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猫は砂漠を渡る? 〜二つのUn chat qui a traversé le désert物語〜  作者: 元毛玉


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第八話 欺瞞に塗られた雅な生活

 私なりの伝手を駆使し、妹のサウレジャルジーの言葉の裏がとれた。

 私が事実を知ったその日、南への遠征軍が出立したとのこと。

 師匠もこのことは寝耳に水と言って各所へ抗議をしているけど、もう遅い。


 妹の婚約者が指揮を執る遠征軍は、関係者以外への情報を伏せ、秘密裏に進められていたことを知った。

 当然、徴兵対象の平民も知っている。

 だから、あの時点でシュトは出立日を知っていたのだ。


「嘘つき!」


 グレッチャーはどうしているだろうか。

 彼もシュトの言葉を信じていたはず。

 相談したくても私は彼のことを何も知らない。連絡すらできない。


 せめてロイゼルやクーヘンの傍にいてあげたいのに、妃教育が邪魔で私はロゼとして動けずにいた。

 筆頭侍女のメーアがノックもなしに自室の扉を開けてズカズカと入ってくる。


「何かご不満でも? 本日の園遊会は嘘ではありません。早く支度を」


 一方的に告げられ、私の意志は無視して着替えさせられる。

 メーアがコルセットをキツく締めあげた後、小さく零す。


「お痩せになりましたか? あと、あまり派手に情報を嗅ぎ回らない方が身のためですよ。こちらの領域にあまり足を踏み入れないことです。分かりましたか?」


 その言葉でメーアが今回の遠征に一枚噛んでいることを察した。

 着替えの手伝いを終えて涼しい顔をしているメーア。

 私は唇を噛み、彼女を強く睨む。


「……クレールクラフティー様が黙っていないわ」

「あら、恐ろしい。では園遊会に向かいますよ」


 今は証拠がないし、騒ぎも起こせない。

 私は黙ってメーアの先導に続いた。



 ◇◆◇◆◇



 ロイヤルガーデンに設けられた園遊会の会場。

 大勢の貴族が、陛下へのお目通りを願って参加している。


 いくつもの長テーブルには立食形式の豪華な食事が並び、脇の方では弦楽四重奏(カルテット)の美しい演奏も始まっていて、華やかな歓声も舞う。


 気持ち悪い。

 誰も彼もが貼りつけた仮面のような笑顔。


 戦争の裏で祝宴を開いておいて、どうして笑っていられるのかが分からない。

 不快に感じて視線を外すと、遠くから母が従者を引き連れてくるのが見えた。


「レザンヌ、やる気がないからと笑顔を作らないのは失格です。それに本日は殿下との初顔合わせです。素行がバレるような真似はしないで頂戴」

「はい。お母様」


 この場をやり過ごすために、私も貴族色に塗り固められた仮面をかぶった。

 そして、老獪な貴族たちが潜む魔窟へと足を進める。


「これはこれはレザンヌ様。今日は殿下とお会いになるそうで?」

「レザンヌ様もきっと驚きますわ。本当に殿下はお美しいのですから」

「はい。とても楽しみにしております」


 顔を見たこともない婚約者に興味はない。それでも笑顔を絶やさない。

 今の私は笑えているのだろうか。

 王子派に挨拶をすませ、第一王子に否定的な派閥の面々にも挨拶をしていく。


「殿下は平民の地位向上と、我々との垣根をとり払うと訴えていると噂を聞きました。そういった妄想にふけるお年でもないでしょうに。レザンヌ様がしっかり手綱を握ってくださると将来が安泰ですな」

