No.69 攻防拮抗
ガキン――――ッ!
鉄がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、不可視の何かに弾かれる禁器。
「い、ッてェ!」
コウは目を細め、痛みが走った己の右手を見る。しかし、そこには何も無い。あるのは痛みだけ。
そして、今度こそ作り出された、大きな隙。
俺の頭上で振りかぶっていた禁器は、大きく明後日の方向へと向きを変えた。変えさせられた。
変えて、やった。
「う――――」
気合を丹田に溜め、気迫は拳に込めて。
危険を冒してまで作った、この状況。この好機。
地面を強く踏み締め、大きく吸った空気を吐き出し、覚悟を胸に秘めて。
「――――おおぉぉぉぉああぁぁぁぁぁぁっ!!」
腹から出される咆哮。
凶敵との形勢が、遂に逆転する。
「が、っふァ!」
低い体勢から両手を突き出し、コウの腹部へ双掌が深くめり込む。
渾身の一撃。牽制技とは違い、相手にダメージを与える事を重点とした攻撃。
コウの口からは苦悶の声と同時に、唾の飛沫を散らせる。
そして、当然。このまま、この隙、この好機。これで終わらせる訳が無い。
「だぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁっ!」
乱打、乱撃、乱舞。
裏拳、打ち上げ手刀、下段前蹴り、平手打ち、爪先蹴り、左鈎突き、肘打ち、鉄槌打ち、直突き、逆蹴り。
息つく間も無く、一息が保つ限り。攻撃の手を緩めず、反撃を許さず。全身を使っての追撃に次ぐ追撃。
右肩、米噛み、向こう脛、左頬、鳩尾、脇腹、顎、右二の腕、右前腕、左膝。
絶え間無い連撃が、コウへ容赦無く襲う。無呼吸運動による連続攻撃。
高速の連打を繰り出し、相手の体力を削りダメージを蓄積させていく。
だが当然、限界はある。酸素供給を断っていれば、必ず解れは生まれる。
「ク……ソがぁッ!」
身体をよろめかえながら、大きく振り払われる棍。
速さも勢いも無く、苦し紛れの抵抗なのは分かりきっている。
バックステップで容易に躱せた。
「っち、本当に打たれ強ぇ!」
体から酸素が無くなっていけば当然、体の動きは鈍っていく。
そこから生じた僅かな間が、奴に抵抗する隙を与えてしまった。
「はぁ、はっ! はぁ! はぁ!」
ラッシュをかけた反動。
コウもまだ足元をふらつかせているが、攻めるにしても息が続かない。
攻防の切り替えは慎重に、的確に。今は次に備え、身体に酸素を送るのが優先だ。
「……ペッ」
コウはこっちに睨みを利かせながら、血の混じった唾を吐いた。
そして、ゆっくりと自身を一瞥していく。
コウの目に入ったのは、まだ痛む腕に付けられた痣と、禁器に残る何かが擦れてついた黒いススのような汚れ。
「なるほどな……忘れちまってた。相手はテメェ一人じゃねぇんだった」
コウは左手の甲で口元を拭い、にたりと一笑。
一連の原因を理解し、静かに怒りを溜める。
「校舎で囲まれた中庭じゃあ、場所は限られるからなァ……あそこか」
辺りを軽く見回して、次に向けた視線の先は……第二校舎の屋上。
そして、落下防止用フェンスを背に立っている一人の男。
禁器を弾いた原因を見上げ、眉間に皺を集めていく。
「女ァ逃がしたついでに陣地取りか。イラつく事してくれんぜ」
屋上に居たのは沙姫と沙夜先輩を連れ、ここから離れていた筈のエドだった。
微風に金色の髪を揺らし、拳銃を構えながら。敵対する白髪鬼を見下ろす。
さっきのコウの攻撃を弾いたのは、言うまでもなくエドによる銃撃。俺は読感術でエドの気配を感じ取り、戻ってきたのに気付く事が出来た。
「だがよォ……そんなンでいい気ィなってんじゃあねぇぞ! あァ!?」
しかし、関係無い。変わらない。やる事は一つだけだと。
コウは苛立ちを言葉として吐き出し、噴火しそうな怒りを右手に込めて走り出す。
