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猫は砂漠を渡る? 〜二つのUn chat qui a traversé le désert物語〜  作者: 元毛玉


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第二十一話 小休止中の逢瀬

 下町の大通りに面した花屋。

 店番のヒェンが早朝の開店準備をしている。


「おはよう、ヒェン。女将さんへの伝言を頼まれてくれる?」


 今日は貴族街に行くため、お店を休むと伝えた。

 ヒェンは持っていた花を頭の上に掲げ、OKを示してくれる。


「貴族街に行くの? グレッチャーに会えたなら告っちゃいなよ」

「……会えないよ。平民の私が告白しても迷惑だろうし」


 ヒェンは平民が貴族街に行くことの重大さを分かっていないようだ。


「なーに、日和ってんのロゼのくせに。アンタから無鉄砲さを無くしたら何が残るの? そんな弱気で居るんなら私が奪っちゃうよ?」


 肩を抱きしめる仕草をするヒェン。自分で言って自分で照れたヒェンから、私は背中を押される。


「気持ち伝えるのが大事でしょ。ロゼが一番してみたいことは何?」

「……一緒に滝を見に行きたい」


 私の背中にヒェンが頭をくっつけてくる。


「いってらっしゃい」


 強く背を押されながら「いってきます」と返した。

 そうして貴族街へ続く街道を歩く。

 他は馬車の蹄の音だけが続いていて、徒歩は私だけだった。

 近くを通っていた馬が嘶き、馬車が止まる。

 見知らぬ貴族が馬車の窓から身を乗り出した。


「そこの平民女、轢かれたいのか? 雑草の方がまだ身の程を弁えておるぞ。芋臭そうな服は景観も損ね有害である」


 諫める業者の言葉から察するに、爵位は男爵のようだ。

 一先ず無言でカーテシーをしておく。


「ふんっ! 本物の令嬢はそのようにお粗末な礼などせぬわ! 昼に咲く不幸の花(マルール)よりも不愉快ぞ」


 男爵は業者に馬を出すよう指示し、馬車を進める。謎の罵倒とマウントを取っただけで去ってしまった。

 話には聞いていたが、男爵位は選民意識が強いなと改めて実感しながら進む。


 時間は掛かったけれど再び実家へとやってきた。

 エクラヴァーグ侯爵邸の吹き抜けエントランス。

 何故かクビになったはずの侍女メーアがいることに軽い違和感を覚える。


「メーアは復職できたのですか?」


 雑談を振ってみたが、メーアには丸眼鏡を直すだけで無視をされてしまう。

 追及を考える前に母が中央階段に現れた。


「レザンヌ、貴女のドレスは用意してあるから着替えなさい」


 かつての自室に通され、あれよあれよと着替えさせられる。久しぶりに着たコルセットはキツく感じた。

 これは筋肉がついたからだ。きっとそうだ。

 自分への言い訳を済ませると、満足な説明も無く馬車で出発することに。

 私は馬車に乗り込んで沈むシートに腰を下ろすと、正面の母を見据えた。


「どこへ行くのですか?」

「ラングドアンファン家です。我が家の問題なのに、フォンテーヌ様がレザンヌの追放に関して異を唱えたのですわ。どうしてこうなったのかしら」


 困ったような声を出しながらも無表情な母。相変わらず考えが読めない。けれどずっと私に視線を向けず、車窓だけ見ているのは話しかけるなという意図だろう。私も母に倣い、外に流れる風景を眺めた。


