第8話:場違いな人
植物園の空気は、
今日も穏やかだった。
花々が、
風に揺れている。
私は、
いつものように通路を歩いていた。
あの騎士の姿は、
やはり目立っていた。
制服。
剣。
緊張した背筋。
周囲の人々は、
楽しそうに花を眺めているというのに、
彼だけが――険しい。
(……なにか、困っている?)
彼の視線は、
花壇を彷徨っていた。
だが、
どの花にも決めきれない様子。
(贈り物……かしら)
気づけば、
私は近づいていた。
(……あ)
止まれなかった。
花を前にすると、
頭より体が動く。
「こんにちは」
――声は、聞こえない。
けれど、
彼がこちらを見たのは分かった。
私は、
唇を読みながら、
ゆっくり話す。
「どなたかの、結婚式でしょうか?」
彼の眉が、
わずかに動いた。
「鈴蘭は、純粋と幸せ。
ガーベラは、希望です」
私は、
花を指しながら続けた。
「祝福には、
とても向いています」
彼は、
しばらく黙っていた。
……いや。
何か言っている。
けれど、
早すぎて、読めない。
やがて、
はっきりとした口の動き。
「君は、誰だ?」
「何が、目的だ?」
――冷たい視線。
(……やっぱり)
私は、
慌てて首を振った。
「リアです。
花屋で働いています」
「花が、好きで」
言葉を選ぶ。
誤解されたくない。
彼は、
じっと私を見つめた。
その目には、
警戒と――疲れ。
「俺を、知っているのか」
(……あ)
失敗した。
私は、
正直に書いた。
「騎士団長様だと、聞いたことがあります」
彼は、
深く息を吐いた。
「どうせ、公爵夫人の座だろう」
その口の動きは、
はっきりしていた。
(……違う)
胸が、
きゅっと痛んだ。
私は、
必死に否定する。
「違います」
「花のことしか、考えていません」
「贈り物なら、
幸せを願う花がいいと思っただけです」
彼は、
しばらく考え込んだあと、
視線を逸らした。
「……結婚式があるのは、事実だ」
「花の話は、参考にする」
そう言って、
立ち去ろうとする。
――待って。
思わず、
声が出た。
聞こえない声。
でも、
想いだけは――届いてほしかった。
「不敬でしたら、
申し訳ありません」
「……でも」
私は、
一歩踏み出す。
「騎士団長様は、
花を贈るような方には、
見えなかったので」
彼が、
振り返った。
驚いたような顔。
「……案内しろ」
突然の言葉。
私は、
目を瞬いた。
「この植物園を」
「それで、見逃してやる」
――罪を、償え。
そんな意味に、
見えた。
私は、
小さく頷いた。
「……分かりました」
こうして。
女嫌いの騎士団長と、
耳の聞こえない元悪役令嬢の――
奇妙な時間が、始まった。