屋上のエドは無視して、狙いは変更せずに身近な俺のまま。
「匕、ここから援護する! 禁器は任せろ!」
屋上から聞こえてくるエドの声。
俺には禁器への対処法は無い。だから、俺はエドの腕前を信じて攻めに出る。
まさか、エドに対して“信じる”なんて言葉を使うとはな。
「だァらぁぁァァ!」
両手持ちされた棍を、薙ぎ払おうとするコウ。
が、しかし。先程と同様。
頭上から聞こえてきた轟音が響くと同時に、禁器の矛先が急変させられる。
「ちィ!」
銃撃によって禁器は向きを変え、弾かれた衝撃でコウは身体を揺らす。
言ってしまえば、全力投球しようとした腕を、いきなり横から叩かれるようなもの。
突っ込んできた勢いが速ければ速い程、側面からの攻撃に弱い。軽く押しただけでも簡単にバランスを崩せる。
「であぁぁ!」
右手による掌打を奴の右肩に当て、さらに身体をよろけさせる。
禁器が弾かれた際に伸びたその右腕に、両手による連撃を加える。
人差し指と中指の第一関節だけ折らずに作った拳で貫くは、奴の二の腕。
振幅は短くも、局所的な鋭い攻撃。面より点。相手が打たれ強いなら、部分々々から削いでいくだけだ。
「い、ってェな……クソがッ!」
コウは攻撃を受けても倒れず、右足を踏ん張らせて悪態をつき。
苛立ちから強く握られた禁器を再度振るう……が。
――――ダダンッ。
「ッ、また……!」
そして、やはり。光源が僅かな月明かりしか無い、この暗闇が広がる中庭で。
エドの正確無比な射撃は決して外さず、見事に禁器を捉えて弾いていく。
スキルの肉体強化によって視力が向上してるとは言え、確実に目標に弾を当てる技術の高さ。
アイツの強さはスキル以上にこの狙撃力なんだと、改めて感服させられる。
「頼もしいねぇ、全く!」
再び隙だらけになったコウに、続けて攻撃を繰り出す。
次は右肩を重点的に狙い、さっきと同様に二本の指には肉にめり込む感触。
攻撃が突き刺さると、コウの口からは短く掠れた声が漏れた。
「匕、一度離れろ!」
「はいよっ!」
エドに返事をして、奴の腹を足裏で押し蹴る。
蹴られたコウは靴底を地面で摩擦させ、数メートル後ろへと離れていく。
そして、俺も用心して後ろに下がって距離を取る。
まだ攻める余裕はあったが、銃に装填できる弾は数が決まっている。俺には禁器を対処する術が無い以上、エドに頼るしかない。
リロードしている間は禁器を弾く事は出来ない為、その間は距離を置いて時間を稼ぐ。
「ってェ……」
頭は途切れ、小さく、呟くように。
コウは垂らしていた頭を上げる。
「ットにウザってェ……!」
コウの額には血管を浮かび上がり、軋む音がする程に奥歯を噛み締め。
頭に昇った血を沸騰し、見せる表情は猛獣のそれ。
理性など邪魔なだけだと。必用なのは獲物を喰い千切る、猛禽な野生だと。
「何度も、何度も、何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もよォ!」
一歩、踏み出し。二歩、踏み出す。
擦り合わせていた奥歯を離し、熱帯びた吐息を大きく外に出して。
「いいぜェ……あァ、いいよ。何度も邪魔ァすんならよ、してこいよ。してみろよ……なァ!?」
理性を捨て、野生を解き放った獣には。
防御など考えず、怪我など関係無く。空腹を満たす肉を、唾付けた獲物へ思いのままに齧り付き、唯々貪り喰いたいと。
捕食者は獲物へと一直線に、その足を駆け出す。
「そんなンで俺を止められると思ってんならよォォォォッ!」
「エドッ!」
「リロードは済んでる! そのまま行けっ!」
奴が冷静さを失ったのなら、むしろ好都合。
視野も思考も狭くなれば、さらに付け入る隙が作りやすくなる。
奴が禁器を持っている以上、こっちが有利という状況は望めないが、それでも幾らかは戦い易くはなる……!
