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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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ソフィアの策略

最後の部分を少加筆修正しました

 ケイが鋼鉄巨人(スチール・ゴーレム)を簡単に倒してしまった事で、ミシェルは油断していたのだろう。まだ部屋のトラップの調査もしていないのにケイが鋼鉄巨人(スチール・ゴーレム)から素材を採ろうと近づくのをミシェルは見過ごしてしまった。

 ケイが、鋼鉄巨人(スチール・ゴーレム)の死骸に近づいた時、転送陣の(トラップ)が発動した。


(しまった、(トラップ)のチェックがまだだったんだ)


「ケイ、そこは不味い。(トラップ)が仕掛けてある」


 ミシェルは慌ててケイに注意を呼びかけるが、時既に遅く転送陣は発動してしまっていた。そしてケイはどこかに飛ばされようとしていた。


「ケイ!」


「ケイさん、逃げて」


「ケイ、待って」


「サハシ様」


 ミシェルの叫び声でそれに気付いたエミリー達も叫ぶが、転送陣の(トラップ)が止まるわけもなくケイはどこかに転送されて行く。


「必ず戻るから…待っていて…」


 消える間際に、ケイはそう叫んでいた。そして後は薄く光る転送陣だけが残され、部屋は静寂に包まれた。



「ケイ、今行くから」


 皆の沈黙を破り、エステルが転送陣に向かって走りだした。


「馬鹿、やめな!」


 ミシェルは慌ててエステルの腕を掴んで引き止めようとしたが、吸血鬼(ヴァンパイヤ)化してしまったエステルの力は強く、彼女一人の力ではその歩みを止められなかった。エステルはミシェルを引きずって転送陣に向かって進んでいった。


「エステル、止めなさい」


「ケイならきっと大丈夫です」


 エステルの愚行に気付いたリリーとエミリーが引き止めるのに加わり、エステルが転送陣に踏み込む前に引き止めることができたのだった。



「転送系の(トラップ)はね、同じタイミングで引っかからないと別な場所に飛ばされるかもしれないんだ。あんたが今踏んでもケイと同じ場所に飛ばされるか分からないんだよ」


 ミシェルはエステルを床に正座させて説教をしていた。もしエステルがあのまま転送陣に踏み込んでいたら…運が良ければケイと同じ場所に飛ばされるかもしれないが、意地悪な(トラップ)であれば全く違った場所に飛ばされることになっただろう。


「うぅ足が痛いです。ミリアム(ミシェル)さん良く判りました。…でもケイが一人で転送されて心配だったんだよ~」


 ちょっと涙ぐんでエステルが謝る。しかしミシェルは地下迷宮(ダンジョン)では一瞬の油断が命取りになる事を彼女に教えるために説教を続けた。


「心配しているのは、あんただけじゃないよ。こんな時、一番不味い行動は慌ててしまうことさ。地下迷宮(ダンジョン)じゃこういう時ほど冷静にならなきゃ駄目なんだよ」


 ミシェルは、義賊集団"アルシュヌの鷲"のリーダーだった時…いやまだリーダーなのだが…不出来な部下を叱りつけたことを思い出しながらエステルを叱りつけていた。


「私も本当は転送陣に入ろうかと…エステルが先に動いたので逆に足が止まってしまいました」


「リリーもですか。実は私もです」


 リリーとエミリーは、ミシェルがエステルを叱っているのを見ながら首をすくめて二人でこそこそと話をしていた。どうやら二人もケイを追いかけてしまいそうになったのだが、一瞬の差でエステルに先を越され、それによって逆に追いかけるのを思いとどまったようだ。


