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No Title  作者: ころく
53/85

No.51 二本

「ところで咲月君、一つ聞きたい事がある」

「なんだ?」

「君の“スキル”の調子は、どうかな?」

「あっ!」


 今の今まで、白羽さんに言われるまですっかり忘れていた。

 そうだ、確かに俺はあの時……テイルと戦っている最中に目覚めたんだ。


「今、出してもらっても構わないかい?」

「あぁ、いいけど……あの時からまだ一度も出してないからな……出せっかな?」

「心配は要らない。一度目覚めれば忘れる事は無いからね。歩き方や泳ぎ方と同じようなものだ」

「そうなのか?」


 それならいいんだけど、スキルってどうすれば使えるんだ?

 スキルが目覚めて初めて使った時は、ただひたすら必死だったからよく覚えていない。

 とりあえず、頭で思い浮かべてみるか。こう、掌から炎が出るイメージ……手が、燃える……。

 想像しながら右手を凝視し、力を込める。

 そして、掌が熱く感じたと思った、次の瞬間。


「うおっ!?」


 めらめらと空気を焼き、ゆらゆらと形を揺らして。

 紅々とした赤炎が、掌から燃え上がっていた。


「本当に出た……」


 確かにスキルが目覚めて使った覚えはあるが、朧気ながらの記憶しかなかった。

 こうして改めて手から炎を出してるのを見ると、やっぱり驚く。

 SDCでスキルを使う奴と戦ったり、エドのスキルを見せてもらった事はあったが……こうして自分が使う日が来るとは思ってなかった。

 しかも、炎を出すスキルとか……なんか、人間離れしちまった気分だ。


「白羽さんから話は聞いていたが……本当に炎なんだな」


 興味あり気に、エドが手から出る炎をまじまじと見てくる。


「具象化で、炎か……とても珍しいね」

「そうなのか?」

「うん。具象化は大概、物質として形作られているモノの場合が多い。咲月君のように、炎という物質とは違う自然現象を生み出すのは稀だよ」

「へぇ」


 不定期に形を変えて燃え揺れる炎を眺める。

 自分の手から炎が出ているが、手は熱くない。熱いというより温かい。さっきからずっと出しているが、火傷を負ってる様子も無し。

 まぁ、当たり前か。自分のスキルで怪我したら使えないもんな。


「物質だけではなく、炎のような形を持たないモノも生み出す……だから、具象化と呼ばれているのさ」


 なるほど、ね。

 前にスキルの話を聞いた時は半信半疑だったが、自分がこうして目覚めるとは。

 この力を上手く使えればSDCに残れる可能性が上がる。

 けど、いきなりで嬉しさ半分、戸惑い半分って感じだ。


「一応言っておくが……匕、間違えても家事だけは起こすなよ」

「起こさねぇよ! ……とは言い切れねぇな。なんか寝惚けて出しちまいそう……」


 顔を引き吊らせて、右手から燃え出る炎を見つめる。


 寝て気付いたら周り火の海なんてのは勘弁願いたい。自分のスキルで焼死なんて情けないったらありゃしない。


「その辺りは大丈夫の筈だ。睡眠中などに無意識にスキルが発動する事はまず無い」

「そうなのか。なら良かった……」


 安心しつつ、左手を胸辺りの高さまで上げて、念じてみる。


「おぉ」


 試しに左手からも炎が出せるか確かめてみたら出せた。


「消したい時はどうしたらいいんだ、これ」

「スキルを使おうとしている意識を薄めたり、力を抜いてみろ。俺はそうしている」

「なるほど。よし……」


 炎を出すイメージを頭から無くし、手に込めていた力を抜いてみる。

 すると、炎は少しずつ消えていく。段々と色や形が薄れて、熱も失せて。

 元々無かったかのように炎は消え、なんの変哲の無い、いつもの俺の手に戻った。


「おー、本当に消えた。結構簡単なん、だ、な……ぁ?」