「テメェを攻撃する時に邪魔ぁされるッてんならなァ! してみろやァ!」
迫り来るコウに、俺は真っ向から迎え討つ。狙うは奴の利き腕である右腕、または右肩。
ダメージを蓄積させていけば、必ず限界が来る。利き腕を使えなくすれば、確実に今よりは禁器の扱いは拙くなる筈だ……!
振るわれる、禁器。頭上から響いてくる、銃声。一秒も掛からず、コウの禁器は弾かれて無防備な状態を晒されるだろう。
このまま構え、一歩前に踏み出そうと。両手に力を込めて、意識を集中させる。
「喰ら――――」
――――ぞく、ん。
寒気。悪寒。予感。小さな震えが全身に、一瞬走る。
背中に駆ける冷たい感覚。後頭部から頭上へと毛が逆立つような錯覚。全身で何かを訴えてくる五感。
読感術で読み取った奴の雰囲気から、僅かに感じた違和感から。
俺は無意識に、踏み込もうとしていた足を留まらせ。後ろへと身体を退いていた。
「その衝撃ごとぶっ壊しゃあいいんだろォ!?」
ガキン、と。そう、確かに聞こえた。
エドのが放った銃撃が、禁器に当たった音を確かに耳にした。
しかし、けれど、なのに、どうして。奴が振るう禁器は方向を変えず、勢いは止まらず。
「――――あ」
赤黒い鉄の棒が、まるでスローモーションのように。
禁器が迫り、死が迫る。目前へと飛んでくる、死を具現した凶器。
人は死を覚悟した時に、走馬灯を見ると言われる。様々な思い出と、色々な記憶が、脳裏に浮かんでは過ぎ去っていく。
なら、つまり、まだ見えていない俺は――――。
「っぶねぇ!」
地面に転がり倒れ、紙一重で禁器を躱せた。
五月蝿く鳴る心臓の音と、首の後ろ辺りが強く脈打っている感覚。額からはドッと冷や汗が流れる。
コウに攻撃を仕掛けようとした刹那、何か嫌な予感がして身を下げたのが、命の糸を繋ぐ結果になった。
「匕、避けろッ!」
「……え?」
一命を取り留めて安堵する間も、身体を起こす時間も無く。
エドの声に反応して顔を上げると、そこには右足を思いっ切り振りかぶるコウがいた。
「が、っ!」
意識を外してしまった、その一瞬。
禁器を振った勢いをそのまま利用した蹴りが、爪先が。
容赦無く、俺の腹部へとめり込む。
「いっぺん死んでこいやァ!」
「っぶ、ふ……ぅ!」
身体を“く”の字にさせられ、蹴られたままに吹っ飛ばされる。
ぐるんと回り、ぐにゃりと歪む視界。地面を勢い良く転がり、コウが薙ぎ倒した木に背中をぶつけて。
転がるのが止まり、服は土で汚れ、四つん這いでなんとか身体を起こすも。
「うっぶ、おぐ、おぇぇぇぇ……」
奴の蹴りによって胃が押し潰され、行き場を失った内容物は喉を迫り上がり。
我慢しようにも意識は腹部の激痛に持って行かれ、押し止める事も出来ずに吐き出してしまう。
黄色味が掛った吐冩物で汚れていく地面。口の中には粘り気が残り、酸っぱさと苦さが混ざる不快感が広がる。
「足ィもいでカカシにしてやらァ!」
悶絶する間すら与えないと。コウは蹴り出した足を踏み出し、そのまま走り出す。
「匕っ!」
「チィ……!」
まだまともに動けない俺を追撃させまいと、コウの足元に撃ち込まれる銃弾。
コウもそれを警戒して速度を落とすも、その足を止めようとはしない。
直線で近付けてはいないが、細かく縦横に動き回りながら、じわじわと距離を詰めてくる。
「く、っそ……」
