気付くの遅い瑠璃
龍介と真行寺は、瑠璃が心配で早く帰りたがったのだが、寅彦の日程もあるだろうからと竜朗に言われ、予定通り1泊し、しずかと龍介の案内で、亀一の希望した大英博物館に行った。
しずかに色々と説明しながら手を繋いで、亀一は楽しそうに見て回っている。
「きいっちゃんは色んな事知ってるから、一緒に見てると楽しいわ。」
「そうであろう。そうであろう!」
後ろを歩く龍介は、それどころでは無い。
さっさとフランスへ行って、寅彦を拾って、日本に帰りたい。
それを察したかの様に、しずかが苦笑しながら振り返った。
「龍もお義父様もそんな顔しないで?寅ちゃんとは、今夜ドゴールで待ち合わせになってるんだから、その前に行ってしまったら、恨まれるかもしれないでしょう?寅ちゃんは鸞ちゃんと一月近く離れ離れになっちゃうんだから。」
亀一も調子に乗って言った。
「そうそう。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえっつーんだから。」
竜朗が笑いだした。
「そら、亀一が自分の為に言ってんだろ。」
「先生、それを言っては身も蓋もありません。」
「そうだな。ごめんよ。」
竜朗はそう言うと、龍介の頭を撫でた。
「おめえの気持ちも分かるけどよ。瑠璃ちゃんのトラブルは今日明日を急ぐもんじゃねえだろ?亀一はしずかちゃんにずっと会えなかったんだし、叶わねえって分かってんだから、許してやんな。」
「うん…。」
「ね?顧問も。」
「まあなあ…。しかしお前はやけにきいっちゃんの恋心に甘いな。古傷が痛むか。」
「ーそうですねえ…。ちょいと他人事とは思えねえかな…。」
「しかし、お前は両思いにはなったし、全く叶わなかったわけでも無いだろう。」
「でも結局は諦めないとなりませんでしたからね…。似た様なもんですよ。」
竜朗はしずかの母に恋をして、駆け落ちまでしたのに、結局引き離された過去を持つ。
しずかの母は年上だったし、確かに、状況的には似ていなくも無いかもしれない。
「爺ちゃん、母さんのお母さんの事、まだ好き…?」
「そうだなあ…。まあ、昔の事だから、俺も大分美化しちまってる所はあんだろうけどな…。だから龍、お前はちゃんと好きな人と結婚すんだよ?」
「ーはい…。」
ところが寅彦は、別に早くても良かったのにと浮かない顔で言った。
京極と鸞に加奈の3人に見送られ、飛行機に乗った後で聞くと、寂しそうに笑って答えた。
「鸞は組長が居りゃあ、俺が居なくたってどうって事無えもん。」
「そんな事無えだろお?」
驚きなが言う龍介に代わり、竜朗も言った。
「親と彼氏は別もんだろう?恭彦にはなかなか会えねえしさ。」
「俺も初めはそう思いました。でも違うんですよ。なんでも組長優先だし、黙ってたら、俺なんか居ないも同然の扱い。」
言いながらどんどん落ち込んで行き、遂にはションボリ。
久々にドヨドヨオーラを撒き散らしながら、黙り込んでしまった。
真行寺が必死に慰めようと言う。
「恭彦は強烈キャラだからさ。存在感も半端じゃないんだよ。親と雖もさ。」
どよーん…。
「グランパ、寅はこうなると、もう駄目だから。そっとしとくしか無えんだ。」
龍介に言われると、心配そうに黙って見守る。
真行寺はずっと喋らない亀一を見た。
こっちも物思いに耽っている感じで、若干どよーんとしている。
しずかと会えたのはいいが、結局、龍彦と仲睦まじくやっているのを目の当たりにし、また、龍彦が亀一の事を暖かく見守ってくれてしまうのも、却って屈辱的なのかもしれない。
「竜朗。」
「なんです。」
「意外と悩み多き少年達だよな。」
