第13話 収穫祭
いや、あなた誰よ。アステルは、まず初めにそう思った。
落ち着いた雰囲気、学園に慣れたような貫禄。推測するに一年生ではないだろう。なら二年生、あるいは三年生というセンもある。
前の世界で学校に通っていた時は、上級生が新入生に告白するというケースは少なからずあった。
だが、それは可愛らしい子に限定される。どうして自分みたいな地味な人間に告白してくるのか理由については皆目見当もつかない。
その時、アステルの脳裏にあることがよぎる。
クラスメイトにあらぬ誤解を持たれるのはまずい。入学して間もない今、ここでスキャンダルが発覚したら、目標としている理想のヒロインから一歩遠ざかってしまう。そうでなくても今年一年は肩身の狭い思いで生活しなくてはならなくなる。
そう思ったアステルは周囲を見渡す。
幸いにも廊下に人はおらず、一連の流れを聞いていた者はいないようだった。自分たちのほかには、クライヴの後ろにいる銀髪の少女だけ。
アステルは、今もなお腰を90度折り曲げ続けているクライヴに声をかける。
「とりあえずさ、顔を上げてくれません?」
「・・・・・・」
クライヴは顔を上げ、沈黙する。あ、これ答え言わないと駄目な奴だ。
どうしたものやらとアステルは思考する。
自分みたいな矮小で些末な人間に好意を抱いてくれるのは大変ありがたいことだ。
しかしながら、自分には世の男性たちの希望になるという大事な使命がある。だから恋にうつつを抜かしている場合ではない。
さて、こういう時、どうやって断るべきだろうか。
「あなたの気持ちは嬉しいんですけど・・・・・・すみません」
「・・・・・・そうか、でも俺は君のことが好きみたいだ。け、結婚を前提に付き合ってくれないか?」
クライヴは目を背けながらも、そう切り込んでくる。熱血漢な風貌にたがわず情熱的な男なのかもしれない。
「・・・・・・すみません」
アステルがそう言うと、クライヴは泣きそうな顔になる。やめてよ、こっちが悪者みたいじゃないか。
攻めるのは得意だが、攻められるのはどうにも苦手であった。グイグイ来られると、押され気味になってしまう。
それに正直なところ、自分はアドリブがあまり得意な方ではない。想定外のことを言われると、うっかり余計なことを言ってしまいそうで不安が残る。
「えっと・・・・・・で、でもこうして知り合えたのも、何かの縁かもしれませんし・・・・・・お友達からでよろしければ、なっていただけませんか?」
震える声でアステルが言うと、クライヴは破顔した。
「ああ! もちろんだ!」
力強く手を差し出してきたので、彼の手を握り、握手を交わす。身長差があるせいで、こちらが手を上に伸ばす形になってしまう。
アステルは、内心ほっと胸を撫で下ろした。よかった上手くいったみたいだ。まぁ自分如きに告白したのも、一時の迷いに違いない。あとは時間をおいて、いい友達付き合いをしていけばいいはず。
アステルはおもむろに、彼と視線を合わせてみようとするが、サッと目をそらされてしまう。この人、なんでさっきから目をそらすのだろうか。意外と人見知りをする性格なのだろうか。
「あのですね、先輩」
「ど、どうしたんだい? アステル後輩」
「いや、後輩はつけなくていいと思うんですけど」
「わ、悪い・・・・・・気にしないでくれると助かる」
「友達と会う約束をしてるので、もう行っても大丈夫ですか?」
「・・・・・・そうか、また明日な」
そう言ってクライヴは、名残惜しそうに立ち去っていく。去り際に銀髪の少女が会釈してきたので、目礼する。
アステルは友人との待ち合わせ場所に向かおうと、後ろから声を掛けられる。
「み、見てしまいました・・・・・・友達の情事を・・・・・・」
「あれ、リーニャいたの?」
背後には友人であるリーニャが立っていた。肩まで伸ばした栗色の髪をたなびかせながら、リーニャがこちらを見てくる。
