トラップと単独行動
「ケイ、どうやら扉のむこうで魔獣が待ち構えているみたいだよ」
「了解、ミリアムは扉を開けたら下がっていてくれ」
31階層に入って初めての部屋の扉には、毒ガスが吹き出す罠が仕掛けてあった。それをミシェルが手際よく解除する。そしてその最中に部屋の中で魔獣が待ち構えている事をミシェルは察知した。
『慶、待ち伏せしているのは、岩石巨人が二体です。扉の前で待ち構えていますね』
"瑠璃"が部屋の大きさと敵の配置を送ってくれる。それを元に岩石巨人の攻撃を避け、部屋に飛び込んで魔獣の背後に回る動きをシミュレーションする。
「扉を開けるよ」
「了解!」
ミシェルがそっと扉を開く。そして人が通れるほど開いたところで僕は部屋の中に飛び込んだ。
ドスッx2
僕の背後で巨大な拳が二つ迷宮の床を叩いていた。身長4メートルの岩石巨人のパンチをまともに喰らえば、大怪我ではすまないだろう
扉を開けきった後に飛び込んだら、あの攻撃を喰らっていたかもしれない。
飛び込んで岩石巨人の背後に回り込んだ僕は、体勢を立て直すと岩石巨人と対峙した。
岩石巨人は通常の武器でも傷つけることができるし、水系の魔法に弱いという弱点も判っている。ミシェルやエステルでもリリーの魔法の援護があれば倒せるだろう。七節棍でも倒せるだろうが、今回は大太刀使って倒すことが目的だ。僕は大太刀を抜くと、ほんの僅かに魔力を通した。大太刀の半透明の刀身が魔力に反応して淡く光る。
「マ゛ッ」x2
ミシェル達は部屋に入ってこないので、岩石巨人は標的を僕に決めたようだ。振り向いて巨大な拳を振りかぶる。
「いざ、参る」
時代劇の侍のように叫ぶと、僕は大太刀を構えて岩石巨人に斬りかかっていった。
スカッx2
この音は、僕が空振りした音ではない。
(ちゃんと斬れたのかな?)
と僕が不安を感じる程全く抵抗を感じさせずに大太刀は岩石巨人の胴体を斬り抜けたのだ。
「マ゛ッ?」x2
振りかぶった拳を振り下ろそうとした岩石巨人の上半身が、振りかぶった姿勢のまま後へ落ちていった。
岩石巨人の上半身は、両手を使って必死に僕に近づいてくる。ちょっとユーモラスな光景であるが、そのまま放置も出来ないので、大太刀で上半身を縦に真っ二つに斬り裂いた。
「岩石巨人をあんなに簡単に…」
「綺麗な刀なのに…とんでも無い切れ味ですね」
「さすがケイです」
「ケイが危険と言った意味が判ったよ。ホントその剣は切れすぎるんだね」
ミシェルは大太刀の切れ味に驚きを通して呆れ返っていた。リリーは淡く光る刀身を見てうっとりしていた。エミリーは僕の腕前を賞賛しており、エステルは僕が言った「危険」の意味を判ってくれたようだった。
「…これなら、確かに黒鋼鎧巨人を倒せるでしょう」
そして、ソフィアも大太刀の切れ味を見て黒鋼鎧巨人を倒せると思ってくれたようだ。
それから4時間、僕達は順調に31階層を探索していた。ソフィアの言う通り遭遇する魔獣は古木巨人や岩石巨人、鋼鉄巨人といったゴーレム系ばかりであった。
固く耐久力のある事が特徴のゴーレム達であったが、金剛甲虫の角から作られた大太刀の切れ味の前には発泡スチロールも同然で、全てズンバラリンと一太刀で切り捨ててられていった。
◇
31階層のとある部屋で、僕は鋼鉄巨人と戦っていた。鋼鉄巨人は文字通り鋼鉄製のゴーレムで、黒鋼鎧巨人に次ぐ硬い体を持っている。身長5メートルもある巨大な身体はオーガの数倍の力を誇り、耐久力も高く魔法に対しても高い耐性を持っている。
そんな鋼鉄巨人を僕は一分とかからず三枚に下ろしてしまった。
(圧倒的じゃないか、我軍は…いやこの大太刀は)
あっけなくゴーレムを倒して来た為、僕は大太刀の切れ味に酔いしれていた。調子に乗った僕は、解体した鋼鉄巨人から素材でも剥ぎ取ろうと近づいていった。
鋼鉄巨人の身体は武器の素材として高く売れる。しかし五メートルもある死骸を僕達のパーティは全て回収することはできない。そこで一番高く売れる中心部の純度の高い部分を大太刀で繰り抜いて回収するつもりだった。
