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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
時計塔の精霊編
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第9話:恐走風刃

 夜天に眩い火柱がそびえ、時計塔の外面を俄かに照らす。その一点でのみ闇は払拭ふっしょくされて、真昼以上に煌々と輝いていた。

 ただそれは束の間の夢さながら、瞬く時間に失せてしまうが。

 腐れた屍人を討ち消した直後、揺るがぬ炎熱に怯えることなく新たな異形がマフユへ襲う。脇目に同体の消滅を認めながら意に介さず、一心不乱に呻いて暴れて少女に突っ込む。

 爪も剥がれ、捩れた指ごと腕を伸ばし、滑らかな細首を絞めようと接近してきた。

 だが彼女はこれを、紙一重で華麗にかわす。

 左足で壁面を擦り、僅かに腰を落として体軸に任せ、己へ迫る腐った腕を傍らへ流した。けして無理はせず、自然且つ必要最小限の動きだけで死者を遣り過ごす。

 標的を逸した亡者は進行力のままマフユと交差し、止まれず彼女の側方を抜けていく。

 敵の背後へ達した所で少女は腰のバネを繰り、尋常ならざる豪速で上半身を捻転ねんてんさせた。勢いを殺さず右腕を振り抜き、手にする赤槍の長柄を以って異形を打つ。


「せいッ!」


 吐かれた呼気共々、赤い握りは与えられた速力へ忠実に従い、後背から死者の脇腹へ減り込んだ。

 腐敗の進む体組織を容赦なく粉砕し、腰骨を瓦解させ、敵の下半に堪え難い圧力が掛かる。

 華奢な体躯から放たれたとは思えない鋭く重々しい豪打に苛まれ、異形は「く」の字に体を折って壁面より離された。

 打ち込まれた槍の殴撃に負け、盛大に振られた長柄によって吹き飛ばされたのだ。

 バッターのフルスウィングを叩き込まれたボール同然、亡者の壊れた体は夜空の直中へ放り出される。


「とどめ」


 言うが早いか、マフユは即座に体勢を立て直し、両脚を肩幅に開いた。

 そこから腰を捻って上体を引き、右腕を肩の高さで背方へと振り被る。左手で狙いを凝らし、双眸に異形を睨むと、投擲姿勢を整え作った。

 奥歯を噛んで、左脚から強く踏み込み、体を前傾させて、腰を回し、力の限りに腕を振るって、手中の槍を投げつける。

 手から放たれた紅穂は脅威の加速で飛び立つや、風を裂いて豪進し、空中に在った亡者の身を貫いた。赤い飛槍は歪曲した異形の骨肉を圧し折り、深々と突き刺さる。

 前後の境なく貫通した得物が、無量の炎に解けて爆発したのは直後。


「往生せいやぁッ!」


 漆黒の大海に、耳をつんざく怒号と轟音が響き渡った。

 巨大な爆炎が吹き荒び、上空で渦を巻きつつ拡散する。天に灯った大炎は破壊の色で暗黒を塗り潰し、凄絶に輝き放って鮮華を咲かす。

 眩いばかりの熱光で、煽り浮かされる少女の姿。美麗にして精悍なマフユの凛貌は、紅蓮の瀑布ばくふに彩られた。

 爆熱の余波が多段にうねり、醜い人型へ無慈悲且つ絶対的な終焉をもたらす。異形の姿は瞬時で消え失せ、かつてを探る残滓さえ逃さない。

 爪の一欠けら、肉の断片、血の一滴まで徹底的に屠り絶つ。屍人を食んだ劫火の渦は宙空にあるがまま、敵の滅殺を経て唐突に掻き消えた。


「あぁん、もう。貴女達ばっかりズルいじゃない。アタシにもヤらせてぇん」


 酷く甘ったるい口調ながら、血に飢えた野獣同然の危険さを秘める声が舞う。

 聞く者の神経を直接になぶるようでいて、殺戮への欲求が剥き出した狂気の訴え。他者への害行に無上の喜びを見出す、悽愴せいそうなチアキの声だ。

 残忍極まる精霊の言葉に耳朶を打たれながら、それでもマフユの表情は小揺るぎもしない。

 剛刃の切っ先よろしく冷めた強さに裏打ちされ、整然と闘いの意欲、遂げるべき目的へ向かい律し立つ。

 そこには何者も入り込む余地がなく、また如何なる意思の介在も拒む断固とした孤高壁が聳えていた。

 そんな少女の傍らへ、再び炎が現れ出る。精霊の化身する熱火は跳ねて踊り、主の周りで夜気を焦がした。


「骨のねぇ連中だぜ。こんな奴等はオレだけで充分だ。風野郎は引っ込んでな!」


 荒々しい声に合わせて炎が集い、マフユの手中に赤熱する刀剣を再構築する。

 燃え盛る焔が盛大に火の粉を散らし、一瞬で実体を完成させた。

 だがそれとほぼ同時に一陣の突風が駆けていく。少女の桃髪とブレザーの裾を大いに揺らし、見えない風は上方から下方へと吹き抜けた。

 風の通り道には亡者が在る。四肢で壁を踏み締めて、腐汁が垂れ流れようと止まりはせず、眼前の娘子のみを狙い求めて這い進むモノ。

 自ら零れる体組織の溶解液に汚れきり、不快な呻きを上げる異形の姿。その身は正面よりの強風に打ち付けられた後、中心から上下二段へ分離していた。

 更に風が吹く。一定方向へと突風が渡った時、今度は異形の体が縦に裂け、四つの部位塊に割れている。

 厳しい風は止まない。続け様に吹き走り、その都度つど屍体は驚くほど綺麗に切り裂かれた。断面は全て均等で、些細な力の差異もなく、異常に鋭い切り口が揃い並ぶ。

 あたかも剣の達人が研ぎ澄ました名刀で処断したが如く。

 裂傷部からは血も垂れず、肉もこそげず、何の変哲もない平時の状態から致命的な断裂へ至っていた。あまりに整然とした傷口は違和感が欠如しており、最初からそうであったのではないかと思えるほど。

 風は尚も立て続けに直走ひたはしり、死者の肉体を何十もの塊に分断する。猛烈な陣風は醜悪な亡者の身体へぶつかる段、密度を増して兇刃へ洗練された。それは見えない風の刃となって襲い掛かり、死霊の腐肉を易々と切り裂いてしまう。

 通過する牙風は何度となく異形を撫で、一呼吸の間で細切れに解体した。既にどのような形だったのか判別できないほどの、容赦ない猛撃である。

 数え切れない肉片に変えられた後、一際激しい風が全てをさらい吹き散らしてしまう。冗談のように呆気なく、残骸も見られず屍は消えた。

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