 ラヴァンドゥー王国内で最大の領土を誇るラングドアンファン公爵。

 その本邸に初めて訪ねた。

 王宮に見劣りしない造りには、他を圧倒する格を感じる。

 母は先に公爵夫人との社交があるとのことで、私は赤青黄(いつも)の令嬢セットが待つコンサバトリーへと押し込まれた。

 温室に夏の日差しを通している割には適温に保たれていて、その魔力の無駄遣いには改めて貴族社会だと思った。

 植物も季節外れの珍しいものが多いが、それ以上にカラフルな三人組はやはり目にうるさい。

 しかめっ面のブリュヤント。ほわほわのヴォワレット。満面の笑顔のフォンテーヌが出迎えてくれた。


「ようこそ、レザンヌ様。わたくし、平民を屋敷に招くの初めてですの。驚きましたわ。平民になってもレザンヌ様ですのね? 芋がとても似合いますわ」


 どういう意味だろうか。引きつった笑みで流す。

 席に座ると、早速お茶とスイーツが出てきた。


「ズュース芋と呼ぶのですって。甘くて美味しいし、平民の口にも合うと思いましたの」

「はぁ……」


 出されたスイーツは他国から仕入れた芋で作った(クヌーデル)らしい。私の好物は芋だと思われているみたいで、フォンテーヌが用意するお菓子はヘビロテのゴリ押しが続いている。

