No.34 罰ゲーム
追うように氷の水族館の中に入ると、既に沙姫達は防寒着を着用していて待っていた。
係員に防寒着を差し出されるも、それを不要と返したら『本当にいらないんですか?』と言われた。
えぇ、いりません。本当は欲しいんだけど、着れません。敗者は勝者に従う。悲しきかな、それが世のルール。
係員に案内され、氷づけになった魚が並ぶ部屋へと出る。
「わー! 凄ーい!」
「本当に氷づけになってるのねぇ」
部屋には四角く型取られた氷が並び、その中に様々な魚が埋められて展示されていた。
氷は無色透明で、向こう側の通路まで透けて見える。
水族館と言うより、氷の標本と言った方がしっくりくる。
「っはー、本当に凄ぇ」
氷が透明なので魚が宙に浮いているよう錯覚して、更にライトで照らされて輝く様が幻想的に思える。
氷づけで展示されているのは水族館などで見るような熱帯魚や珍しい魚ではなく、スーパーやそこらで買えるような一般人に馴染みのある魚ばかり。
鰯、鯵、鯖、鰤……とまぁ、食卓で並ぶような魚が沢山いる。
スーパーで見る時は綺麗だなんて微塵にも思わないけど、見せ方を工夫するだけで幾らでも違う見え方が出来るんだな……。
「咲月君、大丈夫?」
「え? あぁ、全然平気ですよ。外が暑かったせいか、涼しい位です」
マイナス五度って聞いた時はヤバいと思ったけど、案外大丈夫みたいだ。
沙姫とゲーム勝負をして体温が上がっていたってのもあって、熱冷ましに丁度良い。
でもやはりマイナス五度。吐く息は真っ白い。
「モユは寒くないか?」
「……うん、大丈夫」
モユは魚が珍しいのか、食い入るように眺めている。
そういや、野菜炒めばっか食わせてて魚を食わせた事無かったな。
「さぁ、どんどん奥へ行きましょう!」
部屋は他にもあり、通路が奥へと続いている。
沙姫はどんどんと先に進んでいく。
「私達も行きましょうか」
「そうですね」
ったく、もう少し落ち着いて見れねぇのか、あいつは。
沙姫を追っ掛けるように、俺達も奥へと進んでいく。
――五分後。
「さ、さささ、寒ィィィ!」
さっきまでの快適さは何処へやら。今は完璧に防寒着を着なかった事を後悔しまくってます。歯はガチガチ鳴って、身体は震え、鼻は痛い。
だ、誰か……毛布と温かいスープをくれ……。
「さ、咲月君、大丈夫?」
「だ、だだ、だ、大丈夫じゃじゃ、ないでです……!」
あまりの寒さに呂律が回らない。死ぬ。このままじゃマジで死んでしまう。
腕を擦ってみるも、焼け石に水ならず、氷山にお湯。つまり、気休めにもならない。
「最初はあんなに強気な事を言っていたのに……もうギブアップですか?」
「ん、んんんな事を言うなら、ふふ、服を寄越せ! お前もこのさむ、寒さを体験してみろってんだ!」
マイナス五度を甘く見過ぎていた……。
そりゃ魚も氷づけになるってもんだよ。半端なく寒ぃもん。
「あ、この先にドアがありますよ」
「ほ、ほほ、本当か!? 早く行くぞ! も、もう限界だ!」
俺の命の灯火はもう消えかけてるから早く!
氷づけの魚なんぞもういいから! このままじゃ冷凍睡眠さちまう!
「……匕、大丈夫?」
「だだっ、大丈夫だ! まだ体力は辛うじてのこ、残ってる!」
少しでも体温を上げようと、その場で必死に足踏みする。
「も、モユこそ大丈夫かよ? 鼻が赤くなってんぞ」
防寒着を着ていても、顔だけは露になってしまう。
モユの身体も冷えてきたのか、鼻先が赤くなっていた。
「……うん。でも、匕は顔が真っ青」
「は、はは、は……き、黄色もありゃ、信号機ってか?」
無理矢理笑って見せて、冗談を言ってみる。
多分、唇は紫色になってんだろうな。
「さ、沙姫! 早くドアを開けてくれ!」
素手でマイナス五度で冷やされた物を触りたくなく、手袋をしている沙姫に頼む。
それに、冷えた金属に素手で触ったら引っ付いちまう。
「はーい。あー楽しかった!」
沙姫が取手を押して、ドアを開ける。
や、やっと極寒地獄から解放される!
開かれたドアの向こうには、肌にまとわりつく熱気と、サンサンと日差しを照りつける太陽が空で輝い――――。
「……あれ?」
熱気……あれ? 光輝く太陽は……あれれ?
ドアの向こう側には、ドアのこっち側と変わらない風景が広がっていた。
肌を突き刺す冷気と、雪みたいに白い息。そして、並ぶ氷の標本。
「外は? 太陽は? 暖かい空気はぁぁ!?」
なんで、なぜ!? どうしてこうなった!?
「あ、あのー……咲月先輩」
沙姫は言いにくそうな表情で、ドアの隣にあったプレートを指す。
「ここからは、貝類だそうです……」
「貝、類……?」
終わりじゃねぇの? じゃあまだ続く訳? マジで? 本当に?
「……沙姫、今何か聞こえなかったか?」
「え? いえ、私は何も……」
「あぁ悪い。俺の心が折れた音だったわ」




