表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
No Title  作者: ころく
76/85

No.74 追い込み

「チ、ィ……なんだ、この頭痛はァ、よ……!」


 募る不愉快、痛む不具合、不調からの不機嫌。

 手を額にやり、指の間からは苦悶に歪む顔が覗き見える。


「ね、姉さん、なんか急に苦しみだしたけど」

「もしかして、明星君が……元に戻ろうとしている?」

「そうだよきっと! 明星先輩が元に戻ろうって頑張ってるんだよ!」


 先輩を助けられるかもしれない。そんな可能性が見えた事に、表情を明るくさせる沙姫。

 それに釣られるように、沙夜先輩も希望を見出す。


「……ッハ」


 笑い。小馬鹿にしたような、一言だけの笑い。


「甘ェなァ、甘ェ甘ェ……胸焼けしちまうぐれェ甘くてゲロ吐いちまいそうだッ!」


 充満する甘ったるい匂いに吐き気を催すように。

 コウは左手で首元を掻きむしり、不快感を隠さず、不愉快だと体現する。


「元に戻るだァ? 元に人格が頑張ってるだァあ? ンな甘ェ事ある訳ねェだろうが! 埋め込まれた人格と元の人格、その二つが混ざり合った結果が今の人格オレなんだからよ!」


 ケッ、と。二人にせせら笑いを投げたと思えば。

 甘ったるくて、都合が良くて、馬鹿馬鹿しい。くだらない理想論に嫌悪感を隠せず。

 苛立ちが混ざったコウの大声が、廊下に響く。


「二つの人格を分けて元に戻すのがどんだけ無理な事かってェのは……テメェは理解してんだろ? なァ、咲月ィ!?」

「……ッ!」

「絵の具を溶かした水を綺麗に出来ねェのと同じだ! 一度汚れちまった水はそのまま使うか捨てるしかねェ!」


 両腕を大きく広げ、今この体を支配しているのは黒い絵の具に染まった水なんだと。

 治まらない頭痛がさらに不快感を煽り、それを吐き出すように強張った顔をこちらに向けて。 


「俺がテメェ等を殺すか! テメェ等が俺を殺すか! その二つしかねェんだよ!」


 俺か、お前か。結果は一つだけ。どちらかの死という結果しか存在しない。

 コウはそう言い放ち、衰えない殺気を鋭く放つ。


「……だから」

「あン?」


 それを受け止め、逃げず。否定せず。

 真っ直ぐと目を向け、睨み返し、否定しない。俺は否定しない。


「だから、なんだ?」


 そして、肯定もしない。してなるものか。

 先輩を助ける事を否定されて、それを認める訳が無い。かと言って、誰かが死んで迎える未来を求めてもいない。

 俺が望んでいるのは、奴が笑って馬鹿にする都合が良くて甘っちょろい戯言。


「俺は殺されるつもりも、先輩を殺すつもりもない。物を壊すしか能が無い脳みそで勝手に決めるんじゃねぇよ」

「言ってくれるじゃねェか……!」


 挑発が混ざって投げられた言葉に、コウは米噛みの血管を太くさせて。

 猫背のような前傾姿勢になり、禁器を握る手の力が強くさせる。


「沙夜先輩、沙姫。頼みがある」

「頼み?」

「まさか、ここから逃げろって言わないですよね!?」

「……時間がない。聞いてくれ」


 隣にいる沙夜先輩と沙姫に、奴に聞かれないよう声を抑えて話し掛ける。

 光明が見えた今、奴を倒す為にはさらに追い込む立ち回りが重要だ。

 俺の狙いが上手くいくようにするには、もっと“削る”必要がある。


「なァにコソコソ話してやがンだァ? あァ!?」

「匕、来るぞ!」


 自分を無視して話をする俺達に腹を立て、禁器で空を切り裂くコウ。

 膝を曲げて駛走しそうを開始する事前動作を見せ、エドが銃を構えて臨戦態勢を取る。


「二人共、行ってくれ!」

「行くわよ、沙姫!」

「うん!」


 コウに背を向け、沙夜先輩と沙姫は逆方向へと走って行く。

 そして俺は、二人を追わせなくする為に猛獣へと立ち向かう。


「ッハ! 格好付けて女共を逃がしたか? それとも愛想尽かされて逃げられたかァ?」


 冗談と、挑発と、皮肉と。

 共通するのは腹立たしさから馬鹿にする意味合いが含まれている事。

 コウは右手に持ちながら禁器を脇下に挟み、開いた口から犬歯を光らせて突っ込んでくる。


「エド、援護頼むぞ!」

「あぁ! お前も上手く立ち回ってくれよ!」


 エドは銃を構えたまま後ろへ下がり、近付いてくるコウと距離を取る。

 対して俺は、大きく息を吐き出して意識を集中させる。

 相手の調子が悪くなり始めたとは言え、禁器に当たれば終わり。油断も出来なければ余裕もありゃしない。


「どこに逃げようが全員ブッ壊すけどなァ!」


 コウがダッシュで接近し、禁器の攻撃範囲内に入る寸前。

 禁器を強く握り直したのが見えたと思えば、走った勢いのまま背中を向けた。


「ッ、こいつ!」


 背中を見せるという予想外の行動。

 しかし、奴が獲物を前に逃げるなんて真似をする筈が無いのは解りきっている。

 なら、次にとるであろう行動は。攻撃は。


「ドラァァァァァ!」

「くっ!」


 右回りで回転し、その勢いを乗せての薙ぎ払い。

 それを地を這うくらいに身を低くして躱すと、横一線に振り払われた禁器は両側の壁を巻き込み、細かい破片が宙に舞う。


「この……猪みたいに!」

「ッかわらずウザってェ!」


 火薬が破裂する音が響き、エドによる銃撃が禁器に当たる。

 弾が当たった衝撃で揺さぶられるコウの体。嫌なタイミングで横槍を入れてくる事に苛立ちを隠せないでいる。


「せっ!」

「ぶふッ!?」


 掌底による、アッパーに似たかち上げ。

 低くしていた態勢から、膝のバネを全力で使っての一撃が顎を捉える。

 奴はしぼみかけた風船みたいな声を漏らし、額は強制的に天井を仰ぐ。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 先程の沙夜先輩と沙姫の真似をして、という訳では無いが。

