No.73 光明
「しゃらぁあ!」
大きく振りかぶり、力任せに殴る。
相手を屠る事だけを考えた暴力。
「ッ、凄い拳圧ね……!」
だが、沙夜先輩はそれを構えていた右手で払い、軌道を逸らして攻撃を回避した。
無傷で済んだが、それでもコウの攻撃の重みを感じ取り、表情から緊迫が伝わる。
「でも、そんなに大振りじゃ!」
コウは攻撃を躱され、攻撃の勢いが余って体が流れて無防備を晒す。
そこに、側面へと入り込んだ沙夜先輩が反撃を狙う。
「はぁぁぁぁあっ!」
下から斜め上に角度を入れ、コウの横っ腹にめり込む掌底の一撃。
コークスクリューのように手首の捻りを加える事で、腹部へ与えられる衝撃が増す。
男と比べて細い腕をしているが、それでも威力は素人とは比べ物にならない。一般人ならこれで膝を突き、暴れる痛みに悶絶するだろう。
しかし、相手はあの不死身とばかりに打たれ強いコウ。これで倒れるほど簡単じゃない事は沙夜先輩も理解している。
だからこそ、まだだと。このまま続けて攻め、確実なダウンを取ると。間髪を容れず、さらなる追撃。
「――軽ィなァ」
小さくも、妙に廊下に通る声。
確実に決まり、手応えもあったというのに。
「当たってもそんなんじゃあ蚊と変わんねェなァ!」
コウは痛がる素振りすら見せず、むしろ口は三日月型に歪ませる
「おぁらァ!」
「ッ!」
コウは片腕を真横へ思い切り振り回し、沙夜先輩の顔を狙ってバックナックルを放つ。
とは言え、それも大振りの空振り。沙夜先輩は前傾姿勢を取り、最小の動きだけで攻撃を躱した。
「ダメージが無いの……!?」
与えた攻撃の感触も確かなもので、文句の無い一撃だった。
なのに一切のダメージが見えない。余りの打たれ強さ、人外さに、沙夜先輩は驚愕を隠せない。
このまま接近戦を仕掛ければ不利になると、沙夜先輩は一旦後方へ下が――――。
「おっとォ、逃がさねェぞ」
「い、った!」
バックステップで後ろへと下がっていた沙夜先輩の体が、ガクンと急停止する。
いつの間にかコウは、沙夜先輩の髪を掴んでいた。
「なげェ髪を生やしてンのが悪ィんだぜ?」
髪を強引に引っ張られ、痛みに顔を強ばらせる沙夜先輩。
このままでは離れる事が出来ず、攻撃されたら避ける術も無い。
髪から手を離させようと必死に抵抗するが、純粋な力の差は歴然。どう足掻いて馬鹿力の握力を解く事は不可能だった。
「その鼻っ柱ァ折ってや――」
「姉さんから手を離せぇぇぇぇぇ!」
沙夜先輩の顔面を殴ろうと、コウが腕を引いた瞬間。
叫び声と共に一つの影が空を駆ける。コウの顔面を襲うは、沙姫の飛び蹴り。
「チィ!」
コウは寸前で気配を察して身体を仰け反らせ、紙一重で蹴りを避けた。
靴底が頬を掠め、一瞬焦ってしまった事に苛立ち舌打ちする。
「邪魔ァすンじゃねェよ!」
足裏を押し出すように放つ蹴り、通称ヤクザキック。
飛び蹴りから着地し、続けて攻め込もうとする沙姫へと容赦無く放たれる。
「く、ぅぅ!」
沙姫は両腕を交差させて防御し、直撃は避ける。
しかし、蹴りの威力はやはり高く。倒れはしなかったものの、衝撃に耐えながら後ろへと身体を滑らせた。
「ありがとう、沙姫。助かったわ」
「あァ?」
沙姫に気を取られていた僅かな時間。意識を逸らしてくれた事に感謝の言葉を口にする。
力では敵わないのならば、技と知識で対抗するまで。
沙夜先輩は左手でコウの腕を掴み、右手はその腕の肘へと当てていた。
そして、親指で強く押すは、肘から内側に少しずれた箇所。
「イ、っづァ!?」
突如、腕に走る電流。指の先まで痺れるような痛みに、コウは顔を顰める。
沙夜先輩が押したのは少海と呼ばれる、人の体にある経絡。いわゆるツボの一つ。
