第4話 治癒魔法
後ろから声を掛けられ、アステルは男子生徒に向き合った。
少年は金髪碧眼の整った顔立ちをしているが、目つきは鋭い。
この手の人間は、弱者を見下し、暴力を振るうことすら厭わない者も多い。
理想のヒロイン――男にとって都合のいい女を目指しているアステルですら、あまりかかわりたくないタイプの人間だ。
「ちょっとキミに聞きたいんだけどさぁ、いったいどんなズルをしたんだ?」
金髪の男子生徒はそう言いながら、アステルを睨み付ける。
「いえ『超過回復』の原理を応用して発動したれっきとした治癒魔法だけど・・・・・・」
「どういうことだ?」
「薬草の過剰摂取が原因で、風邪をひいてしまう症状のことだね」
「それくらいは知っている! 貴様は今何をしたのかと聞いているんだ!」
苛立ちを隠そうともせず、金髪の男子生徒が乱暴に髪をかきむしる。
周囲を見渡してみる。「早く教えてよ」という表情でその場に居合わせた教師、生徒達がアステルのほうを見てくる。流石に逃げられそうにないか。
「結論から言うとね、その石像の自然治癒力を極限まで引き上げ、内部から破壊したんだ」
チクチクと注がれる視線に恥じらいながら、アステルはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「治癒魔法の本質は対象の生命力や代謝を促進し、自然治癒力を強化すること。私がさっき使用した魔法は攻撃対象となる相手にあえて治癒魔法をかける、というもの。一見して治療行為にも見えたかもしれないけど、これは攻撃方法の一種でもあるんだ。元気な植物に水を与え続けたら枯れてしまうように、相手の自然治癒力を極限まで引き上げることで相手を内部から破壊できる」
「石像を・・・・・・治療するの?」
話しに耳を傾けていた女子生徒が、アステルに尋ねる。
「ああ。それはね、私の治癒魔法は生物のみならず無機物にも効果を発揮するからだよ。だから鎧や刀剣類の修繕はもちろん可能だし、その気になれば建築物を破壊することもできてしまう。・・・・・・つまるところ、どんなに優れた万能薬でも過剰摂取すれば毒にもなり得る、ということだね」
金髪碧眼の男子生徒が、その場に座り込み、おびえた様子でアステルを見てくる。
アステルは別段、過剰回復しか使えないわけではない。
それどころか、65種類に及ぶ治癒魔法を行使することが可能である。
あらゆる怪我を治療できる完全回復
風邪をはじめとする病気なら病癒回復
これら治癒魔法を代表する普通の魔法だって使えるのだ。
流石に傷つくので、化け物を見るような目で見ないでほしい。
「えっと・・・・・・頑張ってね、困ったことがあればいつでも相談に乗るからさ」
アステルは金髪の男子生徒にそう言ってから、ゴーグルを着けた男性教師のほうを見る。
「すみません、もう終わりでいいんですよね?」
「あ、ああ。じゃあ筆記試験の会場に行ってもらえるかな。ここをまっすぐ行ったところにある教室だよ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言い残すと、アステルは足早にその場を後にする。
「あれだけの力があるのに・・・・・・なんて慎み深いんだ」
「同じ女だけど、好きになっちゃいそう」
「才色兼備のメイド服美少女バンザーイ!」
「自分からケンカを売ったのに負けるなんて、情けないわね」
残された生徒たちは、口々に感想を言い合うが、アステルがそれを耳にすることはなかった。
少し歩いたところで、アルベルス学園の校舎が見えてくる。
そのまま正面玄関を通り抜け、足音を立てずに階段を上がっていく。
静まり返った廊下を歩きながら、アステルはこれからの立ち回りについて考えを巡らせる。
第一にすべき事は配属されるクラス内で3番目の地位を手に入れることか。
1番は男の人より目立ってしまう――却下。
2番は1番の身に何かあったときに中心にならないといけない。哀れな数字だ。
3番。いい数字だ。高すぎず低すぎない、アステルが一番好きな数字でもある。
高嶺の花すぎても駄目だが、道端の雑草などもってのほかだ。狙うべきは上の下といったところか。
第二に考えなくてはならないのは、同性の友達を作ることだ。
同性の友達がいないと根暗だと思われかねない――そういう女を好む男もいるが、ごく一部すぎる。
それと打算を抜きにしても、やはり話し相手が欲しい。
王都で暮らしていた時は家柄が良すぎたこともあってか、どこか気を使われてしまい、本当の意味での友達などできずにいた。
明るく楽しい学園生活を送るためにも、女の子とも仲良くなりたいものである。
片付けなくてはならない案件は山積みだが、少しずつ手を付けていけばどうにかなるはず。
道のりは非常に険しいものだろう。しかし、それでも貫き通したい意地があった。
前世では周りに碌な女がいなかった。そのせいで嫌な思いを何度もした。
だからこそ、我が身を削ることになろうとも男達の夢を叶えると決めたのだ。
自分のような犠牲者を一人でも減らすために。
あんないい子がいるんだ、世の中の女性も捨てたものではない。
一人でも多くの男性が思ってくれたら。
一人でも多くの男性の希望になれたら。
そう、私自身が理想のヒロインになることで――