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第12話 剣聖

クライヴ・スタンバレットは普通の平民である。

幼さを残した顔立ちに、燃えるような赤い髪の少年だ。


出身はレーヴァ王国、王都レーヴァの西にある小さな漁村だ。


友人が死んだ。天涯孤独の身だ。復讐したい相手がいる。

そんな壮絶で複雑怪奇な人生を送ってきたわけではない。


両親はともに健在だし、3つ年上の姉は、貴族の家に奉公に行っているが、年に一度は必ず帰ってくる。

生まれも普通。容姿も普通。

貧しくはないが、裕福でもない。中間層の人間だ。


長所と呼べるのは、それなりにしっかりした体格と海で培った人並外れた体力だけだ。


身体能力には自信がある反面、魔法は苦手であった。

攻撃魔法の威力は爆竹程度。補助魔法はからっきし。治癒魔法など使えるわけがない。


そんなクライヴがアルベルス学園に入学できたのは、本当に僥倖と言っていいだろう。


母親が王都で貴族向けの家庭教師をしていたこともあり、

平民でありながらも、それなりの学を身に着けることができていたのだ。


一生をこんな小さな漁村で終えるくらいなら、と記念に受験してみたら

合格してしまったのだから、これを幸運と言わずして何というのか。


入学試験は楽勝だった――はずもない。合格できたのは奇跡としか言えなかった。


【200年前、レーヴァ王国が帝国と貿易を結んだ際の失敗点を指摘し、改善策を提案せよ】

など問われても平民のクライヴが改善策など提案できるわけもない。

しかたなく選択式の問題を適当に埋めていたら、全部正解しており合格点に達していたのである。

国内最難関と謳われるこの魔法学園で、いい成績を残して卒業できれば

王国の魔法騎士に推薦されることだって夢ではない。

学費を出してくれた故郷のみんなのためにも成り上がってやる!


そう思い、学園の土を踏んだのも2年前の話。


「あー・・・・・・眠い。・・・・・・昨日の疲れか?」


 赤髪の少年、クライヴ・スタンバレットがぼやく。

欠伸をかみ殺し、目に涙をためる姿は、血のにじむような努力の末に「剣聖」と呼ばれるに至った少年には到底見えない。

 アルベルス学園、3年Aクラスの教室。すでに放課後ということもあり、残っている生徒の数もまばらだ。


「我が主よ、思うに夜間の修練は効率が落ちると思うのですが」


隣の席に座る少女、キリエが呆れた顔をする。銀色の髪を腰まで伸ばした、美しい少女だ。紅玉(ルビー)色の瞳は血の様に赤く、肌は新雪の如く白い。


「ハッ、分かってないなぁ、キリエ。大事なのは心だ。雰囲気だよ」

「承知、我が主はアホなのですね」

「アホじゃねえ! 夢を追ってるんだ! せめて、夢追い人って呼んでくれ」

「もう三年生なのです、もう少し大人になっていただきたい、我が主よ」

 

はぁー、とため息をつくと、キリエは机に突っ伏す。

自分の机ではないのに、そこまで寛げるのはある種の才能を感じさせる。

キリエに自分の机というものはない。もっと別の言い方をすれば、キリエはアルベルス学園の生徒ではない。彼女は魔法人形――人間ではないからだ。

キリエ。彼女こそスタンバレット家に先祖代々仕える魔法人形である。

外見こそ年端もいかない美少女だが、年齢は124歳。クライヴより105年も長く生きている。

本来であれば、学園には関係者以外の入場は認められていない。

しかしキリエはクライヴのペット枠として学園に立ち入ることを許可されていた。

だがクライヴとしてはその扱いは不服であった。キリエは大切な家族だ。断じてペットではない。

内心の不満を悟らせまいと、クライヴは強く頷いた。


「わかってる。魔法騎士への入隊は決まってるから、あとは騒ぎを起こさずに残された学園生活を謳歌するだけ・・・・・・」

「我が主、なにか不安なことでも?」


 キリエは机に突っ伏したままの状態で、顔だけクライヴの方に向ける。


「いや、学園に入学した時から、ずっと欲しいと思ってたもの・・・・・・まだ手に入れてないなって思ってさ」

「我が主は本当に強くなられた。『剣聖』の称号を手に入れ、学園最強と呼ばれるようになるほどに。・・・・・・そんな我が主が欲しいものとは? 私は一度も聞いたことがありませんが?」

「・・・・・・恥ずかしくて言えなかっただけだよ」

 

