【第12話】「やさしさの重み」
──ふかふかした布団の感触。
どこか甘い、草とお香のような香りが鼻先をくすぐる。
(……あれ、ここどこだ?)
ゆっくりと目を開けた知久は、見慣れぬ天井と、ほのかに揺れるカーテン越しの光を認識した。頭はぼんやりしていて、体は重く、だるい。
(……ああ、そうだ。畑で……ぶっ倒れたんだっけ)
これが筋力とスピードのドリンクを同時に使った反動、というわけだ。
「また、死んだかと思った……」
倒れた時の感覚は、前世での最後の記憶とよく似ていた。
必死に働いて、働いて……削っていたのが、体力ではなく命だと気づいた時の、あの感覚。
思わず身震いをする。
「奥義、《ダブルドリンク》は今日で封印だな……」
よくよく周りを見渡すと、宿舎の自分の部屋だった。
力尽きた自分を、誰かがここまで運んでくれたのだろう。
……と、そこで異変に気づいた。
(……なんか、横に……誰か、いる……?)
そろりと視線を動かすと、知久の隣。布団の中に、小さな背中があった。
柔らかそうな緑の髪。控えめな寝息。
その存在は、まるで夢のように静かだった。
「…………え、誰?」
思わず口に出してしまう。が、その声を聞いて女の子ががむくりと起き上がった。
「ふわぁ……あっ……おはようございます~。よく眠れましたか~?」
「え、えっ、いや、いやいやいやいや!? 何で隣にいんの!? 一緒の布団だよなこれ!? てか本当に誰!?」
裏返った声を上げてながら、慌ててベッドから離れる。
幸いなことに服はちゃんと着ていた。
「あっすみません~。その~あなたがすごく汗をかいていたので、拭いたり看病してるうちに~気づいたら、わたし~そのまま~……」
聞いているだけで眠くなりそうな、間延びした話し方だ。
「初めまして~。わたし、トキワと申します~。この村の教会出身で、最近ギルドの方にも顔を出させていただくようになったんですよ~」
トキワ、と名乗った女性は教会出身というだけあって、シスターのような恰好をしていた。
だぼっとした服にも関わらず、スタイルが良く見える。主に胸の辺が。
前世ならセクハラで訴えられそうなことを知久が考えていると、トキワはちょっと困った顔になった。
「え~っと、ごめんなさい……嫌でした?」
「いや、嫌っていうか……いや、まぁ、ちょっとびっくりはしたけど……」
ドギマギしながらも、知久は深く息をついた。
──心地よかった。それが正直な感想だった。
「ならよかったです~。一応魔法で治療はしておきましたが……あんまり無茶はしすぎちゃだめですよ~? 倒れてまでがんばるのは、なんだか違いますよ~? 魔法で人を生き返らせることはできないんですから」
「……はい。気を付けます」
一度生き返った身ではあるが、神妙に頷く。
その答えに満足したのか、トキワは微笑んだ。どこか、傷を抱えた人間だけが持つような、やさしい笑み。
「ところで、俺、一体どれくらい眠っていたんだ?」
「え~っと、あなたが運び込まれてから、だいたい15時間ぐらいですかねぇ~」
トキワが時計を見ながらそう答えた。
「うげ、ってことはもう次の日の朝じゃん。ギルドの方に行かないと」
「えへへ~。あなたの隣だと、なんだかいつもよりよく寝れた気がしますよ~。これで、みなさんのお手伝いもばっちりできそうです~」
「そ、そう」
知久は寝ている時のことを必死に思い出そうとした。
天気のいい日にただっぴろい草原で寝ていたような、そんな感覚がほんの少しだけ残っていた。




