開戦の予兆
「は、博士!大変です!上空にでかい門が......でてきま.....した.....よ?」
桃色の髪を揺らし、息を切らしながら部屋へと突入してきた少女が見たものは、大きな風呂敷にせっせと荷物を詰める白衣姿の男だった。
「......なんですか。博士からコソ泥にジョブチェンジしたんですか」
マッドサイエンティストらしからぬ装いに、思わず心の声が漏れてしまう。
何かしらの罰が下るかと身構えるも、男は気に留めるそぶりもなく口を開いた。
「見てわかるだろう。夜逃げだよ夜逃げ。君も見ただろう?あれは......イカレ宗教団体、フレイヤ聖騎士団だ」
フレイヤ聖騎士団。神フレイヤを主神として崇め、日夜北の大地を警護......もとい徘徊している宗教団体だ。
ただ警護してくれるだけなら大して害はなく、むしろありがたい存在なのだが......
「彼らは悪党に厳しいですからね。博士みたいな子供を拉致して人体実験するような人なんて、ボッコボコにリンチされて川に捨てられるんじゃないですか?」
「流石に言い過ぎだ......と言いたいところだが、否定はできん。くそっ、どこから漏れたか知らんが、非常にツイてないな」
頭を抱え、慌ただしく書類や薬を詰めていくノース。
フレイヤ聖騎士団は悪党を血の果てまで追いかけまわし、残虐に処刑することで有名だ。
そんな噂に怯える彼を呆れたようにみやり、ノーニャは画面に映る上空の映像へと視線を移した。
重厚な門は開いたままで、子供を乗せた騎馬を次々と迎え入れている。
「場所がバレた以上、これ以上の実験は不可能。それに、万一博士が死ねば」
「ああ、半端者の命をつなぐ薬は私しか作れん。......君も君の姉も、皆仲良くお陀仏だ」
不気味な笑みを浮かべるノースに内心舌打ちしつつも、ノーニャは逆らうことができない。
「......私があの門を閉めてきます。その隙に地下通路からお逃げください」
「ああ、頼むよ。ええと.....被験者番号F63番。また王城で会おう」
この男は、長い付き合いになるのに名前すら覚えようとしないのか。
ノーニャは心の底から軽蔑しつつ、大きな足音を立てながら部屋を出た。
自分の苛立ちを露わにするように。
・・・・・・
「......行ったか」
足音が遠のいていったのを確認し、男は奥の部屋へと進む。
「あれにはああ言ったが」
目の前に広がる、薄緑の液体が入った試験管を眺めながらほくそ笑む。
「あいつらに薬など必要ない。......せいぜいタダ働きに興じてもらおう」
言って、それらを風呂敷に詰めていく。
ひとしきり大事なものを詰め終わると、書類の散らばったメインデスクの前にて最終確認。
忘れ物がないか確認し終わると、風呂敷を背に担ぎあるものを拾い上げた。
デスクに置いていた、ロケットペンダントだ。
「.......カレン。私はあきらめんぞ。何を犠牲にしても」
中に入った写真に写る、向日葵のような女性にこう呟く。
「君を、救ってみせる」
・・・・・・
目まぐるしく変わる風景と、頬を撫でる程よい風圧。
青々とした森に朱が混じり、甲高い金属音と悲鳴交じりの鳴き声が木霊する。
風になるとはまさにこのことだろう。
「乗馬ってこんな感じなのかぁ。まぁその、うん。悪くないよ?悪くないんだけど......」
「ダイン君、言いたいことはわかるが、その......」
申し訳なさそうに口ごもる聖騎士の声を背に受けながら、ダインはとうとう我慢しきれず口を開く。
「いくら進めど血と死骸にしか目がいかねーし、腐臭がすげえんだけど!!」
現在、ダインと聖騎士は暴走した隊長を追って森の中を飛翔していた。
森のあちこちには、隊長が通り際に葬った魔物の残骸が転がっている。
「俺、乗り物に乗るの初めてだからちょっと期待してたのに......漏れるのは感動じゃなくてゲロになりそうだよ!!」
そうぼやくダインの口から、さらに不満がこぼれる。
「というか、ヴァイスさん強すぎやしないか?あんなあっさり魔物殺されると、ちょっとへこむんだけど」
眼下に広がる死骸の中には、過去に命がけで倒した魔物、熊型リーパーの姿もあった。
隊長の実力は相当なもののようで、息をするように魔物を殺し続けている。
そんなダインの言葉に苦笑しつつ、
「まぁ隊長は騎士団の中でも別格ですからね。張り合おうだなんて考えないほうがいいですよ?......その先は地獄です」
顔を引きつらせながら助言してくる聖騎士、クルル。
おそらく彼も苦い思いをしたんだろうなぁ......などと考えていると、
「それにしても臭いがきついな......!!鼻が曲がりそうだぞ」
強烈な死臭に眩暈がし、耐え切れず口呼吸をするダイン。
そんなダインを見かね、クルルが口を開く。
「まぁまぁ、こういうのは慣れですよ。どうしても死臭はきついですからね。僕も最近までは悩みの種だったんですが、だんだん慣れちゃいました」
さすが隊長の右腕。踏んだ場数が違うというやつか。
「いや~さすがっす。こんな強烈な臭い、俺じゃあ到底慣れようが......」
ない、と言いかけてチラリと背後を振り向くと、彼の鼻には......
「おいいいいいい!その鼻に突っ込んだ布はなんだよ!?慣れっていうか鼻栓してるだけじゃねえか!!!」
端正な顔立ちを歪ませる純白の布が、両の鼻に詰め込まれていた。
「ごめんごめん。......ほら、片方だけなら貸してあげても」
「いらんわ!!......あーくそっ!グリムは見つかんねーし、隊長速すぎだし臭えーし、踏んだり蹴ったりだ!」
そう吐き捨てると、わずかにでも臭いを逸らそうと空を仰ぐ。
上空では騎馬の群れが雪崩のように押し寄せ、門の中へと吸い込まれていく。
目視できる限りでは、もう空を飛ぶ騎馬はほとんど中へ入ってしまったようだ。
「あん中にグリムがいたら安心なんだけどな......」
そうつぶやいた瞬間、空を一閃の焔が両断した。
『それ』はそのまま門へ直撃し、見るからに重そうな門をあっさりと閉じてしまった。
閉じられた門はそのまま塵となって、空に消えていく。
「......は?今、なにが」
脳が事象を理解するよりも早く、胸に強烈な痛みが走った。
「ぐぁっ......!!な、なんだ!?」
胸骨にかかる痛みをこらえながら目を開けると、移り変わっていた景色が止まっていた。
騎馬が急停止したのだと理解したのと同時に、前方に止まる隊長が目に入る。
「......ヴァイスさん?」
彼はこちらを一瞥すると、上空へと視線を戻し。
「クルル、お前はここで待機だ。ダインボーイを守りたまえ。......俺は緊急クエスト...だっ!!」
瞬きした後には、彼の姿は消えていた。
「くそっ、なにがどうなって.....!!」
突然の事態に軽くパニックになり頭を抱えるダインの肩に、クルルがそっと手を添えた。
「ダイン君、落ち着いて。落ち着いて聞いてくれ。隊長が向かった先は......」
クルルはそういうと、ゆっくりと上空へ指を指す。
「ソーサラー同士の戦場だ」
その方向へ視線を向けると、そこには黄色い閃光と赤い閃光が飛び散りあっていた。
お久しぶりです!
中々筆が乗らず投稿ペースが遅くなっちゃってすみません......
でも完結するまで頑張るつもりなので、高評価とコメント、よろしくお願いします1




