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『最弱不遇職の詩人と歌姫』〜効率至上主義の世界で見捨てられた僕らが、世界の理を書き換えるまで〜    作者: muo


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第2話:神殺しのプレリュード



昨夜の出来事は、夢じゃなかった。 掌に残る詩の感触と、膝をついた数百の亡霊兵士たちの残像。



僕の紡ぐ「詩」には、この世界を根底から作り変える力が宿っている。



――だが、目の前に広がる光景は、相変わらずの「クソゲー」だった。



「……相変わらず、無茶苦茶な風景だな」



中世ギリシャを模した美しい石畳の街路。漂うパンの香ばしい匂い。



そこまではいい。



だが、その角を曲がれば、重厚な石造りの建物の間に、



場違いなネオン看板の『ラーメン処』が鎮座している。



2055年の東京・スクランブル交差点に、死者蘇生を行う魔術病院が建っているようなものだ。



攻略効率だけを追い求め、情緒を切り捨てた運営の成れの果て。



「悪いところまで似なくていいんだよ……



なんで豚骨の匂いが一番強いんだよ...…」



「タナカ。目的地、冒険者ギルドです」



横を歩くクックが、無機質に告げる。



僕は足を止め、可愛らしい少女の姿になった僕のパートナー(AI)を見た。



「いい?クック。人前では『兄妹』の設定だ」



「敬語もなしにしよう」



「了解。……分かったよ、お兄ちゃん」



完璧な切り替え。



だが、その瞳の奥に。



「私だけは味方」という粘りつくような執着が透けて見える気がして、背筋が震えた。



僕たちは、ギルドの巨大な扉を押し開ける。



――その瞬間、平衡感覚が消失した。



「なっ……!?」




喧騒が、一瞬で消え去った。



視界を埋め尽くしたのは、網膜を焼くような「純白」



上も下もなく、距離感すら消失した無限の無。



その異様な静寂の中心に、ただ一つ――。



場違いな「受付デスク」だけが、現実の残滓のように浮いていた。



『――ようこそ、特異点(アノマリー)の方。』



直感が警鐘を鳴らす。



これは、僕がいた2055年の技術すら凌駕する、高次元の階層。



あるいは、全ての理(ルール)が統合された――〈近未来階層〉。



脳内に直接響くその声は、神々しいまでに神秘的で、そして反吐が出るほど無機質だった。



「クック、これは……!」



「……マスターピース。複数の世界観が混濁するこの世界の、『管理領域』だと推測します」



僕は震える声を必死に抑え、虚空に向かって吠えた。



「ここはどこだ! 僕たちはどうすれば元の世界に帰れる……っ!」



『回答の権限がありません』



声が響くたび、網膜に赤いノイズが走る。



思考をかき乱す拒絶。



「お前は何者だ! なぜ、僕たちをここに連れてきた!」



『回答の権限がありません』



繰り返される冷徹な拒絶。



もはや対話は成立しない――そう諦めかけた時、声は静かに、運命を宣告するように続けた。



『しかし。今、名もなき「パッチワーク・ワールド(混ざりものの世界)」』



『あなたが……この歪んだ理(ルール)を、書き換えるのでしょう。』



直後、視界が弾けた。



――カッ!!