「そうですねぇ。そういう意味では龍だけかもしれませんね、悩み無えのは。その代わり相手に悩ませてますけど。」
「それはお前のせいだろうが!」
途端に顔色を失くして、勢いを失くす竜朗。
「はい…。すみません…。」
寅彦と亀一はドヨドヨし、竜朗は墓穴を掘り、龍介は眠りだしてしまい、静かな帰国の空になってしまった。
日本に着くなり、龍介はそのまま瑠璃に会いに行った。
「大丈夫か⁈」
「大丈夫よ〜。」
目の下にはクマ。
「大丈夫じゃねえだろ、それ…。居なくてごめんな…。」
「ううん。お帰りなさい。」
笑顔で言う瑠璃が痛々しくて、龍介は大量のお土産を渡しながら、瑠璃を治す決意を新たにした。
早速、翌日に加納家に集まったが、早くも瑠璃にはポチの独り言攻撃が…。
「瑠璃ちゃん、いいかな、これ…。くれないかな〜?ちょっと貸してくれるだけでもいいんだけどなあ〜?どうかな?どう?ちょっとでいいからさあ〜。」
瑠璃の苺柄のシュシュをじっと見つめて、匂い嗅ぎながらそう言ってるらしい。
「い、いいわよ、ポチ…。これお気に入りだもんね。あげるわ。」
と、瑠璃がシュシュを外すと、目を輝かせ、
「やったあ!」
と嬉しそうに受け取ろうとしたが、龍介が許さない。
「ダメ!」
睨まれて、悲しそうに俯くポチ。
「兄貴怖いよ…。ポチ、そこまで悪い事してないもん…。瑠璃ちゃんいいって言ったもん…。酷いよ、兄貴…。」
「龍、ポチいじけちゃってるよ。私がいいって言ったんだから、いいのよ?」
「いや、ダメだ。ポチも気に入ってるかもしれねえが、お前も気に入ってんだろ?それ、1番着けてる。ポチが貰ったら、1日でボロボロにして終わりだ。ダメ。」
確かにそうなのだが、ポチの声が聞こえる身としては可哀想で堪らない。
「ポチ…。」
「瑠璃ちゃん…。くれるって言った…。」
「ごめんね…。」
龍介は瑠璃の耳を塞ぎながらダメ押しした。
「基地行こう。ポチ、ダメだからな?」
「はい…。分かりましたよ、兄貴…。」
ポチは完全に拗ねてしまい、そっぽを向いて寝そべった。
基地に向かうほんの短い間でも、カラスに遭遇。
「おい、ガキ、なんか持ってねえのかよ。」
「そうそう、光るもん持ってんだろ。女だしい。」
すると、瑠璃が言い返す前に、龍介が怒りだした。
「うるせえ!てめえらにやるもんなんか何も無え!今度こいつに因縁付けて来たら、俺が焼き鳥にしてやる!」
カラスは顔を見合わせる様に互いを見ると、瑠璃にしか聞こえない声だが言った。
「すいません!兄貴、申し訳ねえっす!」
「姐さんには手ェ出しやせん!」
そして飛び去って行った。
「凄いわ、龍…。カラスが下手に出たわよ…。」
亀一がおののきながら言った。
「今のは俺でも分かる様な気がしたぜ…。謝って、もうしねえって言ったんだろ?」
朱雀や悟、拓也、寅彦も頷いた。
「そうなの。でも、龍が兄貴は分かるけど、私が姐さんはやめて欲しい…。」
みんな笑いだし、朱雀が言った。
「それは甘いよ、唐沢さん。この龍の彼女なんだから、姐さんに決まってるじゃない。今更遅いよ。」
ーああ…。紳士な加納君はやっぱり仮の姿だったのか…。そして私は必然的に極道の女に…。
今更気付く瑠璃。
確かに遅い。
沈痛な面持ちで目を伏せる瑠璃を不思議そうに見つめる龍介。
「どしたあ?」
「ーいえ…。なんでもありません…。」
なんとか基地に着き、やっと作戦会議に入り、亀一が話し始めた。
「拓也と親父と3人で色々考えてみたんだが、要するに、脳に電流が流れて、余計な指令が行っちまってるって事だから、その指令止めるしかねえなと。」
「でも、どうやってやるの?寅次郎さんだって、無理って言ったんでしょ?」
朱雀が言うと、亀一はチラチラと龍介を見て、どんどん言いづらくなっていったのか、とうとう拓也に言えと言い出した。
