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No Title  作者: ころく
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No.59 過去の願望者

8/28




「ってて……肘のところ擦りむいてたのか」


 シャワーを浴び終わって部屋のベッドに座って一息。

 なんか痛むと思ったら、右肘が皮がむけて赤くなっていた。

 恐らく……と言うか十中百九、さっきまでやっていた白羽さんとの組手の時に傷付いたんだろう。

 今日も今日とて、白羽さんに一発も当てる事が出来ず。一体いつになったら当てれるやら。身体はいい感じに仕上がってきてるんだけどなぁ。

 手加減されていてもこれだけの差だ。呆れたり悔しがるよりも感心してしまう。


「しかも、汗すらかいて無いときちゃ笑っちまうよな。妖怪なんかじゃねぇかと疑っちまいそうだわ」


 まぁ俺が攻めまくっても、それを白羽さんが簡単に軽くなす。

 白羽さんは殆んどその場から動かさないで、俺は躱され倒され転ばされ。運動量に大分差がある訳で。

 にしても、真夏日の炎天下で動いているのに汗一つ流さないのは異常じゃなかろうか。

 あれか? 普段から夏でも真っ黒のスーツでホットコーヒーを飲んでるから、暑さに耐性があるのか?


「出会った時からなんか謎めいた人だったけど、相変わらず謎だらけな人だ」


 今も自分の部屋でホットコーヒー飲んでるんだろうな。前に組手の休憩中にも飲んでたし。

 謎めいた人だと言ったけど、分かってる事が一つ。あの人ほど紳士という言葉が合う人はいない。


「午後は予定ないし、保留になってた布団を干すか」


 一昨日と昨日と、沙姫との組手を二日間やって干している暇がなかった。

 午前は白羽さんと組手、午後は沙姫と組手。ちょっとオーバーワークな気がするが、体調管理はちゃんとしている。

 組手前と後のストレッチと軽いマッサージ。食事もしっかり食べて、睡眠もきっちり八時間。

 それに最後のSDCで生き残るには、オーバーワークぐらいが丁度良い。


「空調を切りたくないけど、窓を開けなきゃいけないから仕方な……ん?」


 ベッドから立ち上がって、空調のリモコンを手に取った時だった。

 コンコン、と部屋のドアからノックする音が聞こえてきた。


『咲月君、私だ。少しいいかな?』

「白羽さん? 今開けます」


 廊下から聞こえてきたのは白羽さんの声。

 少し足早で移動して、部屋のドアを開ける。


「やあ。急にすまないね」

「いえ、シャワーも浴び終えて一息ついてた所だったし」

「今日も午後から沙姫君の家に行って組手をするのかい?」

「いや、今日は行かない。向こうが予定があるみたいで」


 一昨日に続いて昨日も組手をしたが、今日は沙姫は友達を買い物に行くと言っていた。

 今頃は駅前でショッピングでもしているんじゃないだろうか。


「そうか。では、午後からの予定はないんだね?」

「えぇ、まぁ。あるとしたら、布団を干そうかと思ってたくらいかな」

「すまないが、今から広間に来てもらいたい。話さなければならない事がある」

「広間に? なんでまた」

「……重要な話だ」


 俺の顔を真っ直ぐ見て、白羽さんを微かに目を細める。

 その様子から、何か不穏な空気が読み取れた。

 予兆、予感と言うのだろうか。心臓の裏側から、ぞわりとヤスリで軽く撫でられるような。


「では行こう」

「……はい」


 何があったのか。何を言われるのか。部屋から出て、無言のまま歩く廊下。

 普段と変わらない様子の白羽さんだが、空気が違う。纏う雰囲気がいつもと異なる。

 それだけでもう嫌な予感しか出来ない。早くも背中に、汗をかき始めてきた。


「エド……深雪さんも」


 広間に来ると、エドは腕を組んで壁に寄り掛かり、深雪さんはソファに座っていた。

