第四話 豪華で冷たい暖炉
ベッドメイクをしている筆頭侍女。その背後から私は静かに問う。
「メーア、貴女……お母様に密告しましたね? 協定があったのにどういうことでしょう?」
私に追及されている当の本人は、素知らぬフリして眼鏡を直した。
「言いがかりですね。私は奥方様から衣装の汚れについて質問を受けたので答えただけです。そもそも汚さなければこのようなことにはなっておりません。他の者から隠しながら洗い物をするのは大変なのですよ?」
それを言われると痛い。
常連客の過度なスキンシップを躱そうとして料理をひっくり返してしまい、私では服にできたしつこい油シミを落とせなかったのだ。
内心で仕方がなかったと自己弁護を続けていたら、メーアの語気が強まる。
「レザンヌ様、聞いていますか? 旦那様と奥方様がダイニングでお待ちですよ」
それだけを言うと、私の反応も待たずに廊下へと出ていく。
私もガックリと肩を落としてそれに続いた。
本邸の廊下を歩きつつ言い訳を考える。
まとまり切らないままダイニングへ辿りついてしまった。
私への興味はなさそうにワインを嗜む父と、明らかに待ち構えていた母。
これ以上ないくらい気味の悪い笑みを浮かべる母がすぐに説教を零し始める。
「ごめんなさいね、レザンヌ。乗馬服にどうして油汚れがついたのか説明してくれると嬉しいわ」
「はい、お母様。それはですね……」
「あぁそうそう。乗馬の講師から牧場にはきていない言質をすでにもらっているわ」
抜け目なく先回りされていた。
母は頬に手を当て憂いの表情を見せているが、どこまでが本気でどこからが演技なのか分からない。
続けざまに追及の声を浴びせられるも、事前に廊下で考えていた案はもう使えないし、アドリブで何とかするべく口を開いた。
「……実は、料理で失敗したのです」
母はこれ見よがしに驚いた表情を見せる。
「まぁ、貴女専用の調理部屋にはピザ窯しかありませんし、料理長に油料理の痕跡がないことも調べさせましたわ。あの大きな油シミは作れないのではなくて?」
目ざとい。またしても先回りされていた。
娘である私の考えなんてお見通しということか。
でも、私のアドリブ力の真価はここからだ。
「クレールクラフティー様のところでお料理をしましたの」
「あら? いくら魔法の講師だからといって、婚約者でもないのに親密すぎるのではありませんこと? わたくしから先方には抗議しておきますわ」
口裏をあわせてくれそうな師匠の名をだしたら飛び火してしまった。
心の中で師匠に謝っておく。
すると、黙って聞いていた父が、ワイングラスを空にして口を開いた。
「レザンヌ。殿下の婚約者としての責務を忘れたりしていないだろうな?」
重く低い声で問われ、私の中で動揺の波が広がる。
けれど気合いでねじ伏せた。
「当然ですわ、お父様。未来の妃としての勉学はもちろんのこと、殿方とも適切な距離感を持っておつきあいさせて頂いていますわ」
喋るごとに、下町での生活がブーメランでグサグサと私に刺さってくる。
笑顔を浮かべ、声を震わせずに言い終えたことを誰かに褒めて欲しいくらいだ。
興味をなくしたような父は、名残惜しそうにワイングラスを従者に渡す。
「ならば良い。ペドノンヌ、後は任せる」
母にすべてを押しつけて去ってしまい、母と私は同時に長い溜息をつく。
「レザンヌ、何をしているのか知りませんけれど、エクラヴァーグ家に泥を塗るのは許しません。成績を少しでもおとしたら裁量を取りあげますからそのつもりで」
「かしこまりました」
母から大きな釘を刺され、私はほとぼりが冷めるまで大人しくすることにした。
ダイニングを辞して侯爵邸内の練習用ダンスフロアへ足を運ぶ。
到着して扉を開けると、すでに妹のサウレジャルジーがダンス練習をしていた。
妹にダンスパートナー役の侍女を占有されてしまい、私は仕方なく男性従者にパートナーを頼んだ。
ダンスでも直接の肌の触れあいは禁じられているので、肘まである手袋をつける。
「お待たせしました」
「レザンヌお嬢様、今日は如何いたしましょうか?」
「基本のステップから一通り流したいわ」
今年は王家主催の舞踏会が予定されているし、婚約者に恥をかかせないためにも私のダンスは重要。
どのようなリードにも応じられるよう満遍なくしあげていく。
しばらくステップの練習を続けていると、背中に衝撃を受けた。
「あら? お姉様、いらしたのですか?」
わざとぶつかってきたと思う妹からの嫌味。
幼い頃は懐いていたのに、いつからか私に突っかかってくるようになった。
「お姉様、何か仰ったら? 魔法と違って声ならだせるでしょう?」
「……魔法も使えますよ」
「あれが魔法ですか? 他の方からもお姉様の魔法が小さすぎて見えないと言われ、わたくしは大変恥ずかしい思いをしているのです。婚約者の殿下もさぞ同じお気持ちかと思われますよ?」
私の半分の魔力すら持たない妹も詰ってくる。
どれだけ才能がなくても2~3個は属性の適性があるのに、私には1個もない。
けれど、私はもうそれを恥ずかしいとは思っていなかった。
「私の魔法は料理で輝くのです。今度、サウレにもご馳走して差しあげますわ」
