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パーティー完成だなこのやろうぅぅぅぅっ!


 休み明けの仕事に向かう足ほど、重たいものはない。


 ユナは憂鬱な表情で、社宅から職場『ホワイトリング』の事務所までの道を歩いていた。


「コツ、コツ、コツ」


 この町に広がる石畳の道を、靴音を鳴らしながら進んでいく。

 朝の町はいつもと変わらず、仕事を始めた人達の声で徐々に賑わいを見せ始めていた。

 ユナは今日も所々でため息を溢しながら、職場への通勤路をどんより気分で進んで行く。


 先日のゴーレム討伐のおかげで、ユナの体には疲労が押し寄せ、昨日から節々が痛み、頭痛が酷かった。

 決して二日酔いなんかではなく、これは体のリミッターが外れる程の働きをした事からの反動である。 


 さらに、最近休日があっという間に過ぎていくので、疲れが全くとれた気がしない。

 特に今回の仕事は文字通り、死ぬ気で体を張ったのだ。

 オーバーワークの反動は二日あったとしても元に戻せる自信がない。

 そもそも、たった一日の休みだけで体をリセットさせろというのが無茶な話である。


(帰りたい……。行きたくない……)


 願望とは反対で、ユナの足は重々しい足取りではあるものの、止まる事なく真っ直ぐ行くべき場所に向かう。

 時間が止まらないかとも願うが、そんな奇跡起こる訳もなく、変わらない日常が現在進行中であった。


 石造りの建物が立ち並ぶ町をぼーっと眺めながら進む。

 最近はなにも考えなくても、足が行くべき道を覚えている様になっていた。

 そんな所であの職場に良くも悪くも染まり始めていることを実感し、なぜか漠然とした恐怖に襲われる。


 途中で行きつけのお店に寄り、お昼ご飯や飲み物を購入し、気付けば職場である『ホワイトリング』の事務所のドアを開けていた。






「おはよう。話聞いたぞ。一昨日はご苦労だったな」


 事務所に入って数秒で、朝一番に顔も見たくないマウント先輩に声をかけられる。

 ユナは朝でまだ完全に起きていない顔の筋肉を引きつらせながら、かろうじて笑顔を作る。


「まー派遣先が問題抱えている事もザラにある事だ。俺なんて仕事とは別に、その問題解決すらやらされた事あるぞ」


 朝からマウントをとってくる先輩に「そうなんですね」と力なく言葉を返す。


「でだ、昨日の派遣先の方々から報告があってな」


 先輩の言葉に思わずビクッと体が跳ねる。


(まずい……)


 急激に押し寄せてくる罪悪感で胃が軋みだし、朝スッキリさせたはずの腸がギュルギュルと音を鳴らし始める。

 こうやって人はストレスで胃に穴が空くのかと、ユナは妙に納得した。

 それもこれも、全てはあの『ゴーレム事件』のせいである。

 

 一日休みがあった事によって仕事へのスイッチがオフになり、体の興奮状態が引いてきた時、ユナはふと思った。


(私、だいぶ規則破ったのでは?)


 危機的状況とはいえ、ユナはあの時、数え切れなほどの規則を破っている。


 魔女として派遣されたにも関わらず、治癒魔法を使ってしまった。

 それだけではなく、クライアントの私物である剣を、本人の許可なく無断で使用している。

 そして、それを使って単独行動でゴーレムを倒してしまった。


 ユナはそれらの失敗を頭で巡らせながら、先輩の次の言葉を待つ。

 まだ半分眠っていた頭が、今はむしろ緊張感に縛られ、胃の痛さも相まって冷や汗が止まらない。


「お前、剣を使って一人でゴーレムを倒したそうじゃないか」


 その言葉に、誤魔化しは効かないだろうと思い至る。

 もはや叱られることは避けられない。

 が、そんなユナに対して次に先輩が放った一言は、さらにその予想を上回るものだった。


「センスあるからこの際、前衛アタッカーとしての訓練も始めないか?」


(はっはい?)


 話の展開について行けず、ユナは口をあんぐりさせ目をパチクリ動かすことしかできない。


「いやー冒険者達が絶賛してたぞ、お前の戦いっぷりに」


 この話の流れから、冒険者達というのはあの『ゴーレム事件』を引き起こした四人ということで間違い無いだろう。


(あいつら余計なこと話しやがったな……っ!)


「いえ、ただのお世辞ですよ……」


 だんだんと話の流れが読めきたユナが、謙遜気味に言葉を発する。

 どんなに苦手な先輩だとしても、褒められる事は素直に嬉しいことだと思う。

 だが、今回に限ってはその称賛は受け取ることができない。


「いやいや、詳しく聞いたぞ? 臨機応変に対応し、剣に魔法をかけ強化しながらゴーレム三体を一人で倒したと」


(あーいーつーらーーーーっ!)


 予想していたよりも詳しく話が入っている事を知り、思わず四人の顔に一発渾身のパンチを食らわせたくなる。


「武器に魔法かけつつ自分で攻撃するなんて。しかも、今までやっていた訳ではなく土壇場でそれをものにするセンス。俺は正直驚いたよ。これからも期待しているからな」


 そう言い切ると、マウント先輩はユナの肩をポンポンと叩いて過ぎ去っていった。

 ユナはそこから一歩も動く事なく、振り返ることもなく、ただ遠のいて行く足跡に耳を集中させる。

 そして完全に足音が過ぎ去った後に、ゆっくりと背後に視線を向け、誰もいないか確認する様に周りを見渡す。

 先輩の姿は完全に消え、周りには誰の姿もなかった。


「はあぁぁぁぁ…………」


 どでかいため息をついて、張り詰めていた体の力を一回リセットする。

 冷静になったところで、徐々に自分の立たされている状況が飲み込めてきた。


 結局、怒られはしなかった。

 そこは良かったと言っていいだろう。

 だが、予想の斜め上の展開をいき、どうやらまた仕事量を上乗せされることとなった。


 完全にマイナスだ。

 怒られなかったプラス要素を足したところで、マイナスだ。

 いっそのこと怒られるだけの方がマシだったかもしれない。


(どうしてこうなるかなぁ〜……)


 この会社に内定が決まった時、それはもう喜んだ。

 安定した収入が得られ、休みも安定してしっかりある。

 住む場所も困らない。


 そして何よりも、この会社に入った一番の魅力は、()()()()として色々な経験を積んでいく事ができるところだった。

 自分の望んだヒーラーという役職に誇りを持って生きていけるのであれば、たとえブラックな業態だとしても我慢ができた。


 だが今、ユナの仕事の内容は、思い描いていたものとは全く違うものになりつつある。


「ヒーラーに、後衛アタッカー。プラスで前衛アタッカー……」


 ユナは指を折り曲げながらボソボソとそう呟く。


「タンクまでやったら、パーティー完成だなこのやろうぅぅぅぅっ!」


 声を押し殺して控えめにそう叫んだユナは、ガックっと肩を落としてうな垂れながら、出勤したことを告げる為に事務室に向かうのだった。


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