第6話:シシィの声が聞こえない
世界から、
音が消えた。
目を覚まして、最初に感じたのは――
静けさだった。
あまりにも、
完璧な静けさ。
カーテンが揺れている。
人の気配がある。
窓の外では、きっと鳥が鳴いている。
それなのに。
(……何も、聞こえない)
私は、
完全に“音”から切り離されていた。
医師の説明は、
紙の上で行われた。
「奇跡によるものだと思われます」
「回復の見込みは、ありません」
文字を追いながら、
私は不思議と冷静だった。
(やっぱりね)
女神アルカディアは、
必ず代償を奪う。
命を奪われなかっただけ、
まだ――安い。
両親は、
何度も謝ってきた。
謝る必要なんて、
どこにもないのに。
母は泣き、
父は唇を噛みしめていた。
その横で、
シシィは――震えていた。
私を見るたび、
泣きそうな顔になる。
(……だめ)
私は、
彼女をこれ以上、縛りたくなかった。
その日の夜。
私は、
紙にこう書いた。
「婚約をシシィと交代してください」
父は、
婚約解消された後の私の身を案じてか少し渋った。
「…わかった。ならシェリアは…」
でも。
私は、
もう社交界に立てない。
舞踏会も、
会話も、
噂話も。
すべて――音の上に成り立っている。
(このままじゃ……)
私は、
“守られる存在”になる。
それは、
私の望んだ未来じゃない。
次に、私は書いた。
「平民になります」
父の手が、
震えた。
母は、
声を失ったように口を開けていた。
貴族令嬢が、
自ら身分を捨てる。
それが、
どれほど重い意味を持つか――
私は、分かっている。
でも。
(ここにいたら……)
私は、
“シェリア・ヒルレール”であり続ける。
それは、
妹を縛る名前。
なら。
「リア」
それが、
私が選んだ名前だった。
姓は、いらない。
伯爵家の令嬢でも、
悪役令嬢でもない。
ただの――
“リア”。
別れの日。
私は、
シシィを抱きしめた。
彼女は、
声を上げて泣いていた。
でも、
私は聞こえない。
それでも。
震えが、
全部伝わってくる。
私は、
彼女の背を叩きながら、
ゆっくりと口を動かした。
「私はシシィを助けれて良かったと思っているから。自分を責めないで。」
それだけは、
きちんと伝えたかった。
馬車が、
屋敷を離れる。
振り返らなかった。
振り返ったら、
戻れなくなるから。
こうして。
シェリア・ヒルレールは、
静かに、物語から姿を消した。
――短編と同じように。
でも。
音のない世界で、
私はまだ、生きている。
そして――
新しい物語が、
ここから始まる。




