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怪物の定義  作者: 空白朔名


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12章 怪物の定義

 12章 怪物の定義

 


 タケに教えてもらった『佐藤さん』の家。

 町のはずれにあり、周囲に家も少なかった。

 空き地に車を停めた。


「小崎は、彼女を隠したかったんだ」


「梯《かけはし》さん、加害者家族と小崎の関係は?」


 くるみが、確かめるように聞く。


「さあな……小崎は神になりたかったんじゃないのか?」


「あの事件……家族まで、実名と写真が出ちゃってたからね」


 歩いて、家の前に立つ。


「誰もいないの?」


 くるみが見渡す。

 人の気配はない。

 回り込んで、垣根の間から、家の中を覗く。


 縁側に座る女性の姿が見えた。

 位置を変え、顔を見る。

 特徴らしい特徴はないはずなのに、なぜか記憶に引っかかる顔が見えた。


「……あの人」


 くるみが声を漏らす。

 それに気づいたのか、彼女は縁側から立ち上がり奥に行こうとする。


「待ってくれ」


 声が出てしまった。


「怪しい者じゃない……聞きたいんだ」


 彼女が、ゆっくり近づく。


「あいつを知ってるのか?」


 『小崎』とは言えなかった。

 それでも、彼女は目を伏せていた。


「……知りません」


 彼女は『誰ですか』とは言わなかった。


「そうか、ありがとう」


 そして、手の中のUSBメモリを見た。

 警察に渡せば、これは『証拠』になる。

 彼女に渡せば、ただの『映像』になる。

 どちらが正しいのかは、わからない。

 ただ、これは彼女が持つべきものだと思った。

 

 彼女にUSBメモリを差し出す。


「……これ」


 彼女は何も言わず受け取った。

 指先が、わずかに震えていた。

 逃げたわけじゃない。

 そう思えた。

 くるみも頷いた。

 背を向けて歩き出した。

 

 そのとき、小さな声がした。


「……わたしの、怪物を」


 俺は振り向いた。

 彼女は、こちらを見ていない。


「……食べてくれました」


 聞こえた気がした。

 風のせいかもしれない。


 でも、それでよかった。


 

 数年後。

 くるみは、第一志望ではなかった会社で、楽しそうに働いている。

 俺も、スーツを着る側になった。

 

 人の多い、エレベーターの中。

 背後に、誰かがいた。

 気づいた時には、脇に封筒が挟まれていた。


「……やあ」


 声は小さかった。

 それでも、やけに近かった。

 振り返ろうとした瞬間、ドアが開き、人に押されて外に出た。

 ただ一つだけ、引っかかっている。

 距離の詰め方を、どこかで知っている気がした。

 顔は見ていない。

 封筒の中に、場所が書かれたメモだけ入っていた。


 その日の夕方、駅のベンチ。

 帽子を深くかぶり、サングラスをかけた男。

 その隣に座った。


「金は返すよ、まだ取ってある」


 俺は前を見たまま話す。


「あれは君に奢ったものだ」


 どこかで聞いた声。


「多いな」


 俺は苦笑いする。


「ピザ一枚分だよ」


 男は微笑んだ。


「彼女は一緒じゃないのか?」


 俺は、彼に聞いた。


「死んだよ……今は、一人で歩いてる」


 男は満足そうに言った。


「あの場所がよくわかったな、ヤマニコ」


 男は悪戯っぽく笑った。


「俺のあだ名、つけたのお前だろ……」


「誰も覚えていないよ」


「彼女を好きだったのか?」


「気まぐれだよ」


 少しだけ間を置く。


「……トッピングみたいなもんだよ」


「……全部乗せだな」


 俺の言葉に、男はまた微笑んだ。


「僕は怪物になれなかったよ」


 男はそう言った。


「人に好かれる怪物なんていないだろ?」


 俺は、そう言い返した。


「……君は神だな」


 男が微笑む。


「いつか、あの時みたいに空気が変わるさ」


 無責任な言葉を投げる。


「あの時は、君が変えたんだろ」


「俺はあの場にいただけだ」


「……やっぱり神だな」


 その言葉も、男の姿も、到着した電車の音にさらわれていった。

 男が座っていたベンチには、夕陽の熱だけが取り残されている。


 俺は……。

 怪物を造ったのかもしれない。


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