16話 只今
「野島は、帰宅中とかに近所のオバはんが“おかえりー”言うてきたら何て返すん?」
「え?そんなん、普通に“ただいま”やろ。
寧ろそれ以外に無くない?」
「いやそもそも、自分の帰りを待ってるわけでもないオバはんの“おかえり”に“ただいま”って言うたら、なんかただいまを搾取されてる気せえへん?」
「せんわ。なんやねんその搾取。
別に減るもんちゃうし、搾取されたとしてもええやんけ。
てか普通に“おかえり”には“ただいま”って返すのがもう定型としてあるやん。気にせず言うとけばええやろ」
「それだけちゃうねん。
ホンマに帰ってる途中かも分からへんのに、そのオバはんは“この子は帰宅中や”って勝手に推測して“おかえり”を押し付けてるわけやろ?その傲慢さが嫌やわ」
「オバはんも善意で言うてんねんから、そんな傲慢とか言うたんなや」
「“おかえり”に何の善要素があんねん」
「あるやろ。言われた方は嬉しいやん。
何かほら、人間として認識してくれてる!ってなるやろ」
「何なんその人間に憧れてる化け物みたいな観点。
お前だけやろそれ。
そのオバはんのおかえりを受け入れて“ただいま”を返してまうと、そのオバはんの元に帰属してるみたいになるし、ほぼ誘拐やろ」
「おかえり言うただけで誘拐犯扱いされるオバはん可哀想すぎひん?」
「野島みたいに迂闊に“ただいま”って言うてしまう奴がおるって思うと、日本人の防犯意識どうなってるんやってゾッとしてるわ」
「そんな国レベルの問題意識やったん。
じゃあ何て返したらええねん。無視の方が治安悪い気するやん」
「“通過です”って返すのが一番やろ」
「うわ、体温を全く感じひん返答やな。オバはんもビックリするやろ」
「ええねんそれで。
“おかえり”って言われたら“通過です”
“いってらっしゃい”って言われたら“発車します”って返すのが無難や」
「お前路線バスやったん?
そのうち“停車します”とか言い出しそうやん」
「それは家の玄関で言うてる」
「誰に向かってやねん。
もうオバはん関係なく積極的に路面電車になってんの何でなん」
「敷かれたレールの上で生きてる俺は路面電車みたいなもんやろ」
「え…急に重たいやん」
「オバはんは“おかえり”って言うことで
俺の停留所になれると思って言うてるんかもしれへんけど
俺みたいな路面電車は決まった場所にしか止まられへんねん…」
「うん。何言うてんのか全然分からんけど、オバはんも別にそんな深読みした“おかえり”ちゃうから。
てかな、全部の言葉に意味を求めたらアカンねん!
人間ってのはもっと適当に生きてるもんやろ」
「せやな…でも路面電車の俺にできるかな…
“ただいま”って言えるかな…」
「できる!お前は路面電車ちゃう!人間に戻ってこい!」
「野島、ありがとう…俺人間に戻るわ」
「おう!松崎…おかえり!」
「通過です」
「なんでっ!?」