一向に治まらない激痛。歪んだ視界。口に残る不快感。それでも鞭打って、身体を何とか起こして立ち上がる。
禁器じゃなくても、一発喰らっただけでこのダメージ。攻勢だったのがたったの一発で状況逆転する、余りの理不尽に文句を言いたくなる。
立ち上がったはいいが、まともに動けるようになるにはまだ時間が掛かる。
エドが時間を稼いでいる間に、少しでも回復させなければ……。
「ったりィなァ……せっかくイイ所だったってェのに」
俺が立ち上がったの見て、苛立ちを表すコウ。
足を止め、肩に禁器を乗せる。二、三回、軽く遊ばせて。
「だがよォ……」
苛立ちを見せたかと思えば、表情は転じて。
この時と待っていた。そう言うように、唇の片端を吊り上げた。
「そろそろだよなァ? 弾ァ切れンのァよォ!」
「……ッ! アイツ、妙に動き回ると思ったら……!」
屋上で構えるエドに、含み笑いを投げて。
頭に血が上ったと見せて、その内は獲物を狩り取る手段を考えていた。
「もう遅ェよ!」
「匕っ! 動けるかっ!?」
「動くしかねぇんだろ……!」
口に残る酸っぱい粘膜を唾と一緒に吐き出し、口を拭う。
疾走を始めたコウへ、エドが少しでも銃撃で牽制する。
が、銃撃の雨が三発降ってきた所で、上空からの発砲音が止まってしまう。
「はっははァ!」
狙い通り、作戦通り、読み通り。
コウは堪えられなくなった笑みを零し、鋭い眼光を放って獲物を見定め。握った禁器を振り上げて、袈裟斬りに似た構え。
俺は身構え、襲かかってくる凶敵に備える。まだダメージは回復してなく、足は満足に力が入らない。
機動力が無い状態で逃げてもすぐ追い付かれる。なら、向かってきた所を紙一重で躱すしか手が無い。
奴の動作の大きい攻撃を避ければ、大きい隙も生まれる。その間に奴から離れ、なんとか凌げばエドもリロードが済んでいる筈……!
「だらぁ!」
大振りの一閃。上から真下へ、俺の頭上へと落とされる。
「っふ、ぅ……!」
激痛に耐え、横に飛んでの回避。代わりに背後に倒れていた木が、易々と、真っ二つに、両断された。
前髪を掠って危なげながらも、なんとか直撃を避ける事が出来た。
だが、まだ続く腹の痛みで動きが少し鈍くなっている。二撃目が来る前に可能な限り離れなければ。
と、そこで。ここで。異変を目にした。ずっと見ていたから、目で追っていたから。次撃に備え、その動きから目を離していなかったから。
だから、すぐに気付いた。散々注意して、常時警戒していた。
奴は。それを。禁器を――――。
「なっ……!?」
――――その手から、離していた。
「っはァ!」
がしり、と。電柱並の太さがある木を両手で掴み。
にやり、と。今から起こす行動に唇を歪ませて。
ぐるん、と。その掴んだ樹木をぶっきらぼうに。
「おぉォォォォ!」
振り回した。
「マ、ッジかよっ!?」
咄嗟に低く身を屈ませて、なんとか避ける。
校舎の壁、窓、水飲み場。枝葉が擦れ、ぶつかり、折れ。
その乱暴が過ぎる行動は、台風の如く周囲を巻き込む。
「ラアァァァァァァアッ!!」
それを、半分に分断されてるとは言え、太さある木を。
数回転して勢いを増し、遠心力を付け、狙いを定め。そして、信じられない事に。
屋上に居るエドへと、それをブン投げた。
「なん……っ!?」
辺り一帯にけたたましい轟音が響き渡る。
