龍太郎の作戦は…
龍介は初めて仕事中の龍太郎にメールをした。
勿論瑠璃の事だ。
亀一から龍太郎が関わっているような話を聞き、つい今までの癖で、龍太郎に頼る事を忘れていた事に気付いた。
もしも龍太郎が助けてくれるなら、実は1番信頼出来る。
腕は勿論だが、龍太郎なら、瑠璃の身に危険が及ぶ様な事はしないと思ったからだった。
ー仕事中ごめん。瑠璃の事、相談したいです。帰ってきたら、お疲れの所申し訳ないけど、話を聞かせて下さい。何時でも待ってます。
そうメールして、直ぐに返信は無かったが、夕方近くになって返事が来た。
ー仕事、今日はキリがいい所で終わったので、これから帰るよん。10~3
「10~3…。父さんね。だから、いいっつーのにもう…。」
そして龍太郎は夕食までに帰宅し、竜朗に驚かれながら席に着き、早速話し始めた。
「雷にもう1度当てるのは止めよう。」
龍介は内心ほっとしながら、念の為聞いた。
「なんで?」
「無駄だと、今日瑠璃ちゃんの検査データ見せて貰って分かった。別の方法で行こう。」
「良かった。はい。」
龍太郎はクスッと笑うと、龍介を揶揄うような目で見た。
「亀一と拓也が死んだ方がマシって思う位怒ったんだって?」
「だってさあ」
「まぁ、分かるけどね。
では説明すんね。
瑠璃ちゃんが当たった雷は、理論的には、人体には何の影響も無いはずの、微弱電流を伴う雷だったと思うんだ。
雷自体の電圧もそういう意味で高くないし、悪影響は出ない程度。
だから仮に拓也が当たったとしても、まぁ、ビリッと来て痛かった位で済んだはずだ。
言わば、かなり強い静電気みたいなもんだな。
それが瑠璃ちゃんの場合、動物の言葉が分かる能力の開花に繋がってしまった。
これは瑠璃ちゃんにしか起こらなかった事だと俺は推測してる。
元々瑠璃ちゃんは人の気持ちがよく分かる子だし、動物好きだろ?
だからもしかしたら、龍やしずかでも起きてた事かもしれないけどな。
で、静電気で閃いて、寅次郎に瑠璃ちゃんの検査データを見せて貰った所、その活発化し過ぎてる言語野の部分に静電気が起き続けているのが分かった。」
「じゃあ、静電気を取れば?」
「理論上は治る。」
「どうすりゃいいの?瑠璃の頭を静電気防止シートみてぇなので囲むとか?」
「流石龍。近いね。
ただそういう市販品は厳密には静電気をゼロにシャットダウン出来る訳じゃないし、この空気中にも静電気ってのは溢れ返ってる。
人間からも静電気は常に出てるしな。
完全にシャットダウンして、尚且つ静電気を除去するには、うちの研究室の特殊実験室しか無い。」
「そこ、入れんの?」
「実はかなり機密に近い箇所でもあるんだけど、まぁ、瑠璃ちゃんのお父さんも、実は時々使ってる研究室でね。どうにか許可は下りた。」
「良かった。」
「しかーし。」
「はい?」
「という訳で、 大変レアな実験室の為、使用予約が殺到してる。
つまり、今夜から明日の朝までしか空いてない。
メシ食ったら、瑠璃ちゃん連れて行こう。
どっちみち眠ってた方が楽な部屋だ。
起きてる人間が入ってんのは結構キツイ。
薬使って眠った方が、本人からも静電気の出る量は低くなるし。」
「じゃ、瑠璃に連絡する。」
龍太郎と共に瑠璃を迎えに行くと、瑠璃の父が心配そうな顔で出てきた。
娘を心配しているのかと思ったが、ちょっと違っている。
「本当にあの部屋借りて大丈夫ですか、一佐。東原准将には?」
龍太郎は相変わらずのポーカーフェイスで、いつも通りの適当な返事をした。
「大丈夫、大丈夫。じゃ、お預かりします。」
「僕も行きます。」
「いやいや、それはまずいので、ではでは。」
これは許可なんか取っていないと、龍介は直感的に分かったが、今更どうしようも無い。
その時は、龍太郎がなんとかするのだろうと腹をくくり、瑠璃と一緒に龍太郎のラグナV6に乗り込んだ。
存在しない事になっているし、知られもしていない空自の研究所、通称蔵に到着すると、龍太郎はまさしくコソコソと中に入り、人目を忍んで研究室に行った。
「父さん。」
「聞くな、龍。」
「うええ。大丈夫なんだろうな。」
「その為に龍連れて来たんだよ~ん。ささ、瑠璃ちゃん入ってね。注射しましょう。すぐ眠くなるからね。なんにも心配しなくていいよ~ん。」
ーいや!別の意味で、もの凄く心配なんですけど?!