僕が鋼鉄巨人の死骸に近づいた時、その体に隠されて見えていなかった魔法陣、いや転送陣が動作した。
「ケイ、そこは不味い。罠が仕掛けてある」
ミシェルが制止するが、僕は既にその転送陣を踏んでしまっていた。
「しまった…」
「ケイ!」
「ケイさん、逃げて」
「ケイ、待って」
「サハシ様」
皆が僕を呼び止めるが、それで転送陣の動作が止まるわけがない。
「必ず戻るから…待っていて…」
そこまで叫んだ所で、僕は転送陣によってどこかに転移されてしまった。
◇
転移の光がおさまると、辺りが暗闇に包まれる。その一瞬の光で僕は自分が部屋らしき場所に飛ばされたことが判った。
(どの辺りに飛ばされたんだろうな。まあ、某ゲームのように石の中に飛ばされ無かっただけ良かったよ)
リリーが居てくれれば明かりの魔法で視界を確保できるのだが、転送されたのはやはり僕だけだった。
《視覚を赤外線モードに切り替えます》
真っ暗闇のため、視界が自動で赤外線モードに切り替わると、視界が赤外線モード特有のモノクロで平坦なイメージで見えるようになる。
辺りを見回すと、僕が今いる部屋は3メートル四方の扉が一つだけある小さな部屋で、幸いなことに部屋の中には魔獣はいなかった。足元には転送陣はなく、転送で元の場所に戻ることはできないようだ。
『"瑠璃"、そっちはどうなってる?』
こういった万が一の事態を考慮して、僕は"瑠璃"の本体をエミリーに持たせておいた。"瑠璃"に連絡が付けば向こうの状況がわかると思ったのだが…"瑠璃"からの返事はなかった。どうやら通信が届かない範囲に飛ばされてしまったようだ。
『済みません、私も"瑠璃"さんとは連絡が付きません』
僕の仮想システムの方にいるマリオンは、僕と一緒にこちらに転送されて来ていた。
(通信ができないという事は、別な階層に飛ばされたかな?)
僕と"瑠璃"の通信可能距離は同じ階層内であればほぼ端から端まで届くのだが、階層をまたぐと通信が切れる事は判っている。
しばらく待っていても誰も転移してこないので、エミリー達は僕を追いかけて転送陣のトラップに入ってこなかったようだ。エステルとエミリーは僕を追いかけようとしたと思うが、そこはミシェルかリリーが止めてくれたのだろう。
『まあ、"瑠璃"には31階層までの地図を渡してあるし、"瑠璃"ならソフィアに気付かれないようにエミリー達をうまく誘導してくれるだろ』
『エステルとミシェルさん達ではゴーレム系と戦えるほど強くありませんが…戦わずに逃げてくれればなんとかなりますよね』
僕とマリオンは残ったメンバーの心配をしたが、連絡が取れない以上心配しても仕方がない。そしてこのままここで待っていることもできない。僕とマリオンは、二人(?)で地下迷宮の探索を進めることにした。
◇
冒険者の常識から言えば、一人で地下迷宮の探索を行うというのは自殺行為にも等しい。襲い掛かってくる魔獣の撃退や罠の解除をたった一人で行うことは普通できないからである。
僕は魔獣の方は一人で撃退できると思う。そうなると問題は、仕掛けられている罠をどうやって発見し解除するかである。
(一応ミシェルがやっていた罠の解除方法とか見て覚えておいたけど…後は実践するしかないか)
実戦の第一歩として今いる部屋の扉からと張り切って調べたのだが、残念、いや幸運な事に部屋の扉には罠も鍵も掛かっていなかった。
扉を開けて部屋を出ると、通路がと部屋が交互に並ぶ迷宮が目の前にあった。マリオンからの報告では、この階層は碁盤の目のように通路と部屋が配置されているらしい。
(通路と部屋が碁盤の目状に配置されている階層か…ここは32階層だな)
冒険者ギルドで見せてもらった地図の記録から今いる場所が32階層であることが判った。僕が引っかかった転送陣の罠は一階層下に転送する物だったのだろう。
(あの転送陣、シューターだったのか)
有名コンピュータRPGに一階層下に移動させられてしまう罠があったのだが、それと同じような罠だったのだろう。
『一階層上がるだけで済みますね。がんばりましょ~』
『そうだね、頑張っていこうか』