クライヴは顔を赤面させ、うめく。そして数拍置いてから、キリエを見つめる。


「笑うなよ?」

「笑いません」


 身体を起こし、キリエは真面目な顔をする。

軽く深呼吸し、クライヴはゆっくりと胸中を語る。


「・・・・・・嫁だ」

「我が主、いまなんと仰いましたか?」


困惑した様子で、キリエがこちらを見てくる。


「嫁が欲しい、学生のうちに婚約者が欲しい」

「ハハハハハハハハハハハ」

「おい! 棒読みで笑うんじゃねぇよ!」


クライヴは手のひらを机に叩き付ける。クソッ、だから言いたくなかったんだ。


「いや、ホラ。田舎から王都に来て、運命的な出会いを経た末に嫁さんを捕まえるってのは・・・・・・こう、浪漫があるだろ?」

「驚愕、我が主はとんだ妄想野郎でした」


人を馬鹿にするような、薄ら笑いを浮かべながら、キリエはクライヴを見る。


「別にいいだろ! 魔法騎士って過酷な現場って言うしさ、時間のあるうちに女の子と知り合っておきたいというか」

 

田舎から王都に来て最初に期待したのが、女の子との出会いだった。

成りあがりたいという願望はもちろんあった。

だがそれ以上に綺麗な女の子と知り合って、修行と恋愛に明け暮れる学園生活を送ってみたいと思っていたのだ。

・・・・・・もっとも恋愛のほうは何も進展がないまま2年が経ってしまったわけだが。


「女の子とはもう知り合っているではありませんか、例えば戦乙女(ヴァルキュリア)とか」

「クレアのこと? ないない。アイツとは普通の友達だから」

「これでは見つかるものも見つからないのでは・・・・・・」


キリエが残念そうな目でこちらを見てくる。

 彼女が何を言っているのかは分からないが、なんとなく馬鹿にされているような気がした。


「さて、と」


クライヴはのそのそと席から立つ。そして机に立てかけてあった二本の剣を腰に差す。

ふたつとも2年間共に戦い抜いた大切な愛剣である。


「どちらに行かれるのですか?」

「学園長からの呼び出しだよ。たぶん収穫祭のことだと思うんだが」

「了解、お供いたします。我が主よ」


軽くうなづくと、キリエが隣に立つ。

そのまま教室を出て、学園長室に向かう。


「そういや、今年の新入生ってどんな奴がいるんだろうな」

 

廊下を歩きながら、クライヴがぼやく。


「そうですね、我が主の恋愛対象になりそうな女子は・・・・・・」

 

キリエは天井を見上げ、考え込むそぶりを見せる。


「ちょっと待て、コラ。誰も女子について聞くとは一言も言ってないぞ」

「聞きたくないのですか?」

「・・・・・・ちょっとは聞きたいです」


主人の情けない姿に嘆息しつつ、キリエは淡々と言葉を紡いでいく。


「Aクラスのアステル・リリィ・ブラック。絶世の美少女だと話を伺っておりますね。そしていつもメイド服を着用していると」

「メイド服? それってどんな」

「ああ、彼女ですね。あそこにいるのがアステル・リリィ・ブラックです」


キリエはそう言って廊下の向こうを指さした。クライヴはその先を見つめると。


時が止まった。そう錯覚した。


この世のものとは思えないほど、美しい少女だった。

腰にまで届く金色の髪。青玉色の目はどんな宝石よりも綺麗だった。幼い顔立ちは、庇護欲を掻き立てられる。色素の薄い肌は、陶磁器の如く白い。


頭からつま先を、灼熱の棒で貫かれたような錯覚を起こした。


顔は紅潮し、心臓の鼓動は瞬く間に速さを増していく。この気持ちはいったい・・・・・・。


「あ・・・・・・あぁ」

 

声を出そうとしても、呂律(ろれつ)が回らない。亡者の様な足取りで、少女へと近づく。


「我が主?」


 昔なじみの相棒が不審そうな声で話しかけてくるが、それを無視する。


「キミがアステル・リリィ・ブラックか?」


喉に力を入れ、そう言うと、少女がこちらを見てくる。


「そうだけど・・・・・・どちら様ですか?」


 きょとんとした顔で、少女は可愛らしく小首をかしげる。


「3年Aクラスのクライヴ・スタンバレット」


そう言ってクライヴは一歩前に踏み出し、少女との距離を詰める。

少女からは、蜜みたいな甘い香りがした。

クライヴはゆっくりと腰を折り曲げる。


「俺と結婚してください――」


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