瑠璃の心の叫びが届くはずもなく、ゴム製の重たい服に着替えさせられ、睡眠薬を打たれ、程なく眠ってしまった。
瑠璃はかなり特殊な部屋の真ん中に寝かされた。
一面全てゴムの部屋だ。
ドアもドアノブさえも全てゴムである。
その上で、静電気を消すという装置を作動させる。
「本当はクーラーも駄目なんだけどさ。流石に入れなきゃ、この暑さで死んじゃうからね。でも、この装置が除去して行ってくれるんで、時間はかかるけど、まあ大丈夫だろ。」
「凄え音だな…。」
「そう。中は全く音はしないんだけど、機械回してるこっちはかなりの音がすんのよね。」
「瑠璃が寝てる部屋はなんの音もしねえの?」
「そう。気が狂いそうになるほど何の音もしないし、空気の流れも一切無い。エアコンもかなり特殊な物使ってる。コレはまあ機密だから詳しくは言えねえけどさ。息苦しくてとてもじゃないが、3分もたないよ。だから起きてるのはキツイんだ。」
「そうなんだ…。」
「龍も仮眠取りなさい。瑠璃ちゃんは、ちゃんとモニターしてるから。」
龍太郎にそう言われ、龍介もモニター室のソファーで眠り始めた。
3時間ぐらい経った頃、龍太郎に起こされた。
「龍、そろそろ瑠璃ちゃん出そう。あんまりやってもマズイ。」
「はい。」
龍太郎と部屋に入り、龍介が瑠璃をお姫様抱っこした時だった。
「加納君!?何してんの?!えっ!人間入れてたの!?それはまずくないか!?」
こんな時間にいるのだから、宿直なのかもしれない、龍太郎の上官とおぼしき人物が驚いた顔で実験室の入り口に立った。
「やべっ。龍、瑠璃ちゃん抱いたまま医務室にダッシュ。」
早口でそれだけ言って、もう龍介を押す龍太郎。
「え…。」
「いいから、早く!」
仕方なく走り出したが、瑠璃だけの重さでは無い。
この瑠璃の全身を覆うゴムスーツはこのゴムスーツだけで軽く30キロはある。
瑠璃が45キロらしいから、龍介は自分の体重より遥かに重い、75キロになっている瑠璃をお姫様抱っこしたまま走らねばならないという事だ。
ー許可取って無えから俺が必要って、こういう事かよ!
しかし加納家の男ー龍介に、不可能は無い(多分)。
瑠璃をお姫様抱っこしたまま医務室目掛けて、言われるままにダッシュした。
「ちょっと!あの少年は何!?。関係者以外立ち入り禁止区域だろう!」
「あー、あれは関係者です!」
「嘘つくなよ!背は高いけど、まだいいところ高校生だろお!?ちょっと君!待ちなさい!小田、山口、追え!」
ー父さん!勘弁してくれよお!
そして後ろからバタバタと追い掛けて来る音が。
「龍!振り切れえええー!」
ーなぬう!?
