温泉での災難 前編
忙しかったので、今日は短めです。
「で、この後どうするんだ?」
ロンドとローランと別れたシン達は、再び通路を歩いていた。
ステラの件で逃亡した隊員達の気配は分散しているため、既に訓練は終了したものと考えて良さそうだった。
「私は濡れちゃったままだし、お風呂にでも入ってくるにゃあ」
その、バステトの返答に、シンは衝撃を受ける。
「え?お風呂とかあるの?」
「あるにゃ。…もしかして…知らなかったにゃ?」
さも当然のことのように、バステトは答える。
「知らなかったよ…どこにあるんだ?」
「そんなの決まってるにゃ。自分の部屋と地下の大浴場にゃ」
――自分の…部屋…?だとしたら俺の部屋はどこなんだ?俺だけあの人の良く分からない部屋に住んでいる訳ではないよね?俺だけ損している訳ではないよ…ね?
「じゃあ、良かったらこの後大浴場に一緒に行くにゃ。予定はあるかにゃ?」
「いや、特に無いけど…」
「決まりにゃ♪じゃあ今から一緒に行くにゃ」
バステトは、笑顔で話しかけてくる。
待てよ。これってもしかして…世に言うあの…
「あ、ああ」
「にゃはは。何だかデートみたいにゃ」
デート…!!
いやいや流石にそれは早すぎるだろ。だってまだ会って全然経ってないし。そう、これは言わば遠足だ。
【待て。私も行くのだ】
と、不意にステラが看板を挙げる。何故か目を細めて不機嫌そうだ。
でも、ステラが来るなら気持ちも軽くなるというものだ。
「ああ、分かった」
「待って!それなら私も!シンさんにご飯奢ってもらわないといけないからね!」
ステラに続いてライトネルも声を上げた。
結局、全員同じ予定になったようだ。
「分かった。じゃあ行くか」
そして、四人は再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「着いたにゃ!ここが大浴場にゃ!」
四人は、地下へと向かい、大浴場に訪れていた。
「ここか。結構でかいな」
大浴場は、平たく言えば温泉だった。
この辺りには火山が多数分布しており、それを利用して温泉を造っているようだ。
入り口が二つあり、片方は赤の旗に女湯、もう片方は青の旗に男湯と書いている。
まさに温泉だった。
壁に貼られた案内状によると、中にある浴衣を一回限り一着持ち帰ってもいいとのことだった。シンは着替えを持っていなかったため、助かったと言えるだろう。
「じゃあ、俺は男湯に――」
「あなたたちもお風呂入るの?」
シンの言葉を遮ったのは、背後から聞こえた声だった。
振り返ると、三人組の女隊員が立っている。一人はロングヘアーを下ろした黒髪の少女。一人は茶髪でツインテールの少女。一人は黒髪のボブヘアーの少女だった。
「そうにゃ♪」
その問いに、バステトが上機嫌に答える。
「じゃあさ、一緒に入ろうよ。私達新人で友達も少ないの」
「いいわよ!お風呂は皆で入った方が楽しいしね!」
【異論は無い】
ツインテールの言葉にライトネルとステラが賛成する。
「よし決まり!じゃあ行こう!」
――うん。楽しそうでなによりだ。既に俺は忘れられているだろうし、さっさと入るか
「それじゃ、俺は――」
と、シンが男湯に行きかけると、
「何言ってるのよ。さ、あなたも行きましょう」
「え、いや、ちょ」
ボブヘアーの女隊員に腕を引っ張られて、シンは女湯に引っ張りこまれてしまった。
――嘘、だろ…女湯に来てしまった…また隊服が女性用だったのを忘れてた…
シンは、現在女湯の更衣室にいる。
バステトとライトネルとステラは、よっぽど濡れた服が気持ち悪かったのか、シンが来た頃にはさっさと浴場に入って行ってしまった。
そして、シンの目の前ではあられもない姿のツインテールとロングヘアーが…
あ、駄目だ!それを取ったら全部見える!
「あれ?あなたはまだ服脱がないの?…もしかして恥ずかしいのかな!?」
ツインテールがそんなことを言ってこちらへ近付いてきた。
胸から膝にかけてタオルを巻いているので、一先ず安心だろう。
と、息つく間も無く、ツインテールはとんでもない行動に出る。
「じゃあ、私が脱がしてあげるね!」
――いやそれはヤバいだろ!
「カレンも一緒に脱がしてあげようよ!」
「仕方無いわね。でも、私も少し気になるし!」
カレンと呼ばれたロングヘアーの少女も、初めは渋々といった様子をしていたものの、突然目の色を変えてこちらへ近付いてきた。
――ヤバいヤバいヤバい!!バレる!男だとバレる!!いや待て、俺は悪くない。無理矢理引っ張りこまれただけだ。そうだ悪くない。俺は悪くないぞ!くそ、このまま女だと思っててくれ!
「じゃあ、脱がしてあげるわね~」
ツインテールが口元をにやつかせながら、シンの隊服に手を掛けた。
「ちょっ、やめ……ん?」
――いや待て…今何かおかしかったぞ…?
何に違和感を感じたのか考える暇もなく、カレンも加わってさらに服を脱がしてくる。
――ちょ、ヤバい!胸元開けられたらバレるって!
「待って!止め…て…?あれ?何だこの声…」
違和感の正体は、自分の声だった。
いつもより高く、可愛らしい、まるで女性のような……って、え!?なんで女の人の声に!?
そして、シンは自分の体を見て愕然とした。
――ある!!…無い!!
シンは、女体化していた。
これには、シンの能力、"怒り"と"罪能"が関係している。
『このまま女だと思っててくれ』というシンの願望を受けて、"罪能"が器を設計、"怒り"が形成を行った。
これは、"罪能"と"怒り"の両方が使用出来ないと実行不可能のため、現状ではシンがこの世で初めての女体化成功者だ。
そして、シンは魔法での"無詠唱"に匹敵する難度の技をやってのけた。
それは、"結果"を想像することで、自動的に過程をなぞらせるというものだ。
シンの願望によって、自動的に女体化が行われたことから、そうであることは明らかだ。
もっとも、本人はその事に気付いていないが。
因みに"無詠唱"とは、全ての魔法を、想像するだけで発動する事が出来るという技術である。
そして、それが可能なのは、確認されている中では魔王とステラのみだ。
つまり、シンは限り無く"極めし者"に近い存在になるのだが、自分の能力を完全に理解する事で真価を発揮することが出来るため、まだまだ発展途上だ。
「スタイル凄!めっちゃ綺麗じゃん!羨ましい~」
シンの服を脱がしたツインテールは、喧しく周りを跳ね回っている。
「良い体ね。今度、端から端まで堪能させてもらいたいわ」
カレンは、妖艶に舌なめずりをして、良く分からない事を言っている。
――よ、良くわからんが、バレなくて良かった…
助かったのは事実なのだが、もう一つ、重要な事項が増えてしまった。
それを伝えるべく、シンは口を開いた。
「あの、俺は目を瞑ったままで居るんで、浴場に連れていってくれませんか?」
自分の体も見えなくなったシンは、温泉に入って出るまで、目を開けない事を決心したのだった。
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