㉒仲間
週に1回、月曜日の6限に2クラス合同の芸術の授業がある。
選択科目である歴史系と芸術は入学式の日に希望を取り、振り分けられることになっていて、芸術は書道、美術、音楽の3つから選ぶ事が出来る。
その中でも他2つとは違って新たに購入する物がないという理由で僕は音楽を選択した。
前回までで楽器を扱う授業が終わり今日からは歌関係に入るらしい。
教壇に立つ40代前半のベテラン音楽教師はかれこれ20分ほどかつて県内有数の合唱団に所属していた話や顧問を務める合唱部への勧誘をしていた。やや導入とはいえ長すぎる話に加え、5限までの授業の疲れで睡魔との戦いに負けそうだった。
眠気を払うべく周りを少し見回すが既に戦いに破れた男女が数人くたっと首を下に傾けている。まわりがこんなんなら僕も無理に睡魔に抗う必要はないのではないかと閉じかける瞼を無理に開くことを辞めようとした。
―――が、パンと手を合わせる音が鳴り体がビクッと過剰反応する。
「じゃあ、まず4人組を作って」
と音楽教師はニコニコと笑みを浮かべていた。
自由にグループを作るという事は未だに苦痛だ。
いつハブられるか分からない状況に怯えながら立ち上がれずにいるあの時間を思い出し体が強ばる。
既に周りは立ち上がって思い思いに班を作っていた。
どうしようかと思っていると不意に肩に手が回された。
「透ー」
顔を傾けると直樹の顔のドアップがすぐ傍にあった。耳元に長めの髪がチクチク刺さる。
「組もうぜー」
眠気が残っているようでのんびりした声だ。
この前から徐々に尾びれを付けて広まり続けている噂もあるから出来ればこういうスキンシップは控えてもらいたいのだが直樹は「わーかってるってー」と適当に返事しただけであまり接し方は変わっていない。
あまりしつこく言うこともしたくないし、噂もそのうち収まるだろうからと最近は放っていた。
今もすぐ近くで既に固まった女子グループが「ひゃぁ!」と黄色い声を上げているのが聞こえた。噂が収まるのはまだまだ先になるかもしれない...
気分を切り替えようと息を吐き出し
「おー、じゃあ組むかー」
と適当に返した。ここで変にキョドるとさらに不可解な解釈をされそうだしな。
直樹の腕から逃れ
「あと2人どうする?」
「余ったとこに入れてもらえばいいだろ」
「2人で組んでるやつもいるみたいだし」と直樹は周りを見回して言った。
「そうだな」と座ったまま足を投げ出していると
「押川」
男子2人組が近づいて来た。顔は見たことがあるけど名前が出てこない。
「おう、満晴じゃん」
直樹の知り合いらしい。
じゃあなんで名指しで話しかけたんだろう。
「組むやついないなら一緒に組まない?」
「もち、いいぞー」
直樹が「どうぞどうぞ」と2人に隣に座るように促した。
直樹が教壇にグループのメンバーを記入する紙を取りに行って3人で残される。
改めて2人の顔を見る。
少し焼けた肌、セットされた髪、明らかにリア充の雰囲気を醸し出している。ぶっちゃけ僕とは正反対だと思う。
1、2組合同の授業は体育、芸術と週に数回のペースでそこそこあるため2人とも顔は見たことがあるのだがやはり名前が出てこない。
とりあえず
「すまん、名前、聞いていいか?」
「ああ、実際話すの初めてだっけ?」
満晴は怒ったり不快さを出すことはせず穏やかにそう言った。
「俺、2組の甲斐満晴。サッカー部。苗字じゃ被る人多いから名前で呼んでくれ。で、こっちは同じ2組でバレー部の早崎翔」
「どもー」と満晴の横で翔は手を挙げた。
「よろしく。僕はーー」
続けて僕も名乗ろうとすると
「知ってる。押川透だろ」
と返された。
「最近有名人じゃん」
唐突な言葉に眠気が一気に吹っ飛んだ。
有名?
「えと、そんなに目立ったことしたか?」
戸惑いながらそう聞くと今度は満晴の後ろで急に翔が弾んだ声を上げた。
「だってさ!」
まさか直樹との仲を同性からもネタとしてではなく本格的に勘違いされ始めたんじゃ...
