第20話:亡国の王女の物語II
僕らは一度、宿屋に戻っていた。
シーマは「少し体を動かしてくる」と、
1人で訓練に出かけていった。
よし、今がチャンスだ。
僕は周囲の気配を伺いながら、隣にいるクックに声をかける。
「クック」
「はい。タナカ」
「さっきはさ……シーマがいたから話さなかったんだろ?」
「やはりタナカはシーマに激甘ですね」
ジト目を向けてくるクック。
やっぱり当たりだったか。
「それを言うならクックだって甘いだろ。……で、どう思う?」
僕が言葉を言い切る前に、クックが淡々と事実を告げた。
「99%の確率で、メフリマス皇女がリリスです」
――うわぁ、やっぱりそのパターンか。
「シーマの話を聞いた後、ここ数年の帝都の情報を集めていました。
宮殿のメイドたちの噂話、
その他諸々のデータを掛け合わせると、まず間違いありません」
なるほど。
だからクックは宮殿であんなに大人しかったのか。
裏でゴリゴリに情報収集してたわけね。
「ベストタイミングです」
「いやいや、
魔王の件と同時にド級のクエストが重なるのはキツくない……?」
頭を抱える僕に、クックは淡々と未来の予測を続ける。
「魔王討伐後は、この世界層から離れることになると想定されます」
「あー……確かに」
元々の『ノクターン』の仕様なら、
世界層をノーリスクで渡るにはそれしかない。
誰も成し得てないから、実際はどうなるか分からないけど。
「つまり、この世界層を出る前に、
シーマを救っておく必要があります」
それを聞いて、僕は思わず口元が緩む。
「なんだ、やっぱりクックもシーマに甘々じゃないか。
でもそれはマストだね」
「……」
「じゃあ、まずはしっかりと準備してきた対リリス用の作戦を――」
その時だった。
クックの目が、ピクリと慌てたように動く。
「緊急事態です。マークしていたシーマの信号が遮断されました
……さらに追尾……NG……!」
「なんだって!?」
慌てて窓の外を見るが、近くにシーマの反応はない。
すかさずステータスウィンドウを展開する。
ピキィィンと電子音が鳴り響いた。
パーティ一覧を見る。
――シーマの名前の横に、不吉な『LOST』の文字。
クックの分析が続く。
「……死んではいません。けど、気絶しています」
「最後の発信位置は……宮殿内部です」
二人で一瞬、目を見合わせた。
次の瞬間には、
僕たちの迷いは完全に消えていた。
「向こうから仕掛けてきたのであれば、もう遠慮はいりませんね」
クックがいつになく力強い声で言う。
「明日消すつもりの予定が、今日になっただけのことです」
それはまるで、大事な家族を奪われて怒る、
人間の少女のような熱いトーンだった。
なんだ、一番の親バカ(身内びいき)はクックじゃないか。
「クック……頼むから宮殿ごと消滅させるのだけはやめてね……?」
まさか異世界に来て、敵の心配じゃなく、
身内の『神(AI)』の火力を心配することになるなんて思いもしなかったよ。
「では、魔王以上に……対リリス用に準備した僕らの『詩』で、
我らが姫を救出しに行こうか」
僕は覚悟を決め、愛用の竪琴をしっかりと握りしめる。
「はい。ちゃちゃっと迎えに行って分からせてあげましょう」
行き先は一つ。
トプカプ宮殿――その最奥へ。
トプカプ宮殿の奥深くに存在する、
神の時空。
神の権能を持つ者しか立ち入ることのできない、
隔離されたダンジョン。
「ふふふ、あはははは!」
妖艶な笑い声を上げるリリス。
その前では、白い布一枚の姿にされたシーマが、
蛇のような禍々しい鎖で、一本の黒い巨木に縛り付けられていた。
「あの国を起点に、私の理想の世界を作ってあげようとしたのに……
まさか、こんな小娘に邪魔されるなんてねぇ……」
「っ……!」
シーマがパチッと目を覚ます。
激しい頭痛のなか、目の前の敵を視界に捉えた。
「ここは……っ、お前は……リリス!!」
「おはよう、可哀想なお姫様」
リリスは、
果実を絞りきったような甘い声でケラケラと笑う。
「お前を……お前を殺すために私は生きてきた……っ!