「お兄ちゃん!僕だって言いづらいんだよ!?」
「そもそもお前が唐沢に庇って貰ってこうなったんだろ!?雷が落っこって来んの、お前が気付いて自転車から手え離してりゃ、こんな事にはならなかったんだよ!」
「そ、それは確かにそうだけど…。」
拓也はチラチラと龍介を見た後、とうとう龍介から本で顔を隠して、叫ぶ様に言った。
「荒療治だけど、もう一回唐沢さんに雷を落としてはどうかと、兄と父が言いました!僕じゃありません!」
当然亀一は真っ青になって怒り出した。
「拓也!てめえもそれしかねえって言ったんだから、同じ事だろ!」
2人は、龍介方向から聞こえる指をボキボキ鳴らす音に、ゆっくりと振り返った。
予想通りだが、龍介がこめかみに青筋を立てたお怒り顔で、亀一兄弟を睨みつけている。
「てめえら…。正気で言ってんのか…。」
頷きたいが、亀一をもってしても頷けない。
それほどまでの迫力で迫る龍介に、朱雀も寅彦も怯えて気配まで消してしまったが、悟だけは平然と言った。
「でも、それしかないかもしれないよ?原因となった事をもう一度っていうのは、必ずやってみるじゃない。」
「それで更に悪化したり、死んじまったりしたらどうすんだよ!」
「らしくないじゃないか、加納。あんたいっつもやってみなけりゃ分からないって言うじゃない。」
「事がいつもとは違うだろ!命の危険が伴う話だろ!」
「そ、それに関しては…。」
亀一が珍しくおずおずと言った。
「なんだよ。」
「龍太郎さんが、命に危険の無い雷を作れると言っている…。」
「父さんが?」
「うん…。」
「ーそれでも駄目だ。
悪化しちまったらどうすんだ。
今だって、睡眠不足だし、しょっ中聞きたくも無え話聞かされて、神経参ってんのに。
この上、お化けの話とかまで聞こえちまったらどうすんだよ。
それに場所が脳だぞ。
失くしたい能力だけじゃなく、必要な能力まで無くなっちまったらどうすんだよ。」
黙ってしまう亀一の代わりに悟が言った。
「決めんのはあんたじゃない。唐沢さんだ。」
「佐々木!」
「こういう訳分かんない事のスペシャリストの人がサジを投げる状態なんだよ!?いいと思った事は命の危険が無いならやってみるしかないじゃないか!加納が他にいい方法を見つけてるって言うなら別だけど、あんの!?」
「ー無い…。」
「じゃあ、唐沢さんが決めるべきだ。でしょ?唐沢さん。」
「他に選択肢は無えのか、きいっちゃん。」
「ーごめん…。残念ながら今の段階では無い…。」
龍介は瑠璃を心配そうに見つめた。
「ー少し考えるか?」
瑠璃は深呼吸して、はっきり言った。
「ううん。やってみる。」
「瑠璃…。無理しなくていい。他に方法が無いか父さん脅して調べてみるから…。」
ここまで心配してくれる龍介の気持ちは舞い上がる程嬉しい反面、瑠璃はしみじみと思った。
ーこの脅してってフレーズが…。考えてみたら、昔から確かに極道だったわよね…。
「ん?」
「ああ、いえ…。
ううん。大丈夫。無理してないの。
確かにセーラやポチと話せるのは楽しいわ。
でも、こうかなって思ってた事を言ってるって分かったからもういいの。
それに、他の動物達のは、あまりに下世話だったり、下品だったり、腹が立ったりするから、正直、もう一刻も早く、この能力は失くしたいのね。
だから、可能性があるならやってみたいです。」
「ーなら…。父さんに話を聞こう…。」
瑠璃は焦った様子で、バッと龍介を見て言った。
「お話聞いてね!?呉々も脅さないでね!?威嚇もダメよ!?」
「ーは…?」
龍介以外が全員笑いだし、1人分かっていない龍介の目は点になっていた。