「全くです。Un chat qui a traversé le désert(砂漠を横断する猫)の読み過ぎで現実との区別がついていないのでしょう」


 私も話に聞いたが眉唾だと思う。

 平民の暮らしを実際に見ようともしないのにどこまで本気か分からないものだ。

 私はニコリと微笑んで柏手を打った。


「創作物語は私も大好きです。殿下とは話があうかも知れませんね」

「貴方たち、殿下を夢見がちと言うなんて、少々不敬ではありませんこと?」


 私の声に背後からかぶせてきたのはいつもの声だ。ふり向かなくても分かる。


「私は夢があって素敵と言いましたよ?」

「レザンヌ様、会話をするときは相手の方を向くべきですわ。こんな祝いの席でまでわたくしに小言を言わせないでくださいませ」

「おほほ、これは失礼しましたブリュヤント様」


 ふり返ると赤青黄色の豪華なドレスが並んでいた。


「あら? 夢は寝ているときに見るものですわ。レザンヌ様は目を開けたまま寝れるなんて器用ですわね」

「ええ、わたくしもフォンテーヌ様の意見が正しいと思います。子供の夢を寝室以外に持ちだすなんて貴族として全くなっていないかと……」

「ブリュヤント様から目覚まし時計を贈ってはいかがです?」


 勝手に時計をプレゼントする話で盛りあがりだしたが、お金を使いたいのなら戦争を避けるための外交にでも使って欲しい。


「水を差すようで申し訳ありませんが、お気に入りの懐中時計があるので結構です。代わりに隣国へ贈り物をされては如何かしら?」

「あら? それも面白そうですわ」


 フォンテーヌが話題に食いつき、ブリュヤントが不快そうに顔を顰めた。

 小首を傾げたヴォワレットが、髪を弄りだす。


「ひょっとして南に贈りたいのですか? でも、今回は犠牲もありませんし、必要ないと思いますわ」


 白々しい。

 すべて分かった上で何も知らないフリをしている。

 フォンテーヌも何かを思いだしたかのように瞳を輝かせた。


「ヴォワレット様、妙案ですわね! 平民が食べるような臭い食べ物でも贈りましょうか。名前はなんだったかしら? ザワークロイター?」

「フォンテーヌ様もヴォワレット様もご冗談が過ぎます。宴の場で野蛮な戦争の話題など持ちだすべきではありません。レザンヌ様もその顔色はどうされたのです?」

「……いいえ、ちょっと疲れがでただけです」


 悔しい。

 下町のことを悪く言われて反論できない立場も含め全部が悔しい。

 唇を噛んで俯きたい衝動に駆られるも背筋をのばし、仮面を貼りつけ続けた。


 直後、陛下周辺が慌ただしくなり、何かが起こったようで騒がしくなる。

 駆け寄ってきた侍女がフォンテーヌに耳打ちをし、彼女は笑みを深めた。


「レザンヌ様、愛しの婚約者(フィアンセ)様は来られないのですって。まだ一度もお会いになられていないなんて、嫌われているのではありませんこと? うふふ」


 新しい玩具を得たというフォンテーヌの態度に苛立ちを覚える。

 周囲への聞きこみをしていたヴォワレットが、優雅な足どりで戻ってきた。


「殿下は南への遠征にご不満があるそうで抗議のために不参加と伺いましたわ」

「何がご不満なのでしょう? 損害もでない理想的な遠征ですのに。婚約者のレザンヌ様は何かご存じですか?」


 ブリュヤントから問われ、奥歯を噛みしめる。

 会ったこともない婚約者の考えなんて分かるわけがない。


 それに平民の子供たちの被害は甚大だ。

 そこを何とも思っていないのだろうか。


「ブリュヤント様たちが平民のことを何もご存じないように、私も殿下のことを知りません」


 ささやかな抵抗。

 だが、ブリュヤントは自慢げに鼻を鳴らす。


「わたくし、平民のことは詳しく存じあげていますよ」

「平民の何をご存じなのでしょう?」


 皮肉で返したつもりなのに、ブリュヤントは次々と知識を挙げていく。

 出生率、死亡率、納税金額、滞納率……色んな情報を自慢げに語っているが、そこに人の温かみはない。

 納得がいかず聞き返してしまう。


「どんな暮らしをしているとかは?」

「暮らし? ですから納税については把握していますわ。数字はすべて頭に叩きこんでありますから。レザンヌ様も未来の王妃なのです。創作物語ばかりでなく、平民のことを知る努力をしては如何でしょうか?」


