20、五秒も持たないぜ
「アスターお兄ちゃんは、ロベリアお兄ちゃんを生き返らせようとしてる……と思う」
「……」
真っ直ぐ私に向いていたはずのスズランちゃんの視線は、言葉の最後当たりにはどこか遠くへ行ってしまった。ついでに、さっきまでの饒舌さはどこへやら。段々と尻すぼみになった可愛らしい声は、耳を澄ませても聞き取るのがやっとだ。
今の姿だけ見れば、人見知りの幼い少女が頑張って話してくれているようにすら見える。でも、騙されてはいけない。絶賛、私は今も脅されている最中なのだから。
「……何か反応してくれない?」
つい反応を忘れていた私をジト目で睨んだ彼女の声には分かりやすい苛立ちが含まれていた。
それはそうだ。勇気を出して推論を披露してくれたのに、可愛いかも、なんて生温い目を向けてしまったのだから非難の目を剥けられるのも仕方がない。
「いや、魔法って死者蘇生とかもできるんだなって」
正直に言えば、世界征服! みたいなもっと大規模なことでも言うのかと構えていたせいで驚きはない。
そのせいでスズランちゃんに返した言葉は何だか間の抜けたものなってしまった。
この世界では突拍子もないことかもしれないが、私はここをゲームの世界であるという前提で見ている。だから、ファンタジー的世界観で魔法も存在しているとなれば「まあ、そういうこともあり得るか」と思ってしまう。
よくあるRPGでは死んでも簡単にサクッと呪文一つで生き返るし、最近この世界でも蘇生魔法がどうのこうのって話を聞いたような気がする。
「そうだった、カルミアさんは世間知らずだったね」
「それは、うん」
調子が戻ってきたのか言葉に棘がある。しかし、ほぼ表情を変えず声のトーンも淡々としているスズランちゃんを見る限り、馬鹿にしているというよりただ事実確認をしただけのようだ。
世間どころか自分の本名すら未だに知らないのだから否定のしようもない。世界のこと、そして自分自身、いや、この体の持ち主のことを思い出せる日は本当に来るのだろうか?
少し考え出すと不安が渦巻いて思考がどんどん深く暗く落ちていく。だめだ、今は気にしている場合ではない。頬を両手でペチペチと強めに叩き無理やり意識をこちらに戻した。
「話、聞いてる? それと、一応言っとくけど普通は死者を蘇らせるなんできないし、やろうとも思わないからね! そんなの死者への冒涜もいいところよ」
「……良くないけど良かった。僕の価値観でもそれはどうかと思う。僕が忘れちゃっただけで、人が簡単に蘇る世界観だったらどうしようかと不安になってたんだ」
呆れるのにも飽きたらしいスズランちゃんは、捲し立てるような早口で自論をぶつけてきた。次こそ、反応が遅れないようにとそれっぽく共感の言葉を吐く。
彼女の考えには概ね納得できた。先程はファンタジー世界なら人が蘇っても驚きはしない、と余裕ぶっていたが、冷静に考えてみればこの世界こそが今の私にとって現実だ。
適当に並べてしまった言葉だと思ったが案外、口は勝手に本音を吐いただけだったのかもしれない。
黙り込んだ私にスズランちゃんは訝し気にこちらを伺う。何でもない、と軽く首を振れば「そう」と小さく答えてそれ以上は何も言わなかった。
「それで、なんで副団長の目的が死者蘇生だなんて思ったの? 副団長って現実主義っぽいし、死者を蘇らせたいなんて言ったら鼻で笑いそうだけど」
「私もそう思ってたよ。アスターお兄ちゃんが、寝てる私に掛けた言葉さえ聞かなきゃね」
「……狸寝入りしてたの?」
スズランちゃんを疑う訳では無いが、どうしても必死に死者を蘇生しようと奔走する副団長は想像がつかない。
私の中のイマジナリー副団長は「死んだら、終わりだ。現実を見ろ」と言っている。
今のところ、私が死ぬならば副団長に殺されるのが一番確率が高そうなため全く笑えない。こんな妄想は辞めよう。
「私が起きてたら、仕事中のアスターお兄ちゃんは、無邪気なスズランの相手をしなきゃいけなくなっちゃうでしょ? だから、気を利かせて寝たふりをしてあげたの。私って、とっても良い子だから」
「やっぱり、スズランちゃんは優しいんだね」
彼女は戯けるように話したが、その行動が副団長への気遣いだったのは本当だろう。本来ならもっと違う方法で副団長を労えただろうに、彼女の立場がそれを許さない。
彼女の優しさが相手に正しく届くことはない、その歪みに苦しんでいるのは彼女のはずなのに、身勝手に私の心が痛んだ。
「な、何? 急に褒めても最後までこの計画には付き合わせるけど?」
「違うよ、ただの感想。ねえ、もしかしてちょっと照れてる?」
驚きを見せたのも一瞬んで、直ぐにいつも態度に戻ったスズランちゃんだが、柔らかそうな茶色の髪から覗く耳は少し赤い。こう見ると案外、可愛いやつだ。愛おしくなってきた。
「あんまりふざけた事ばっか言ってると、私、悲しくなって間違えてお守りに魔力をこめちゃうかも……」
「ごめん、ほんとにやめて。え、えっと、それでスズランは一体、何を聞いちゃったわけ?」
前言撤回、なんにも可愛くない! 息をするように行われた二度目の脅迫の後、スズランちゃんはベッドに座り直して足を組んだ。
一方、部屋の主たる私は、ペラペラのちょっとカビ臭いマットを敷いただけの床に座っている。冷や汗をかきながら、立場を弁えて急いで話を戻す。