 俺の予想をさらに確定へと近付かせるように、その二人の表情も晴れやかなものでは無かった。


「咲月君は深雪君の正面に座ってくれ」

「あぁ」


 白羽さんに促され、言われた通りの位置に座る。

 エドに深雪さん、白羽さん。事務所の人間が全員集まった事になる。

 つまり、それだけ重要な話がある……って事か。


「それで、話ってのは?」


 一通り周りを見てから、こっちから話を切り出した。

 全員が全員、重い空気を纏っている。変に長く前置きされるより、さっさと本題に入るほうがいい。重要な話なら、尚更。

 さっき部屋で白羽さんの様子を見て、どんな話でも聞く覚悟は出来ている。


「私はここ二週間ほど、ある事を調べていたわ」


 話を始めたのは白羽さんではなく、正面に座る深雪さんだった。


「そういえば事務所に居ない時がちょくちょくあったな、深雪さん」

「匕君。その調査で判明した事、その結果を言わせてもらうわ」


 真剣な目。表情は僅かに強張って、眉の間に薄い影。

 一瞬、全ての時間が遅くなったような錯覚。話す深雪さんの口がスローモーションに見えて、聞こえてくる声がワンテンポ遅れてくる。

 そして、俺の脳が聞き入れたのは深雪さんの口が止まってから数秒遅れてからだった。




嗄上さがみりんを生き返らせるのは止めた方がいい」




 その言葉に、ドクンと高く脈打つ心臓。そこから徐々に鼓動も速くなっていく。

 全身が熱湯を浴びたように熱くなったと思えば、次は一気に背筋から寒気がやってくる。 

 わからない。何を言ってるのかわからない。わからない、わからない。暑いのか寒いのか、どうしてそんな事を言うのか。なんでそんな事を言われるのか。

 言ってる意味が、言われてる意味が、わからない。その言葉を受け入れたら、わからない。

 今までしてきた事が。これまで生きてきた事が、わからない、わからなくなってしまう。今までこれまでの全てが、全部が、意味が無くなりわからなくなってしまう。


「何を、言うんだよ。今更そんな……そんな事を言われて、聞き入れる訳ないだろっ!」


 真っ白になりかけた頭で、最初にしたのは拒否だった。

 当然だ。俺は凛を生き返らせる為に今まで頑張ってきた。戦ってきた。生きてきた。

 なのにそれを全部を無駄にする事なんて。これまでの自分を否定するなんて真似、誰が出来ようか。


「でしょうね。匕君がそう反応するのは分かっていたわ。むしろ、当然ね」


 声を荒げる俺に対して、深雪さんは予想していたと表情を変えない。

 そして、隣に置いてあった封筒を取り、中から一枚の写真を取り出した。


「これを見て」


 深雪さんとの間にあるガラステーブルの上に置かれた写真。

 理由も無く、深雪さんがこんな事を言う筈が無いと。この場に白羽さんも居るのなら相応の理由があるのだと。

 俺は頭の熱を下げ、言われるままに写真を見た。


「……誰だ? この人は」


 写っていたのは全く知らない男性。胸元から上が写っていて、証明写真で使われたものだろうか。

 見た感じ、歳は俺と同じくらいか少し上。髪は茶色で、他にこれと言って特徴は無い。


「過去のSDCで願いを叶えた人よ」

「――――ッ!」


 目を離した写真を、もう一度食い入るように見る。

 SDCで願いを叶えた……話を聞くだけじゃ眉唾ものだったのが、確証があるものだと判明した瞬間だった。

 希望が膨らむ反面、比例して不安も大きくなっていく。


「色々と調べていて、少ない手掛かりからようやく見付けたの。何か情報が得られると思って、彼が住む九州へ向かったわ」

「九州……随分と遠くだな」

「けど残念ながら、会って話を聞く事は叶わなった」

「会うのを断られたのか?」

「いいえ」


 深雪さんはひと呼吸置いてから、ひと呼吸して。

 続きの言葉を口にした。


「八年前に死んでいたわ。死因は自殺」

「死……? 自、殺……!?」

「ええ。まさに死人に口無し、ね。本人からは何も情報を聞き出す事は出来なかった」


