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No Title  作者: ころく
75/85

No.73 光明

「しゃらぁあ!」


 大きく振りかぶり、力任せに殴る。

 相手を屠る事だけを考えた暴力。


「ッ、凄い拳圧ね……!」


 だが、沙夜先輩はそれを構えていた右手で払い、軌道を逸らして攻撃を回避した。

 無傷で済んだが、それでもコウの攻撃の重みを感じ取り、表情から緊迫が伝わる。


「でも、そんなに大振りじゃ!」


 コウは攻撃を躱され、攻撃の勢いが余って体が流れて無防備を晒す。

 そこに、側面へと入り込んだ沙夜先輩が反撃を狙う。


「はぁぁぁぁあっ!」


 下から斜め上に角度を入れ、コウの横っ腹にめり込む掌底の一撃。

 コークスクリューのように手首の捻りを加える事で、腹部へ与えられる衝撃が増す。

 男と比べて細い腕をしているが、それでも威力は素人とは比べ物にならない。一般人ならこれで膝を突き、暴れる痛みに悶絶するだろう。

 しかし、相手はあの不死身とばかりに打たれ強いコウ。これで倒れるほど簡単じゃない事は沙夜先輩も理解している。

 だからこそ、まだだと。このまま続けて攻め、確実なダウンを取ると。間髪を容れず、さらなる追撃。


「――軽ィなァ」


 小さくも、妙に廊下に通る声。

 確実に決まり、手応えもあったというのに。


「当たってもそんなんじゃあ蚊と変わんねェなァ!」


 コウは痛がる素振りすら見せず、むしろ口は三日月型に歪ませる


「おぁらァ!」

「ッ!」


 コウは片腕を真横へ思い切り振り回し、沙夜先輩の顔を狙ってバックナックルを放つ。

 とは言え、それも大振りの空振り。沙夜先輩は前傾姿勢を取り、最小の動きだけで攻撃を躱した。


「ダメージが無いの……!?」


 与えた攻撃の感触も確かなもので、文句の無い一撃だった。

 なのに一切のダメージが見えない。余りの打たれ強さ、人外さに、沙夜先輩は驚愕を隠せない。

 このまま接近戦を仕掛ければ不利になると、沙夜先輩は一旦後方へ下が――――。


「おっとォ、逃がさねェぞ」

「い、った!」


 バックステップで後ろへと下がっていた沙夜先輩の体が、ガクンと急停止する。

 いつの間にかコウは、沙夜先輩の髪を掴んでいた。


「なげェ髪を生やしてンのが悪ィんだぜ?」


 髪を強引に引っ張られ、痛みに顔を強ばらせる沙夜先輩。

 このままでは離れる事が出来ず、攻撃されたら避ける術も無い。

 髪から手を離させようと必死に抵抗するが、純粋な力の差は歴然。どう足掻いて馬鹿力の握力をほどく事は不可能だった。


「その鼻っ柱ァ折ってや――」

「姉さんから手を離せぇぇぇぇぇ!」


 沙夜先輩の顔面を殴ろうと、コウが腕を引いた瞬間。

 叫び声と共に一つの影が空を駆ける。コウの顔面を襲うは、沙姫の飛び蹴り。


「チィ!」


 コウは寸前で気配を察して身体を仰け反らせ、紙一重で蹴りを避けた。

 靴底が頬を掠め、一瞬焦ってしまった事に苛立ち舌打ちする。


「邪魔ァすンじゃねェよ!」


 足裏を押し出すように放つ蹴り、通称ヤクザキック。

 飛び蹴りから着地し、続けて攻め込もうとする沙姫へと容赦無く放たれる。


「く、ぅぅ!」


 沙姫は両腕を交差させて防御し、直撃は避ける。

 しかし、蹴りの威力はやはり高く。倒れはしなかったものの、衝撃に耐えながら後ろへと身体を滑らせた。


「ありがとう、沙姫。助かったわ」

「あァ?」


 沙姫に気を取られていた僅かな時間。意識を逸らしてくれた事に感謝の言葉を口にする。

 力では敵わないのならば、技と知識で対抗するまで。

 沙夜先輩は左手でコウの腕を掴み、右手はその腕の肘へと当てていた。