ハンマー投げでもしてるかのように。コウが投げた木は、一直線に屋上へと飛ばされて。
校舎の一部は無残に形を変えられた。
「くっ……エドッ!」
校舎の窓が割れ、外装も崩れ、ガラスやコンクリートの破片が降ってくる。
投げられた木は三階の教室と屋上の間に刺さり、巻き上がる土煙。
エドが立っていた場所は、破壊されて足元すら残っていない。
「っとぉ、てめぇの心配をした方がいいぜぇ?」
「ッ、しまっ……」
声の方を向くも、既に遅く。視界が映したのは、眼前に迫る奴の腕。
予想外の行動に気を逸らされ、エドの安否に気を取られ、コウの存在に気が付いた時には。
「そぉうら……」
両手で胸ぐらを掴まれ、重心を落として抗う間も無く。
「よっとっ!」
宙に浮いて、宙を舞って、宙を飛んで。
高速でコウの姿が遠ざかっていくのが見えたと思えば、耳元から音がした。
ドンッ、と。やけに鈍く、重く、響いた音が。
「あ、っが……ぁ!」
そして、ワンテンポ遅れてやってくる痛み。ひと呼吸遅れて働く、痛覚。
さっきの音が背中を強打した音だと知ったのは、地面に倒れ込んでから。
腹と背中。前後からずきずき、ぎちぎちと、内蔵が締め付けられる痛みが走り回る。
「ふ、ぅ……ぐ」
しかし、不幸中の幸いか。
余りの痛みで気絶する事は許されず、お陰で意識は保っていられた。
激痛に耐えて細めた目。狭くなった僅かな視界が、禁器を拾い上げるコウの姿を映す。
「や、っべ、ぇ……立た、な、い……と」
食道に何か詰まっているかのように息がしづらい。目もチカチカするし、耳鳴りも酷く、頭もぐわんぐわんする。
立ち上がろうとするも、腕を使って身体を起こすのが精一杯。それどころか、身体を支えてる腕ですら小さく震えている。
だから立てない、なんて。そんな甘い事を言ってられる状況なんかじゃなく。
「ふっ、ぐ……ううおぉぉぉぉぉ!」
奥歯を強く噛み締め、息苦しかろうが、腹から声を捻り出し。
震える膝を手で押さえながら、痛みなんぞ知ったことかと。ボロボロの身体を、無理矢理にでも立ち上がる。立ち上がらせる。
「っはぁ! はぁ! 終わっ、て……たまるかッ!」
そして、隅が霞む視界は、こっちへと走ってくる白髪を捉えていた。
「――、――――ッ!」
まだ続く耳鳴りのせいで、コウが何を言っているのか聞き取れない。
しかし、危機が迫ってきているのだけは解る。この攻撃を切り抜けなければ、死という結果を迎えるという事だけは。
「俺は、願いを叶えなきゃならないんだ……!」
「――――! ――――ってかァ!?」
接近し、耳鳴りを突き破って入ってくる奴の声。
俺は悲鳴を上げる身体を無視して、生きる事だけを考える。
「まずは一発ゥ!」
右手に持った凶器を、左から右へ。俺の顔を狙っての薙ぎ払い。
それを、身を屈めて躱す。
「ぐぅ!」
「っは、よく避けやがった!」
躱された禁器はすぐ後ろの校舎の壁を抉り、削り。横に長い穴が空けられた。
身体に走る痛みに顔を顰め、頭上を通り過ぎた禁器に冷や汗を流す。
「けどそれじゃあなァ!」
「くっ……!」
「チョコマカ動けねェようカカシにしてやっからよォ!」
姿勢が低くなった俺を攻撃しやすいよう、禁器の持ち方を変え。
コウはゴルフボールを打つが如く、角度を下へと鋭角にし、思いっ切り振りかぶって。
「そォうらァ!」