 自殺という不穏な言葉を耳にして、写真を再度見てしまう。

 さっきも言った通り、写っている男性は俺と同じ位の歳と思われる。その若さで、自殺……。


「ただやはり、過去にSDCに参加して願いを叶えた人が自殺と聞いて、怪しまない筈がない。自殺した彼の周辺を調査したわ」


 深雪さんは話しながら、また封筒に手を入れる。

 そして出されたのは、もう一枚の写真。


「今度は女性……」


 写っていたのは若い女性。

 どこか旅行に行った時のだろうか、キャリーバックを引いてる所をカメラ目線で笑いながらピースしている。


「この女性も、先の彼と同じく既に亡くなっているわ」

「まさかこの人も自殺を……?」

「いえ。肺炎を患ったのが原因で、自殺ではないわ。この女性は自殺した彼の彼女だったの。そして、亡くなったのは写真の彼が自殺した三年前」

「自殺した三年前……」


 女性の写真を手に取って見る。整った輪郭をして綺麗で、明るそうな女性だ。

 なんでわざわざ写真を見せるのか。それは自殺した男性と関係があるからだと考えるのが自然だ。

 じゃあなぜ、二人の写真を同時になのか。答えは難しくない。俺に話をするのに必要な点、つまり共通点がある。

 なら、写真の男性と俺との共通点と来れば……。


「もしかして――――」


 するりと、考え込まずして浮かびがる解答。

 SDC参加者。過去に亡くなっていた彼女。願いを叶えた男性。

 ここまで揃っていれば、馬鹿でも気付く。そりゃそうだ、今の俺と全く同じなんだから。


「そう、匕君と同じ。自殺した彼は、亡くなった彼女を生き返らせるべくSDCに参加していた」

「この人もSDCに……って、ちょっと待てよ! この男はSDCで願いを叶えたって言ったよな!? じゃあ……」

「そうよ。彼は願いを叶えた後に自殺をした。彼女を生き返らせるという願いを叶えた後に、ね」

「せっかく願いを叶えて、死んだ彼女が戻ってきたんだろ!? なのになんで……」

「答えは簡単よ。自殺をしてしまう程の何かがあった、という事」

「自殺してしまう、何か……」

「当然、彼の不自然すぎる自殺に、私達は他殺の線も調べたわ。地元警察に行って事件の資料を漁ったり、当時の新聞を探したり、色々ね」


 封筒から次々と出される複数の紙。

 深雪さんが調べたという当時の新聞のコピーで、記事を拡大したのもあって若干、荒さが目立つ。

 自殺した男が精神疾患だったんじゃないかという一文が目に入り、少し気になった。


「でも、いくら調べても紙面上でもデータ上でも、他殺だった可能性は見当たらなかった」

「新聞の記事と言っても端に小さく書かれている程度……しかも、殆どは身元が判明したって事だけだ」


 数枚ある新聞のコピーに目を通しながら、深雪さんに答える。

 発見された時は損傷が激しく身元不明だったのが、歯型や治療痕で特定されたという記事。

 特に目ぼしい情報は載っていない。他の記事も似たようなのしかなかった。


「さっき言った通り、彼の死因は自殺。崖から海への飛び降りて命を絶ったわ。そして、“彼女”も同じ理由で“二度目の生”を終えた」

「……まさか、生き返らせた彼女も一緒に自殺したのか!?」

「自殺した場所は海流が激しく、彼が見付かったのは一週間が経って変わり果てた姿になってから。彼女の方は遺体が見付からず、自殺現場に残された靴から、身元不明の女性も一緒に自殺を図ったと思われる。とまでしか資料に書かれていなかったわ」

「身元不明、か。女性の方は既に死んでいる事になっているんだ。仮に遺体が見付かったとしても、身元不明だったのは変わらないだろうな」

「そして、彼の遺書があった。実物は無理だけれど、資料であった文面を撮った写真をコピーしてきたわ」


 テーブルに出される三枚目の写真。

 切り取ったメモ用紙に、読む分には問題ないが、明らかに乱れた筆跡で言葉が綴られていた。



“俺が望んだのはこんなものじゃない。こんなはずじゃなかった。俺は何のために今まで――――”