 そして、親指で強く押すは、肘から内側に少しずれた箇所。


「イ、っづァ!?」


 突如、腕に走る電流。指の先まで痺れるような痛みに、コウは顔をしかめる。

 沙夜先輩が押したのは少海と呼ばれる、人の体にある経絡。いわゆるツボの一つ。

 関節痛や肩こりに効果があると言われているツボだが、それはあくまで適度な刺激を与えた場合。

 必要以上の力を入れて刺激すれば、そこには激しい痛みが神経に走る。


「いくら打たれ強くても、人体の構造は同じだものね」


 指が開いたのを見逃さず、コウの腕を払い除けて髪の拘束を振りほどく。

 自由になった銀髪は宙に舞い、沙夜先輩は収まらぬ怒りから鋭く睨みつけ。

 空洞を作った張り手をコウの顔面に叩き込みむ。


「私の髪は安くないって言ったのを忘れたかしら?」

「クソッ、目が……」


 目を赤くして涙を浮かべ、足をもつれさせるコウ。


「沙姫、合わせてっ!」

「言われなくても!」


 瞬時に沙夜先輩の意図を読み取っていた沙姫は、呼ばれるよりも先に走り出していた。


「せぇあっ!」

「でぇやぁ!」


 重なる、二人の一声。

 助走を付け、地面を強く踏み、重心を崩さず。

 身体を一回転させて遠心力を加え、決まるは強烈な蹴撃。


「が……っ」


 沙夜先輩の上段回し蹴りと、沙姫の上段後ろ回し蹴り。

 喉元と後ろ首。前と後ろからの同時攻撃に、コウは天井を仰いで膝を落とした。

 前後と挟まれた衝撃の逃げ場は一切無く、その威力は単身で放つ攻撃とは格段の差がある。


「姉さん、ここで!」

「ええ、一気に行くわっ!」


 二人は回し蹴りからすぐに構えを正し、さらなる攻勢に出る。

 同じ構えを取ってコウを真ん中に挟み、その姿はまるで風神と雷神を髣髴させ。

 無防備な状態を晒しているコウへ、握った拳を向ける。


「――ハ」

「ッ! ダメだッ!」


 僅かに奴の口が動いたのが目に入って。

 予感と悪寒。何度もコウと戦ってきた経験から。

 ここで攻めるのは悪手に繋がる。そう直感した。

 そして、その直感は当たってしまう。


「五月蝿ぇなァ……ブンブン蝿が!」


 あれ程の強打を喰らったというのに、コウの眼光は鋭さを増す。

 溜まりに溜まった鬱憤を怒声に変えて、接近してくる沙夜先輩へと豪腕が襲う。


「なっ!?」

「おらぁぁぁぁあぁぁあっ!」

「ぐぅぅぅぅうぅっ!」


 咄嗟に反応し、沙夜先輩は腕でのガードを間に合わせる。

 が、そんなのは関係無い。ただ思いっ切りぶん殴ってやるだけ。

 ガードするならその腕をブッ壊してやると、全体重を乗せたカウンターを打ち込む。


「っか、ぁ……」


 衝撃はガードした腕を貫き、沙夜先輩の体が易々と吹っ飛ばされる。

 背中を壁に打ち付けられ、苦痛の表情でずり落ちて倒れた。


「姉さ……きゃっ!?」

「何度も邪魔ァしやがってよォ」


 飛ばされた沙夜先輩を目で追い、視界を外した数瞬。

 コウの腕が伸び、沙姫の首が掴まれる。


「ぐ、く……あ……!」


 利き腕ではない左手だというのに、軽々と持ち上げられる沙姫の体。

 沙姫は気道を握り絞められ、息苦しさと痛みから声にならない悲鳴を上げる。

 細い女の首を折るのは、奴にとっては木の枝を折る位に簡単だろう。

 なんて、冷静に考えるまでもなく。


「沙姫ッ!」


 既に俺は、コウへと向かって走っていた。

 二人が戦って休む時間を作ってもらった。体がまともに動く位に回復もした。

 奴は背を向け、完全な死角。不意を突――――。


「そろそろ来ると思ってたぜ」


 ぐるん。首を曲げ、こっちへと目を向けて。

 俺の行動を読んでいたコウは、薄らと口元に笑みを浮かべた。


「こいつ……!」

「テメェが大人しく見てる訳無ぇからなァ!」

 

