12月22日 日本海 佐渡島北西海上
日本海 佐渡島北西沖 日本排他的経済水域内
日本時間14:18
「先般、我が国北部領土内において武装勢力による不法な領土侵犯が発生した。我が方はかかる無法な行動に対し、あくまでも平和裏に事態を収拾しようと武装勢力に対して交渉を求めたが、この平和に向けた試みはことごとく無視された。そして昨夜、遂に武装勢力は我が国軍と一般人民に対する攻撃を開始した。ここに至り我が方は自衛のために敵勢力に対して断固とした反撃を開始した。この敵対勢力について、帝国主義的野望を遂に剥き出しにしたアメリカ合衆国が関与していることは議論の余地がない。宣戦布告もないあまりにも卑劣なこの暴挙を国際社会と世界人民は決して許さないだろう。最終的な勝利は必ずや我が国に帰することとなる。既に精強な我が人民軍は偉大なる同志・黄正雲元帥の卓越した指揮の下、敵に多大な犠牲を与えつつある。また我が国の本土が攻撃を受け、無辜の人民が多大な犠牲を受けた以上、我が方も敵本土への無慈悲かつ徹底的な報復を行わざるを得ない。また、この報復攻撃については、米帝の同盟国もその矛先から逃れることはできないであろう。かかる事態に至った責任は全て先制攻撃を行った米帝にある…………」
正午前、ここ数日間不気味な沈黙を保っていた北朝鮮政府から突然声明が出された。声明内容は朝鮮国営テレビ局にて年配の女性アナウンサーが激烈な調子で読み上げ、世界に発信された。
遂に来るべき時が来たか。
設置されたテレビ画面で日本語訳がつけられた放送を見た時、護衛艦「みょうこう」艦長・永田一佐は胸の内に呟いたものだった。約3時間前に北朝鮮の声明が発表されるより1日近く前から、「みょうこう」は戦闘配置状態にあった。
艦は日本海の中央・日本の排他的経済水域ギリギリの海域に陣取っている。2日前、北朝鮮の異変を察知した海上自衛隊はかねてより整備していたイージス弾道ミサイル防衛システムを実行すべく、艦隊を日本海へ展開させていた。
こんごう型護衛艦「みょうこう」は舞鶴基地に司令部を置く第3護衛隊群に所属している。こんごう型は日本のミサイル迎撃システムの中核となる艦型であり、その中でも「みょうこう」は2009年にハワイで行われた弾道ミサイル迎撃演習にて、見事目標の迎撃を成功した実績があった。その経験から永田艦長は、自艦のミサイル迎撃能力に全幅の信頼を寄せていたのだが……。
永田は一面をモニターに囲まれたCIC(戦闘指揮所)の壁際で、レーダー画面を睨んでいるレーダー員に声をかけた。
「北朝鮮上空の様子はどうだ」
レーダー員は画面から目を離さずに答えた。
「北朝鮮の一部領内は未だに探知不能です。また、これまでと同じように時間が経過するに従って探知不能域は広がりつつあります」
永田を不安にさせる要素がこれだ。ここ数日北朝鮮一部地域に、レーダーで探知不能な空域が現れ始めていたのだ。「みょうこう」の装備するフェイズドアレイレーダーも例外ではなく、もしこの探知不能域―――自衛隊内部ではこの領域をブラインド・ゾーンと呼称していた―――からミサイルが発射された場合、探知が遅れることは間違いないと思われた。
ミサイルの迎撃は行動に数秒を争う。探知が遅れればミサイルの迎撃に大きな影響が出る恐れがあり、これが現在ミサイル警戒態勢を取っている海上自衛隊、及び米海軍の悩みの種となっていた。
「そうか、引き続き警戒を厳にせよ」
探知不能の霧がまだ晴れていないことに内心落胆する。会話を終えてから、異変が起きたなら向こうから報告が上がるのだから、いちいちこちらから確認を入れる必要も無いな、と思い至った。今までに経験のない実戦の気配を受けて、どうやら自分も緊張しているらしい。
頭を切り替えるべく北朝鮮に出現したブラインド・ゾーンについて考えることにした。昨日には内陸部の一部だけを覆っていただけだったその領域は昨夜よりじわじわと拡大を始め、一時間前に永田が自らレーダーを確認した時点では北朝鮮北部の広範囲に広がりを見せ、一部は日本海にまで到達していた。これはいったい何なのか。
自衛隊内部では北朝鮮による電波妨害だとする意見が多数派を占めている。永田も現実的に考えてそれ以外の原因は無い、とは思う。しかし何かが腑に落ちない。北朝鮮がそんな高度な電子戦技術を持っているとは今まで報告されていない。第一、電波妨害にしてはその広がり方が不自然なように感じられる。時間が経つにつれてじわじわと広がっていくその様子はそう、まるで軍隊が占領地を拡大していっているかのような広がり方だ……。