 くらりと頭が重くなり、視界がぐるんと回る。

 急に力が入らなくなって自力で体を支えられなく、ソファの背もたれに倒れてしまう。


「なん、だ……いきなり、ドッと疲れが……」


 疲労感が身体を支配し、口すらも上手く動かせない。

 体力的なものではなく、テスト終わりや徹夜明けのような精神的な疲労感。


「大丈夫かい、咲月君?」

「あ、あぁ……スキルってこんなに疲れるのか……」

「人によりけりさ。ただやはり、目覚めたばかりで使い慣れていないと疲労は大きい。逆に、慣れればある程度の疲労は軽減される」

「ただ使えるって訳じゃ、ねぇんだな……」


 前にエドがスキルを使ったのを見せてくれた時は、普通にケロッとしてたんだが……。

 俺はまだ使い慣れていないとは言え、こんなに疲れるのか……。

 そう易々と使えるもんじゃないな、これは。


「前に話したろう? スキルを使用するには集中力、精神力を用いる。今の咲月君は万全の状態とは言い難いからね。その分、反動も大きかったのだろう」


 確かに、数日間ろくに飲食しないで動きもしなかった。睡眠だけは十分過ぎる位に摂っていたが、そんなんじゃ身体が弱っていて当然。

 弱った状態で鞭打つようにスキルを使えば、こうもなるか。


「休めばすぐに回復するさ。あとは徐々に慣れていくしかない」

「あぁ、身体と相談して慣らしてくよ」


 少し休んだお陰で、口は動かせるようになった。

 そういや、ここ数日で食ったと言えるのは肉まんだけだったからな。食うもん食って、体調も元に戻さないと。


「……」

「ん? どうしたんだ、白羽さん?」


 口元に手をやり、怪訝そうに俺を見てきていた。


「いや、少しね……咲月君しているネックレスの水晶が、スキルを使っている時に光っていたように見えたんだが……」

「これが?」


 首に掛けている水晶を掌に乗せ、白羽さんへ見せる。

 今見てみたが、別段光っているようには見えない。


「炎の明るさで光が反射して、それで光ってるように見えただけじゃないのか?」

「ふ、む……気のせいか」


 目を細める白羽さんは、どこか納得いかない様子ながらもこの話題は切れた。


「さて、今日はこれ位にしておこう。私は部屋に戻るとしようか」


 ソファから腰を上げ、白羽さんは長い髪を揺らす。


「咲月君はゆっくり休むといい。今まで無理な生活をしていた上に、スキルを使って疲労しているからね」

「あぁ、身体の調子も早く戻したいからな」


 こんな状態でSDCが行われたら、確実にやられてしまう。

 俺の願望いを叶える為にも、モユとの約束を守る為にも。そして、先輩を助け出す為にも。


「では、失礼するよ」


 白羽さんは一度微笑んで、広間から出て自分の部屋へと戻っていった。

 広間に残ったのは俺とエドの二人だけになった。


「ん」


 右手を開いて握ってを数回繰り返し、身体を動かせるのを確認する。

 まだ疲労感は大分残っているものの、普通に歩いたりする分には問題無さそうだ。


「よっ、と」

「部屋に戻るのか?」

「いや、給湯室にな。飲み物を取ってくる。深雪さんに言われたしな」


 立ち上がると若干ふらついたが、まぁ大丈夫そうだ。


「大丈夫か? 動くのが辛いなら俺が持ってくるぞ?」

「……」

「なんだ、その気持ち悪い深海生物を見るような目は」

「お前が気持ち悪ぃ事を言うからだろうが。今日は夕立の代わりに槍が降ってくんじゃねぇか?」

「人が心配してやってるってのに……」

「心配するも心配してやるも、んな仲じゃねぇたろ。女性が居ない所で点数稼ぎしても意味ねぇぞ」

「それだけ口が動くなら大丈夫そうだ」


 エドは肩をすくませて、やれやれと小さく漏らす。


「はっ」


 鼻での笑いだけエドに返して、廊下に出る。

 裸足で廊下を歩き、ひたひたと冷たい感触が気持ちいい。疲労感で少し足取りが覚束ないが。と言うか、身体が重く感じる。風邪をひいた時みたいな。

