No.51 二本
「ところで咲月君、一つ聞きたい事がある」
「なんだ?」
「君の“スキル”の調子は、どうかな?」
「あっ!」
今の今まで、白羽さんに言われるまですっかり忘れていた。
そうだ、確かに俺はあの時……テイルと戦っている最中に目覚めたんだ。
「今、出してもらっても構わないかい?」
「あぁ、いいけど……あの時からまだ一度も出してないからな……出せっかな?」
「心配は要らない。一度目覚めれば忘れる事は無いからね。歩き方や泳ぎ方と同じようなものだ」
「そうなのか?」
それならいいんだけど、スキルってどうすれば使えるんだ?
スキルが目覚めて初めて使った時は、ただひたすら必死だったからよく覚えていない。
とりあえず、頭で思い浮かべてみるか。こう、掌から炎が出るイメージ……手が、燃える……。
想像しながら右手を凝視し、力を込める。
そして、掌が熱く感じたと思った、次の瞬間。
「うおっ!?」
めらめらと空気を焼き、ゆらゆらと形を揺らして。
紅々とした赤炎が、掌から燃え上がっていた。
「本当に出た……」
確かにスキルが目覚めて使った覚えはあるが、朧気ながらの記憶しかなかった。
こうして改めて手から炎を出してるのを見ると、やっぱり驚く。
SDCでスキルを使う奴と戦ったり、エドのスキルを見せてもらった事はあったが……こうして自分が使う日が来るとは思ってなかった。
しかも、炎を出すスキルとか……なんか、人間離れしちまった気分だ。
「白羽さんから話は聞いていたが……本当に炎なんだな」
興味あり気に、エドが手から出る炎をまじまじと見てくる。
「具象化で、炎か……とても珍しいね」
「そうなのか?」
「うん。具象化は大概、物質として形作られているモノの場合が多い。咲月君のように、炎という物質とは違う自然現象を生み出すのは稀だよ」
「へぇ」
不定期に形を変えて燃え揺れる炎を眺める。
自分の手から炎が出ているが、手は熱くない。熱いというより温かい。さっきからずっと出しているが、火傷を負ってる様子も無し。
まぁ、当たり前か。自分のスキルで怪我したら使えないもんな。
「物質だけではなく、炎のような形を持たないモノも生み出す……だから、具象化と呼ばれているのさ」
なるほど、ね。
前にスキルの話を聞いた時は半信半疑だったが、自分がこうして目覚めるとは。
この力を上手く使えればSDCに残れる可能性が上がる。
けど、いきなりで嬉しさ半分、戸惑い半分って感じだ。
「一応言っておくが……匕、間違えても家事だけは起こすなよ」
「起こさねぇよ! ……とは言い切れねぇな。なんか寝惚けて出しちまいそう……」
顔を引き吊らせて、右手から燃え出る炎を見つめる。
寝て気付いたら周り火の海なんてのは勘弁願いたい。自分のスキルで焼死なんて情けないったらありゃしない。
「その辺りは大丈夫の筈だ。睡眠中などに無意識にスキルが発動する事はまず無い」
「そうなのか。なら良かった……」
安心しつつ、左手を胸辺りの高さまで上げて、念じてみる。
「おぉ」
試しに左手からも炎が出せるか確かめてみたら出せた。
「消したい時はどうしたらいいんだ、これ」
「スキルを使おうとしている意識を薄めたり、力を抜いてみろ。俺はそうしている」
「なるほど。よし……」
炎を出すイメージを頭から無くし、手に込めていた力を抜いてみる。
すると、炎は少しずつ消えていく。段々と色や形が薄れて、熱も失せて。
元々無かったかのように炎は消え、なんの変哲の無い、いつもの俺の手に戻った。
「おー、本当に消えた。結構簡単なん、だ、な……ぁ?」
くらりと頭が重くなり、視界がぐるんと回る。