 危険を察知して身構え、襲い掛かってくるであろう暴力の牙に備える……が、予想は反した。

 人質を取るでも、釣られて接近したばかに拳を向けるでも。そのどちらでも無かった。

 奴が取った行動、それは。


「おうらぁぁ!」


 掴み上げていた沙姫をそのまま、力任せに、ブン投げた。

 足は浮かされ、僅かな抵抗も虚しく。身体は少し大きな荷物でも扱うかのように、宙へ投げ飛ばされた沙姫は。

 直線を描いて俺の方へと飛んでくる。


「あの野郎……くっ!」

「あぐ、ぅ!」


 なんとか沙姫を受け止めるも、衝撃までは受けきれなく後ろへと倒れてしまう。

 倒れてしまった拍子にどこかをぶつけたか、沙姫は短く声を漏らした。


「沙姫、大丈夫か!?」

「げほっ、かほっ! っはぁ! な、なんとか大丈夫です……」


 沙姫は首に手を当て、咳き込みながら息を吸う。

 あのまま床に落ちていたら危なかった。受身も取れず、下手をすれば頭を強く打っていたかもしれない。


「はっ! 奴は……!?」


 沙姫の安否を確認して、無事だったのに安堵した。

 しかし、これで終わる筈が無い。素早く身体を起こし、正面へと意識を向ける。

 この絶好の機会を逃す相手ではない。


「奴が、いない?」


 ……が、片膝を突いて身構えるも、さっきまで奴が居た筈の正面には影すら見当たらず。

 追撃をしてくるどころか、ついさっきまで眼前に居た筈のコウの姿が消えていた。


「咲月君っ!」


 焦燥が混ざった声。俺の方を見て、沙夜先輩が叫んだ。

 いや、視線は俺よりもさらに先。


「――ッ!」


 ぞわり、と。背中に駆ける寒気。突き刺してくる鋭い殺気。

 肉眼で確認するまでも無い。背後から迫る死の感覚に、体が先に動く。

 そして、沙夜先輩の声が耳に入った。後ろ――――と。


「沙姫ッ、伏せろ!」


 沙姫の頭を押し込み、自分も頭を伏せて姿勢を低くする。

 刹那、頭上を通る渇いた風切り音。

 それと同時に。その風切り音を容易く掻き消す、コンクリートを抉り崩す破壊音が鼓膜に響く。


「くっ……! 」

「ハッハァ!」


 破壊された壁と窓。

 砕かれたコンクリート破片とガラスが床へと散らばっていく。


「離れろ、沙姫!」

「きゃっ……!」

「ベッコベコにしてやンぜェ!!」


 沙姫の背中を押し、直ぐ様自分も横に転がって回避する。 

 直後、廊下に響く破壊の音。今日でもう何度聞いた事か。

 ほんの一秒前に俺と沙姫が居た所には大きな穴が作られた。床のタイルをブチ抜いて、足場の基礎として固められたコンクリートが露になる。


「咲月せんぱ……」

「下がれ!」

「でも!」

「いいから早くっ!」

「は、はい!」


 二人で同時に背を向ければ、確実にやられてしまう。

 沙姫はまだ息が整っておらず、息苦しそうな表情を残している。なら、殿しんがりは俺がやるしかない。

 回復するまで奴と戦ってくれたんだ。助けられっぱなしでいられるかよ。


「格好付けて死んだらザマァねェよなァ!?」

「くそっ、禁器を拾われたか!」

 

 今まで与えられた苦痛と屈辱を晴らしてやろうと、再び禁器を手にした凶獣は高揚する。

 既に奴の攻撃範囲内。床に刺さっている禁器をそのまま払えば届く距離。

 攻めるにも素手でリーチが短くて分が悪すぎる。かと言って守りに徹するにも、廊下じゃ狭くてすぐに限界が来る。

 となれば、俺が取るべき方法は一つ。奴の意表を突いて隙を作り、そこを攻めるしかない。

 だったら――ッ!


「させねェよ!」

「なっ!」


 銃を腰のベルトから取り出し、奴へ銃口を向けた瞬間。

 コウはこっちの行動を先読みし、即座に反応して禁器を振るう。


「くっ! こいつ、読んで……!」


 払われた禁器は銃身に当たり、弾き飛ばされた。

 半分の長さになった銃は床に転がり、切断面はかじられたフランクフルトのような歪な形。

 グリップを握っていた手に当たっていたら、今頃は利き手を失っていただろう。だが、このままでは利き手どころこか命をを失ってしまう。

 銃を破壊されたなら、残された手はもうスキルしかない。炎を出して立ち回れば、いくらか戦いようはある。

 しかし、今ここで使ってしまったら……!


