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【第11話】「畑の災難、土の魔法」

 知久たちが所属する、『冒険者ギルドホワイティア支部』は、文字通りホワイティア村に拠点を構えている。

 この村は比較的新しく、誕生してまだ二十年ほど。木造の建物が立ち並ぶ素朴な風景には、まだどこか開拓地の空気が残っていた。

 ギルドの支部ができたのもここ数年の話だ。

 村に畑はあるものの、まだまだ土地は有り余っている。


「──というわけで、今日は村長からの依頼だ。畑の開墾を頼みたい。期限は1週間だ」


 支部長マルベックの命令で、支部員総出の開墾作業が始まった。

 『畑の開墾』といっても、実態は雑草と石に覆われた原野の整地。簡単な仕事ではない。


「いったいこれのどこが冒険者ギルドの仕事なんだろうなぁ」


 知久は思わず空を見上げてぼやいたが、今さら反抗できる雰囲気ではなかった。


『しゃあねえやるかー』『あーめんどくせー』『かったりー』『どうせ大した給料も出ねぇのに……』


 他のギルド員たちは文句を言いながらも、雑草を引き抜き、石をどけ、鍬で地面を掘り起こし始めた。

 知久も渋々鍬を手に取り、乾いた土を叩くようにして耕していく。


 これが想像以上の重労働だった。


 1時間ほど無心で鍬を振り続けるうちに、腕は鉛のように重くなり、肩と腰に鈍い痛みが蓄積していく。


「しかし……広いな。これ、1週間以内に人力で全部やれって?」


 目の前に広がる原野の広さに、思わず呆れたように息を吐いた。

 隣ではゴルディがタオルで汗を拭きつつ、苦笑いを浮かべている。


「マルベックのやつ、期限にはうるせぇからな。1週間で終わらなかったら、無報酬どころか罰金を取られるぞ」


「……無茶苦茶だな、ほんと」


 やる気はどんどん地面に吸われていく。


『おりゃー!!』『ぎゃあああ!!』『あぶねえ!!』


 向こうからはアゼリアの賑やかな声が響いてきた。どうやらまた鍬がすっぽ抜けたらしい。


──この光景にも、もう慣れたものである。


 知久がため息を吐いたそのとき、隣でミロリーがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……やってみたいことが。私の土魔法で、畑を耕してみます……」


「お、その手があったか!」


 それが成功すれば、大きな戦力になる。効率化できるなら、それに越したことはない。

 だが、他の冒険者たちはやや懐疑的だった。


「でも、大丈夫なのか? そいつの魔法、成功したのほとんど見たことねぇぞ」


「おとなしく鍬でやった方が確実じゃねぇか?」


 顔に土を付けたアゼリアも心配そうに寄ってきた。


「ミロリー、大丈夫なの?」


「は、はいっ。やります!」


 ミロリーは小さく深呼吸すると、両手を地面にかざし、魔力を集中させた。

 いつもの穴掘りではなく、広範囲にわたる波のような魔力のうねり。


「……《アース・ウェーブ》!」


 ドンッという音とともに、大地がうねる。

 土が波のように押し寄せ、雑草を根こそぎ吹き飛ばしていく。


「うわっ!? ちょっ、おい! 俺んとこまで来てるって!」


「きゃあっ、ご、ごめんなさいっ!」


 勢い余った波は支部の物置まで巻き込み、半壊寸前。地形はめちゃくちゃになった。


 ミロリーは真っ赤な顔でうずくまり、そのまま自分で穴を掘って、半分身を隠してしまう。


「……私、やっぱりダメです……ごめんなさい……」


 知久は、そんな彼女の姿を見て、ふっと微笑んだ。


(ミロリー、頑張ってるんだ。だったら、俺も……)


「いや、十分だよミロリー。あとは俺に任せて」


 確かに地形は荒れてしまったが、土は柔らかくなっている。

 知久は懐から2本の缶を取り出し、ふたつのリングを一気に引き抜いた。


「《ライフイズエナジー》奥義……《ダブルドリンク》! 《レッドバイソン》、そして《ブルーライトニング》!」


 カシュッと音を立てて缶を開け、勢いよく飲み干す。

 カッコつけてみたが、要はあらかじめ購入しておいたドリンクを、2本一気に飲んだだけである。

 だが、その効き目は抜群だった。


「うぉぉぉおおおッッッッ!!」


 筋力と敏捷性が爆発的に増し、知久の体がまるで音を置き去りにするかのように動き出す。

 スコップを軽々と振るい、石も根もまとめてぶち抜く。


「なんだあの速さ……! 人力じゃねぇ……!」


「は、畑が、みるみる……!」


 まるで重機のような勢いで開墾していく知久。


「はーはっはっは! 開墾開墾開墾開墾ッ!!!」


 もう完全にテンションがおかしくなっていた。


 だが、数分後──


「ぅ、が……っ」


 知久の身体がふっと力を失い、そのまま地面に倒れ込む。


「と、知久さん!?」


 ミロリーが穴から飛び出し、必死に駆け寄る。

 知久の顔は青ざめ、額には脂汗がにじんでいた。


「ムチャしすぎですっ、なんでそんなに──」


「昨日、使ってなかったからな……2本、出せたんだよ……はは……」


 呆然としたまま、知久の意識は遠のいていく。


 ミロリーは震える手で、彼の額にそっと手を置いた。


「……ありがとう、ございます」


 その小さな声は、土の香りにかき消されて、誰にも届くことはなかった。

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