関節痛や肩こりに効果があると言われているツボだが、それはあくまで適度な刺激を与えた場合。
必要以上の力を入れて刺激すれば、そこには激しい痛みが神経に走る。
「いくら打たれ強くても、人体の構造は同じだものね」
指が開いたのを見逃さず、コウの腕を払い除けて髪の拘束を振りほどく。
自由になった銀髪は宙に舞い、沙夜先輩は収まらぬ怒りから鋭く睨みつけ。
空洞を作った張り手をコウの顔面に叩き込みむ。
「私の髪は安くないって言ったのを忘れたかしら?」
「クソッ、目が……」
目を赤くして涙を浮かべ、足をもつれさせるコウ。
「沙姫、合わせてっ!」
「言われなくても!」
瞬時に沙夜先輩の意図を読み取っていた沙姫は、呼ばれるよりも先に走り出していた。
「せぇあっ!」
「でぇやぁ!」
重なる、二人の一声。
助走を付け、地面を強く踏み、重心を崩さず。
身体を一回転させて遠心力を加え、決まるは強烈な蹴撃。
「が……っ」
沙夜先輩の上段回し蹴りと、沙姫の上段後ろ回し蹴り。
喉元と後ろ首。前と後ろからの同時攻撃に、コウは天井を仰いで膝を落とした。
前後と挟まれた衝撃の逃げ場は一切無く、その威力は単身で放つ攻撃とは格段の差がある。
「姉さん、ここで!」
「ええ、一気に行くわっ!」
二人は回し蹴りからすぐに構えを正し、さらなる攻勢に出る。
同じ構えを取ってコウを真ん中に挟み、その姿はまるで風神と雷神を髣髴させ。
無防備な状態を晒しているコウへ、握った拳を向ける。
「――ハ」
「ッ! ダメだッ!」
僅かに奴の口が動いたのが目に入って。
予感と悪寒。何度もコウと戦ってきた経験から。
ここで攻めるのは悪手に繋がる。そう直感した。
そして、その直感は当たってしまう。
「五月蝿ぇなァ……ブンブン蝿が!」
あれ程の強打を喰らったというのに、コウの眼光は鋭さを増す。
溜まりに溜まった鬱憤を怒声に変えて、接近してくる沙夜先輩へと豪腕が襲う。
「なっ!?」
「おらぁぁぁぁあぁぁあっ!」
「ぐぅぅぅぅうぅっ!」
咄嗟に反応し、沙夜先輩は腕でのガードを間に合わせる。
が、そんなのは関係無い。ただ思いっ切りぶん殴ってやるだけ。
ガードするならその腕をブッ壊してやると、全体重を乗せたカウンターを打ち込む。
「っか、ぁ……」
衝撃はガードした腕を貫き、沙夜先輩の体が易々と吹っ飛ばされる。
背中を壁に打ち付けられ、苦痛の表情でずり落ちて倒れた。
「姉さ……きゃっ!?」
「何度も邪魔ァしやがってよォ」
飛ばされた沙夜先輩を目で追い、視界を外した数瞬。
コウの腕が伸び、沙姫の首が掴まれる。
「ぐ、く……あ……!」
利き腕ではない左手だというのに、軽々と持ち上げられる沙姫の体。
沙姫は気道を握り絞められ、息苦しさと痛みから声にならない悲鳴を上げる。
細い女の首を折るのは、奴にとっては木の枝を折る位に簡単だろう。
なんて、冷静に考えるまでもなく。
「沙姫ッ!」
既に俺は、コウへと向かって走っていた。
二人が戦って休む時間を作ってもらった。体がまともに動く位に回復もした。
奴は背を向け、完全な死角。不意を突――――。
「そろそろ来ると思ってたぜ」
ぐるん。首を曲げ、こっちへと目を向けて。
俺の行動を読んでいたコウは、薄らと口元に笑みを浮かべた。
「こいつ……!」
「テメェが大人しく見てる訳無ぇからなァ!」
危険を察知して身構え、襲い掛かってくるであろう暴力の牙に備える……が、予想は反した。
人質を取るでも、釣られて接近した俺に拳を向けるでも。そのどちらでも無かった。
奴が取った行動、それは。
「おうらぁぁ!」
掴み上げていた沙姫をそのまま、力任せに、ブン投げた。
