No.50 決心
皆が納得し、受け入れてくれた事に安堵し、安心する。
だが、こうなってくれる事はなんとく予想はしていた。
沙姫と沙夜先輩は解らないが、白羽さん達はすんなり受け入れてくれると。
「それで、これからはどうするんだ、匕?」
「これから?」
「SDCだ。モユちゃんは生き返らせないと決まったが、参加しない訳じゃないんだろ?」
「たりめぇだ。俺は俺の願望いを叶える、その為に生き続けて来たんだ」
それに、モユとの約束だからな。
「だから、もしかしたら沙姫と沙夜先輩と最後には戦うかもしれない」
「えっ……!?」
「咲月君、と?」
「願いを叶えられるのは、最後まで残っていた一人だけ。そして互いに、命を張ってまで叶えたい願いがある……しかも、SDCは次で最後だ」
モユが亡くなったあの日の夜。雨の中、テイルが言った。モユの仇が、薄ら笑いを浮かべ言った。
次で……最後だと。
「ここまできたら退けないだろ、お互いにさ」
身体を張って、命を張って、意地を張って。今までS.D.C.を戦い続け、戦い抜いて、戦い残ってきた。
見えなかったゴールは見えて、すぐそこまで来ている。
「もし戦う事になったその時は……俺は、本気で戦うつもりだ」
ふざけた様子は一切無く淡々と話す俺が、冗談ではなく真剣だというのが伝わってか。場は静まり、空気は鎮まり、気は沈む。
視線を向ける俺に対し、沙姫と沙夜先輩は意図的に目を逸らしている。
気持ちは解る。今まで二人とは仲良くしてもらった。多分、これからもそうだろう。
それだけに、気まずさがある。なまじ仲が良いだけに、相手の事を考え、気にしてしまう。
SDCで叶えられるのは一人。だから、こうなる。だから、争う。だから、戦い奪う。
そうなるよう、仕組んであるんだ……SDCは。己の欲望で人が人を潰し合うように、戦い争うように。
裏でテイルがタバコを啣えながら、ほくそ笑んでいると思うと腹が立つ。
「わかったわ、咲月君。私……いえ、私達にも叶えたい願望いがある」
俯きかけていた頭を上げ、沙夜先輩は俺を真っ直ぐに見つめる。
それは力強い眼差しで、さっきまでの曇った表情は消えていた。
その目に、迷いも戸惑いも無い。
「もし咲月君と戦う事になった時は……私も全力で戦うわ」
「ちょ、ちょちょ! 姉さん!? 咲月先輩と戦うって、本気で言ってるの!?」
「本気よ。私も、咲月君も。沙姫、あんたも願望いを叶える為に今まで残ってきたんでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「SDCで願望いが叶えられるのは一人で一つ。その時点でもう、避けられないのよ」
「ッ!」
「それだけの覚悟が必要なのよ。自分の願望いを叶える為にはね」
少し、沙夜先輩は悲しそうな目をする。
きっと、沙夜先輩も沙姫も考えたろう。全員の願いを叶え、全員が笑える方法を。
俺だって考えた。けど、そう甘くない。世の中も、現実も。
「なら、互いに本気で戦って後腐れ無くした方がすっきりするわ。それに……」
沙夜先輩は視線を、隣の沙姫から俺へと変え。
「私は負ける気、しないもの」
唇の端を吊り上げ、普段の沙夜先輩では見た事の無い不適な笑みを浮かべた。
「奇遇ですね、沙夜先輩。実は俺も負ける気はしないんですよ」
それに釣られ、俺も似たように笑って返した。
「わかりました、咲月先輩。その時になったら、私も本気で戦います」
「沙姫……」
「私には叶えたい願望いがあって、それは咲月先輩にもあって……本音を言えば、咲月先輩とは戦いたくないです。一緒に出掛けたり、組手をしたり、ご飯を食べたり……仲良くしてもらってましたから」
握る沙姫の両手は、僅かに震えている。
「本当は気付いていたんです。お互いがSDCの参加者なら、いつかは戦う事になるのは。けど、咲月先輩と仲良くなっていって、考えないようにして、問題の先送りのままで……でも、これを機に決めました。今、決めました」
沙姫の両手は震えが、止まった。
俺を見る目は沙夜先輩同様、迷いが無く決意の固まった目。
「だから、どっちが負けても恨みっこ無しです!」
「あぁ、どんな結果になっても恨みも言い訳も無しだ」
そう言う沙姫は、いつもの無邪気で元気な笑顔だった。
「あ、でも、もし最後に残ったのが私と姉さん、咲月先輩だったら……私と姉さんで咲月先輩と戦えば勝率が上がるんじゃ……」
「そうね、それだと確実に私達が有利になるわね」
「えっ!? 一対二!?」
姉妹同盟でまさかの展開。と言うか、姉妹なんだから手を組むと考えるのが自然だわな。
それに沙姫と沙夜先輩は、今で二人で協力してんだっけ。
もしかして俺、自分から不利な方にしちゃった?