 回転した際に軸足から聞こえる、キュッ、という床と靴底による摩擦音。目一杯の力と回転を加え、奴の腹を狙って放つは中段後ろ回し蹴り。

 利き足のかかとを当てるのではなく、足の裏全体を使って押し込む、ルチャのソバットに近い蹴り。

 無防備だった腹部にクリーンヒットし、コウはすぐ後ろの壁に張り付くように背中を打ち付けた。


「はっ、ふっ、ふぅ……」


 下手に追い打ちは掛けず、息を整えながら距離を取る。

 今は回復して満足に動けるようになったが、それでもここまで戦ってきたダメージや疲労が完全に消えたわけじゃ無い。

 体の中には確実に疲労が蓄積されて、体中の怪我も残っている。限界がきやすくなっている事を忘れちゃならない。


「ッチィ、どいつもこいつも……この頭痛もよォ、ットにザッてェなァ! クソが!」


 今喰らった攻撃よりも、その痛みよりも。

 邪魔をしてくる奴への苛立ちや、しぶとく戦い長らえる俺への腹立たしさ。一向に治まらない頭痛への不快さ。

 体に起きる不具合に、コウは鬱陶しいと悪感情だけを露にする。


「あァ痛ェ! 頭がよォ、クソッタレなほど痛ェ! 痺れてンのか揺れてンのか暴れてンのか解らねェぐれぇ痛ェ!! けどそれ以上によォ!」


 どんどんと増していく不快感と、体を侵していく不具合。

 誰でもなく、どこにでもなく。声を荒げて怒りを撒き散らして。


「テメェ等がムカついてしょうがねェんだよッ!」


 コウは禁器をがむしゃらに振り回す。気に食わない事に対して駄々をこねる子供みたく。

 壁が抉られ、床を堀り、天井を崩し、窓を割って。理性を失い、暴走した車のように周辺にある物という物を破壊しまくる。

 激しい頭痛から理性が半分失いかけ、元々皆無に近かった冷静さはさらに無くなり。動きは今まで以上に乱雑で大雑把な動きだが、禁器の破壊力も上がっている。


「匕! 奴の動きが厄介だ! この広さじゃあ援護は難しい!」

「デタラメに振りましまくりやがって……! 俺達も下がるぞ!」


 廊下だと幅が狭く、俺の後方に居るのもあって、援護をしているエドの射撃範囲には限りがある。

 コウとエドの射線上に俺が重なってしまえば、援護射撃をしようにも出来なくなってしまう。

 奴の動作が大きくても、次に起こす行動が不規則で先を読めやしない。


「テメェ等も逃げるってのか、あァ!?」


 この場を離れようとしていたのにコウが気付き、それを合図に俺達は走り出す。

 しかし当然ながら、コウが俺達を追ってこない訳が無く。


「さすがに気付かれるか!」

「開けた場所なら俺も存分に援護できる! もう一度外に……」


 背を向けての全力疾走。

 今のままでは状況が悪いと外を目指すが、俺とエドも万全からは程遠い体調。

 何より後方を警戒しながらでは、そう速く走る事が出来ない。


「ッ! 匕、身を低くしろ!」


 先に気付いたのはエドだった。

 言われて俺も後ろへと視線をやると、目に映ったのは禁器を大きく振りかぶったコウの姿。

 次に襲ってくるであろう危険を察し、直ぐさま体を伏せる。


「行かせるか、よッ!」


 禁器を振るって思い切り打ち込むは、床に転がっていたある物。それは俺がコウから逃れるために使った空の消化器だった。

 禁器で殴られた消化器は複数にバラけ、ポップコーンのように弾け飛ぶ鉄の破片は壁や天井に突き刺さってめり込む。