足は浮かされ、僅かな抵抗も虚しく。身体は少し大きな荷物でも扱うかのように、宙へ投げ飛ばされた沙姫は。
直線を描いて俺の方へと飛んでくる。
「あの野郎……くっ!」
「あぐ、ぅ!」
なんとか沙姫を受け止めるも、衝撃までは受けきれなく後ろへと倒れてしまう。
倒れてしまった拍子にどこかをぶつけたか、沙姫は短く声を漏らした。
「沙姫、大丈夫か!?」
「げほっ、かほっ! っはぁ! な、なんとか大丈夫です……」
沙姫は首に手を当て、咳き込みながら息を吸う。
あのまま床に落ちていたら危なかった。受身も取れず、下手をすれば頭を強く打っていたかもしれない。
「はっ! 奴は……!?」
沙姫の安否を確認して、無事だったのに安堵した。
しかし、これで終わる筈が無い。素早く身体を起こし、正面へと意識を向ける。
この絶好の機会を逃す相手ではない。
「奴が、いない?」
……が、片膝を突いて身構えるも、さっきまで奴が居た筈の正面には影すら見当たらず。
追撃をしてくるどころか、ついさっきまで眼前に居た筈のコウの姿が消えていた。
「咲月君っ!」
焦燥が混ざった声。俺の方を見て、沙夜先輩が叫んだ。
いや、視線は俺よりもさらに先。
「――ッ!」
ぞわり、と。背中に駆ける寒気。突き刺してくる鋭い殺気。
肉眼で確認するまでも無い。背後から迫る死の感覚に、体が先に動く。
そして、沙夜先輩の声が耳に入った。後ろ――――と。
「沙姫ッ、伏せろ!」
沙姫の頭を押し込み、自分も頭を伏せて姿勢を低くする。
刹那、頭上を通る渇いた風切り音。
それと同時に。その風切り音を容易く掻き消す、コンクリートを抉り崩す破壊音が鼓膜に響く。
「くっ……! 」
「ハッハァ!」
破壊された壁と窓。
砕かれたコンクリート破片とガラスが床へと散らばっていく。
「離れろ、沙姫!」
「きゃっ……!」
「ベッコベコにしてやンぜェ!!」
沙姫の背中を押し、直ぐ様自分も横に転がって回避する。
直後、廊下に響く破壊の音。今日でもう何度聞いた事か。
ほんの一秒前に俺と沙姫が居た所には大きな穴が作られた。床のタイルをブチ抜いて、足場の基礎として固められたコンクリートが露になる。
「咲月せんぱ……」
「下がれ!」
「でも!」
「いいから早くっ!」
「は、はい!」
二人で同時に背を向ければ、確実にやられてしまう。
沙姫はまだ息が整っておらず、息苦しそうな表情を残している。なら、殿は俺がやるしかない。
回復するまで奴と戦ってくれたんだ。助けられっぱなしでいられるかよ。
「格好付けて死んだらザマァねェよなァ!?」
「くそっ、禁器を拾われたか!」
今まで与えられた苦痛と屈辱を晴らしてやろうと、再び禁器を手にした凶獣は高揚する。
既に奴の攻撃範囲内。床に刺さっている禁器をそのまま払えば届く距離。
攻めるにも素手でリーチが短くて分が悪すぎる。かと言って守りに徹するにも、廊下じゃ狭くてすぐに限界が来る。
となれば、俺が取るべき方法は一つ。奴の意表を突いて隙を作り、そこを攻めるしかない。
だったら――ッ!
「させねェよ!」
「なっ!」
銃を腰のベルトから取り出し、奴へ銃口を向けた瞬間。
コウはこっちの行動を先読みし、即座に反応して禁器を振るう。
「くっ! こいつ、読んで……!」
払われた禁器は銃身に当たり、弾き飛ばされた。
半分の長さになった銃は床に転がり、切断面は囓られたフランクフルトのような歪な形。
グリップを握っていた手に当たっていたら、今頃は利き手を失っていただろう。だが、このままでは利き手どころこか命をを失ってしまう。
銃を破壊されたなら、残された手はもうスキルしかない。炎を出して立ち回れば、いくらか戦いようはある。
しかし、今ここで使ってしまったら……!
