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No Title  作者: ころく
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No.68 破壊の可不可

「口だけではナンとでも言えんぜぇ! まずはその手足で示さねぇとなぁ!」

「見せてやるさ! 人様の身体を借りねぇと憎まれ口を叩けないお前と違ってな!」

「言ってくれンじゃねぇか!」


 ドン――――ッ!

 まるで足裏に起爆剤でも仕込んでいたかのような。

 驚異の瞬発力から見せる疾走は、捕食者が餌を追うが如く。


「おぉ……」


 コウは一気に距離を詰め、棍を片手から両手に持ち替える。

 そして、右足を強く踏み込み、上半身を大きく捻り。


「らァァッ!」

「ば……ッ」

 

 野球バットよろしく、禁器をフルスイング。

 ブォン、と野太い風切り音が、目の前の視界を掠った。


「っかみてぇに突っ込んできやがって……!」


 上半身を後ろに仰け反らせながらの、バックステップ。

 反撃して下さいと言わんばかりの大振り。当然、無用心に晒される背中。

 学習能力が無い所は相変わらず、晒した隙には遠慮無く突かせてもらう……!


「なんて、いかねぇんだよな……あのリーチはよ」


 さっきまでの無手の状態だったなら、手痛い反撃を与える事が出来た。

 しかし、棍によって奴のリーチが数倍に拡大している。加えて、触れればまず即死、または致命傷。

 あの二メートル以上あるリーチを掻い潜って、尚且つ一度も触れず、奴を倒す。

 一瞬の気も抜けない、最高難度の戦い。切迫する死に、恐怖しない訳じゃ無い。


「なぁに逃げてんだぁ? さっきの威勢の良さはどこ行ったよ?」


 ギ、ギ、ギギ、キシ、パキッ……ミシミシミシ。

 大きく軋む音と、何かが小さく弾けるような音。

 躱したコウの攻撃が近くにあった一本の木に当たり、半分以上もの深さまで抉られた幹は。

 自身の重量に耐えられず、その巨体を支える力を失う。


「先輩を助けンだろぉ? だったら逃げちゃあ駄目じゃねぇか」


 けたたましい音を立てて、成木が地響きと共に倒れ落ちた。

 それを背後に奴は、嬉々とした表情で白い歯を見せる。


「禁器を出して自分が有利になった途端にご機嫌か。ガキみたいに単純な野郎だ」


 これが無邪気な子供だったらまだ可愛げがあるが、人を壊し殺すのを愉しむ下衆だと辟易するしかない。

 それも知り合いの身体を使ってとなると、尚更。


「対策を考えてきても、やっぱ厄介なもんは厄介だな……!」


 たったひと振り樹木を薙ぎ倒してしまう、あの威力。これが直撃した姿なんて考えたくもない。

 リスクとリターンがこれだけ見合わない戦い……奴の攻撃を喰らってもいないのに胃が痛くなる。


「はっははッハァ! ラスボスってぇのは簡単に倒せねぇのが決まりだからなぁ!」


 棍の先端を地面に落とし、狂宴の楽しさから歪んだ笑いを浮かべるコウ。

 対して俺は、とうとう出してきた禁器に唾を飲み込む。

 先程までとは比にならない緊張感。空気が重量を含んだような圧迫感。

 迫り来る死という一つの結末に。その可能性に。怯えを感じない人間などいないだろう。


「ケツの穴ぁ閉めて来いよォ? じゃねぇと……」


 木が倒れた際に、コウの足元に転がったベンチ。

 棍をベンチの手すりに引っ掛け、それを片手で軽々と持ち上げる。

 そして、ベンチを上へと放り投げ――。


「おぉらァ!」


 ひと振り。宙に浮かされたベンチは一瞬にして、粉々に壊された。形を、崩された。

