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とある文書

 『次のニュースです。

 六月三日、都内に住む会社員、大野智喜さん(24)が行方不明となっていることが分かりました。

 警視庁によりますと、大野さんは自宅マンションに帰宅した様子が防犯カメラに記録されていましたが、その後、外出した記録は確認されていません。

 室内に争った形跡はなく、財布や携帯電話などの所持品もそのまま残されていたということです。

 警察は事件性の有無を含めて調査を進めています。

 また、近隣地域では同様の行方不明が複数報告されており、「神隠し」としてSNSでも取り上げられるなどしています。現在も関連についても慎重に捜査が行われています』




 春先は、いつも少しだけ仕事が落ち着く。社会人になって二年目。出版社の営業としてはまだ下っ端で、任されるのは既刊の補充や、売れ残りの調整ばかりだった。扱っているのは、いわゆる都市伝説系の本だ。心霊、未確認生物、陰謀論。大学の頃からそういう話は好きだったし、オカルト研究会にも入っていた。だから、この仕事を選んだのも、半分は趣味みたいなものだった。

 最近、そのジャンルで妙に話題になっているものがあった。

 “神隠し”。

 神隠しと言う古くから語り継がれてきた都市伝説の最たる現象が現実に起きているらしい。

 しかも、やけに件数が多い。週刊興章によれば、警察すらも神隠しではないか、と疑っているらしい。

 最初はいつもの誇張された噂話だと思っていた。だが、ネットを漁っているうちに、どうもおかしいと感じ始めた。 複数の件で共通点がある。どれも直前の行動が曖昧で外的要因が見つからない。

 そして、その話に必ず出てくるものがあった。

 ――とある文書。

 ダークウェブに出回っているという、閲覧注意の資料。

 それを読んだ人間が、順番にいなくなるらしい。

 マフィア、カルト宗教、世界を裏で牛耳る高階級の者。

 色々とアングラな組織が絡んでいると書かれていたが、さすがにそれは出来すぎていると思った。

 都市伝説としてはよくある型だ。

 “読むと呪われる”類の話。

 それでも、妙に気になった。実際は、怨恨などによる殺人事件や、山での遭難、もしくは借金の肩にヤクザに消されたとか、そんなものだろう。自分自身、都市伝説を本気で信じているというよりは、調べたり、妄想することを楽しんでいたというのが正直なところだ。

 と、最初は思っていた。

 しかし調べれば調べるほど、その文書の話だけが、妙に具体的だった。

 断片的な引用。閲覧時の注意。読んだ後の記録。

 作り話にしては、妙に整っている。誰かが本気で書いている感じがした。

 そこまで来ると、もう好奇心の方が勝っていた。 どうせなら、元の文書を見てみたいと思った。

 ダークウェブに入るのは初めてではなかった。とはいえ、慣れているわけでもない。大学の頃に、興味本位で少し触ったことがある程度だ。専用のブラウザを立ち上げて、いくつかの中継サイトを辿る。検索では出てこない、リンクの集合みたいなページをいくつか経由する。

 どこに繋がっているのか分からないURLを開くのは、あまり気持ちのいいものではない。

 画面の向こうに、何があるのか分からない感覚だけが残る。しばらく探していると、それらしいスレッドに行き当たった。


「御前作法心得書」


 タイトルはマナー本のようなものだった。

 中身は断片的な書き込みばかりだったが、共通して同じことが書かれていた。


『読んだら終わりだ』

『やめておけ』

『消えるぞ』


 ……そのわりに、内容を知っている書き込みが多かった。

 リンクがひとつ貼られていた。それをクリックすべきだと言わんばかりURLは青い文字になっていた。

 何人かが、コメントを書いていた。ここで知り合った者がそれをダウンロードし、連絡が途絶えた。全員。一人も漏らさず。

 ただの演出だと思った。そう思うことにした。なんなら、異常事態が起こることを望んでいたのかもしれない。面白くない自分の世界を一変してくれるのではないか、という期待があったのだろう。

 カーソルをリンクの上に合わせる。少しだけ手が止まった。でもここまで来てやめる理由もなかった。

 クリック音が部屋に響く。少し待つと、ファイルはすぐに落ち、ウィンドウの右上にダウンロードの通知が出る。その通知をクリックして、ダウンロードフォルダを開く。


 PDFのデータだった。

 知っているフォーマットに少し安心した。ここにきてウイルスの心配はしていなかった。心配というか、心に大きく存在していたのは、これが本当に神隠しを起こす文書なのか、ということだけだった。


 一度、画面から目を離した。

 妙に静かだった。まだ少し暖かい春先、エアコンの音が、さっきよりも少しだけ大きく聞こえた。恐怖しているのだろうか。

 それを気のせいだと思って、ファイルを開いた。

 ファイルを開くのに時間がかかっている。これから目の当たりにする文書。まだ見ていないのに一気に鳥肌がたった。

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