空荷の将校達相手に、75キロの瑠璃を抱えて振り切れと言う。
しかし、やるしかないんだろう。多分。
龍介は必死に走って、医務室に滑り込むと、そういう話がついていたのか、医務室の看護婦さんが龍介を小走りに先導して、リネン室の様な部屋に隠した。
「じゃあ、この子、着替えさせるから。」
体格のいい看護婦が冷静に、抑揚の無い声でそう言った。
「あ、はい。」
龍介が瑠璃に背を向け、なるべく瑠璃が見えない様な所に入ると、医務室が騒がしくなった。
「ここにゴム袋抱えた少年が入って来たろう!?」
ところが、ここの医師も動じない。
「入って来てないですよ。」
「いや!だってこの目で見たんだから!」
「見間違いじゃないんですかあ。」
「見間違える訳ないだろう!」
ーそれはあなたが正しい。見間違える訳ねえよ…。
龍介が思わず頷いた時、リネン室の天井の通気口がバカっと開いて、龍太郎が顔を出した。
「会田ちゃん、検査着に着替えさせてくれた!?」
「今、終わりました。」
「じゃ、あいつら踏み込んで来ない内に行くぞ、龍。」
と、龍介に瑠璃を抱っこさせ、瑠璃の服を背負わせ、て、今度は床の蓋を開ける。
「早く、早く。」
龍太郎に促されて入り、龍太郎も入り、看護婦が蓋を閉め、上に物を置いて、看護婦がリネン室から出ると、さっきの医師の声が聞こえた。
「そんなお疑いなら調べたらいいじゃないですか。」
ドタバタ入って来て、調べているが見つからない。
「ささ、龍、今度は陸自の研究所に行くよ。」
「父さん…。もうちょっと綿密な計画立てられなかったのかよ…。」
ここは通気ダクトか何からしく、龍介がしゃがんで瑠璃を抱いて歩くだけで、いっぱいになる幅と高さしかない。
「計画立ててんじゃん。医務室にも話つけといたしさあ。ここは陸自の研究所までほぼ繋がってんのよ?」
「逆に言えばそれだけだろ?」
「龍、逃走ルートさえ抑えておけば、どうにかなるんだよ。」
「そうかあ?」
なんとなく、真行寺達が龍太郎を嫌う理由が分かる気がした。
ー行き当たりばったりなんだよなあ…。
真行寺や竜朗は、龍介への教育から見ると、計画は常に綿密で、一分の隙も無い。
龍太郎は自身が行き当たりばったりな上、折角の綿密な計画も、引っ掻き回している可能性も濃い気がする。
「父さんて、空自でも、幕僚監部って、言わば有事の際は参謀本部で指揮する立場なんだろ?こんなんでいいの?」
「父さんはね、機密のど真ん中に居るから、都合上幕僚監部になっとるだけなの。有事の際の参謀は長岡とか優秀な人が居るから大丈夫。」
「ーきいっちゃんならともかく、きいっちゃんのお父さんていうのもまた…。」
「すっとぼけてるからなあ。まあ、結局は日本の場合、文官の方が決定権持ってるから大丈夫よん。」
「いや、それはそうだけど、あなた方が作戦を立てるんじゃないのかと言っている。」
「……。」
「ん?」
「親父達が出てきてくれんじゃん!?」
「父さん、あなたって人はいつまで爺ちゃんに尻拭いをさせる気なんだ…。」
「……。」
龍太郎は口を尖らせ、そっぽを向いたと思ったら、突然強引に話を変えて来た。
「ささ、早く。疲れたなら、抱っこ代わろうか?」
「ここでどうやってチェンジすんだよ。いいです。このままで。」
歩きながら、龍介は一応聞いた。
「さっきの上官の人からどうやって逃げ出したんだよ…。」
「古い手だよ。あ!って向こうの方を指差して、相手がパッと見た瞬間にモニタールーム入って、鍵閉めて、鍵を開けられるまでの間に、天井の通気ダクトから医務室まで這って来たんだよん。」
「ああ…。そう…。」
もう計画性があるんだか無いんだか分からない。
救いは常に平常心な所だけかもしれない。
そして道は行き止まりになった。
行き止まりの壁には、なんとか通れるかなという程度の鉄製の扉がある。
その扉を開けると、なんと一面水だった。
「あ…。」
若干顔色が悪くなる龍太郎。
「父さん…?」
「ここは…、あ、そっか。貯水槽なんだな。ほら。なんかあった時の為にさ。」
「そう。で?」
「えーっと…。」
龍太郎は辺りを懐中電灯で照らした。
「あ、ほら。あそこ歩いて行けばいいよ。その先に扉があんだろ?あそこ開けると、研究所の建物だから。」
龍介は龍太郎が指差す歩いて行ける所というのを見て、目を剝いた。