 言葉もなかった。

 あまりに住む世界と価値観が違い過ぎる。

 私が仮面の笑顔で立ち尽くしていると、ヴォワレットやフォンテーヌが無邪気な笑顔で生徒を装う。


「ブリュヤント様はまるで先生ですわ。平民の統治の講師が向いていると思います。ねぇ、フォンテーヌ様」

「わたくしもそう思うわ。そうそうブリュヤント様、出生率が低いからもうちょっとあげておかないと消費したときに困りませんの? わたくしは馬を処分しても代わりがいるのを素敵に思いましたわ。平民も増やしましょうよ」

「ご提案は素晴らしいです。命じればきっと平民も喜ぶことでしょう」


 拳が、膝が、肩が、そのすべてが震えるのが自分でも分かる。

 平民は馬や家畜じゃない。生きている人だ。

 まるで海溝のような隔絶を彼女たちの間に感じた。


 そこにポツリと滴が伝う。

 いつの間にか空が雲に覆われ、雨が降りだすと周囲は一段と騒がしくなった。


「あら? 雨ですわ。春だからか天候も気まぐれね」

「雨は髪がうねるから嫌です。こういうときこそクレールクラフティ様に頼んで気象魔法を使ってもらいましょうよ」


 雨を楽しむ様子のフォンテーヌと、髪を気にしているヴォワレット。

 すかさずブリュヤントが目を尖らせた。


「大事な魔法師団の魔力を使うなんて論外です。干ばつや、逆に水害が懸念されるときにこそ使うべきです。クレールクラフティ様が大魔法を扱われる美しいお姿にはわたくしも心奪われますけれど、公私は分けなければなりませんわ!」


 想像したのか鼻息荒くブリュヤントが語っている。

 雨脚は続き、ロイヤルガーデンの枝葉も暗くうなだれる姿を見ながら、呪文を唱える師匠の記憶を重ねていく。


 ジーヴルデュショ・クレールクラフティー魔法師団団長。

 異例の若さで団長まで登り詰めた彼の真骨頂は、気象魔法による天候操作だ。

 私も一度だけ観たが、本物の魔法とその大いなる奇跡にすべての自信が壊れたことを覚えている。


 魔力のない者が大魔法を直視すると失明する怖れがあるので、平民たちは神の御業としてしか知らず、誰も師匠の凄さを分かっていなくて悔しかった。

 雨に濡れ、肌に纏わりつくドレスと、自分勝手な令嬢たちの言葉が気持ち悪い。


「雨は止みそうにないですし、園遊会もお開きです。レザンヌ様も風邪をひかれぬようご自愛くださいませ」

「ごきげんよう、レザンヌ様」


 一人、また一人と屋内に去っていく貴族たちを見ながら、私の言葉を信じてくれたシュトの笑顔を思いだす。


 シュトは「困ったときには貴族様が魔法で何とかしてくれる」と、魔法への憧れを語っていた。

 そして平民の知恵とあわせればもっと色んなことができると言って、雨上がりの虹に手をのばしていた。


 止まない雨。

 降り続ける雨だけが、今の私の冷たい涙を隠してくれていた。

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― 新着の感想 ―
 お邪魔しています。  この雨は、ロゼとしての心を表しているんでしょうね。いくら降っても降り足りない雨。きっと、彼女の心の内は、今にも洪水が起きそうだと感じました。
あまりにも考えが違いすぎる、貴族たちに残念な思いが拭えないですね…(ToT)
社交界にはマジ味方がいないのな、ロゼ(-ω-;)
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