおり)を返した。

「お前さんの心・通は、なんとまぁ雄大で優美な姿をしておることか。天ノ濤徹(あまのとうてつ)様の刀を見たのは初めてじゃ。あんた、どこの武家のもんじゃか」

 サンはカゲツと目を合わせてニヤリと笑い合った。

「俺は無色(むしき)の生まれです」

「俺は蒼龍だけど田舎」

 岩丸はなぜか納得いったように頷いた。

「天ノ濤徹様は金で刀を売らないと著聞している。そもそも、まだ刀を打っていたとはのぉ」岩丸はサンとカゲツの刀を恭しく返すと、ライガに視線を移す。その視線には感心がこめられていた。

「お前さんは、こんな数打ちものでよくやってこれたもんだ」

 ライガは肩をすくめてみせた。その表情はまぁなとライガらしいものだが、いつになく静かに見える。ライガは真剣を使ったことがあるのだろうか。

 ライガが腰を折って背の低い岩丸を意地悪い笑みで見下ろす。「それはどうも。なら、これからもっと活躍するんだし、良い刀譲ってくれないか?」

 岩丸剛鉄は、その名に恥じない頑固な皺を口元に刻んで腕を組むと、ライガの太い眉の下で笑う目を睨む。

「働いてから言え小僧」

 ライガの豪快な笑いが鍛冶場に響いた。

 三人は一通り施設を周り挨拶廻りを終わらせると、今度は砦の中の案内をしてくれると言うことで、その人物との待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所には別行動をとっていた鬼火がすでに待機していた。その傍らには、三十後半に見える男がいた。

 髭を剃り、ヴィアドラ人らしく長い黒髪を後ろで一つに結わえて背中に流していた。そう言えばカゲツもだいぶ髪が伸びたな。ライガは、伸ばすことはないだろう。乱雑でつんつんした髪は自分で切っているらしい。

「殊勝なものだね鬼火。俺達は遅れてはないと思うけど」

 カゲツが鬼火の苛立った顔を見て機先を制するように言った。だが、鬼火はその言葉のおかげか、眉間の皺をもう一段深めて見せる。

「あんた達まであたしをバカにして……」

 あんた達とはどう言うことなのか。俺達に待たされたことに怒っている訳ではなかったのか。案内役の男がこの状況を楽しそうに眺めているのを見て、最初に誰が鬼火に火をつけたのか理解した。

 サンは溜め息をつくと、鬼火とカゲツの間に入って案内役の男の方を見る。

「すみません、少し遅れたようです。案内役の方ですよね? よろしくお願いします」

 案内役の男は笑みを浮かべたまま頷いて四人の前に進み出た。

「よし、集まったな。俺は大鴉(おおがらす)明水(みょうすい)。ここでカラスと言ったら大抵俺のことだ。お前らの名前は知ってるが、一応名乗ってもらう。それと敬語は不要、気楽に行かせてもらう」

 大鴉、家名があるならこの人も名高い武家の出身なのだろう。サンは背筋を伸ばした。

「俺は無色のサン〈無色流〉」

「同じく〈無色流〉、蒼龍ノ國カゲツ」

 明水が何かを思い出すように眉を寄せてカゲツを指差す。

「あれか、月見(つきみ)里出身か? あそこの〈月見流(つきみりゅう)〉は蒼龍でも名高い。んだが〈無色流〉とは意外だな」

 そう言って鬼火に自己紹介をするよう顎をしゃくった。鬼火は心底腹が立つようで、睨み返しているだけで話さない。見兼ねたライガがお袈裟な手振りで自己紹介を始めた。

「俺様はライガ。流派は、そうだな、異国流とでも言おうか」ライガは顎に手を当てて傾げると、何流なんだろうなと呟いた。

 そう言えばライガはどこでそんな力と技を手に入れたのだろうか。鬼火のこともよく知らないし。

「鬼火、お前のことを俺達はよく知らないんだけどさ、せっかくの同期なんだから軽い自己紹介くらいしてくれよ」

 サンの言葉にカゲツも頷く。ライガも考えたままの姿勢で鬼火に視線を向けた。

 鬼火はお高くとまった花のようにつんとして、なんで教えなきゃならないのと一笑に付すと一歩下がった。そう言った鬼火に、明水が当然だろと言いたげに口を開いた。

「お前達四人は同じ班だ。そして俺がその班長。仲間だ、自己紹介しろ」

 鬼火は口をあんぐりとさせたが、自分の顔がどうなっているのか悟ったのか慌てて口を閉じると、自分を諌めるように息を長く吐いて首を振った。

「皇燕ノ國の朱雀鬼火(すざく おにび)〈朱雀流〉よ」

 大鴉明水があごで鬼火をしゃくる。「皇燕将、朱雀烈火(すざく れっか)とは姉妹だ。世界を越えて世を

照らす火の鳥、朱雀。家名に恥じない働きを期待している」その言葉に鬼火は嫌そうに頬を引きつらせた。

 朱雀鬼火、名高い武家だけが背負える家名。ずっと繋がれてきたものか。家族を守るためにこいつは戦うのだろうか? まてよ、姉妹とは言ったがこいつには……。

「確か、エンマにぃって言ってたのを覚えてるんだけど、お兄さんがいたり——」

 鬼火の目がきらりと光った。

朱雀炎魔(すざく えんま)! あたしのお兄様! 皇燕最強の人なんだから覚えておいてよね。あたしが使った闘気の技は炎魔にぃの十八番!」鬼火の嬉々とした顔が突如、険呑さを帯びて明水に向けられる「そしてこいつは盗人! 炎魔にぃの技を盗んだ!」

 鬼火は明水に拒絶の意を籠めた人差し指を向けて黙った。なんとか怒りを殺そうとしているようだ。ここまで激昂して自分を宥められるってことは、こいつは意外と頭足らずではないのかもしれないな。

 指差された明水は、黙り込む鬼火に心外だと言わんばかりに目を開き一歩踏み出す。明水さんだって班長就任一日目でこんな面倒な言いがかりをつけられたら、一言くらい言いたくなるに決まってる。

「それだけじゃないぞ。俺はその技であいつを殺す寸前まで追い詰めてやったのだ」

 どうだ凄いだろと顔の隅々まで綻ばせる。俺はこういう人を他に知っている。この人は蒼龍軍きっての治療士ナガレさんに似ているんだ。

 班長明水とそっぽを向く鬼火、ライガとカゲツの顔を見て、俺は苦笑した。班で最初に意見が合いそうなのは行先が不安だという皮肉に。

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