「ちょっと待て! それは少しキツいような……」
「咲月君、さっき言ったわよね? 本気で戦うって」
「そうですよ、咲月先輩。勝てばよかろうなのだァーッ! です!」
組手で沙姫相手だけでも苦戦してんのに、沙夜先輩も同時に戦う事になったら勝ち目なんてまず無い。
しかも、沙姫と違って組手をした事が無いから沙夜先輩の戦い方や癖は解らない。それに沙夜先輩って槍を使うんだっけ。使う所を一度も見た事無いけど。
「おいエド、お前、俺と組んでんだから……」
「女性に手を上げるのは好みじゃないんでパスだ」
「てめっ、この……!」
そうだった、コイツは女性の前ではだった格好付けるんだった。
学校だけだと思っていたら、ここでも平常運行かよ。
「よし、わかった。もし最後にお前も残ってたら真っ先に潰すわ」
「咲月君、その時は私も協力するわ」
「あ、私も私も!」
「え、あれ? なんで二人と戦わないって言ったのに俺は二人の敵になってるんだ?」
沙姫と沙夜先輩とは戦わないと格好付けたら、まさかの裏切り。
ざまぁみろ。
「敵の敵は見方ってヤツですね」
「いや、この場合は敵の敵は敵だろ。モテモテで良かったじゃねぇか、なぁエド?」
皮肉混じりの笑みを浮かべて、エドを一瞥する。
「あぁ、冴えない野郎よりも美少女二人にやられるなら本望だよ」
肩を竦ませ、皮肉で返してきた。
「先に咲月君と協力してエド君を倒せば、あとは咲月君を私と沙姫の二人で相手出来て都合が良いしね」
「な、なんか沙夜先輩が腹黒な事を言ってるんだが……?」
にっこりと微笑む沙夜先輩ではあったが、表情とは裏腹に黒い事を言っていた。
沙夜先輩ってそんなキャラだったっけ?
「ふふっ」
「えへへ」
「は、ははっ」
沙夜先輩と沙姫が口から空気を吹き出し、笑う。それに釣られるように、俺も笑った。
暗く重かった空気を掻き消すように。
「どうやら、決まったようだね。君達が進む道が」
「決まった、ね……白羽さんはこうなる事は予想していたんじゃないのか?」
「まさか、私はそんな超能力じみた力は持っていないよ」
「どうだか」
「私に出来るのは、間違った道には行かないように見守る事だけさ」
言って、白羽さんは含み笑いに似た微笑みを見せる。
白羽さんは味方として頼りにはなるが、本心では何を考えている解らない時がよくある。
そして、それがあいつに似ている。性格、口調、雰囲気。殆んどが似ても似つかないのに、似ている。
本心を見せない所が、本音を悟らせない所が、本意を気付かせない所が。
根本的な部分が、白羽さんは似ている。
――――テイルに。
「じゃ、咲月先輩! 次のSDCで最後の残りになった時は……」
「手加減無し、容赦無し、恨みっこ無しの本気で」
「あぁ、ガチンコ勝負だ」
三人で見合い、三人が微笑い、三人は決意を固める。
そしてそれは、確実な別れを意味した。赤茶い髪の少女との、別れを。その事は解っている。ここに居る全員が。
けど、誰一人として哀しむ様子を見せる人も、泣き出す者も居ない。
哀しみに慣れた訳でも、悲しみが薄れた訳でもない。
乗り越えようとしている。少女の死から、悲哀の壁から。
進もうとしている。転んで躓いたままだった道を、雨が上がって太陽が顔を出した道を。
「そうだ、咲月先輩! 夕飯、一緒にどうですか!? 咲月先輩の立ち直り記念として私が腕に縒りを掛けて料理を作りますよ!」
「立ち直り記念って何だよ……」
「だってずっと部屋でへこんでましたし……快気祝いとも違いますし」
「ぐむっ……!」
確かにへこんでたし、八つ当たりまでして情けない姿を披露しましたよ。