眩い閃光に目を灼かれ、意識が遠のく。



「……おーい、お客さーん? 大丈夫?」



鼻を突いたのは、酒の饐えた匂いと埃の気配。



気がつくと、僕たちは活気に満ちた「酒場兼ギルド」の、古ぼけたカウンターの前に立っていた。



先ほどの白昼夢のような静寂が嘘のように、冒険者たちの荒っぽい笑い声が、僕の鼓膜を現実へと引き戻した。



「あ、ああ……すみません。少し目眩がして」



隣を見れば、クックですら驚愕に目を見開いている。



あのホワイト・ルームでの「神の声」は、やはり僕たちだけに向けられた警告、



……いや、「宣託」だったのか。



「冒険者申請を、お願いしたいんですが……」



「はいはい、そこのパネルに手をかざしてね」



受付の女性が手慣れた動作で電子パネルを操作する。



ほんの数秒、青い光が僕らの掌をスキャンした直後――。



「はい、これが二人のカードね。……って、ええっ!?」



静かなギルドに、彼女の悲鳴に近い叫びが響き渡った。



「『吟遊詩人』に『歌姫』……!? 二人揃って、戦闘力ゼロの『不遇職(ゴミ・クラス)』じゃない!」



その言葉に、酒場にいた冒険者たちの手が止まる。



「パルテノン神殿なんて封印区域、今じゃ誰も近づきもしないわよ。行けば死ぬわ。大人しく、街の外で薬草採取でもしてなさい!」



ドッ、と下卑た笑いが周囲から沸き起こる。



「おいおい、音楽隊でも組むつもりか?」



「死に場所を探すならもっとマシな所があるぜ、お二人さん!」



突き刺さるような嘲笑。



かつての僕なら、ここで惨めに俯いて逃げ出していただろう。



だが、今の僕には――網膜に焼き付いた「赤文字の権能」が見えている。



「……とりあえず、薬草採取(パルテノン)からだね」



「そうだね、お兄ちゃん」



クックが僕の腕にそっと寄り添い、あまりにも自然で甘い声を出す。



心臓が跳ねる。……このAI(相棒)、忠実に守りすぎだ。



僕らは親切なお姉さん(彼女だけは本気で心配してくれていた)に軽く会釈し、



背後で続く下俗な笑い声を、一歩外へ踏み出すことで断ち切った。



目的地は、アテネの丘にそびえる「新パルテノン神殿」



そこが今や、かつてのトッププレイヤー「攻略組」ですら全滅を免れない、




「生ける神話」の牢獄へと変貌していることを――僕は確信していた。



「クック、確認だ。あの場所……本来の〈中世階層〉のゲーム(ノクターン)では、ただの初級ダンジョンだったよね?」



「はい。レベル10前後の新規ユーザーが通る場所でした」



「だよね」



「そもそも〈神話階層〉のデータだと、最上級の裏ボスダンジョン『古のパルテノン』だったはず。……今のスキャン結果は?」



クックの瞳が青い燐光を放ち、眼前の空間を解析(スキャン)していく。



「……異常です。内部に高濃度の魔力反応。構造は〈神話階層〉の『古パルテノン神殿』と――100%一致します」



「……」



「補足します。現在のこの世界の理(システム)上では、危険度は測定不能」



「恐らくは、最上級(オーバーランク)です」



やはりか。



世界が歪に混ざり合い、難易度設定は既にバグり散らかしている。



本来なら、その世界層最強の「攻略組」が束になって挑んだところで、一瞬で蒸発する神の領域。



運営が「クリアさせる気などない」と、悪意を煮詰めて設計した【完全未踏の0%領域】



だが。



――今の僕には、無力だった僕が4年間、泥を啜る思いで積み上げた「知識」がある。



効率だけを求めた連中が、ゴミのように読み飛ばしたテキスト。



無価値だと切り捨てられた、神話の、歴史の、軌跡。



「クック。スキルを歌姫で、過去ログから『最高神の賛歌』をメインに行動だ」



「……了解」



「それと、僕は万が一に備えて『アイギス』を予備曲にセットする」



「……ダンジョン攻略なんて、4年越しのリベンジだ。楽しもう」



僕は、使い古した愛器(楽器)の弦をそっと弾く。



静かな調べが、嵐の前の静寂を切り裂いた。



かつて自分を「不要」と断じたこの世界に、僕が愛した歴史(うた)で挑んでやる。



――新パルテノン神殿。



アテネの丘に君臨する、息を呑むほどに美しい白亜の大理石の聖域。