「苦しんでる割にはまだ元気だな、あの野郎は!」

「くっ、物を破壊して散弾まがいの事をするとは……!」


 エドは四方に突き刺さった鉄片を見やり、頬から冷や汗が伝う。

 ゴルフショットに似た打ち方だったせいか、消化器の破片は角度が付いて飛散した。

 そのお陰で身を低くしただけで上手く躱せて、一つも当たらずに済んだのは幸運だった。


「どうせ死ぬのァ変わンねェんだ! 無駄な事すンじゃねェよ!」


 床に散らばったガラスが踏み砕かれる小気味良い音をさせて。

 コウは顔色が悪くも言葉は変わらず。殺気を垂れ流しながら廊下を疾走する。


「誰が死んで……堪るか!」


 伏せていた姿勢から体育座りのような体勢になり、目の前にあった物を全力で押し蹴る。

 蹴られて床を滑走するは教室のドア。コウが盾代わりに使い捨て、転がっていたもの。


「ハッ! みみっちい攻撃だ、なッ!」


 コウは足元に滑り転がってくるドアに渇いた笑いを向けた直後、ジャンプして難無く回避された。

 が、こんなのが当たるとも思っていない。元からこっちの狙いは“回避させる事”だ。


「空中じゃあまともに動けないだろ?」

「――チィ!」


 こちらの狙いに気付き、忌々しげに舌を打つコウ。

 俺の後方で銃を構えていたエドが、利き手の人差し指に力を入れる。

 連続で鳴る筒音と同時に目に映らぬ高速の銃弾が奴を襲う。


「ぐっ、ぎ……!」


 空中で身動きを取れないコウに、容赦無く浴びせる銃撃。

 コウは両手を交差させて顔面への負傷を防ごうとするが、それは無意味だという事を数秒後に知る。

 弾数にして十発。連続射撃で打ち抜くは奴の脚。

 特殊仕様のゴム弾が右と左。一発も外す事無く両足に五発ずつ全弾命中させる。


「クソッタレ、足だけ狙いやがって……!」


 なんとか倒れずに着地するも、片手と片膝を床に突くコウ。

 奥歯を軋ませ、両足の痛みに耐えながら睨みつけてくる。


「逃げたから攻めないって訳じゃねぇぞ!」

「ッハ! こっちも動けねェ訳じゃねェんだよッ!」


 奴の動きが固まった今が狙い時だと一気に走り寄る。

 が、俺の行動を見透かしていたと言いたげに。右手に持つ禁器を振り上げるも。

 ――――ダダン。


「テッ、めェ!」


 さらにそれを見通していたエドが、弾倉に残っていた二発で禁器を弾いた。


「ふっ!」

「が、っか……」


 そこへ思い切りブチ込む膝蹴り。

 助走を付けた一撃は的確に奴の顎を捉え、コウは背中を仰け反らせて天井を見上げる。

 そして、透かさず奴の襟首を両手で掴み。


「だぁぁぁらあっ!」


 力任せに思いっ切り投げ飛ばした。

 抵抗する間もなく身を投げられたコウは、教室の中へと突っ込んでいく。

 落ちる際に机や椅子を巻き込み、教室内から物が倒れてぶつかる騒々しい音が聞こえてきた。


「のヤロウ、やりやがっ……」

「今だっ!」


 コウが起き上がる時間すら与えず。

 上半身を起こしかけた所で大声をあげるは、作戦開始の合図。


「なン――――!」


 右と左。コウの両側面から。俺の声と同時に飛び掛かる二つの影。

 完全に意表を突いたタイミングで、網に掛かった凶獣を襲う。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