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No Title  作者: ころく
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No.58 赤焼けの空

 掃き出し窓から見える、青い青い空。ゆっくり流れる雲。

 決して長いとは言えない時間だったが、それでも多くの思い出を残していった赤茶あか色の少女を思い出す。


「普通なら『あいつは幸せだった。皆に愛されてたんだから』とか、そんな事を言うんだろうけどさ。俺は勝手に解釈して納得は出来ない」


 見上げる空が眩しくて。目を少しだけ細め、俺は続ける。


「幸せだったか、幸せじゃなかったのか。それが分かるのは本人だけだし、決めれるのも本人だけだ」


 言ってしまえば葬儀だって、生きてる人間が死者との決別に対する踏ん切りを付ける為という意味合いが大きい。死を受け入れて、生者が前を向き、自分はまだ生きていくのだと確認させる為に。

 でもそれはやっぱり、生きてる者の独りよがりで。亡くなった者は満足する人生だったと、幸せだったと言って決めてしまうのは。生きている者の勝手な解釈で、自己満足でしかないから。


「だから俺は、勝手に決めつけて、都合良く解釈して、自分だけで納得は出来ない……けど、けどさ。自分の願いと同じだったらやっぱりそれは、嬉しいから」


 何を想って去っていたかなんて、本人にしか解らない。もう話す事も、会う事も出来ないのだから。

 もしかしたら恨んでいたかもしれない。本当は嫌らわれていたかもしれない。ずっと疎ましかったのかもしれない。

 モユが俺を、皆を、周りをどう思っていたのかは、もう知る事は出来ないけど。


「幸せだったと思いながら、天国へ昇ってくれていたらいいな、って。それぐらいは願っても……いいよな?」

「……ッ! はいっ!」


 暗かった表情は明るくなり、沙姫は笑顔で返事した。

 俺は決め付ける事は出来ない。だけど、願ってしまう。そうであって欲しいと、そうだったら良いと。 


「咲月君ってなんて言うか、どこか達観してる所があるわよね」

「達観、ですか? 俺が?」

「うん、そう。普段はこう、さっぱりしてるのに、何か重要な話になると特に客観的に物事を見てる」


 沙夜先輩は腕を組んで、少しはにかみながら肩を竦ませる。

 予想外な一面を、ギャップを感じて、それがなんかちょっと意外だったと言いたげに。


「でも……」


 けど、沙夜先輩の微笑みは数秒で消えた。


「それが凄く辛そうにも見えるの。まるで常に自分を戒めてるって言うか……自分に都合の良い事は許されない」


 悲しそうに。沙夜先輩は続ける。

 微かに眉間に皺を作り、視線を落とて。


「客観的に見ているようで、本当は自分自身を責めている様に……見えちゃうのよ」


 それは、まるで。それを知っているかのように。経験があるかのように。

 沙夜先輩が視線を落としたのは俺を見辛いからではなく、別の理由なんじゃないかと。


「もしかして、沙夜先輩――――」


 言いかけた言葉を、俺は咄嗟に飲み込んだ。


「……いや」


 きっとそれは、聞くような事じゃないから。聞かない方が良い事も、あるから。

 人には色々ある。そう、色々。誰にだって過去がある。俺のように訳ありの過去だったり、訳なしの過去だったり。

 深くは聞かない。深くは考えない。人の深くにあるモノは、深く探らない。表に出したくないから、深くにあるのだから。


「考えすぎですよ、沙夜先輩。俺はただ単に捻くれてるだけです。そんな深い理由なんてありゃしないですって」

「……ごめんなさい。なんか、その、急に変な事を言っちゃって」

「気にしないでいいですよ。自分でも自分の事を偏屈へんくつな奴だと思う事あるし」