「当た、るかッ!」
下から上へとフルスイング。震える膝に鞭を打ち、地面を蹴って回避する。
だが、まだ回復していないのに無理したせいで、着地は体から落ちてしまう。
そして、奴が禁器を振った鋭い風切り音がした刹那、岩を削る渇いた音が耳を突いた。
「ぐっ、く……」
身体は言う事を聞かず、上半身を起こすので精一杯。
あれだけの攻撃を受け、回復する間も与えられず。限界が近付くにつれ、死神の足音も大きくなってくる。
そして、実際に聞こえてくるのは死神の足音なんかでは無くて。
禁器に抉り、貫かれ、壊された校舎の壁は。音を立てて崩れ落ち、大きな穴が空けられた。
「はっははっはァ! カカシにするまでもねェな!」
「く、っそ……!」」
「それでも足ィ一本は貰うけどなァ!」
両腕を真上に掲げ、月明かりが照らす禁器は赤黒く光を反射させて。
立とうとしても、構えようとしても、躱そうとしても。全身の動きは鈍く、重く。もはや回避する術も体力もないと悟る。
コウが両手に、力を込めるのを見た俺は。もう他に手は無いと観念して。
今が使うべき時だと、利き腕を後ろに回した。
「手始めに右足から行っ――――」
タァ――――ン。
どこからか響いた、破裂音。
その正体がなんなのか。それは、自身の目に映った結果ですぐ理解した。
意識外からの攻撃と、予想外の方向からによる衝撃。完全に油断していたタイミング。
ガキィン、と。鋭い金属音が耳に入り、奴の手から禁器が――――弾き飛ばされた。
「ッハ! しぶとく生きてやがったかッ!」
コウは俺から目を離し、樹木が突き刺さった校舎へと視線を向ける。
意識が俺から外れた今なら、この隙を逃す手は無い。加えて弾かれた禁器の位置確認と、回収も行うはず。
その間にコウから離れて、少しでも体力を……。
「おっと、そうはいかねぇ」
「な、っ……」
が、コウは屋上を一瞥しただけで済ませ、すぐに対象を元に戻した。
がっしりと俺の首を掴み、そのまま持ち上げ、奴の指が肉にめり込む。
「てめぇは……」
「かっ、はっ!」
「こっちだッ!」
そして、ぶっきらぼうに。崩れ壊れて作られた壁の穴から、校舎内へと投げ飛ばされた。
机や椅子を押しのけて、教室の床を転がり倒れる。
「い、っつ……」
色々と背中にぶつかって痛みはあるが、コウの攻撃をもろに喰らった時より大分マシだ。
だが、蹴られた腹と、強打した背中が熱を持ち始め、ジンジンと痛みがすると同時に熱い。
「はぁ、はぁ……野郎が来る前に、立たねぇと」
全身に巡る鈍痛。軋む骨や関節。悲鳴を上げる肉体。
近くにあった机を支えにして、ふらつきながら立ち上がる。
ジャリ。細かい砂粒を踏んだ足音。風通しが良くなった教室の大穴から、奴が入ってくる。
回収し終えた禁器を肩に乗せ、上機嫌で楽しそうに、心の底から面白そうに。
愉悦に浸って、抑えられない笑いを零し。抑える気がない嗤いを漏らし。思ったまま感じたままの感情を表す。
「ここならウザってぇハジキも届かねェ! 存分に楽しめらぁなァ!」
カチン。小さな音を鳴らしたのは、教室の壁に掛けられた一つの時計。
針は縦線を作り、死闘が開始してからまだ、三十分程しか経っていない事を示す。
同時に、それは、今宵はまだまだ長いのだと。終わりは先なのだと。
そう、無慈悲に告げているようだった。