「あんた達、ケイは戻ってくるって言ったんだ…ケイなら迷宮を一人で探索出来るはずさ。きっと半日もすれば此処に戻ってくるさ。あたい達はここで待っていれば良いんだよ」


 ミシェルは三人を励ます為にそう言った。彼女もさすがに半日で戻って来るとは思っていないが、ケイなら生きて戻ってくるだろうと信じていた。



 三人の様子が落ち着いたので、ミシェルは今まで静かにしていたソフィアに声をかけた。

 ソフィアは目を閉じて何か考え事をしているようだったが、頭の上の猫耳がピクピクと動いていることから、神官長と魔道具で連絡を付けているようだった。


「ソフィアさん、これからどうするか…何か考えがあるかい?」


 一頻(ひとしき)り猫耳が動いた後、ミシェルの声が届いたのか、ソフィアは目を開けた。


「そうですね。幸いこの部屋の魔獣は倒してしまったので、部屋に立て籠もっていれば安全だと思います。サハシ様が戻ってくる(・・・・・)事を考えると、ここから移動しないほうが良いと思いますが、どうでしょうか?」


 少し考えた後、ソフィアはそう言った。


 もし(トラップ)に引っかかったのがケイ以外であれば急いで探しに行かなければならないが、ケイの場合は単独で魔獣を蹴散らしてここまで戻ってこれるだけの実力が有る。


 そしてケイがいない面子では、魔獣との戦いはかなり辛くなる。31階層はゴーレム系の魔獣が出てくるので、今のパーティのメンバーでは戦って勝つのは難しい。そうなると戦いを避けて逃げまわりながら探索をすることになる。そんな危険を犯すなら安全な部屋でケイが戻ってくるまで待つのが得策である。


ソフィア(依頼主)さんは、あたいと同じ意見だね。あんた達、ここでケイが戻ってくるまで待つことにするよ」


 食糧は数日分持ってきているので、一日ぐらいケイを待っていても問題はない。しかし一日待ってケイが戻ってこないようならケイを探しに行くことになるだろう。

 

(ケイ、無事に戻って来てくれよ)


 ミシェルはそう祈った。




 転送陣の(トラップ)に引っかかり慶が何処かへ消えてしまった。それと同時に慶との通信リンクも途切れてしまったので、"瑠璃"は念の為にマリオンとの通信回線を開いてみた。


『やはりマリオンとも連絡がつきませんか。どうやら慶は別な階層に飛ばされたみたいですね』


 通信が出来なくなってしまったことから、"瑠璃"は慶が転送されたのは31階層以外の階層と考えた。魔道具と異なり、電波を使用している慶と"瑠璃"の通信は、別な空間にある他の階層と通信することができない。


『ソフィアが近くにいては、エミリーにそのことを伝えるのも難しいですね』


 "瑠璃"はしばらくソフィアとミシェル達がどうするのかを見守ることにした。


 結局ソフィアとミシェル達は、慶が戻ってくるのをこの部屋で待つこと決めたようだった。それならば"瑠璃"のすることは、彼女達の安全を確保するためにいつも通り偵察&見張る事であろう。そう思った"瑠璃"は透明モードで部屋を出て行った。




 "瑠璃"は部屋の周囲の通路を偵察&見張っていたが、しばらくして全く魔獣がいないことに気付いた。

 

『魔獣がいませんね。もしかして慶が出会ったゴーレム系の魔獣を全部倒してしまったからなのでしょうか?』


 実はこの"瑠璃"の推測は当たっていた。

 地下迷宮(ダンジョン)で出現する魔獣の復活時間は、その強やさ耐久力などに影響されるように設定(・・)されていたのだ。つまり弱いものであれば数分で復活するが、強いものであれば復活にしばらく時間がかかるようになっていたのだった

 31階層で出現したゴーレム系の魔獣は、その強さから古木巨人(ウッド・ゴーレム)で二日、岩石巨人(ストーン・ゴーレム)で一週間、そして鋼鉄巨人(スチール・ゴーレム)に至っては一ヶ月経たないと復活しないようになっているため、慶が出会った魔獣を全て倒してしまったため31階層の魔獣の数は極端に減っていたのだった。