 他人の心を探るような事を言ってしまって、気まずそうに謝ってくる沙夜先輩。

 それに対し、俺は軽く自虐しつつ笑って返した。

 沙夜先輩の性格からして、故意では無かったとしても人の内情を探ったり、過去の傷を開くような事すると責任を感じてしまうだろう。


「それに少し前に、沙姫に頑固者って言われた事もあるし。なぁ、五キロ?」

「えっ!? あれは冗談で……って、だから五キロじゃないですってば!」

「あぁごめん、二キロ」

「そうです、二キロです。間違えないで……っじゃない、太ってませんから! 二キロでもないですから!」

「お前は少し捻くれた方がいいんじゃねぇか? 悪い意味で素直過ぎだろ」


 すぐボロ出すし、リアクションも良いし。こんなだからイジりがいがあるんだよなぁ。

 こんだけ何度もイジられたら耐性が出来そうなもんだが。


「ふふっ、そうね。沙姫はちょっと単純過ぎるかもしれないわね」

「姉として捻くれ方を教えてあげたらどうです?」

「捻くれ具合からして、私よりも咲月君の方が適任でしょう? 私は普段のだらし無い生活を見るのだけで手一杯だもの」

「私、なんでさっきから二人にディスられてんだろ? 捻くれる以前にグレそうなんだけど」


 俺と沙夜先輩の隣で、なんと表現したらいいか解らない表情の沙姫。 

 このまま続けたら悪堕ちか闇落ちしていまいそうだ。


「さ、私はそろそろ夕飯の支度しないと。捻くれついでに、組手を再開して咲月君にもうひと捻りされたら? 今日は殆んど負けてるんでしょ?」

「あっ、そうだった! 咲月先輩、そろそろ休憩は終わりにしましょう!」

「おしっ、もうひと勝負いくか。十分休憩したしな」


 立ち上がってから大きく背伸び。休憩どころか俺は眠ってしまってたので、一応軽くストレッチ。

 まぁ、寝ていたのは数分程度だったから、それぐらいで筋肉が固まる事はまず無いけど。

 背中の関節がパキポキと鳴り、両腕を前に伸ばしながら道場の中央へと歩いていく。


「……」


 ふと、何気無く。何かあったとか、何か物を忘れたとかでもない。

 なんとなく、ただなんとなく。後ろを振り返った。


「咲月せんぱーい、早く始めましょうよー」

「ん? あぁ、今行くって」


 先に移動していた沙姫に呼ばれ、俺は見ていた物から視線を外して止まっていた足を動かす。

 見ていた先にあったのは、俺が着替えを入れて持ってきたスポーツバック……の、上に置いてある物。

 モユの形見である、黒いリボン。組手の最中は引っ掛けたり破れたりしそうで危ないからと、外して畳んでおいた。


「立ち止まってましたけど、どうかしたんですか?」

「いや、頑張ろうと思ってさ」

「……? 組手ですか?」

「それもだけど、色々とだよ」


 今スポーツバックが置かれている所。そこは前に、モユが座って組手を見ていた場所でもあった。

 分かっている。気のせいだってのは。有り得ない事で、都合の良い事だって。

 けど何故か、そんな気がしたから。赤茶あか髪の少女が、いつもの無表情で。



『……匕、頑張れ』



 そう、言われた気がした。




    ◇   ◇   ◇




 あれから二時間ほど組手をして、今日は合計で四時間くらい。

 今はいつも通り居間で一休み中。沙姫はシャワーを浴びに行って、沙夜先輩は夕飯の支度。着替えを終えてやる事が無い俺は、暇を持て余していた。

 さっき飲み物を持ってきた沙夜先輩が、夕飯が出来るまであと三十分くらいだと言っていた。そう長くない時間なのに、腹が減っている今では長時間に感じる。


「いーい匂いするなぁ」


 座っていた体勢から、畳の上で大の字に寝転がる。

 台所から漂ってくるいい匂い。腹は減っても期待で胸が膨らむ。