 ついさっき樹木を薙ぎ倒した後じゃあインパクトに弱まるが、それでも驚異は伝わる。


「テメェもコイツみてぇにブッ壊されんぜぇ!?」

「くっ……!」


 バラバラに飛散したベンチの破片。

 視界を妨げ、その後ろを追うようにコウが迫る。


「禁器だけでも厄介だってのに!」


 飛来するベンチの破片を避けるべく、横に身を躱しつつ後ろにも下がる。

 ベンチには木材だけじゃなく、金属も使われている。さらに、禁器には紙だろうが木だろうが鉄だろうが、関係無い。

 飛んでくる飛来物には尖った木片もあれば、小さな鉄塊も含んでいる。それは一種の散弾銃と言っても過言じゃない。


「また逃げんのかぁ? あぁん!?」

「お前みたいに突っ込むだけが戦いじゃねぇんだよ!」


 一度でも触れてしまえば即、死に繋がる。

 例え腕で防御してて一命を取り留めれたとしても、防いだ腕は確実に切断されて失血死に至るだろう。

 奴と違って、こちはリスクとリターンが合ってないんだ。慎重にもなる。


「だったらこっちから行ってやるよ! 俺ぁ親切だからなァ!」

「こちらから攻めるにしても……!」


 特攻、突進、突撃。

 守りなど必要ないと。攻撃こそが戦いに於いて、唯一の武器にて無二の防御だと。

 手にした凶器を握り締め、収まらない歪笑は状況が転じた優越感からか。


「オラオラオラァ! どうしたぁ!?」


 型も技術も無い、ただただ乱暴に振り回すだけ。

 右へ薙ぎ、上へ振るい、下に落とし、左へ回す。乱舞とも違い、乱打とも言えず、乱暴に振り回す攻撃。

 周辺への被害なぞ気にもせず。地面を抉り、枝を折り、花壇に穴を空ける。

 禁器だけには触れまいと、距離を取りつつ躱していく。


「さっきからなんだぁ!? 盆踊りでも踊ってんのかぁ!?」

「調子に乗りやがって……!」


 不規則で軌道が読めない上に、俺の三倍はあるリーチ。

 昔から剣道三倍段という言葉があるが、持っている武器が凶悪過ぎて三倍段ってもんじゃない。

 個人としての実力は、技術等を踏まえれば俺に分がある。だが、コウが禁器というアドバンテージを得たのなら、戦力はひっくり返る。

 当たっても駄目、防いでも駄目、触っても駄目。長いリーチの攻撃を完全に躱して接近するしか、方法が無い。

 俺も対抗して長物を用意するという考えもあったが、武器なんて扱った事が無い俺がいきなり使っても、付け焼刃にすらならない。


「知ってンだぜぇ? テメェ、スキルが目覚めたンだろ?」

「……テイルから聞いていたか」

「使ってこいよ! そうすりゃ、幾らか勝率が上がるかもしんねぇぜぇ!?」

「切り札には使い時ってのがあるんだよ……!」

「勿体振って気付いたら死んでました、つったら最高ォの笑いぐさだなァ!」

「ラスボスが早々に切り札を使って負けるってのも、腹がよじれる展開だと思ぇか?」

「ハッハァ! 言うねぇ! じゃあよォ……」


 コウは首元へ左手を当て、こき、こきん。

 小気味の良い音で首の関節を鳴らしてから、だらんと肩を落とし。


「どっちが笑えるか確かめようじゃねぇか!」


 緩から急。脱力した状態から、一気に全力へ。

 再度、突進。毎度、突進。今度も、突進。

 禁器を振り回す悪鬼は、台風の如く周囲を破壊していく。


「いつまで逃げ回んだぁ!? そんなんじゃあ夜が明けちまうぜェ!」


 木に当て、地に当て、壁に当て。辺りの景色はどんどんと形を変えられていく。

 奴の攻撃を回避しながら、頭を働かせる。どこかに攻勢に出れるチャンスは無いか。状況を好転させる一手が無いか。

 そう頭を巡らせていると、転機がやってきた。


「――ッ! ここで……!」 