『これだけ魔獣がいないのなら、エミリー達だけでも探索できそうなのですが…あれは?』


 "瑠璃"は誰かが通路をやって来るのに気付くと、念の為に天井近くまで上昇して近付いてくるのを待った。

 やって来たのは"天陽神"の教会の神官戦士パーティであった。彼等は"瑠璃"の目下を通り過ぎて行く。彼等は地図を片手にどこかを目指しているようだった。


「ソフィア様から連絡があったのはこちらだな」


「ああ、その通路の先の部屋におられるそうだ」


 彼等はソフィアに呼ばれてやって来た者達のようであった。パーティの厳つい神官戦士の頭に猫耳カチューシャが乗っており、それでソフィアと連絡を取っていた。


『慶がいなくなったから護衛のために呼んだのでしょうか?』


 "瑠璃"は不思議に思いながらも、彼等の後を追ってエミリー達がいる部屋に戻ることにした。





 神官戦士たちと部屋に戻った"瑠璃"は、そこで思いがけない光景を見ることになった。


『こ、これは…何があったのですか』


 部屋では慶を待っているはずのエミリー達が、全員倒れ伏していた。

 "瑠璃"は慌ててエミリー達に近寄り状態を確認する。見たところ呼吸もしており、皆眠っているだけであることが判り"瑠璃"はホッとしたが、何故全員寝ているのかその原因を調べようとして、唯一ソフィアが起きていることに気付いた。


『…ソフィア、貴方が皆を眠らせたのですか』


 "瑠璃"は部屋の隅で(・・)を持ち、薄笑いを浮かべて立っているソフィアを睨みつけた。杖は魔法を使うために必要な物。ソフィアは神官と言っていたが、魔法も使える司祭であった事に"瑠璃"は気付いた。

 おそらくソフィアは不意をついて眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)をかけて眠らせてしまったのに違いない。


『何故そんなことを』


 "瑠璃"はソフィアを問い詰めたかったが、自分の存在をソフィアに知られるのは不味いことぐらい理解している。それに"瑠璃"にはソフィアに対し何もできないのだ。唇を噛み締め(・・・・・・)ながら"瑠璃"はソフィアが何をしようとしているのか見つめているのだった。




 ケイが目の前で転送陣に消えていくのを見て、ソフィアは頭の中が一瞬真っ白になってしまった。


 31階層に入り、ケイはソフィアに約束した通りその力を見せてくれた。次々と遭遇したゴーレムを腰の大太刀で切り捨てて行ったのだ。その姿を見てケイなら必ず黒鋼鎧巨人(アイアン・ゴーレム)を倒してくれるとソフィアは確信したのだ。

 そのケイが転送陣の(トラップ)に引っかかり何処かへ飛ばされてしまったのだ、ソフィアは心のなかで悲鳴を上げてしまった。


『ソフィア、どうしたのだ。何が起きているのだ』


 頭の中に神官長ディーノの声が響く。どうやらソフィアが心の中で上げてしまった悲鳴が通信されてしまったのだろう。それを聞きつけて、何が起きたのか尋ねてきたのだ。


(ツッ、呆けてなどいる場合ではありません。まだ計画が失敗したわけじゃありません)


 ソフィアは冒険者時代にこの31階層を探索したのだ。その時の記憶が確かなら致命的な(トラップ)は無かったと思いだす。懐から31階層の地図(冒険者ギルドから買い取った物)を取り出して、ケイの引っかかった(トラップ)の内容を確認した。


(この部屋の転送陣の(トラップ)は…32階層に転送される物ですね。サハシは今32階層に転送されただけで生きています。…32階層はたしか移動型(トラップ)だらけの階層で、魔獣もいない。…そして移動型の(トラップ)順調(・・・・)に引っかかれば、31階層に戻ってくる。ああ、五年前それで苦労させられたのを忘れていましたわ。…ということは彼は勝手に31階層に戻って来るのです。つまり私達はここで待っていれば良いのですわ)


 五年前に32階層で自分達が引っかかった強制移動の(トラップ)の内容を思い出して、ケイが無事戻ってくると判りソフィアは安堵のため息をついた。

 それよりもこの部屋の(トラップ)を思い出して忠告しておけば、ケイが(トラップ)に引っかかることも無かったのだろうが、ソフィアもゴーレムを次々と倒していくケイの実力を見て浮足立っていたのだろう。


 ケイが苦労して回避している32階層の強制移動の(トラップ)は、そのまま引っかかり続けると最終的には31階層に戻ってしまう転送陣に行き着く様になっているのだ。しかし、そんなことも知らずにケイは頑張って(トラップ)を回避していたのだった。