マリオンの励ましの声を聞きながら僕が一歩踏み出すと、
ビューン くるりん ビューン
と僕を乗せて床が勝手に移動と回転を行ってしまった。強制移動通路と回転床の組み合わせ罠である。
『…面倒くさい階層だな~』
『そうですね。地図を作るのが大変そうですね』
この階層は、強制移動通路と回転床の組み合わせで冒険者の方向感覚を無くし迷わせるという階層だった。おそらく魔獣も罠に引っかかってしまうので、この階層には居ないだろう。
(道理で32階層の地図は碁盤の目の通路としか書かれていなかったわけだ。これは普通の人にはマッピングできないだろうな)
僕は距離センサー、加速度センサーがあるので、強制移動とか向きを回転されても方向感覚が狂うことはない。元の場所からどれだけ移動したかも直ぐ判る。時間をかければこの階層の攻略は出来るだろう。
『地道に地図を作るのも有りだけど…残してきた人が心配だ。時間を掛けたくないから、ここはチートの出番だな』
『チート?』
『そう、チートだよ』
チートの意味が判らずマリオンは不思議そうにしている。そんなマリオンを放っておいて、僕は左手の射出ワイヤー発射して手近な柱(一辺4メートルほど)に巻きつけると、ジャンプとスラスター噴射で柱に飛びついた。そして柱の上の方にある飾りにぶら下がり、また射出ワイヤーとスラスターで別な柱に移動する。こうやって床を踏まずに移動すれば強制移動通路も回転床にも引っかかること無く迷宮を探索できるのだ。
『マリオン、柱の中に部屋か階段が無いか調べてね』
『判りました。…しかしこれがチートですか?』
僕は○パイダーマンよろしく射出ワイヤーを使って柱から柱へと移動を繰り返していった。
そうして一時間後、ようやく僕とマリオンは31階層に登る階段が有る部屋を発見した。
階段は柱の一つのにあったのだが、
「扉が無い…」
その部屋には通路から入るための扉が無かったのだ。
『内側には扉があるのですが…』
『一方通行の扉ってやつだな』
32階層は、31階層から降りて部屋を出ると階段に戻れないという意地の悪い仕掛けになっていた。
部屋の周りの床は強制移動の罠が無かったので、床に降りた僕は部屋の壁を叩いたりして扉が開かないか試してみたが、やはり開く気配は無かった。ナイフを取り出し壁を削ってみたが、大理石のような壁は殆ど削ることが出来なかった。
(固いけど、壊せないわけじゃないか…やっぱり、大太刀で斬るしか無いか)
僕は部屋の中に入る方法を考えていたが、おそらく31階層に戻れないというのが迷宮の設計思想だとすると、普通の方法ではこの部屋には入れない。そうなると後は壁を壊すということになるのだが、普通の武器やマトックなどでは壊せないのだろう。しかし僕の持っている大太刀は切れ味に関しては並みの武器じゃない。ここは大太刀の切れ味にかけてみようかと僕は考えた。
『マリオン、壁の厚さはどれくらい?』
『そうですね、これぐらいです。これだけ厚いと掘るのは難しい思うのですが?』
マリオンが手で壁の厚さは50センチ程の厚さだと教えてくれる。
『掘るんじゃなくて、斬るんだよ』
『えぇ?』
マリオンは僕の斬るという言葉に驚く。
僕は大太刀を抜くと魔力を通した。
《主動力:賢者の石 2.0%で稼働させます。》
硬く厚い壁を切り裂くのだ、ゴーレムの時とは異なり、出力2%で魔力を通すと、大太刀は青白く輝き始めた。
僕は、その輝く大太刀を大きく振りかぶって壁に斬りつけた。
ザウ゛ン
と異音を立てて大太刀が壁に斬り込まれ、大きく壁が粉砕される。何回かそれを繰り返すと、僕が部屋に入れる程度の大きさの穴を壁に開けることが出来た。
『ダンジョンを作った人が見たら怒りますね』
マリオンの言葉に僕はダンジョンキーパーであろう二人の小人を思い出した。
『いやこれぐらい、彼奴等にはちょうどよいお返しだよ』
そう呟いて、僕は部屋に入り31階層に戻る階段を登り始めた。
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