 途中で書くのを止めたのか、それともこれで全文なのか。

 文字の大きさがまばらの文面を見るだけで、その悲痛と虚無感が伝わってくる。


「これは一体、どういう……」

「少なくともその文章で解るのは、SDCで叶えた願いが望んだものではなかった。という事」

「じゃあ、彼女は生き返ってなかった、とか?」

「遺体が見付かってなくて彼女が生き返っていた証拠は無いけど、一人で自殺した現場に女性の靴を置く必要があると思う?」

「……ない、な」


 彼女が生き返らず、それで自殺を図ったのなら……誰かと一緒に自殺したと思わせるような事をするとは思えない。

 ならやっぱり、SDCによって彼女は生き返っていたと考えるべきだろう。


「じゃあつまり、男性は願いを叶えて彼女を生き返らせた上で、望まない結果があったってのか」

「そうなるわね。そして、自殺した彼と仲が良かった友人と会う事が出来て、話を聞いた結果……色々と解った事があるわ」


 深雪さんは持っていた封筒をソファの上に置いて、話を続ける。


「自殺をした彼は死ぬ少し前、その友人に話していたらしいの。“彼女が戻ってきた”と。亡くなった人が戻ってきたと怪訝な事を言ってくる彼に友人は心配したけど、あまりに嬉しそうな彼に何も言えなかったって」

「戻ってきたって事は、やっぱり願いで彼女は生き返ったのか」

「彼はこうも言っていたそうよ。“今はまだ会わせられる状態じゃないから、もう少ししたら会わせる”と。そして、この言葉を聞いた一週間後に彼は……」

「自殺、か」


 深雪さんは返事をせず、無言で頷く。


「特に騒ぐような事件でもないし、なにより自殺。有名人の自殺や、特殊なケースじゃない限りマスメディアが騒ぐ事は無い。この話を当時、警察にも話したらしいけど、死人が生き返ったなんて話を真面目に信じる人は居なかった」

「そりゃそうだ。普通に考えれば御伽噺みたいなもんだからな」

「そんな事もあって、生前に彼が言っていた事を信じていた人は誰も居なかった。普段から妄言を吐いていたと見られ、精神異常の線も踏まえて病んだ末の自殺だったんじゃないか。それが当時の警察の見解よ」

「それで新聞の記事に精神疾患がどうって書いてあったのか」


 さっき見た新聞記事のコピーで気になった部分。

 なるほど。そういう経緯があって精神疾患の疑いがあったとされたのか。

 確かに、今の俺も死んだ人を生き返らそうと願っている。普通からすれば本気で人を生き返らそうとしている奴なんて、頭がおかしい人にしか見えないからな。


「一応、私達も警察だからね。匕君には明かせないけど、出来る限りの方法を使ってさらに調べたわ」

「さらに、って……当時の警察が既に調べ終わった結果が、この新聞の記事なんだろ?」

「そうね。でも、それはあくまで当時の話。今回は前提が違うわ。調査の根底となる前提が」

「前提?」

「当時は自殺した者の身元や、死に至った原因の解明が目的で調べている。けど、今回はSDCに関してを目的にしている。前提と目的が違えば、調査する物事を観る角度も変わるわ」

「角度、ですか」

「同じ空を飛ぶ物を探すとして、飛行機を探せって言われたら真っ先に真上の空を探すけど、鳥を探せって言われたら近くの木々を見るでしょう? 簡単に例えるならそんな感じよ」


 あー、説明されたら解りやすい。そういう事か。

 確かに前提と目的が違えば、調査する視野も角度も変わる。


「友人、知人、親類、通っていた学校は勿論、行付けの店から習い事や趣味趣向。思いつくものは全て当たって調べ尽くした。そして、見付かったの」

「何を……?」

「遺書として見付かったメモ用紙……その二枚目よ」

「あったのか、続きが……!」


 テーブルに追加される、一枚の写真。

 写っているのはシワだらけになったメモ用紙で、一枚目と同じく乱れた筆跡。

 そこに書かれていた文章は――――。


「そして、ここからは私達の考察。集めた情報から考え出された答え」


 重かった空気が一層、重くなる。

 心臓を手で掴まれたかのように感じる息苦しさ。

 この空気、雰囲気が。ここが話の重要部分であると物語る。



「恐らく、生き返った彼女には記憶が無かった」





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