ステップを続けながら提案すると、ターンのときにあからさまに嫌そうな顔の妹が視界に入る。
「ご遠慮させて頂きますわ。わたくし、毒を食べる趣味はありませんもの」
蔑むような目でハッキリと断られてしまった。
毒呼ばわりされたことには多少傷つき、へこみつつレッスンを終える。
それから一度も妹と会話することなく自室に戻った。
「メーア、冷えるから暖炉をいれてちょうだい」
秋も深まり、今日は北風も強かったからかやけに冷える。
暖炉の傍に身を寄せ、薪の爆ぜる音に耳を傾けていた。
「ここは寒いわ」
呟く気すらもなかった言葉。
仕事を終え、さがろうとしていたメーアが怪訝そうな顔をする。
「充分に部屋は温まって寧ろ暑いくらいですが?」
「……そうね。私がおかしいの。もうさがっていいわ」
一人きりの部屋の豪華な暖炉の前で、私は寂しさに凍えていた。
◇◆◇◆◇
翌日。
下町に行く予定をキャンセルして手持ち無沙汰を覚えていた私は、迷惑をかけてしまうことになる師匠の元を訪ねることにした。
誰にも会わないように祈りながらロイヤルガーデンを足早に進む。
しかし、残念なことに祈りは届かなかった。
見た目にもうるさい赤青黄色がセットで歩み寄ってくる。
「ごきげんよう、レザンヌ様。乗馬の授業にも出ずにこんなところで何をしているのです?」
心の中でどの口が言うとブリュヤントに反論しつつ、言葉はぐっと飲みこむ。
小さく深呼吸すると、青の優雅なドレスの裾から覗く包帯が目に入った。
「ごきげん麗しゅう、フォンテーヌ様。その足は一体どうなされたのですか?」
「これのこと? 昨日の乗馬で馬からふり落とされて怪我をしたの。不敬な馬は処分されるのですって。新しい馬が楽しみですわね」
「フォンテーヌ様が馬の耳を引っぱったりするからですよ。それでレザンヌ様、わたくしへの挨拶は?」
「ごきげんよう、ブリュヤント様。ヴォワレット様。お二人もフォンテーヌ様につき添って授業をお休みされたのでしょうか?」
今日のブリュヤントは機嫌が良いのかあまり追及してこない。望ましいはずなのに肩透かしの気分。
顔をあげると、髪を弄るヴォワレットのほわほわとした笑顔と目があう。
「レザンヌ様こそどうされたのですか? わたくしたちはこれからお茶に向かうのですけど、良かったらご一緒しませんか?」
解読すると、ブリュヤントやフォンテーヌの相手はしんどいから生贄を増やしたいという意味だろう。
断固拒否一択だ。
「いえ、これからクレールクラフティー様のところにお伺いする予定ですので」
「ですって、ブリュヤント様」
やられた。私のうっかりを引きだすためだったか。
ヴォワレットとフォンテーヌはいたずらっ子の笑みを見せている。
「貴女! 殿下というお相手がいながら授業でもないのにどうして殿方のところを訪問されるのですか!? しかもクレールクラフティー様とだなんて羨ましい!」
ブリュヤントが噴火してしまった。
しかも彼女は師匠の隠れファンだからこれは大変なことになりそう。
「魔法師団の団長室にはわたくしも常々行ってみたかったのです! あの塔の近くに寄ることすらままならないのに!」
彼女の烈火の如き勢いにたじろぎつつ、暴れ馬を宥めるように声をかける。
「まぁまぁ、私が行くのは私邸の方だから、団長室はまた今度に紹介を……」
「なんですってーーー! 破廉恥ですわ!」
大失態。揚げ物火災に水をかけてしまった。
肩透かしと一瞬でも思ってしまったことを後悔し、必死の弁明を続けていたら、フォンテーヌの「そろそろ飽きたわ」の鶴の一声で命だけは救われた。
ヴォワレットが調教師の手際で手懐け、ブリュヤントをつれていく。
フォンテーヌがこちらをふり向いて薄い笑みを見せる。
「ではレザンヌ様、わたくしたちはこれで失礼しますわ。このことはお菓子を返してくれればいいの。今度、ゆっくりとお茶でもしましょう」
そのセリフを最後に彼女たちとは別れ、私は魂の抜けた感じで歩いた。
私の料理趣味を聞きつけたのだろう。
この件が貸しであるという念押しと、料理長を立てない貴族としてあるまじき趣味の秘密を握っていると暗示され、途方に暮れていた。
師匠の私邸に辿りついたときにはすっかり心がやさぐれてしまい、感情のままにノッカーを打ち鳴らす。
扉はほどなく不機嫌な声と共に開かれた。
「全く、どなたですか? そんなに鳴らさなくても聞こえています。……っと、レザンヌだったのか」
「師匠~~~!」
「っとと、レザンヌ!?」
感情的になりすぎたせいか、下町の感覚で師匠に抱きついて甘える。
ラウンジに向かう間、その行為は師匠からも軽く叱られた。
「レザンヌは流石に気を抜き過ぎです。こんなことが王家に知れたらと思うと、私でも首筋が涼やかになりましたよ」
「ごめんなさい」
ラウンジにつくと、突然の訪問であるのにも関わらず、執事や従者たちがおもてなしの準備を整えていく。
ソファーの対面に座った師匠が、手でお茶を勧めてくれた。
「それで今回はどんな厄介事でしょう?」
見透かされている。
私は貴族然とした微笑みを携えて開き直った。
「特大の厄介事と、地味に面倒な厄介事のどちらから師匠は聞きたいですか?」