「イっちまいなァ!」

「死んだら元も子もねぇか!」


 片手持ちを両手持ちに変え、天井を刺す勢いで禁器を振り上げるコウ。

 他の策を考える時間も、逆転の一手も無い。後の事を考えれば温存しておきたかったが、死んでしまったら後もクソもない。

 右手に意識を集中し、イメージするは紅蓮の炎。付近の空気は熱を帯び、ゆらりと揺れる。

 まずは炎を一気に放って視界を遮ってや――――。


「匕、しゃがめっ!」

「ッ!」


 突として俺の名前を呼んだのは、男の声。

 いけ好かない聞き慣れた声が誰なのかなんて、考えるまでも無く。

 言葉のままに身を低く屈ませる。


 ガキン――――ッ!


 鉄と鉄がぶつかる甲高い音。

 俺へ振るい落そうとしていた禁器が弾かれ、コウは意識外からの牽制攻撃に身体をよろけさせた。

 覚えのある展開に、コウは舌打ちして眉間に皺を寄せる。


「ついでだ、貰っとけ!」


 身を低くした体勢を利用し、コウの足元を蹴り払う。

 片足を浮かされてバランスを崩し、元々よろけていたのもあって簡単に背中を床に付けた。


「今の内にお前も下がれ!」

「言われなくても!」


 その隙に立ち上がり、沙姫と沙夜先輩の所まで全力で走る。

 優秀な狙撃手が合流したのなら、追いつかれて後ろから襲われる心配はない。


「エド、ナイスタイミングだ。助かった」

「それは良かった。急いできた甲斐があるってもんだ」


 沙姫と沙夜先輩の後ろ。

 月明かりが届かず、影になっていた廊下の奥からエドが現れた。


「せっかくコウから離したのに、結局二人も来たのか」

「エド君、その頭……!」

「エド先輩、怪我してるじゃないですか!」


 沙夜先輩と沙姫が、エドの姿に声を高くした。

 服は土埃にまみれ、額に巻かれた布には血が滲んでいる。

 だが、あの屋上の壊れ具合から、四肢があって命もあるなら上出来だと言えよう。

 コウが投げた樹木が当たっていれば、下手したら絶命していたかもしれないのだから。


「遅くなって悪かった。最後にお前を援護した後、足場が崩れてな。少し気を失っていた」

「俺が死んでいたら文句言ったところだが、こうして助けられて生きてる。結果オーライだ」

「状況は相変わらず、か」


 急ぐ素振りも見せず、のそりと身体を起こして立ち上がる。

 顔や腕に痣が目立つも、一向に衰弱する様子が無い。

 エドはその姿を見て、半ば呆れ混じりにも驚異のしぶとさ、打たれ強さに一粒の冷や汗を流す。


「ったくよォ、ゾロゾロと雑魚が群れやがって……」


 こちらを一瞥して、頭をぶっきらに掻き毟るコウ。

 沙姫と沙夜先輩が加わり、さらにエドも合流して人数が一気に増えた。


「マぁぁぁぁぁジでウザってェなァ! あぁオイ!?」


 威嚇とも咆哮とも違う。発声によるフラストレーションの発散。

 人数が増える度に邪魔をされ、思うように進まない状況。

 コウの苛立ちは沸点を超え、少しでも晴らそうと近くの壁を禁器で殴りつける。

 言わずもがな、数回殴られただけで壁は音を立てて瓦礫と化した。


「っひ、い……!」

「あァン?」


 すると、大きな穴を開けられて廊下と直結した教室から、酷く怯えた声が聞こえてきた。

 両手で頭を抱えて身を縮こまらせ、目尻に涙を溜めた一人の男。


「なんだァ? こんな所に一人隠れてやがった」

「も、もういい! 願いなんてもういいから! 許して……殺さないでぇ!」

「ッハ、情けねェ……人間じゃなくて負け犬だったか」

「ひぃぃぃぃ!」


 コウが近付くと、男は尻餅を突いたまま後ろへと下がる。

 あまりに情けない姿に嘲笑を投げ、そして、視線はずっと禁器へと向けられている事に気付く。


「なァるほど。テメェは校庭から逃げ延びたクチか」


 確かに男はコウを恐れている。だが、それ以上にコウが持つ禁器への恐怖が明らかだった。