お父様もお母様も、お姉様も!! みんなお前のせいで……!」
「叫んでも無駄よ。へっぽこな勇者は来ないわ、ここは特別な場所。
まあ、別に来たって返り討ちにするだけだけど……。
ねえ、あなたも吸血鬼にしてあげようかしら?」
「……やはりお前が、お父様を……!」
「あぁ、でもあの国王、本当に役に立たなかったわ。
あの日も……自ら炎の中に飛び込んじゃった」
「!!」
シーマの目が見開かれる。お父様が、自ら……。
「きっと、最後はあなた達と同じ場所へ逝きたかったのね。
ふふ、私はそういう『愛』ってやつ、信じるわよ?」
壊れたように笑い続けるリリス。
「お前だけは……お前だけは絶対に許さない……!!」
シーマの顔は悔しさと涙で歪み、怒りの言葉だけが鋭く光った。
その時だった。
ガガガガ……。
強固なはずの神の空間が、ガラスのように歪み始めた。
「なっ……!?」
リリスの笑い声が止まる。
自身は規格外の神だ。
他の神ができることなら自分にもできる。
だが、この自分が作った『仮初のエデンの園』は、
神は絶対に侵入できないはずなのだ。
ここを通れるのはエデンの神か、人間だけ……。
だが、縛られているシーマだけは違った。
この圧倒的な蒼い光の波を知っている。
「きてくれた……!」
それだけで救われた。
だけど、すぐに正気を取り戻して叫ぶ。
「ダメだ、逃げてくれ!
こいつは魔王以上のバケモノだ! いくらお前たちでも……!!」
光の割れ目から現れたのは、
二人のただの人間。
楽器を持った吟遊詩人と、
マイクを持った歌姫だ。
「お兄ちゃん、愛しの姫が『逃げろ』って命令してるよ?」
クックはいつもの調子で、クスッと軽口を叩く。
「そりゃあ僕だって……出来れば今すぐ逃げ出したいよ……」
僕も肩をすくめて本音を言う。
でも、と二人で同時に顔を見合わせ、続きの詩を結んだ。
「「物語は、ハッピーエンドが好きだからね!」」
その瞬間、静止していた時が動き出す。
相手がただの人間だったことに安心したリリスは、
ニヤリと笑った。
「あらあら、何も出来ない勇者ですらない勇者もどきが、
自ら死にに来るなんてね」
「カインが来るまで待ちましょうか?
……待たないけどね」
リリスの合図とともに、
地面から大量の黒い蛇が湧き出し、
僕らに向かって猛スピードで押し寄せてくる。
「随分お淑やかを捨てた皇女だねぇ〜、
姫って変な人しかいないんだね」
クックがボヤきながら、
すかさずマイクを握り、歌を紡いだ。
【至高権能:ホメロス風讃歌――アイギスの盾】
まばゆい蒼白の光が僕たちを包み込む。
黒い蛇どもは、その光の障壁に触れた瞬間、
チリ一つ残さず消滅していった。
「そんなバカな……!? 私のエデンの蛇よ!?」
リリスが子供のように目を見開いて驚愕する。
クックは一歩前に進み、向かってくる蛇を次々と消滅させながら、
どこか悲しそうな声で語りかけた。
手をぎゅっと握りしめて、リリスに訴えかけるように。
「悲しい人。
愛を信じて、裏切られて……だからもう誰も信じられないのに」
それは歌ではなかった。
「それでも、あなたは寂しくてこの場所を作った。
世界を、あの頃と同じにしたくてたまらないんだ」
「……だけど、
あなたの愛した『あの人』は、もうどこにもいないのに」
クックのその言葉が完全に地雷だった。
リリスの顔から余裕が消え去り、
般若のような激怒の表情に変わる。
「だまれ! だまれ!! だまれーーーー!!」
ヒステリックな叫びとともに、
狂ったように黒い蛇の群れと、
極太の黒いレーザーが僕たちに降り注ぐ。
ドゴオオオオン!と空間が激しく揺れ、
爆音が轟く。
「だまれぇぇ! だまれ!! だまれ!!」
容赦のない連続攻撃。
「タナカ! クック!!」
縛られたままのシーマが、
悲鳴のような声を上げる。
やがて煙が引き――
そこには、蒼白い光の中で完全に無傷のまま、
退屈そうに立つ僕らの姿があった。
「な、何者なの……貴様たちは……!」
わなわなと震えるリリス。
その精神的な動揺のせいか、
シーマを縛っていた黒い蛇の鎖が、
一瞬だけ不自然に緩んだ。
その隙を、シーマは見逃さなかった。
拘束を振りほどき、
武器も持たないままリリスへ向かって一直線に駆ける。
クックがすかさず、
彼女の動きに合わせて歌を紡いだ。
「やっぱりシーマさんはそうですよね。
自分で一太刀浴びせないと、気が済まない」
【至高権能:命名と契約の神剣】
――それは始まりの名前。
一つの果実が誓約と世界を創造した。