 ソフィアは、ずっと『どうなっているのだ』とがなりたてるディーノに状況を説明することにした。


『ディーノ様、申し訳ございません。冒険者の一人が(トラップ)に掛かってしまい、慌ててしまいました』


『そうか…それで(トラップ)にかかった冒険者はまさか…』


『…彼…サハシが引っかかりました』


『…それは不味いのでは無いのか?』


『ディーノ様、ご安心下さい。彼は致命的な(トラップ)にかかった訳ではございません。転送陣の(トラップ)で一つ下の階層に飛ばされてしまっただけです。危険な階層ではありませんし、しばらくすると戻ってくるようになっておりますのでご安心を』


『その言葉信じて良いのだろうな』


『はい、私がディーノ様に嘘を申し上げたことがあったでしょうか。それにこれは好機だと思います』


『サハシがいなくなったのに好機だと?』


『はい、彼が居ない間に他のパーティのメンバーを捕縛してしまうのです。』


『メンバーを捕縛してしまう? 黒鋼鎧巨人(アイアン・ゴーレム)と戦う際にそいつらが戦わなくても大丈夫なのか』


『サハシの実力を私はこの目で確認しました。彼なら一人で黒鋼鎧巨人(アイアン・ゴーレム)を倒せます。予定ではパーティが黒鋼鎧巨人(アイアン・ゴーレム)を倒した後、不意をついて私が全員を始末するはずでした。しかしサハシの力は私の想像以上でした。私一人では倒しきれないかもしれません。そこでパーティの連中を人質に取っておきたいのです』


『なるほど。…どうせなら一人を残して殺してしまったほうが良いのではないのか?』


 ディーノは聖職者とは思えないような事を提案する。


『いえ、殺してしまってはサハシに言うことを聞かせることはできないでしょう。全員生かして人質としたほうが良いと私は考えます』


 何人か殺してしまった後で、人質の命が惜しければなどと行っても信じる理由がない。それに人質が一人ではケイが自棄を起こした時に抑えきれないと考え、複数の人質を取る事をソフィアは選択した。


『判った、お前の判断に任せよう』


 ディーノとの通信を終えると、丁度ミシェルが彼女にどうするのかと尋ねてきた。


「そうですね。幸いこの部屋の魔獣は倒してしまったので、部屋に立て籠もっていれば安全だと思います。サハシ様が戻ってくる(・・・・・)事を考えると、ここから移動しないほうが良いと思いますが、どうでしょうか?」


 ソフィアはそう答えておいた。そしてミシェルがエミリー達と話をしている隙に、再び通信を始めた。今度の通信の相手は30階層近辺を探索している"不死の蛇"の神官戦士パーティである。ソフィアは、何かあった時に呼びつけるために"不死の蛇"の神官戦士で強い者達に猫耳カチューシャを渡しておいたのだ。


『ソフィア様、何か御用でしょうか?』


『アルベルト、あなた達の加勢が必要になりました。急いでこちらに来るのです』


 ソフィアは連絡のついた神官戦士アルベルトのパーティに自分達のいる部屋に来るように命令した。


 猫耳カチューシャの通信でアルベルト達をこの部屋に誘導する傍ら、ソフィアはミシェル達を制圧する機会を伺っていた。神官であるソフィアが一度に四人を無力化するのは難しいが、彼女には奥の手があった。


『ソフィア様、もう少しでそちらに着きます』


 アルベルトからの通信が来た時、丁度そのタイミングが訪れた。ミシェル達が集まって何か話し始めたのだ。彼女達の注意はソフィアから完全に外れいていた。


(今だわ)


 ソフィアは小声で神聖魔法の能力の向上の奇跡(ブースト)を唱え、服の下に隠し持っていた"無限のバッグ"から杖を取り出した。ソフィアの奥の手、それは魔法であった。ソフィアは神官ではなく魔法も使える司祭であったのだ。

 杖を構えたソフィアは、眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)をミシェル達に唱える。能力の向上(ブースト)されたソフィアが唱え、しかも完全に不意打ちであった眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)により四人は為す術もなく眠らされてしまった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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