 日が暮れ始め、掃き出し窓から入ってくる夕焼けの光。居間の天井をボーッと見つめ、外から聞こえてくる音に耳を傾ける。

 車が走る音、はしゃぎながら帰路に着く子供の声、ぽつぽつと鳴き始める夏虫。様々な生活の音と声。


「にゃー」


 そんな中に混ざって、耳馴染みのある鳴き声が聞こえてきた。

 寝ていた身体を起こして掃き出し窓の方を向くと、そこには黒い来訪客が一匹いた。

 まぁ、鳴き声が聞こえた時点で正体は分かっていたけども。


「よう。お前も夕飯を食べに来たのか?」

「にゃあ」


 ニボ助は短い返事を一つして、ゆっくりとこっちに近づいてきた。

 食べ物があったら分けてやりたい所だが、残念ながら今ここには飲み物しかない。 

 胡座に座り直したところに、ニボ助が目の前で止まって座った。


「にゃあ」

「悪いな、ここに食いモンは無ぇんだ。もう少ししたら夕飯だから、それまで俺と待ってようぜ」


 部屋にある掛け時計を見ても、針が進むスピードは一定である。

 さっき時計を見てから五分も経っていない。指で無理矢理に針を進めたら時間も一緒に進んでくれたりしないだろうか。


「にゃあ」

「沙姫もそのうち来るだろうから、そしたら遊んでもら……」

「にゃあ」


 ちょん、ちょん、と。

 ニボ助は俺の膝の上を、前足で触ってきた。


「ん? 膝の上に座りたいのか?」

「にゃあ」


 抱いて乗せてやろうかと思ったが、ニボ助は違うと言いたげにまた触ってくる。

 考えてみたら、ニボ助はいつも勝手に俺の膝に座ってきていた。

 一体何を言いたいのか解らず、とりあえず頭を撫でてみる。


「にゃあ、にゃあ」


 それでもニボ助は、俺の膝を前足で触るのを止めない。

 これだけ何度も触ってくるって事は、余程腹が減っているのか?

 それとも、俺の膝に何かあるとか。汗臭いとか、だから乗りたくても乗れないとか、前みたいに――――。


「……そっか、お前もか」


 ニボ助が俺の膝を触ってくる理由が、分かった。

 そうか。お前もそうなんだな。


「ごめんな、ニボ助」


 ニボ助の脇根っこを掴んで持ち上げ、胡座の上に座らせる。

 するとニボ助は俺の顔を見上げて、にゃあとまた鳴いた。


「モユはもう、居ないんだよ」


 ニボ助の頭を撫でて、教えてやる。

 人の言葉を理解してはいないだろう。本当はそんな事を知りたかった訳じゃないかもしれないだろう。ただ単に食べ物を欲しがっていただけなのかもしれないだだろう。

 でも、ニボ助は俺の顔を見るのを止めて、鳴くのも止めた。

 そして、一人と一匹が向ける視線の先は、開けられた掃き出し窓から見える夕焼けの空。沈み掛けの太陽が照らす空の色は、あの少女の髪みたいに赤く焼けている。

 一日の中で一瞬しかない、昼と夜の隙間。ほんの短い時間だけど、それは一番陽が輝く時間でもある。


「綺麗だよなぁ、夕焼け」


 赤色の空を見つめて、思い出される色々な日々。

 ほんの数日間だけだったのに、残っている思い出は沢山ある。

 一緒に出かけた事、一緒に野菜炒めを食べた事、一人では寝れないと服を掴まれながら寝た事、アイスをあげた事。

 それが楽しかったと、好きだったんだと。再度思って、気付いた。


「あぁ、そうか」


 夕焼けの光に目を細め、微かに滲んでいく赤い空。

 今思えば、モユが俺に懐いていたんじゃなくて――――。


「本当は、俺がモユに懐いていたんだなぁ」


 ぽつりと、呟いた。

 俺は赤く燃ゆる空を見上げ、雨が降らないように堪えて。

 そして、俺の独り言に返事したかのように。

 にゃあ、と。他に人が居ない居間で一匹だけが、ないた。




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