知識と善悪を司る、一本の木。
シーマの走る両手に、突如として赤と黒の美しい短剣が顕現し、
吸い込まれるように収まった。
「おおぉぉぉ!! リリス!!!」
シーマの渾身の突きが、
リリスの胸に深く突き刺さる。
「ぎゃああああああーーーっ!?」
断末魔の叫びを上げながら、
刺された箇所からリリスの身体が半分消滅していく。
それでもシーマは刃を緩めない。
しかし、リリスは激痛に悶えながらも、
なぜかその顔に狂気的な喜びの表情を浮かべた。
口角が歪に吊り上がる。
「あは……あの人の……あの人の匂いがする……!!」
リリスはそのまま、
刺してきたシーマを愛おしそうに強く抱きしめた。
「くっ……!?」
その邪悪で強大すぎる魂の奔流に直接触れ、シーマの顔が苦痛に歪む。
けれど、彼女も絶対に手を離さない。
「タナカ!! 私ごとでいい、私ごと討ってくれ!!」
「シーマ!?」
「やってくれ!!」
シーマが叫ぶ。
その顔には、亡き家族、そして散っていった王国を、
国民たちの無念をここで終わらせるという、悲壮な決意が満ちていた。
「頼む……っ!!!」
「……そんな顔で頼まれたって、できるわけないでしょ」
僕は顔をしかめ、小さく呟く。
「それに、約束したからね。
世界を敵に回したって、君のことは守るって」
僕は竪琴の弦を、
今度は引きちぎるほどの勢いで激しく掻き鳴らした。
【至高権能:創世詩篇《原初庭園》】
――それはエデン。完全に満たされた世界。
二本の木と、二人の人間がいた。
けれど、歴史から消されたもう一人の存在。
これは、悲しき忘却の愛の物語。
リリスが耳を塞ぎ、発狂したように叫ぶ。
「私の前でぇ!!
あいつの名前を出すなぁぁぁぁああ!!! 殺してやる!」
「私を憐れむなぁぁぁぁあああ!!」
リリスはシーマを突き飛ばし、
短剣が刺さったまま、
この仮初のエデンごと僕たちを押しつぶそうと襲いかかってくる
――その瞬間だった。
シーマの背後にあった二本の黒い木が、
サラサラと光の粒子になって消滅した。
代わりに、襲いかかってくるリリスの眼前に、
人間サイズの『黄金の木』と『赤と黒の果実をつける木』が、
突如として生え変わった。
押し寄せていた黒い蛇が綺麗に消え去り、
リリスの動きがピタッと止まる。
「な……んで……?」
その声は、震えていた。
『還ろう。僕たちは、求めすぎてしまったんだ。
……今度は、一緒に』
優しく、澄んだ男性の声が、
静かに世界を満たしていく。
リリスはその声に、その懐かしい木に導かれるように、
ゆっくりと歩み寄った。
声は、赤と黒の果実の木の方から聞こえてくる。
リリスは、昔の愛らしい声を思い出したような、
少女のようなトーンで呟いた。
「世界なんて、滅びてしまえばいい
……あなたさえ、いてくれれば」
そして、そっと黄金の木に触れた。
――その瞬間、視界のすべてが純白の光に包まれ、
リリスも、彼女が作った歪なエデンの園も、
静かに消滅していった。
最後に、
本当に微かな声が聞こえた気がした。
『……愛してる』と。
ガラスがパリンと割れたような残像を残し、
世界が元のトプカプ宮殿へと戻っていく。
そして、僕の頭の中に、
いつもの無機質なシステム音が鳴り響いた。
【世界の終わりと始まり】
【称号】――獲得なし
【権能】――獲得なし
【ボーナス】
・原初の愛の詩
・原初の愛の歌
少し離れた場所で、
シーマが糸の切れた人形のように気を失って倒れていた。
僕はすぐに駆け寄り、
自分の上着をそっと彼女の体にかけてあげる。
「シーマ! 大丈夫か!?」
胸は静かに上下している。
ただ眠っているだけだ。
やがて、彼女はうっすらと目を覚ました。
「……タナカ」
「……クック」
二人の顔を確認した瞬間、
彼女の瞳から大粒の涙が溢れ、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「ありがとう……私は……やっと……っ」
グス、グスと、子供のように声を上げて泣くシーマ。
「お姉ちゃん……ごめんなさ、い……
お父さん、お母さん……みんな……っ」
僕とクックは、
何も言わずにただそれを見守った。
重すぎる宿命を背負わされていた一国の王女が、
今、ただの1人の少女へと戻る瞬間を。
「私は……」
泣きじゃくる彼女に、
僕はできる限り優しい声で語りかける。
「お帰り、ルクサンドラ」
シーマは涙をボロボロと流しながら、
それでも最高に綺麗な笑顔で、
こう答えた。
「ただいま」