 がくん、と。崩れる体勢。足元を見ると、不自然に空いていた穴。

 コウの禁器によって作られた地面の窪みに、片足を取られて地面に手を付いてしまった。

 急いで立ち上がろうとするも、そんな時間も猶予も無く。

 白髪の破壊者が、待ちに待ったとばかりに口元を三日月型にして。訪れた転機に嬉々を隠さず。


「避けるも防ぐも好きにしていいぜェ!」

「くっ!」

「出来るモンならなぁぁぁぁ!」


 棍を両手持ちに変え、力一杯握り。頭、腕、胸、脚、当たるならどこでもいいと。

 コウの目は殺気で光り、俺だけを視界に捉えて離すまいと。

 そして俺は、その視界から獲物を遮ってやろうと。


「ちっ……!」


 足元に落ちていたバケツを、コウに向かって投げた。

 俺だけを見ていて狭くなった視界に、突如現れた異物。コウの顔に表れる、一瞬の戸惑い。

 ……が、あくまでも一瞬。


「ッハァ!」


 コウは二从にじゅう人格の実験によって身体能力も向上されている。ならば当然、反射神経も例外でなく。

 奴にとっては明らかに意識外からの投擲物だったのに、驚異の身体能力と反射神経で難無くバケツを躱した。


「悪あがきにすらぁなァ!?」

「避けてくれてありがとよ!」

「あぁ!?」


 こんな僅かな隙じゃ体勢を整える事など出来やしない。

 しかし、こちらもそれだけじゃない。奴に壊されて転がっていた花壇のレンガを、間を空けずに投げ飛ばす。


「まだゴミ……!」

「これでっ!」


 バケツを躱し、もう何もないと思っていたか。二発目のレンガを、コウは禁器を上に払って弾き壊した。

 驚異であった禁器をレンガ破壊に使った事で、俺への攻撃動作が遅れる。

 この間に崩れた体勢を整え――――いや、攻める。攻勢に出て、奴から上手く禁器を手放させる事が出来れば、一気に状況は好転する。

 動く時は慎重に、そして、意表を突けるタイミングで……。


「大胆に、だッ!」


 陸上のクラウチングスタートに似た要領で。躓いた溝が、今ではスターティングブロックの代わりに足を強く踏ん張る。

 奴が俺の目前に居たのなら、俺も奴の目前に居るという事。距離を詰めるのは一瞬。


「テメェがこれだけで終わるたぁ思ってねぇよ」

「――――ッ!」


 奴の懐に入ろうと一歩前に出て、目に映ったコウの顔は。

 冷たい微笑を浮かばせ、冷たい目を向けて。上に振るった禁器を、そのまま。自ら向かってくる獲物へ、このまま。

 重力が働く方向に、その手の力を向けるだけ。その手の凶器を、落とすだけ。

 奴がレンガを上へと弾き飛ばしたのは、続けて禁器による攻撃を行う為の布石。

 禁器を上に振りかぶったついでに、レンガを弾き壊したのだと。


「腕ェ一本は覚悟しとけよォ!?」


 ここまで来たなら、変えられない。これから起こる結果は、変えられない。

 俺に、コウの攻撃を防ぐ術は無い。無傷で受けきる方法も――――無い。

 そして、奴は。俺の目を見て、コウは。


「テメェ……」


 言い切った瞬間に気付いたか。愉悦に浸っていた目の色が、疑問を孕んだ目になった。

 理由は、俺。奴の攻撃が今まさに降ってくると言うのに、防ごうとする素振りが無い俺に、違和感を感じたのだろう。

 人は危険が迫れば身を退く。怪我すると知れば防ごうとする。なのに、俺は一切の退避も躊躇も見せず、攻めを試みている。

 奴の目を見て、微かに唇の片端を上げ。


「モノは壊せても、衝撃は壊せないだろ?」


 そう言って俺は、さらに一歩踏み出した。




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