「父さん、正気か。あそこの幅、20センチ位しかねえぞ。そこを瑠璃抱いて歩けっつーのかよ。」
「しょうがないじゃない。ボートも無いんだから。」
龍介はヤケになってカニ歩きで歩き始めたが、龍太郎の次のセリフに、また愕然とする羽目になる。
「あ、龍、ここね、水深30メートルあるからね。気を付けてね。」
龍介は龍太郎に任せっきりで頼んだ事を、激しく後悔した。
最初の段階で、計画から口を出しておけば良かったとか、山の様に後悔しながら、龍太郎を一睨みして言った。
「父さん…。今度こういう事ある時は、計画段階から俺に噛ませろ…。」
凄まじい迫力。
竜朗としずかと、強がりで怖くないと思い込んでいるが、実は結構怖いと思っている龍彦の迫力、全てを凝縮している様なお怒り顔である。
真行寺が本気で怒ったところは見た事は無いが、子と孫があれだけの迫力なんだから、相当な物だろうし、最近佳吾が一緒に住む様になって改めて気づいたが、佳吾は四六時中、双子に接して無い時には、常にこのど迫力である。
だからこそ、龍太郎は幼い時から、佳吾には寄り付かなかったのかもしれない。
その佳吾の血が、どうも龍介にもちゃんと流れている様で、黙っているのに、このど迫力。
つまり、龍介の血縁者には迫力の無い人は殆どいない。
しかも育ての親は竜朗だし。
それに、其々のど迫力を、少しずつエッセンス的に受け継いだのでは無く、全てそのまま貰って、増強されている感じがする。
ーだから我が子相手にびびったって、俺、小者じゃないもん…。
などと自分を慰め、謝りつつ、出口を見る。
「ご、ごめんね…。ああ、良かった。無事着いたね!」
龍介は覗く様にそっとドアを開けた。
もう龍太郎は信用しないと決めたからだ。
見張りの陸自の兵士が5メートル間隔で立っている。
ドアをそっと閉め、龍太郎を振り返る。
「見張りの数凄えぞ。開けたら撃たれるんじゃねえのか。」
「ーん?」
龍太郎は見取り図を見た。
「あ、ああ…。確かにこりゃまずいな。ここ中心部だ。1番まずい。」
「ー他に出口は?」
「ああ…。無いから、ちょっと待ってて。」
「待っててって、ここでどうやって位置を入れ替えるんだよっ。」
「じゃ、龍、しゃがんで。」
龍介は瑠璃を死んでも離すまいと注意深くしゃがんで、なるべく小さくなった。
龍太郎は、龍介を瑠璃ごと跨ごうとしている。
しかし、龍太郎は170ギリギリしか背丈は無いし、足も長い方では無い。
「父さん、無理なんじゃ…。」
「ああ…、股が裂ける…。」
「父さん、気を付け…。」
言ってる側から、龍太郎はバッシャーンと派手な水音を立てて落ちてしまった。
当然、陸自の兵士が飛び込んで来て、一斉に銃を構える。
龍介は片手で瑠璃をしっかり抱き、片手を挙げて叫んだ。
「僕は加納龍介、空幕一佐加納龍太郎の長男です!。そこで浮かんでいるのは、加納龍太郎です!」
陸自の兵士が龍介と龍太郎をマジマジと見つめ、笑い出した。
「相変わらず突飛な登場のされ方しますね、一佐。加来三佐からお話は伺ってます。検査室に行かれるには、ここはかなりの遠回りですよ?」
「そ、そうだね…。ちょっと色々と手違いがさ…。はははは…。」
龍介は情けなさそうに目を伏せた。
陸自の研究所の方は、寅次郎が話をちゃんと全体に通しておいてくれた様で、非常にスムーズだった。
お陰で、瑠璃をMRIなどの検査に、無事かけられた。
「うん。静電気は収まってるな。これが続けば大丈夫なんだけど…。」
「また戻る可能性もある?」
「正直分からないが、あり得ない事じゃない。
昨日説明した通り、脳内にも、身体にも静電気っていうのは流れてる。
今は無い状態だけど、身体や脳の静電気はその内元通りになるだろう。
それに触発されて、また復活なんて事も考えられなくはないんだ。」
「そっか…。」
瑠璃がMRIの検査台の上で目を開けた。
心配そうに顔を覗き込む龍介に微笑む。
「気分どうだ?」
「うん。大丈夫。異常無いです。」
「じゃあ、服に着替えて帰ろう。静電気は今の段階では収まってるって。でも再発する可能性が無いわけじゃないそうだから、また聞こえだしたら、遠慮なく言えよ?」
「はい。あ…、あれ、おじ様…。どうしてずぶ濡れ…。」
「は、はははは。気にせんでいいから。」
ちらりと龍介を見ると、とても疲れた顔をしていた。
ー熟睡している間に一体何が…。
聞くのも怖い様な気もするが。