「まさかアステルさんが、スタンバレット先輩から・・・・・・こ、告白されるなんて」
「先輩? やっぱりあの人って先輩だったんだね。・・・・・・あれ? なんでリーニャがあの人のことを知ってるのさ」
「アステルさんってば知らないんですか? スタンバレット先輩ってこの学園では超が付くほどの有名人なんですよ」
「へー」
対して興味を示さないアステルに、リーニャはやれやれとかぶりを振る。
「先輩って1年生の頃はすごく弱かったらしいんですよ? それでも諦めずに努力を続けて、王国の魔法騎士に入隊が決まるほど強くなったって話は有名ですし・・・・・・変に気取らないから狙ってる子も結構いますね」
「彼女っぽい人いたけどね、あの銀髪の子とかさ」
アステルは、クライヴの背後にいた少女を思い出す。浮世離れした雰囲気をもつ綺麗な少女であった。
「た、たぶんキリエ先輩のことですね、先輩の使い魔・・・・・・だったかペットだったかは忘れましたけど、特に恋人同士ってわけでは無いそうです」
「さっきから気になっていたんだけど・・・・・・やけに詳しいね?」
「それはもう、年頃の女子としては人気のある先輩のこととかは知っておきたいですから!」
リーニャは満面の笑みを浮かべる。心なしか生き生きしているようにも見える。
「ははは、やっぱりリーニャも女の子なんだね。他人の恋愛事情に興味津々だなんてさ」
「それを言ったら、アステルさんも女の子じゃないですかぁ!」
アステルの顔から一瞬だけ表情が消えるが、すぐさま笑みを浮かべる。
「おっと、そうだったね」
「それより、早く図書室に行きましょうよ。お休みに向けて課題を片付けておきたいですし」
分かったよ、とアステルは頷き、リーニャの後に続く。
数十分後、図書室で友人と課題に取り組み始めた頃には、先輩達のことは頭の片隅へと追いやられていたのであった。
少女と別れたクライヴたちは、職員室の隣にある学園長室の近くまで来ていた。
すると、沈黙を保っていたキリエが話しかけてくる。
「我が主、あなたはとうとう頭がおかしくなったんですか? 出会い頭に告白するとは。あの新入生、普通に引いていましたが」
「うっ、それを言わないでくれよ」
クライヴは苦虫をかみつぶしたような顔をし、言葉に詰まらせてしまう。一目ぼれしたとはいえ、いきなり告白されたら迷惑かもなー、といまになって気付いたからだ。
しかしながら、彼女に対する気持ちは間違いなく本物であった。
外見を好きになったら、次は内面を好きになりたい。そんな思いがクライヴの中で時間の経過と主に、強くなっていく。
人生でこんなにも異性を意識するのは初めてであり、少女のことを考えると、心臓が早鐘を打ち、顔が熱を帯びたように熱くなる。やばいな、本気で好きになってしまったらしい。
「それに、目があちらこちらに泳いでいましたね。なにゆえ?」
キリエが追撃を仕掛けてくる。
「目を合わすの、恥ずかしいんだよ。察してくれ」
「乙女かよ」
「うるさいな、目を合わせられないなら、努力して目を合わせられるようになればいいだけだろ」
できないなら努力すればいい。それでも駄目なら別の方法を考える。
そうやって課題に取り組んでいけば、必ず何かしらの結果は得られる。2年間、学園生活を送る中で考え抜いたクライヴなりの持論であった。
「笑止、まったくこれだから・・・・・・ど、童貞野郎は困りますね」
「おーい、恥ずかしいなら無理してそういうことを言わなくてもいいぞ」
顔を赤くしながらそんなことを言う相棒に、クライヴは突っ込む。
「私はここで待機しております」
そう言ってキリエは、廊下のすみで直立不動の姿勢をとる。
「ああ、悪いがそこで待っててくれ」
キリエとの会話のおかげで、少しずつだが頭も冷えてきた。クライヴは軽く深呼吸をしてから、学園長室のドアをノックする。
「失礼します」