それは認めるし反省もする……が、やはり出来るなら引っ張り出して欲しくない。
黒歴史は掘り起こすべきではないんです。
「んー……いや、ありがたいけど今度に頼むわ」
「えぇー、なんでよぉ?」
「って、なんで深雪さんが残念がるんですか?」
肩をがっくり落とし、そりゃもう心底残念だと分かる程顔に出ている。
「だって沙姫ちゃんの料理を食べたかったんだもん。最近はファーストフードやコンビニ弁当ばかりだし……」
「いや、そんな事言われても」
沙姫の料理が美味いのは同意するけど、深雪さんの食生活は俺の知った事じゃない。
「でも、本当にどうしてですか、咲月先輩?」
「まぁその、なんだ。肉まん食ったばっかだし、せっかく食うなら腹が減った時に腹一杯食いたいしさ」
「むぅ……」
「だから今度頼むよ」
「わかりました、じゃあ今度ごちそうします」
少し不満気ながら、沙姫は納得してくれた。
「で、今からどうする? 俺が話したかった事も話し終わったし、夕方手前で中途半端な時間だけど」
広間にある時計に目をやるとまだ午後五時になる前。外も陽が出てて明るい。
「んー、どうしよっか、姉さん?」
「そうねぇ、帰るにしても電車の時間までまだあるし……」
沙夜先輩は携帯電話を取り出して、少しだけ唇の両端を下げる。
多分、携帯電話に電車の時刻表をメモしてあるんだろう。
「うん? もし帰るのなら車で送るかい?」
「いいんですか? でも、白羽さん仕事があるんじゃ……」
「構わないよ。別段遠出する訳でも無いからね」
「って白羽さんが言ってるけど、姉さんどうする?」
「じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらいましょうか。なんか今日は疲れたもの」
微苦笑して、沙夜先輩は小さな溜め息を吐く。
「そうだね、心配の種が一つ無くなったし」
「ぐっ……悪かったよ、心配させちまって迷惑掛けたのは反省してるよ」
「あはは! 冗談ですよ、咲月先輩。でも、安心したのは本当ですから、今日はぐっすり眠れそうです」
沙姫の特徴の一つである元気な笑顔。それが少し、いつもより元気が無く見える。
疲れが溜まっていると言えばいいか。その原因だったのが俺だというのは、言うまでもない。
「では、行こうか」
「あ、待ってください、白羽さん」
白羽さんが腰掛けていたソファから立ち上がろうとした所を、深雪さんが声で止める。
「外に出る用事がありますから、私がついでに送って来ますよ」
「良いのかい?」
「はい。車の方が私も都合が良いですし」
「そうか。では深雪君に頼むとしよう。車の鍵だ」
白羽さんはスーツの胸ポケットから鍵を取り出して、深雪さんへと差し出す。
そう言えば、シャワーを浴び終えて廊下で会った時に、車に携帯電話を忘れて取ってきたって言ってたもんな。
「それではお借りします。沙夜ちゃんと沙姫ちゃんは先に玄関に行って待ってて。私は部屋に取りに行く物があるから」
「わかりました」
「はーい」
白羽さんの所まで移動し、深雪さんは車の鍵を受け取る。
「それじゃあね、咲月君。まだあまり無理しないようにね」
「はい、迷惑掛けました。沙夜先輩もゆっくり休んで下さい」
「じゃ咲月先輩、今度ご飯ご馳走しますから楽しみにしてて下さいね!」
「あぁ、沙姫の料理の味は知ってるからな。言われなくても楽しみにしてるよ」
二人はソファから立ち上がり、広間の出入口の方へと歩いていく。
「コーヒー、ご馳走様でした」
出入口前で沙夜先輩が白羽さんにお礼を言う。