急に力が入らなくなって自力で体を支えられなく、ソファの背もたれに倒れてしまう。
「なん、だ……いきなり、ドッと疲れが……」
疲労感が身体を支配し、口すらも上手く動かせない。
体力的なものではなく、テスト終わりや徹夜明けのような精神的な疲労感。
「大丈夫かい、咲月君?」
「あ、あぁ……スキルってこんなに疲れるのか……」
「人によりけりさ。ただやはり、目覚めたばかりで使い慣れていないと疲労は大きい。逆に、慣れればある程度の疲労は軽減される」
「ただ使えるって訳じゃ、ねぇんだな……」
前にエドがスキルを使ったのを見せてくれた時は、普通にケロッとしてたんだが……。
俺はまだ使い慣れていないとは言え、こんなに疲れるのか……。
そう易々と使えるもんじゃないな、これは。
「前に話したろう? スキルを使用するには集中力、精神力を用いる。今の咲月君は万全の状態とは言い難いからね。その分、反動も大きかったのだろう」
確かに、数日間ろくに飲食しないで動きもしなかった。睡眠だけは十分過ぎる位に摂っていたが、そんなんじゃ身体が弱っていて当然。
弱った状態で鞭打つようにスキルを使えば、こうもなるか。
「休めばすぐに回復するさ。あとは徐々に慣れていくしかない」
「あぁ、身体と相談して慣らしてくよ」
少し休んだお陰で、口は動かせるようになった。
そういや、ここ数日で食ったと言えるのは肉まんだけだったからな。食うもん食って、体調も元に戻さないと。
「……」
「ん? どうしたんだ、白羽さん?」
口元に手をやり、怪訝そうに俺を見てきていた。
「いや、少しね……咲月君しているネックレスの水晶が、スキルを使っている時に光っていたように見えたんだが……」
「これが?」
首に掛けている水晶を掌に乗せ、白羽さんへ見せる。
今見てみたが、別段光っているようには見えない。
「炎の明るさで光が反射して、それで光ってるように見えただけじゃないのか?」
「ふ、む……気のせいか」
目を細める白羽さんは、どこか納得いかない様子ながらもこの話題は切れた。
「さて、今日はこれ位にしておこう。私は部屋に戻るとしようか」
ソファから腰を上げ、白羽さんは長い髪を揺らす。
「咲月君はゆっくり休むといい。今まで無理な生活をしていた上に、スキルを使って疲労しているからね」
「あぁ、身体の調子も早く戻したいからな」
こんな状態でSDCが行われたら、確実にやられてしまう。
俺の願望いを叶える為にも、モユとの約束を守る為にも。そして、先輩を助け出す為にも。
「では、失礼するよ」
白羽さんは一度微笑んで、広間から出て自分の部屋へと戻っていった。
広間に残ったのは俺とエドの二人だけになった。
「ん」
右手を開いて握ってを数回繰り返し、身体を動かせるのを確認する。
まだ疲労感は大分残っているものの、普通に歩いたりする分には問題無さそうだ。
「よっ、と」
「部屋に戻るのか?」
「いや、給湯室にな。飲み物を取ってくる。深雪さんに言われたしな」
立ち上がると若干ふらついたが、まぁ大丈夫そうだ。
「大丈夫か? 動くのが辛いなら俺が持ってくるぞ?」
「……」
「なんだ、その気持ち悪い深海生物を見るような目は」
「お前が気持ち悪ぃ事を言うからだろうが。今日は夕立の代わりに槍が降ってくんじゃねぇか?」
「人が心配してやってるってのに……」
「心配するも心配してやるも、んな仲じゃねぇたろ。女性が居ない所で点数稼ぎしても意味ねぇぞ」
「それだけ口が動くなら大丈夫そうだ」
エドは肩をすくませて、やれやれと小さく漏らす。
「はっ」
鼻での笑いだけエドに返して、廊下に出る。
