1.魔女と男(1)
魔女の国。
そこに住まう王族は古の魔女・ミネルバの意志を継ぐ者。
かつて見たあの呪わしい炎を、魔女たちは忘れないーー。
ーーそれははじめて“男”を見た瞬間のことであった。
首輪をはめた“人”、だけどどこか違う。
身なりはボロボロで、髪は煤けてはいるものの、見事な黒髪だ。
はじめて見るその人に、エレオノーラは目を奪われ上から下まで観察してしまっていた。
(これが男……?)
絶句する姉たち二人とは違った意味で驚くエレオノーラに、母親のリオナは含み笑いをすると、その人を繋ぐ鎖を無理やり引き寄せた。
「この前、北の領地に行った時に拾ったの」
(北の領地……。男性居住区のことだ!)
母・リオナは男性居住区から帰ってきたばかりで、エレオノーラとは久しぶりの再開であった。
「拾ったって……」
これはどう見ても魔女ではない。
ましてや女でもない。
「やだーっ! お母様! これ“男”でしょ!?」
エレオノーラには二人、姉がいる。
そのうちの次女・ビビアナの悲鳴にエレオノーラは本で見た男性の絵を思い出した。
骨格のたくましい女性はいる。
筋肉質で身体の大きな者もいる。
それでも本能が、その存在を“男”と認識した。
男の深淵のような瞳は虚ろで、姉たちが騒いでもまったく反応を示さなかった。
「珍しい黒髪でしょう? 探知にかけたらわずかな反応だけど魔力が検出されたの」
リオナの言葉に長女・ルドヴィカが眉をひそめる。
「男は魔力を持たないのでは……」
「そう。だから連れてきちゃった。面白いでしょ~?」
「面白くなーい! そんな汚らわしいもの、見たくないわっ!!」
耐えられないとビビアナはその場にしゃがみ込み、顔を両手で覆って断固拒否の姿勢をみせる。
ルドヴィカは至って冷静だが、不快な気持ちは顔に出ており、男を睨んでいた。
エレオノーラは男から目を離せないまま、内側から湧き出るソワソワした感覚にリオナに問いかける。
「お母様、どうしてその人をここに……」
「魔力がある以上、放っておくのは危険だからね。だったらいっそ城に置いちゃおうと思ったの」
「連れてくる方が危ないからっ! 襲われたりしたらどうするのよっ!」
そう喚き出すビビアナに……
「だーいじょうぶだってぇ。ほら、首輪もしてるし。抵抗もしないから」
リオナはケラケラと笑うばかりだった。
三姉妹の誰もが母の考えについていけていない。
ビビアナの嘆きがこの場では正論だからだ。
この魔女の国は、男性と女性は交わらないように区分されている。
北の領地に男性は住んでいるとウワサ程度には知っていたが、まさか本当に実在するとは思わず、エレオノーラは物珍しさに心臓を高鳴らせていた。
「それで。私たちにそれを見せるということは何かお考えがあってのことでしょう?」
「ご明察! さすがルドヴィカちゃん! あなたたちに見せたのはね、誰かにこの男を飼ってもらおうと思って」
「「はっ……?」」
母・リオナの唐突な話に、さすがのルドヴィカもしかめ面になってビビアナと顔を合わせる。
互いに「どうするんだ」と困惑しており、ビビアナに至っては何が何でも拒否すると首を激しく横に振っていた。
魔女が男を嫌うのは当たり前だ。
それは覆しようのない事実であり、ゆえにこの場では男に興味を抱いているエレオノーラが異常者だ。
リオナに強く引っ張られても抵抗を示さない男を見て、エレオノーラは惹かれるままに近づいていく。
「エレナッ!? 何を……」
ルドヴィカの制止も聞かず、エレオノーラは男の前にしゃがみ込んで顔を覗き込む。
男性なのに、エレオノーラが持っていない色を持っていた。
今は汚れてしまっているが、ちゃんと身体を洗って清潔な服を着せれば相当に見目麗しいだろう。
男の人はもっと獣のようで、恐ろしいものだと思っていたが、全然違うではないかと興味本位に手を伸ばしていた。
「あっ……!」
男の頬に触れようとして、エレオノーラの気配に気づいた男は突然目をぎらつかせて後ずさる。
怯えたシャーシャー猫のように息を漏らし、近づいてくるエレオノーラに反抗心をみせた。
「ギャーッ! エレナ危ない! やっぱり男なんてケダモノよーっ!」
「エレナ! 下がりなさい! ――母上! そいつは危険です! すぐに処分しましょう!」
「待って!!」
手中に魔力を込めて攻撃の意思を見せたルドヴィカに、エレオノーラは振り返って止めにかかる。
エレオノーラの必死な様子に臆したルドヴィカは手を引っ込め、心配と警戒の眼差しを向けてきた。
姉たちの気持ちはよくわかるが、今は男の方が配慮を優先するべきだろう。
「お母様。この人、私が引き受けてもいいですか?」
酷く怯えた男の姿に、エレオノーラは「これ以上ここにいてはダメだ」と判断し、男と目線を合わせたままリオナに申し出る。
エレオノーラの強気な姿勢にリオナは「もちろん」と調子よく返事をし、首輪と繋がる鎖を手渡してきた。
それを受け取ると、エレオノーラは神経を尖らせる男をジッと見つめて観察に徹した。
「母上! やはりこんなこと、見過ごせません! 男はしかるべき所で管理しなくては! それにエレナは魔力がありません! いざという時、抵抗なんて……!」
「ルドヴィカ」
反論するルドヴィカに、リオナは冷徹に一瞥する。
あまりの気迫にルドヴィカは青ざめ、肩を竦めてそれ以上言及することを止めた。
リオナはにっこりと上機嫌に微笑むと、腰をかがめてエレオノーラの肩を叩く。
そしてそっと耳元に口を寄せて「がんばりなさい」とだけ言い、赤いルージュの塗られた口に弧を描いていた。