「必ず君をロベリアに会わせてやる……って言ってた」
「流石にスズランちゃんを殺して冥土で会わせてやるぜってのは考えにくいし、蘇らせる意味で言ったって考えるのが現実的か」
よく悪役が、故人と地獄だか天国だかで再会させてやる的なことを言うのは見るが、流石に可愛がっているスズランちゃんにそんなことはしないはず。
副団長が死者蘇生を目論んでいるのが、少し現実的になってしまった。
「物騒なこと言わないで。でも、カルミアさんの言う通りに私も捉えた。アスターお兄ちゃんは何かしらの方法でロベリアお兄ちゃんを蘇らせようとしてるってね!」
「副団長くらい、圧倒的に魔力が高くて色々な魔法に適性があれば、もしかしてできるの?」
「さっきも言ったけど普通は無理よ」
「そうだよね。それこそ、あの神話の女神でもなきゃ無理でしょ」
自分の口から飛び出た言葉に、さっき引っかかってたことをようやく思い出した。蘇生の話を何処かで聞いたと思ったら女神の神話だ。
「その話、カルミアさんのくせによく覚えてたね。まさにそれよ」
「え?」
何となく耳に残ってたことを口にしただけなのに、スズランちゃんは珍しく感心した様に目を丸くした。
私への期待値が多分とても低いのだろう、でも褒められて嫌な気はしない。ふふんと得意げに決め顔をしてみたら、満月の様だった真ん丸うの目は一瞬で半月になってしまった。
「これは、副団長補佐の騎士から聞いたんだけど、アスターお兄ちゃんはどうやら二年くらい前から女神の神話をやけに詳しく調べてるみたい」
「副団長が勤勉なだけじゃない? 騎士団の規則ってわりと女神信仰の戒律に従ってるから、役職的に知らなきゃいけないことが多いと思うし」
「それだけならね。でも、神話に関連する遺跡にも行ってたみたいだし、地下室に籠もってる時間が増えたらしいの」
私の疑問も的外れではなかったのかスズランちゃんは素直に頷いた。しかし、得意げに小さく笑みを浮かべた彼女は更に話を続けた。
遺跡については騎士団から外へ出たことがないため分からないが、騎士団の地下室と言えば私が一番近寄りたくない場所だ。
「……地下室って懲罰室がある場所だよね?」
「そうだけど、あそこは魔法の研究室があるってロベリアお兄ちゃんに昔聞いたの」
「初めて聞いた。そんな話、噂でも聞いたことないよ」
噂と悪口と憶測が大好きな品性の欠片もない騎士団員たちが、そのことを一度も話さないとは思えない。秘密の魔法研究室なんていかにも話題の的になりそうだというのに。
「今は、隠されてるからそれも当然よ。使えるのは現役の副団長と団長だけみたい。だから、そこで何か人に言えないようなことをしてるんじゃいかな、例えば禁忌とされた魔法の研究とか……」
「つまり、あの女神様が人を生き返らせたって神話を信じて研究してるってこと? 僕としては神話なんて適当に話が盛られただけだと思ってるけど」
納得がいっていない私に気づいてかスズランちゃんは、詳細を語ってくれた。しかし、まだ納得はいかない。
あの副団長が胡散臭い神話を信じて研究するか? それとも私が知らないだけで本当は狂信者なのか。
「貴方の言う通り、アスターお兄ちゃんは盲信者じゃないよ。でも、神話の研究をきっかけに何か明確に掴んでるのは分かる。これは推測だけど禁忌とされた古代魔法が関係してると思う」
「さっきも言ってたけど、禁忌の魔法って何? それは神話と関係があるの?」
話が難しくなってきた。分からないことだらけで疑問が解決しないまま次の疑問が浮かぶ。禁忌というのだから何かしらの理由でタブーになった魔法のことだろう。
たくさん魔法があればそういうものの一つや二つ出てきてもおかしくないが、神話との繋がりはいまいち理解できずに頭がパンクしそうだ。
「こういう神話って実際は、普通の人が使っていた今では禁忌とされて封印された古代魔法とかを、人智を超えた者の力として描くことで追及させないっていう意味があるの。ただの作り話だって思えば本気で使えるなんて思わないでしょ?」
「つまり、女神の神話に出てきた蘇生魔法もその古代魔法の一つってこと?」
「それは分からない、私が見た文献だとそこまでは記されてなかったから。でも可能性は高いと思う。死者蘇生なんてまさに禁忌だもの」
「よくそんなこと知ってるね。僕にはサッパリだよ」
正直に言おう、全然わからなかった。こういう時はもう相手を褒めればいいか。そうすれば、大体の人は得意げになって解説してくれるし。
「元々、カルミアさんに魔法の知識なんて期待してないから平気」
「ちょっと言いすぎじゃない? 僕だって氷魔法とか使えるし」
思惑が透けていたのか、解説どころか悪口を正面からぶつけられた。
確かに、先程の神話や古代魔法の事は分からなかったが、日々勉強は重ねている。言われっぱなしは癪に障るため、得意分野をちらつかせて言い返す。
「アスターお兄ちゃんの炎の前じゃ、十秒も持たないでしょ?」
「そんなことないね、僕の炎耐性の低さを考えたら五秒、持てば上出来なくらいだよ」
「……急に心配になってきた」
私が本当に相手にしなければならないのは、ドヤ顔で敗北宣言をした私のせいで遠い目になった彼女ではなく、天敵である炎魔法の使い手である。
彼女の言葉に深く同意しながら私も日が暮れてきた窓の外へ視線を向けた。




