第5話 採点結果
夜の7時。アルベルス学園にある大会議室では、教師たちが試験結果を採点していた。
中央に配置された長机には、実技試験と筆記試験の結果をまとめた紙が置かれている。
「ではマイク・リースターはEクラスに配属、ということでよろしいな?」
室内の教師たちに、パーシバルはそう尋ねた。
パーシバル・フォン・オールブライト。27歳という若さでアルベルス学園の学園長の地位に就く、やり手の男性だ。短めの黒髪。眼鏡をかけており、切れ長の目はどこか神経質そうな印象を周囲に与えている。
教師たちが頷いたのを確認してから、パーシバルは羊皮紙を一枚めくる。
「では次――アステル・リリィ・ブラック」
パーシバルがその名を口にした途端、大会議室が静まり返る。
「例の治癒魔法の・・・・・・」
「Aクラスで問題ないでしょう」
長机に座る教師たちが、そう言いだす。パーシバルは彼らの言葉に頷いた。
「良くも悪くも、彼女はアルベルス学園の歴史を変えることになるかもしれんな」
「学園長? さすがにそれは買いかぶり過ぎでは?」
長髪の男性教師、ロイが怪訝な顔でそう言ってくる。
「実技試験で囮人形を破壊したと聞いた時は驚きましたが、でもそれだけですよ。筆記試験の順位も200人中37位。治癒魔法に特化した、ごく普通の優秀な女子生徒ではありませんか」
何かおかしな点でも、とロイが口にする。
もしかすると気づいていないのか。パーシバルは内心のいら立ちを抑えながら、口を開く。
「本当にそう思うのか? だとしたら来月の給与査定、楽しみにしておくことだ」
身を乗り出そうとするロイを手で制し、パーシバルは10枚の羊皮紙をひらひらと見せつける。
「ここに彼女の答案用紙がある。今日行われた筆記試験のやつだ」
「それで? たとえば、算術の点数はいくつだったんですか?」
ロイはだらしなく頬杖を突きながら、パーシバルに質問する。
「70点だな」
パーシバルはそっけなく告げる。
「錬金術の点数は?」
「70点だな」
「・・・・・・薬学は?」
「70点だな」
一連のやり取りが面倒になったパーシバルは、ロイに羊皮紙を手渡す。
「ふむ、70点が並んでおりますな・・・・・・でも気にするようなことですか?」
羊皮紙をぱらぱらとめくっていたロイが、苦笑する。
「彼女の点数は全てが70点だった」
パーシバルはそう言ってから、小さくため息をつく。
筆記試験は10教科あり、アステル・リリィ・ブラックは全科目で70点を取ったのだ。
たしかに合計点【だけ】を見るなら、8割にも満たない。
優秀ではあるが、特筆すべきところはない――普通の教師であればそう考えるだろう。
「学園長。アナタ、さっきから何が言いたいんですか?」
回りくどい言い方に業を煮やしたロイが、パーシバルを睨み付ける。
冷ややかな目で、パーシバルは会議に参加している教師たちを見渡す。
「ハッキリ言おう、アステル・リリィ・ブラックは本当なら100点を取れるだけの学力を秘めていると」
学園長の言葉に、大会議室がざわめく。
「そんな馬鹿な! 王国勤めの学者でもなければ満点など取れるわけがない!」
「ただの偶然です。まったく学園長は気にしすぎですよ。そんなだからハゲ・・・・・・ゴホン! 体調を崩されやすいのです」
教師たちが口々に言いだすが、パーシバルは彼らの考えを否定する。
「暗記科目の錬金術や魔物解剖学ならば、狙った点数を取ることも可能だろう。だが彼女は記述式の算術、測量術でも70点を取っているんだぞ。出題者の意図、配点、部分点のつけ方。これらすべてを完璧に把握していないとこんな芸当は不可能だ」
パーシバルがそう言い切ると、大会議室が再び静寂に包まれる。
しかし――
「優秀なら、それでいいではありませんか」
ひとりの男性教師がポツリと呟いた。彼の隣に座っていた教師もその言葉に同意する。
「そうだそうだ! 2年Fクラスのアレに比べればどうってことはない」
「いやー、将来が楽しみですね」
パーシバルは彼らから目をそらし、外の景色を眺める。
視界の端では、教師たちがアステルのことについて、嬉しそうに話していた。
高い学力。世にも珍しい治癒魔法の使い手。礼儀正しい態度。
能力だけ見るなら、模範的なアルベルス学園の生徒である。
教師陣の中には彼女のことを、メイド服の天使と呼ぶ者もいる。
たしかに男として、あの可憐な姿に心惹かれないかと問われれば、首を縦に振らざるを得ない。小柄な身体には不釣り合いな、メイド服を押し上げる豊かな胸。
スカート丈から見えるほっそりとした太もも――
そこでパーシバルは渋面を作り、かぶりを振った。
学園長である自身が、生徒をそういう目で見るなどあってはならないことだ。
背もたれに寄りかかりながら、パーシバルは思考する。
賢いだけなら力で押さえつけよう。腕が立つだけなら、策を弄して丸め込んでしまえばいい。
だがしかし、知恵のある強者であれば?
単純に恐ろしかった。得体のしれない魔物が、自分の近くにいるかもしれない事実が。
なぜ能力を隠す?
誰かに指示されたのか?
70点という点数になんらかの意図が隠されている?
脳裏に浮かぶ疑惑を振り払う。話したこともない生徒を疑ってどうする。
現時点では、アステル・リリィ・ブラックは模範的な生徒ではないか。
メイド服で登校してきた時は、いったい何の冗談かと思ったが、
それでも在校生の問題児たちに比べれば、服装が変わっているなど些末なことである。
3年Aクラス――【剣聖】
2年Aクラス――【戦乙女】
2年Fクラス――【何でも屋】
どうして我が校には毎年1人以上は、問題児が入学してくるのだろうか。
胃が痛み。頭髪が抜け落ちていく感覚に陥り、パーシバルは大きなため息をついた。
――アステル・リリィ・ブラック、君は何を考えている?