「『あの永田と付き合ってんだろ!?』」
......は?
今度は満晴が口を挟む。
「なあ?永田のどこが好きで付き合ったの?」
この2人が勘違いしている、ということ、そして2人がこの話をするために声をかけてきたのだと言うことに今更ながら気がついた。
2人の声はそこそこ大きいボリュームで周りの履修者がコソコソ聞き耳を立てたり話しているのが見える。
「違うって」
ハッキリと否定した。ここで勘違いしている全員の誤解を解かなければ詠子にまで迷惑がかかってしまう。
でも2人は食い下がった
「えー、でもさー?図書室でよく2人でいるでしょ?」
ニヤニヤニヤニヤ。
こういう視線を僕は知っている。
面白そうなネタがあれば後のこととか人の気持ち考えずにほじくり回して憶測で噂を広めて、周りを固める。悪意がなくてもタチが悪い。
「違うって。勉強教えてもらってただけ。僕とえ...永田は友達だから」
「えー」
と2人は顔を見合わせている。
「またまた〜」と翔が腕を回してきた。
頭に血が上ってくる。怒鳴りたい気持ちをギリギリのところで押しとどめていた。
あと1歩、向こうが攻めて来ればイライラが溢れてしまう程に。
「なーにしてんのー?」
そこに直樹の明るい声が割り込んだ。
ニコニコと笑っている。
「あ、直樹。いやー、今さ、押川と永田のーー」
「あー、そこは聞こえてた。...でもさ」
直樹はグーッとさらに口角を上げた。わざとらしい程に満面の笑みだ。
「そんなのどうでもいいじゃん!それよかさー、曲決めようぜ。リストもらってきた!早い者勝ちらしいから早く申請しないと良い曲なくなる!!」
そう言い直樹はやや強引に2人に貰ってきたらしいプリントを見せた。
「え...あー、そうだな」
直樹の圧に押され2人はプリントを覗き込んだ。
フツフツ湧いていた嫌な感情が冷えていく。
助かった。
2人と共にプリントを覗き込んでいた直樹の傍に移動する。
いつの間にか他の人の視線は僕の方を向いていなかった。
※
「直樹」
放課後になり、僕は直樹の席に近づいた。
「んー?」
直樹は鞄に教科書を突っ込む手を止め顔を上げる。
「さっき、ありがと」
詠子と仲が良くなったことは直樹にも言っていない。言う必要がないと思ったからだ。友達だからっていつ誰と友達になったとか、別れたとか、つまびらやかに話す必要は無い。
でも。
事情を知らなくても直樹はさっき助けてくれた。
「別にー、なんのことだかー」
何でもないというように間延びした声でそう言い直樹は鞄の中身を確認していた。
気にならないのか?、詳しく聞かないのか?ということは言わない。
別に隠しているわけではないが、無闇に話したいとも思わないからだ。
大事なのは直樹や詠子と変わらず話していられるというただ1点だけ。
「...お前にはいつも助けられてるからな」
ボソッと直樹が下を向きながら呟いた。
カバンの口を閉め、顔を上げた直樹はいつものように笑っていた。
「んじゃ、俺部活行ってくるわ」
直樹は何も聞かない。
聞かないでいてくれている。いつも通りでいてくれる。
だから僕もいつも通りにする事にした。
「お、今日は大迫んとこ行かなくていいのか?」
「ふ...、俺をあまり見くびってもらっちゃ困るな。俺だって成長してるんだよ」
腕を組み額に片手を当てて何やらかっこいいポーズを取っている。
...かっこいいというか、厨二病っぽいな。
「お、まさかお前......」
そのノリに僕も乗っかる。
「ふん、今日は、...大迫、用があって定時で帰るらしいんだ」
「って、小テストクリアした訳じゃないんかい」
「おかげでペナルティなし!心置き無く部活に行けるってもんよ!!」
「はっはっはっー!」と直樹は腰に手を当て笑っている。本当に嬉しそうだ。
「じゃ、というわけだからまたな、透」
「ああ、また」
直樹は手を振りウキウキと教室を出て行った。