 見た目はただの小汚い棒なのに、男は禁器から目を離さない。まるで禁器の能力を知っているかのように。

 いや、知っているかのようにではなく、知っているのだとしたら。目の前でモノを破壊させる様を見たのだとしたら。

 そう考えれば自然と、校庭で行われた惨劇に居合わせていた人間の一人だと予想がつく。


「戦わないから、降参するからぁ!」

「そォかそォか、降参するのか。仕方ねェな」


 相手が戦意喪失しているのを確かめ、コウはつまらなそうに肩を竦ませる。

 こんな雑魚と戦っても面白くもない。腰抜け腑抜けなど、戦う価値もないと。


「見逃――」

「じゃあ死ね」


 邪魔な奴は処理して終わり。

 人を人とも思わぬ所業。弱肉強食を謳うかのように、弱者の命を暴力で喰らう。

 禁器のひと振りで男の首がねられ、身体と離ればなれになった頭部。

 撥ねられた勢いで宙を飛び、廊下の隅に転がり落ちた。


「きゃあっ!」


 下顎が欠損して舌がはみ出て、瞼は開いたままで虚ろな瞳が空を見つめる。

 突然現れた生首に、沙姫は悲鳴をあげて目を逸らす。


「戦う意志が無ェ奴は生きる価値無ェんだよ」


 コウは生首の髪を掴み、無造作に持ち上げた。切断面からは血が滴り、舌が垂れ、光を失った瞳は虚無を見つめる。

 その残虐さに、沙姫だけでなく沙夜先輩も畏怖し、戸惑う。人の死と関わる事が滅多に無い人間にとって、目の前で起きた殺戮は見るに耐えないものだろう。

 俺でも目を背けたくなるが、狂敵から目を離す訳にはいかない。もしかしたら次は、俺が同じ目に遭うかもしれないのだから。


「オイオイオイ、なァにつまんねぇ面ァしてンだ? 次はお前等がこうなるんだ。もっと必死こいた顔をしろよ……」


 コウは挑発めいた言葉を向け、手にした頭部を揺らして遊ぶ。

 そして、それを胸元の高さまで上げたと思えば。


「なァ!?」


 コウは言葉を言い切ると同時に、持っていた遺体の頭部を投げ放った。


「避けろ、二人共!」

「わわっ!?」

「きゃ!?」


 隣にいた沙姫と沙夜先輩と押し、豪速で飛来してくる頭部を回避する。

 その速さはさながら、大砲から発射された弾丸。当たれば骨折は免れないだろう。

 投げられた頭部は壁に直撃し、嫌に耳に残るトマトが潰れたような音。真っ白だった壁には、赤黒い血糊の花火が描かれた。


「てめぇ……!」

「ハッ! そうそう、そういう顔だ! さっきの雑魚みてェに――――」


 小さく笑みを見せていたコウの動きが、止まる。止まった。

 ぴたりと、テレビで一時停止をしたかのように。

 そして、数秒経って。コウの表情は段々と苦悶を孕むものへと変わっていく


「ぐ、づ……頭が、割れるよう、に、痛ェ……!」


 コウは頭痛から額を押さえ、眉間に皺を寄せる。目眩も起きているのか足取りも覚束おぼつかず、禁器を杖がわりにして何とか立てている状態。

 敵が急に苦しみだした事に、沙姫と沙夜先輩は驚きと戸惑いを見せる。

 さっきまでピンピンしていた奴が、前触れもなく苦しみ始めたんだ。状況と理由が解らなければそうもなる。

 だが、俺とエドは状況も理由も理解していた。湧き出る感情が高揚し、体の温度が上昇し、下火だった空気を一掃し。なによりも戦意が、奮い立つ。

 訪れた好機に。そして、ついに見えた、この戦いの終焉に。


「匕、あのコウの苦しみよう……まさか」

「あぁ、ようやく来た……!」


 先見えぬ戦いの中に差し込んだ、微かな光明。生か死か。行き着く先がどのような形かは解らない。

 けれど、砂粒ほどだった可能性は確実に大きなものとなって。

 希望を掴み取るかのように、俺は無意識に拳を固く握っていた。



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