「イっちまいなァ!」
「死んだら元も子もねぇか!」
片手持ちを両手持ちに変え、天井を刺す勢いで禁器を振り上げるコウ。
他の策を考える時間も、逆転の一手も無い。後の事を考えれば温存しておきたかったが、死んでしまったら後もクソもない。
右手に意識を集中し、イメージするは紅蓮の炎。付近の空気は熱を帯び、ゆらりと揺れる。
まずは炎を一気に放って視界を遮ってや――――。
「匕、しゃがめっ!」
「ッ!」
突として俺の名前を呼んだのは、男の声。
いけ好かない聞き慣れた声が誰なのかなんて、考えるまでも無く。
言葉のままに身を低く屈ませる。
ガキン――――ッ!
鉄と鉄がぶつかる甲高い音。
俺へ振るい落そうとしていた禁器が弾かれ、コウは意識外からの牽制攻撃に身体をよろけさせた。
覚えのある展開に、コウは舌打ちして眉間に皺を寄せる。
「ついでだ、貰っとけ!」
身を低くした体勢を利用し、コウの足元を蹴り払う。
片足を浮かされてバランスを崩し、元々よろけていたのもあって簡単に背中を床に付けた。
「今の内にお前も下がれ!」
「言われなくても!」
その隙に立ち上がり、沙姫と沙夜先輩の所まで全力で走る。
優秀な狙撃手が合流したのなら、追いつかれて後ろから襲われる心配はない。
「エド、ナイスタイミングだ。助かった」
「それは良かった。急いできた甲斐があるってもんだ」
沙姫と沙夜先輩の後ろ。
月明かりが届かず、影になっていた廊下の奥からエドが現れた。
「せっかくコウから離したのに、結局二人も来たのか」
「エド君、その頭……!」
「エド先輩、怪我してるじゃないですか!」
沙夜先輩と沙姫が、エドの姿に声を高くした。
服は土埃にまみれ、額に巻かれた布には血が滲んでいる。
だが、あの屋上の壊れ具合から、四肢があって命もあるなら上出来だと言えよう。
コウが投げた樹木が当たっていれば、下手したら絶命していたかもしれないのだから。
「遅くなって悪かった。最後にお前を援護した後、足場が崩れてな。少し気を失っていた」
「俺が死んでいたら文句言ったところだが、こうして助けられて生きてる。結果オーライだ」
「状況は相変わらず、か」
急ぐ素振りも見せず、のそりと身体を起こして立ち上がる。
顔や腕に痣が目立つも、一向に衰弱する様子が無い。
エドはその姿を見て、半ば呆れ混じりにも驚異のしぶとさ、打たれ強さに一粒の冷や汗を流す。
「ったくよォ、ゾロゾロと雑魚が群れやがって……」
こちらを一瞥して、頭をぶっきらに掻き毟るコウ。
沙姫と沙夜先輩が加わり、さらにエドも合流して人数が一気に増えた。
「マぁぁぁぁぁジでウザってェなァ! あぁオイ!?」
威嚇とも咆哮とも違う。発声によるフラストレーションの発散。
人数が増える度に邪魔をされ、思うように進まない状況。
コウの苛立ちは沸点を超え、少しでも晴らそうと近くの壁を禁器で殴りつける。
言わずもがな、数回殴られただけで壁は音を立てて瓦礫と化した。
「っひ、い……!」
「あァン?」
すると、大きな穴を開けられて廊下と直結した教室から、酷く怯えた声が聞こえてきた。
両手で頭を抱えて身を縮こまらせ、目尻に涙を溜めた一人の男。
「なんだァ? こんな所に一人隠れてやがった」
「も、もういい! 願いなんてもういいから! 許して……殺さないでぇ!」
「ッハ、情けねェ……人間じゃなくて負け犬だったか」
「ひぃぃぃぃ!」
コウが近付くと、男は尻餅を突いたまま後ろへと下がる。
あまりに情けない姿に嘲笑を投げ、そして、視線はずっと禁器へと向けられている事に気付く。
「なァるほど。テメェは校庭から逃げ延びたクチか」