 給湯室の戸を開けて中に入る。

 中の窓が開きっぱなしになっていて、そこから裏山の生い茂った緑が覗ける。

 さらに、何匹ものひぐらしの鳴き声の合唱のように重なって聞こえてくる。


「冷蔵庫冷蔵庫、っと」


 入ってすぐ左手にある冷蔵庫の扉を開けると、中に大きいペットボトルのスポーツドリンクが数本入っていた。

 一本だけ取って扉を閉める。


「直接口をつける訳にもいかないよな」


 自分で買った物ならともかく、深雪さんが買ってきた物だし。

 他の人も飲むかもしれないしな。


「……一応、あいつの分も持ってくか」


 一旦ペットボトルを流し台の上に置いて、棚からコップを二つ取り出す。


「氷、あったかな?」


 今度は冷凍庫の扉を開ける。夏の暑い空気とは真逆の、ひんやりとした冷気が肌に触れた。

 氷はないかと、中を覗く。


「――――あ」


 そこにあった物に、目が止まった。

 奥歯を噛み締めて、込み上げる感情を圧し殺して。


「……そうだったな」


 ぎこちない笑い顔を作って、届く事の無い声を出した。

 窓から入ってくる、ひぐらしの鳴き声に掻き消されてしまいそうな位に小さな声を。

 冷凍庫の真ん中に置かれたそれを“二つ”取って、扉を閉める。

 夕立が降りそうになるのを堪え、顔を上げて窓の外を見る。

 雲一つ無い青空が、広く広がっていた。









 広間に戻ると、テレビを見るでも何をするでもなく、エドは一人でソファに座っていた。


「ほらよ」


 片手で二つ持っていたコップの内の一つを、長テーブルのエドの前に置く。


「ん?」

「飲むなら自分で入れろよ」


 次いで、スポーツドリンクのペットボトルと自分のコップも置き、さっきと同じソファに座る。


「俺の分のコップも持ってくるなんて珍しいな」

「あぁ、俺もそう思う」


 エドに適当に返しながら、袋を開ける。


「なんだ、それは?」

「見て分かんねぇか?」

「アイス、だな」

「分かってんじゃねぇか」


 淡々とした作業のような感じの会話。

 木の棒を掴み、袋の中からアイスを出す。


「モユちゃんが一番好きだったアイス、だ」

「……あぁ、ちゃんと分かってんじゃねぇか」


 青い色のアイス。俺が初めてあげて、あいつが初めて食べて、一番好きだったアイス。

 大きく口を開けて、大きくかぶり付く。

 ガリッと氷に歯が突き刺さる音がして、アイスには歯形が出来た。


「俺が聞いたのはそこじゃない。なんでアイスが二つもあるのかを聞いたんだけどな」


 冷たい食感と、甘い味覚が口の中に広がる。


「モユから貰った。二つ……食っていいって、さ」


 夕立の次は、にわか雨が降ってきそうになる。

 アイスは冷たくて、甘くて、しょっぱい。


「……そうか」


 全てを察したエドは、アイスを見つめて一言だけ返してきた。

 降りだしそうなにわか雨から気を逸らそうと、アイスを噛る。


「くれって言ってもやらねぇぞ」

「言う訳ないだろ。そのアイスは二つとも、お前が食べなきゃいけない。お前が貰ったんだからな」

「あぁ」


 アイスを食べるのはいつ頃以来か。いつもあげてはいても、自分が食べる事は殆んど無かった。

 一つ目を食べ終え、二つ目のバリバリ君を開ける。


「……冷てぇな」


 噛って、食べて、呟く。ごく当たり前の、普通の感想を。

 五、六口程食べて、木の棒の頭が出てきた所で気付く。

 棒に『当たり』と文字が書いてある事に。


「……遅ぇよ」


 それを見て、ぽつりと呟く。

 残りのアイスを一気に全部食べ、木の棒を天にかざして声を向ける。


「三本も食えねぇわ。そっちで食ってくれや」


 天国に居る、あいつに。


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