「艦長!」
思考を中断して声が上がった方を見た。声を上げたのは先ほど確認したレーダー員だった。顔と声は緊張に強張っていた。
「北朝鮮上空に飛翔体確認!数は約70……いや80……! 我が艦の担当空域に10!」
「SM3発射用意!」
砲雷長が間髪入れずに号令する。CIC内の緊張は最高潮となった。正面のモニターにはミサイルのコンピューターによって算出されたミサイルの弾道予測が表示されている。そしてその弾着予測地点もだ。
三沢・横須賀・厚木・岩国・沖縄・グアム・アメリカ本土……。都市部を指向した弾道が無いことだけが救いだった。北朝鮮にも良心があるのか、あるいは軍事拠点を攻撃するので精一杯なのか。ミサイルの数も自衛隊内での予想範囲内だった。
その一方、無数のミサイルに埋め尽くされた韓国上空の様子は見るに堪えない。これら全てのミサイルの迎撃を成し遂げるのは不可能だろうと思われた。
そしてやはりと言うべきか、探知は遅れていた。日本に向かうミサイルの中には既に弾道起動に達している物もある。その数およそ30発。「みょうこう」の担当する空域に向かってくるミサイルは10発だ。この数なら「みょうこう」の能力にかかれば同時に補足して迎撃が可能だ。
砲雷長がこちらを向いた。その額には脂汗が浮かんでいた。
「艦長、SM3発射準備、完了しました」
「よし、SM3発射」
初動の遅れを少しでも取り戻すべく、永田は間髪入れずに発射を命じた。声を発してから自分の喉がからからに渇ききっていることに気が付いた。
「SM3発射」
「SM3発射」
砲雷長と砲雷員がそれぞれ命令を復唱し、発射スイッチに指がかけられる。スイッチを押す隊員の指は震えていた。
艦が振動し、爆音が艦内に轟く。SM3が発射された。
正面のモニターに「みょうこう」から発射されたSM3の弾道が加えられる。もはやできることは無い。部下の練度と機器の精度を信じるばかりだ。
「SM3目標到達まで10……9……8……」
隊員が読み上げるその声もまた、少し震えが混じっていた。しかし永田をはじめ、CIC要員はそんなことは気にもせず、固唾をのんでモニターを注視していた。
「3……2……1……今!」モニターに示されていたSM3が一斉に消滅する。そして……。
「10発中6発か……」
砲雷長が声を絞り出した。海自の事前の見込みではイージス弾道ミサイル防衛システムで弾道ミサイルの8割以上は迎撃可能とされていたのだ。つまり今回の結果は事前の期待を下回るものだと言えた。
そして正面モニターに新たな表示が現れる。「みょうこう」が撃ち漏らした4発のミサイルに向けて、陸上自衛隊がPAC3を発射したのだ。これが日本を守る最後の砦だ。
「頼むぞ……」CIC内の誰かが呟いた。永田の握りしめた掌には手汗が滲んでいた。
PAC3の弾道が伸びていく。そして今、それがミサイルの軌道と交差し……。
4発中3発のミサイルの表示が消えた。残る1つ・厚木基地を目指して飛翔するミサイルはそのまま進行していきそして……。三浦半島付近で「みょうこう」のレーダーから消えた。それは1発のミサイルが日本の国土に着弾したことを示していた。
CICは重たい空気で満たされた。消沈するCICの中で永田は言葉を発した。
「みんなご苦労。探知が遅れたにも関わらずこの成果を出せたのは、ひとえに諸君の弛まぬ訓練の賜物だと私は思う。ミサイルの着弾を許したのは真に残念だが、まだ状況は終了していない。落ち込むのは後だ。レーダーは引き続き監視の目を緩めるな。総員、気を引き締めろ」
指示を受け、CICに詰める隊員たちが再び各々の職務に意識を振り戻していく。永田は椅子の背もたれに大きく体重を預けて息を1つ吐いた。
これで日本が太平洋戦争以来の戦争に突入した。モニターの中にミサイルの表示を見ただけではどうもその実感が湧かないがしかし、確かに戦争は始まったのだ。これから自衛隊にとって……そして今の日本にとって、未経験な事態が多数発生することだろう……。
永田はしばしの間、自分と「みょうこう」、そして自衛隊、さらに日本が、これから直面していく試練について、思いを馳せた。自衛隊員である永田にとっても、こうして戦争が始まってから想像するそれは、昨日まで想像していたのとは全く異なる明日の姿であった。