 私が苦笑いを浮かべていたら、不機嫌そうなブリュヤントが珍しく俯いた。


「何故挨拶も無しに去ったのです!? ライバルとして最低限の礼節は通すと思っていたのに、そんなことで平民として覇道を歩めるのですか!?」


 最初からエンジン全開なブリュヤントには落ち着いて欲しい。

 浮き沈みの激しい二人の脇で、癖っ毛を弄るヴォワレット。


「レザンヌ様が居ないと大変なのです。早く戻ってきてくれませんか?」


 気持ちは分かる。

 フォンテーヌの無茶振りと、ブリュヤントの小言を一人で耐えるのはキツイという意見には賛同する。だが断る。平民になった私が付き合う義理はない。

 何故かご機嫌なフォンテーヌとご機嫌斜めのブリュヤント。


「平民はどんな香油や化粧品を使っているのかしら?」

「平民の勉学は進んでいますの? 授業に遅れないよう日々研鑽を積まなければなりませんし、隙を見せているようでは……」


 謎の懸念をする二人。ヴォワレットは私に丸投げで全く相手をしない。

 夕刻まで聞き流すのは大変な拷問だった。


 ブリュヤントとヴォワレットが帰宅し、当主同士を交えての延長戦へ。気持ち的にはすでにやり切った感があるので、もう帰りたい気分だ。

 私の両親も揃ったのでダイニングサロンへ向かう。

 青の装飾で調えられたダイニングは涼やかで、ラングドアンファン家としての誇りを感じた。

 公爵がグラスを軽く掲げる。


「両家の益々の繁栄を願って。今回の話は非公式なものだから忌憚ない意見を交わし合えればと思う。では食事を楽しみながら寛いでくれたまえ」


 彩り豊かな高級食材のフルコース。個人的には料理長と料理談義がしてみたいと思ったくらいには美味しい。

 久しぶりの豪勢な食事だったが、会話の内容的には胃が痛くて辛かった。


「ところでエクラヴァーグ卿。風聞だけで除名と婚約破棄とは、いささか性急すぎるのではないですかな?」


 母の言葉ではないが、どうしてこうなっているのかが分からない。先ほどから続く話題は、公爵が私を貴族に戻そうとしているようにしか聞こえなかった。

 無表情な父は私の方を一度も見ようとしない。


「ラングドアンファン卿のお耳に入れるのも憚られるほど卑しい店に出入りしていたのです。それだけで我が家としては除名に値するかと」

「まぁ、どんなお店ですの? わたくしも見てみたいわ。レザンヌ様、教えてくださる?」


 私に話を振られても困る。父が話題に触れるなと遠回しに断ったのに、どうしてフォンテーヌは無邪気な笑顔で蒸し返すのか。

 私が黙っていたら、母が答えた。


「娘は穢されているのです。フォンテーヌ様のような清廉な方が口を利くべき相手ではございません」


 母の言葉が心を抉る。

 両親から一切信用されていない。口を開けば擁護とは真逆の言葉ばかりが飛ぶ。

 貴族淑女としてダメだと分かっていても視線は自ずと下がり、両親への申し訳なさから猫背にもなっていく。

 ずっと笑顔で押していた公爵も、その娘であるフォンテーヌも、我が家の関係性に少々面食らっていて言葉数が少なくなってきた。


「いやはや頑固者ですな」

「お父様。レザンヌ様がお疲れのご様子ですし、少し休憩しませんか?」

「それもそうだな。フォンテーヌはいつも実に聡い」


 食事を下げられ、「小休止を挟んでからもう少し交流を」という話に着地した。

 一息入れる流れになりホッとする。

 精神的な負担を感じていたのに、何故か笑顔のフォンテーヌが近づいてきた。


「レザンヌ様、わたくしとお茶をしませんこと?」

「いえ、お花を摘みに行かせてください」


 とにかく一人になりたい思いから、申し出を咄嗟に断る。


「まぁ! それで顔色が悪かったのね。我慢は良くありませんわ。誰か案内して」


 勘違いしてくれたのもあって開放されたので、私は一人トイレに籠った。広くて清潔なトイレに安堵する。

 下町で購入した懐中時計を見ながら小休止の終わりまで粘り、個室を出た。

 すると、トイレの前でフォンテーヌは私が出るのをずっと待っていたようだ。


「あのその……随分と……ですわね!」


 気まずそうにするフォンテーヌ。

 長い時間占有してしまったことをまずは詫びた。


「いえいえ、お気になさらず。ところでレザンヌ様を訪ねてお客様がいらしているのですよ。ふふっ、どなただと思います?」


 フォンテーヌは楽し気に勿体ぶるが、全く心当たりのない私としては小首を傾げることしかできない。

 一際目を輝かせたフォンテーヌが柏手を打つ。


「グレナド王子殿下が急な来訪をして、別室でレザンヌ様をお待ちですわ!」


 私の驚きを他所に、フォンテーヌは両頬に手を当てて続ける。


「お二人が内密なお話をできるように既に人払いも済ませてありますの。婚約者と再会できること誠に喜ばしいですわ。今度恋愛話をさせてくださいませ」


 婚約者である殿下には別れの挨拶をするべきだろう。感謝を伝え、別室へ向かおうと踵を返す。

 一歩踏み出すと同時に背後から呼び止められた。


「そうそうレザンヌ様、メーアをわたくしに譲ってくださらないかしら?」


 雑な仕事しかしない侍女を欲しがるなんて物好きな人だ。勝手な回答をするのは問題かも知れないし、曖昧な社交辞令だけを返しておく。


「私に彼女をどうこうする権利はございませんけど、どうぞお好きに」


 笑みを深めたフォンテーヌを振り切り、今度こそ歩きだす。

 長い廊下を経て三階へ登り、他と隔絶された雰囲気のある部屋へやってきた。

 この扉の向こうに元婚約者の殿下がいる。

 婚約者なのに一度も会ったことの無い殿下は、一体どんな人だろうか。


 ──コン、コン。


 ノックをして息を吸う。


「レザンヌです」

「……どうぞ」


 扉越しだからか殿下の声はくぐもっていた。今は会うのに後ろめたさがある。

 好きな人がいるのに今さらどの面さげて会うというのか。

 扉を開けることなく本意を告げる。


「いえ、今の私は平民ですので、殿下とお会いするのに相応しく無いと存じます」


 そこで言葉を軽く切って、自分の気持ちと正しく向き合う。

 殿下の声がどことなくグレッチャーに似ている気がしたのは、私がずっとグレッチャーのことを考えているからに違いない。


「殿下との婚約、白紙になって本当に良かったと心から思っております。ご期待に沿えず申し訳ございません」


 扉を隔てたまま、最後の別れの言葉を告げる。


「私は平民の男に決して叶わぬ恋をしました。もう会わない方が良い女です。どうかお忘れくださいませ」

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― 新着の感想 ―
ん?ん?この展開はまさか……?
 お邪魔しています。  あ~とうとうグレッチャーからの動きがあったんですね。再会! 顔を合わせれば、すぐに分かるのに! ああ……。これは、もう先を読むしかありませんね! よし!
三人娘が何だか面白い働きをしているなあ。 ロゼは大変かも知れんが。 最奥に姿を現すのは……………まあ、グレッチャーだよなあ。
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