鏡のように磨き抜かれた床が、侵入者である僕たちの姿を冷徹に映し出している。



神殿に一歩足を踏み入れた瞬間――肺が凍りつくような「死」の気配が走った。



「グルルルルッ……!!」



群れを率いるのは、一際巨大な「黄金の魔狼」



その威圧感に呼応するように、30匹もの魔狼が殺気とともに距離を詰める。



剥き出しの牙から発せられる、腐食性の唾液。



それが白亜の大理石を砕き、不快な音を立てて汚していく。



「……っ、やっぱ『生身』で見ると……格段に怖いな!」



そこは逃げ場のない神殿内。



心臓は壊れた時計のように胸を鳴らす。



指先は自らの意思に反して微かに震える。



だが――僕は一歩も引かない。



かつてのゲーム『ノクターン』の理(ルール)なら、



不遇職がこれに囲まれた時点で「即死確定(オーバーキル)」の詰み。



だが、今の僕は知っている。



この震える指先ひとつで。



世界の理(ルール)を塗り替えれることを。



紡ぐのは、一節の詩――



【至高権能 ホメロス風讃歌 アクロポリスの亡霊】



かつてペルシャ軍と戦い散っていった英雄たちの、無念と誇りの旋律。



「――謳え、英霊。主はここにいる」



直後、白亜の床から数百の英霊が噴出した。



「オオォォォォン!!」 怒号とともに顕現した英霊たちが、狼の群れを一瞬で切り刻む。



圧倒的な、蹂躙。



次々とモンスターを倒していく。



「大変楽でいいです。ね、お兄ちゃん」



クックが真顔でドロップアイテムを拾い集める。



僕の予感は、確信へと変わった。



この世界には――「レベル」という概念が存在しない。



魔狼の群れを百匹を屠っても、耳障りな『レベルアップのファンファーレ』は鳴らず、



偽りの全能感を与えるシステム通知も一切届かない。



あるのはただ、冷たくなった怪物の死体と、無象に転がるドロップアイテムのみ。



つまり、この歪んだ世界を支配する唯一の鍵は、ステータスの数値などではない。



「どれだけ深く、世界の理(ルール)を知っているか」――。



ただそれ一点のみ。



四年間。



効率至上主義の連中に嘲笑われ、ドブに捨てるような時間を費やして、



歴史と詩を愛で続けた「偏執狂(変態)」である僕にとって。



ここは、理不尽なクソゲーなんかじゃない。



「……はは、最高の『狩場』だね」



口角が、無意識に吊り上がる。



かつて僕を「ゴミ」だと蔑んだ世界が、今、僕だけの知識によって再定義されていく。



そして僕たちは、神域の最深部――「封印されしの扉」の前に立っていた。



「本当に行くんですか? ここ、ノクターンの過去ログですら、『討伐記録ゼロ』」



「プレイヤーの間では、ただの自殺スポットだと思われていた場所ですよ」



クックの声が、かつてないほど緊張に震えている。



「ああ。今の僕たちなら……運営が遺したこの『理不尽』さえも、書き換えられる」



運命の扉が、地響きと共にゆっくりと開かれる。



そこにいたのは、神話の終焉を体現する、異形の原初神――。



『万魔の主:テュポン』



その肩からは、天を埋め尽くすほどの「百の蛇」がのたうち、それぞれの眼光が僕を射抜く。



「――――――――ッ!!!」



神の咆哮。



いや、それは何万匹もの獣の怒号を凝縮した、概念的な「破壊」だった。



一撃。



たった一瞬の衝撃波で、僕の誇る数千の亡霊兵士たちが、塵一つ残さず消失した。



「……ゲームバランスが壊れてるなんてレベルじゃないな!!」



神殿全体が、まるで悲鳴を上げるように激しく震え始める。



眼前に座すのは、かつて聖剣の斬撃すら無に帰した、運営の悪意の最高傑作。



圧倒的な質量。逃げ場のない殺意。



僕は、震える手でギターの弦に指をかけた。



この「理不尽」を切り裂くスキルの使いどころは、既に脳内で幾千回もシミュレーション済みだ。



「……書き換える。お前という『絶望』を!」



僕は、用意していた切り札の詩を、死物狂いで紡ぎ出した。



指が千切れるほどの力で弦を弾く。その振動が、音の壁となり、概念を塗り替える。



【至高権能:ホメロス風讃歌 ーーアイギスの盾】



――ゴォォォォォンッ!!