裸足で廊下を歩き、ひたひたと冷たい感触が気持ちいい。疲労感で少し足取りが覚束ないが。と言うか、身体が重く感じる。風邪をひいた時みたいな。
給湯室の戸を開けて中に入る。
中の窓が開きっぱなしになっていて、そこから裏山の生い茂った緑が覗ける。
さらに、何匹ものひぐらしの鳴き声の合唱のように重なって聞こえてくる。
「冷蔵庫冷蔵庫、っと」
入ってすぐ左手にある冷蔵庫の扉を開けると、中に大きいペットボトルのスポーツドリンクが数本入っていた。
一本だけ取って扉を閉める。
「直接口をつける訳にもいかないよな」
自分で買った物ならともかく、深雪さんが買ってきた物だし。
他の人も飲むかもしれないしな。
「……一応、あいつの分も持ってくか」
一旦ペットボトルを流し台の上に置いて、棚からコップを二つ取り出す。
「氷、あったかな?」
今度は冷凍庫の扉を開ける。夏の暑い空気とは真逆の、ひんやりとした冷気が肌に触れた。
氷はないかと、中を覗く。
「――――あ」
そこにあった物に、目が止まった。
奥歯を噛み締めて、込み上げる感情を圧し殺して。
「……そうだったな」
ぎこちない笑い顔を作って、届く事の無い声を出した。
窓から入ってくる、ひぐらしの鳴き声に掻き消されてしまいそうな位に小さな声を。
冷凍庫の真ん中に置かれたそれを“二つ”取って、扉を閉める。
夕立が降りそうになるのを堪え、顔を上げて窓の外を見る。
雲一つ無い青空が、広く広がっていた。
*
広間に戻ると、テレビを見るでも何をするでもなく、エドは一人でソファに座っていた。
「ほらよ」
片手で二つ持っていたコップの内の一つを、長テーブルのエドの前に置く。
「ん?」
「飲むなら自分で入れろよ」
次いで、スポーツドリンクのペットボトルと自分のコップも置き、さっきと同じソファに座る。
「俺の分のコップも持ってくるなんて珍しいな」
「あぁ、俺もそう思う」
エドに適当に返しながら、袋を開ける。
「なんだ、それは?」
「見て分かんねぇか?」
「アイス、だな」
「分かってんじゃねぇか」
淡々とした作業のような感じの会話。
木の棒を掴み、袋の中からアイスを出す。
「モユちゃんが一番好きだったアイス、だ」
「……あぁ、ちゃんと分かってんじゃねぇか」
青い色のアイス。俺が初めてあげて、あいつが初めて食べて、一番好きだったアイス。
大きく口を開けて、大きくかぶり付く。
ガリッと氷に歯が突き刺さる音がして、アイスには歯形が出来た。
「俺が聞いたのはそこじゃない。なんでアイスが二つもあるのかを聞いたんだけどな」
冷たい食感と、甘い味覚が口の中に広がる。
「モユから貰った。二つ……食っていいって、さ」
夕立の次は、にわか雨が降ってきそうになる。
アイスは冷たくて、甘くて、しょっぱい。
「……そうか」
全てを察したエドは、アイスを見つめて一言だけ返してきた。
降りだしそうなにわか雨から気を逸らそうと、アイスを噛る。
「くれって言ってもやらねぇぞ」
「言う訳ないだろ。そのアイスは二つとも、お前が食べなきゃいけない。お前が貰ったんだからな」
「あぁ」
アイスを食べるのはいつ頃以来か。いつもあげてはいても、自分が食べる事は殆んど無かった。
一つ目を食べ終え、二つ目のバリバリ君を開ける。
「……冷てぇな」
噛って、食べて、呟く。ごく当たり前の、普通の感想を。
五、六口程食べて、木の棒の頭が出てきた所で気付く。
棒に『当たり』と文字が書いてある事に。
「……遅ぇよ」
それを見て、ぽつりと呟く。
残りのアイスを一気に全部食べ、木の棒を天にかざして声を向ける。
「三本も食えねぇわ。そっちで食ってくれや」
天国に居る、あいつに。