今更だが、テーブルに空のグラスが二つ置いてあるのに気付いた。多分、俺がシャワーを浴びている間に飲んでいたんだろう。
「うん、またいつでも遊びに来ると良い。ここはモユ君との思い出の場所であり、彼女の家だからね。友人が遊びに来てくれれば喜ぶだろう」
「……はい、絶対に遊びに来ます!」
「はい。また、来させてもらいます」
涙を堪えるように笑いを浮かべ、二人は白羽さんに返した。
友人で、姉妹のようでもあった少女を思い出して。
「それでは、失礼します」
「エド先輩、もう咲月先輩と殴り合ったらダメですからね!」
「それは匕の態度次第だが……ま、善処はするよ」
スカした口調で沙姫に答えるエド。もっと強く殴っておくべきだったか。
沙姫と沙夜先輩はそれを最後に、広間から出ていった。
「匕君」
「あ、はい?」
「給湯室の冷蔵庫に飲み物を買ってきてあるから、それを飲んで水分を摂りなさい」
「水分? なんでまた……」
「あなた、ここ数日ろくに飲み食いしてなかったでしょう? 栄養失調にはならないだろうけど、脱水症状になるかも知れないんだから」
あ、そうか。そういやそうだったな。最近あまり食ったり飲んだりしてなかったんだ。
沙姫と沙夜先輩が作ってくれてた料理は殆んど手を付けなかったし。
シャワーを浴びてた時に何度か立ち眩みが起きたけど、もしかしたら脱水症状の兆候だったか?
「わかりました、ガブガブ飲んでおきます」
「では、白羽さん。二人を送ってきます」
駆け足で広間から深雪さんは出て、自分の部屋へと向かっていった。
一気に三人も居なくなり、広間に残ったのは男だけに。女三人寄ればかしましいとは言うが、男の場合はなんて言うのか。
「こう、急に人が居なくなって静かになると淋しさを感じるね」
ソファの背もたれに寄り掛かり、白羽さんは呟くように言った。
「それで、咲月君。沙夜君と沙姫君を帰らせたのには何か目的があったのかい?」
「気付いてたのか」
「直接帰れとは言ってなかったが、言い回しはそれに近かったからね」
横目でエドを見ると、別段驚いた様子も無い。エドも気付いていたか。
「気持ちの整理は、必要だろ」
視線をエドから外して足元にやり、ばつが悪そうに頭を掻く。
「モユと約束したとは言え、俺の勝手な頼みでさ……沙夜先輩と沙姫には辛い決断をさせちまった」
「SDCの願い、か」
「納得して、決意して、決断したとしても……そう簡単に割りきれない部分や、思い切れない事もある。そういうのを落ち着いて、一人で考えて、整理する時間が必要なんだよ」
迷いを、想いを、これからの事を。各々が一人で、自分自身の方法で。
気持ちを整理して、踏ん切りを付け、切り換える為に。
「お前のように、か。匕?」
「あぁ。ただ、情けない事に俺は何日も掛かったけどな」
いじけて、へこんで、迷惑掛けて、心配させて、八つ当たりまでしてしまって。
それでもこうして、決意出来た。
「経験者は語る、というやつかな? 咲月君」
「まぁ、ね。でも、誰にでも心や気持ちを整理する時間は欲しいよ。人の生き死にが関わった事なら、尚更さ」
「ふむ……やはり君は、強いね」
「強くねぇよ。大切な人を守れず、二人も亡くしちまった俺が強い筈がねぇ」
「……」
自分の弱さ、情けなさ、惨めさ、未熟さを思い知った。
それら全てを知って、引っ括めて、俺は思う。
「けど、約束を守れる位には……強くなりたいと思ってる」
「……そうか」
右手首に巻いた黒いリボンを、左手で強く握り締める。
それを見て、白羽さんは納得するように……そして、嬉しそうに微笑んだ。