顕現されたのは世界を包む、神々しいまでの蒼い閃光。



かつて全能の神々さえ逃げ出したテュポンの猛攻を、女神アテナの「絶対防御」が真っ向から弾き飛ばす!



「ガ……ァッ!?」



初めて神の瞳に困惑の色が走った。



その一瞬の硬直を――僕は見逃さなかった。



「クック、今だ!!」



「……了解。お兄ちゃんが用意してくれた、最高のフィナーレだね」



クックが重力をも置き去りにして跳躍する。



舞い上がる銀髪が、大理石の破片を反射して美しく煌めいた。



その華奢な喉が、世界の限界を超えた「震動」を開始する。



放たれたのは、天界の静寂を切り裂き、神々の魂を震わせる最高神の顕現。



【至高権能:最も高き神讃歌――エトナの重圧】



それはかつて、全能神ゼウスが、この怪物を火山の底に永遠に封じ込めた、



――断罪の旋律。



「――――ッ!!!」



黄金の雷の神が空間を物理的に圧縮し、テュポンの巨体を縛り上げる。



逃れられぬ神罰。回避不能の終焉。



ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!



空が割れ、黄金の山岳そのものが地上へ降り注いだかのような超質量。



神殿の空気が一瞬で弾け飛び、真空の衝撃が神話を塗り潰す。



世界が「不滅」と定義した怪物の肉体が、『真なる神の鉄槌』の前に、ただの泥人形のように崩れ去っていった――。



刻んだ歴史を編み上げ、「攻略法」を知っている者だけが使える、究極の裏技。



世界を恐怖させた咆哮は消え、後に残ったのは耳が痛くなるほどの静寂。



その静寂を切り裂くように、視界のすべてを埋め尽くす黄金のシステムログが網膜に刻まれた。



かつての淡白なシステムとは一線を画す、神々しいまでの輝き。



【称号】


• 神話の吟遊詩人


• 神話の歌姫


【権能】


・万物の叡智


《効果:常時発動 》


 自動回復


 即死防止


 【???】


――刻を超える詩――


 《効果:???》


 

「……はは」



乾いた笑いが漏れた。



かつて僕を嘲笑った連中が、必死にレベルを上げ、最高級の装備を揃えても、決して届かない場所。



神の返り血で赤黒く汚れた自分の手を見つめる。



「クック。神様の血の匂いも……あの店の『豚骨』と、大して変わらないんだね」



「……」



胸に去来するのは、命を奪ったことへの微かな罪悪感。



そして――それを遥かに凌駕する、魂が焦げるような「全能感」



かつて僕たちを「ゴミ」だと蔑んだ世界の理を、今、僕たちが根底から塗り替えた。



両親の事故。仕事での罵声。ノクターンでの蔑んだ目。



そのすべてを、今、この神殺しの旋律で上書きした。



僕は頬についた神の血も拭わず、ゆっくりとクックを振り返って言った。



「……さて。薬草、どこかに落ちてないかな」



一瞬の沈黙。



「一応、これが本来の『依頼』だしね」



そうおどけて呟いた。



「お兄ちゃん。さすがに今の冗談は笑えないよ」



呆れるクック。



でも、その瞳はかつてないほど強く、僕を焼き付けていた。



神を殺し、運命を奪い取った二人の背後に、



新パルテノン神殿の冷たい月光が、祝福のように降り注いでいた。

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