確かに男はコウを恐れている。だが、それ以上にコウが持つ禁器への恐怖が明らかだった。
見た目はただの小汚い棒なのに、男は禁器から目を離さない。まるで禁器の能力を知っているかのように。
いや、知っているかのようにではなく、知っているのだとしたら。目の前でモノを破壊させる様を見たのだとしたら。
そう考えれば自然と、校庭で行われた惨劇に居合わせていた人間の一人だと予想がつく。
「戦わないから、降参するからぁ!」
「そォかそォか、降参するのか。仕方ねェな」
相手が戦意喪失しているのを確かめ、コウはつまらなそうに肩を竦ませる。
こんな雑魚と戦っても面白くもない。腰抜け腑抜けなど、戦う価値もないと。
「見逃――」
「じゃあ死ね」
邪魔な奴は処理して終わり。
人を人とも思わぬ所業。弱肉強食を謳うかのように、弱者の命を暴力で喰らう。
禁器のひと振りで男の首が撥ねられ、身体と離ればなれになった頭部。
撥ねられた勢いで宙を飛び、廊下の隅に転がり落ちた。
「きゃあっ!」
下顎が欠損して舌がはみ出て、瞼は開いたままで虚ろな瞳が空を見つめる。
突然現れた生首に、沙姫は悲鳴をあげて目を逸らす。
「戦う意志が無ェ奴は生きる価値無ェんだよ」
コウは生首の髪を掴み、無造作に持ち上げた。切断面からは血が滴り、舌が垂れ、光を失った瞳は虚無を見つめる。
その残虐さに、沙姫だけでなく沙夜先輩も畏怖し、戸惑う。人の死と関わる事が滅多に無い人間にとって、目の前で起きた殺戮は見るに耐えないものだろう。
俺でも目を背けたくなるが、狂敵から目を離す訳にはいかない。もしかしたら次は、俺が同じ目に遭うかもしれないのだから。
「オイオイオイ、なァにつまんねぇ面ァしてンだ? 次はお前等がこうなるんだ。もっと必死こいた顔をしろよ……」
コウは挑発めいた言葉を向け、手にした頭部を揺らして遊ぶ。
そして、それを胸元の高さまで上げたと思えば。
「なァ!?」
コウは言葉を言い切ると同時に、持っていた遺体の頭部を投げ放った。
「避けろ、二人共!」
「わわっ!?」
「きゃ!?」
隣にいた沙姫と沙夜先輩と押し、豪速で飛来してくる頭部を回避する。
その速さはさながら、大砲から発射された弾丸。当たれば骨折は免れないだろう。
投げられた頭部は壁に直撃し、嫌に耳に残るトマトが潰れたような音。真っ白だった壁には、赤黒い血糊の花火が描かれた。
「てめぇ……!」
「ハッ! そうそう、そういう顔だ! さっきの雑魚みてェに――――」
小さく笑みを見せていたコウの動きが、止まる。止まった。
ぴたりと、テレビで一時停止をしたかのように。
そして、数秒経って。コウの表情は段々と苦悶を孕むものへと変わっていく
「ぐ、づ……頭が、割れるよう、に、痛ェ……!」
コウは頭痛から額を押さえ、眉間に皺を寄せる。目眩も起きているのか足取りも覚束ず、禁器を杖がわりにして何とか立てている状態。
敵が急に苦しみだした事に、沙姫と沙夜先輩は驚きと戸惑いを見せる。
さっきまでピンピンしていた奴が、前触れもなく苦しみ始めたんだ。状況と理由が解らなければそうもなる。
だが、俺とエドは状況も理由も理解していた。湧き出る感情が高揚し、体の温度が上昇し、下火だった空気を一掃し。なによりも戦意が、奮い立つ。
訪れた好機に。そして、ついに見えた、この戦いの終焉に。
「匕、あのコウの苦しみよう……まさか」
「あぁ、ようやく来た……!」
先見えぬ戦いの中に差し込んだ、微かな光明。生か死か。行き着く先がどのような形かは解らない。
けれど、砂粒ほどだった可能性は確実に大きなものとなって。
希望を掴み取るかのように、俺は無意識に拳を固く握っていた。




